シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

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『涼しい日』      作者:香月

 お好み焼屋でアルバイトをしていた。といっても、焼くわけではない。雑用である。ホールでの仕事が主だが、食器を洗っていることもあるし、葱やらなにやらを刻んでいることもある。
 俺は人当たりがあまり良くない。従って、正式なマニュアルなどがあって、ちゃんとした制服があって、という大きな店ではあまり雇ってもらない。この、一部だけを刈り上げている髪型も、原因の1つなのは言うまでもないだろう。
 だが、ここは私営、テナントでもない。住居と店を一体にした、店長と数人のバイトで切り盛りしている小さなお好み焼屋である。俺でも普通に通った。
 金曜日と土曜日が最も混雑するわけで、古株である俺は必ず入ることになっている。今日は土曜日だ。
 慣れたといっても、ホールの仕事は嫌いである。なぜってそりゃあ、伝票とかの記入がいちいち面倒くさいからだ。途中で注文を言いなおされたりすると、物凄く鬱陶しい。だから、それはもう1人のバイトに任せてある。俺は、裏で包丁を持ったり、レンジで暖めたり、食器を洗ったりしているわけだ。
「失礼します」
「お疲れ」
 後輩のバイト君(名前は覚えてない)は、俺より先に帰る。午後の10半時頃だ。もう、ほとんど客の姿はない。店長と2人でも、差し障りはない。どうせ、後は店を閉めるだけなのだ。
「上木。看板しまって、電気切ってくれ」
「はい」
 11時までには帰れるだろう。さっさと看板をしまって、店の表で輝いているライトを消す。仕事着は半袖というだけが、条件だ。後は上からエプロンを着るだけである。この間までは外に出ると寒かったが、それも段々薄れてきている。身を切るような、冬の寒さが少し恋しい。
 店長は、まだ鉄板で何かを焼いていた。たぶん、俺の分の賄いだろう。バイトに来ると、帰り際にいつも渡してくれるのだ。何を焼いてもらうかは、さすがに決められないが。まあ、何でも間違いはない。
「今日は楽な方だったなぁ」
 焼け上がるまでの間、店長と何となく話すのはもう習慣になっていた。
「そうですね。あの……バイト君も疲れてるように見えませんでしたし」
「名前覚えてないのか」
 曖昧に頷くと、店長が苦笑を浮かべる。この苦笑は、この人のトレードマークのようなものだ。
「真壁だ。覚えといてやれ。同い年だろう。仲良くしてくれよ」
「どこか、恐れられてる気がしないでもないんですが」
 バイト君……真壁君は何となく俺を避けているような気が、前からしていた。
「お前がいつも怖い顔をしてるからだ、上木」
「え、客の前でもそうですか」
「前に比べれば幾分見れるようにはなった。まあ、うちのチビよりはマシだよ」
 店長はいつも、息子か娘か知らないが、子供のことをチビと呼ぶ。中学生だという。俺がいない日に、手伝いをしているらしい。
「そうだ、上木」
「はい」
 店長が思い出したように言う。
「明日、朝の……10時頃から来てくれんか?」
「明日? 日曜日ですよ。店休みでしょう」
 このお好み焼屋、小次郎は日曜日だけ店を閉めている。普通月曜日だろうと、かつていた先輩がぼやいていたのを覚えている。もちろん、俺はそんなこと知らない。ここの他では、土木以外のアルバイトをしたことがないからだ。面接で全て弾かれた。
「庭のな、木を切ってしまいたんだよ。あと、草むしり。手伝ってくれんか? 俺はもう歳だし、うちのチビにも手伝わせるが、あんまり期待できんからな」
 明日は予定なんぞ、入ってない。それに、こういう仕事をする前は、土木関係で働いていたこともある。ある意味俺には適任ではなかろうか。雇ってくれたことにも感謝している。ここで1つ、恩を返しておくのも悪くない。
「いいですよ。どうせ、暇ですし」
「よかった。昼食は、うちで出すから気にしなくていい。軍手やらも、用意する。とくに準備は必要ないからな」
「わかりました」
 もうすぐ、賄いも焼き上がる。今日は、ブタのライスモダンのようだ。そばモダンより、ライスの方が俺の好みだ。


 日は照っているが、それほど暑くはない。涼しい日だった。夏場の土木は地獄だが、この時期ならば、長い間まともに運動してなかった体でも耐えられる。お好み焼屋『小次郎』の裏手に回ると、店長がぼうっと立っていた。庭を眺めている。それほど広いわけではないが、1日で片してしまうなら、やはり1人では厳しいだろう。それに、店長はもう若いとはいえない。
 店長の横に、ジャージ姿で座り込んでいる女がいた。どうやらチビは娘だったらしい。まだ何もしていないというのに、気だるそうな顔をしている。
「おはようございます」
「わざわざ悪いな。俺の歳じゃ、木に登るのは辛い。頼めるか? こいつが、上木が切り落とした枝を下で切り分けて、袋につめる」
「わかりました」
 用だけ告げると、店長は伸びた草を切って、雑草を抜き始める。まあ、急ぐに越したことはないだろう。暗くなると、怪我をすることもある。
 ところで、娘さん。さっきからちっとも動かない。
「あたし風邪なんで、後はよろしく」
 チビが去って行こうとする。俺はその襟首を掴んだ。
「初対面なのに失礼な奴だな。えーっと、上木?」
「名前くらいは聞いてるんだな。上木涼成という。お前は?」
「どんな字?」
 人の話をあまり聞かない奴だろうか。「涼しいの涼と成功の成」と仕方なしに説明してやる。字がそれほど重要か。
「あー、なるほどね。スズちゃん、後はよろしく」
「音読みするな。逃げるな。ついでにふざけんな」
 襟首は掴んだままだ。更に逃げようとするから、結っている髪も引っ張ってみる。
「なんだよコノヤロー。下でずっと枝を切り分けるなんて……退屈すぎるでしょーう!」
 そんなに力まなくても。
「じゃあ、登るか」
 走り去ろうとしていたチビの動きが止まる。
「いいのか?」
「構わないよ。俺が下で切ってやる」
「よし。それならやってもいい」
 発音は女性のそれだが、言葉遣いは男っぽい奴だった。このまま接客をしているのならば、少し問題があるような気がするな、たしかに。
 チビが鋏と鋸を両手に、庭で最も高い木に向かっていく。そういえば――
「おい、名前は」
「ソフトクリーム」
 絶対嘘だ。まあ、何でもいいけど。
 ソフトクリームが木の下で立ち止まった。試しに、枝へと手をのばしている。届くわけがない。おそらく、俺も飛ばなければ届かない。
「スズ。持ち上げてくれー」
「音読みするな」
 ソフトクリームを肩の上に担ぐ。その肩を踏み台にして、さっと木の枝に取り付いていった。身のこなしは悪くない。
「どれ切ったらいいんだ?」
「適当に切り揃えとけ。本格的にやりたいなら、店長も自分で手はつけないだろうし」
 なるほど、と言ってソフトクリームはどんどん上に登っていく。それなりに楽しんでいるようだった。
 葉や枝がぱらぱらと降ってくる。それを鋏で細かく切って、ゴミ袋に入れる作業は単調の一言に尽きるが、それほど苦にはならない。能動より受動の方が、はるかに楽なのだ。自ら動かなければならないホールの仕事より、頭を遣わなくて良い。土木はやめたが、こっちの方が俺には向いているだろう。
「喰らえっ」
 枝が、俺の頭に当たる。言うまでもない。ソフトクリームが上から投げている。
「高所が必ずしも利を得るとは思うな」
「は?」
 木から数歩離れる。地をしっかりと踏み、静止。助走をつけて、木の幹を思い切り蹴る。……脚が痛い。
 ソフトクリームが上で「うわわわ」と声をあげている。店長は苦笑いしていた。


「腰が痛い……」
「情けないぞー」
 ずっと屈んで作業をしていた。それだけでも腰は悲鳴をあげていたが、止めにソフトクリームが「木から降りれない」などと言い出した。なんとか担いで地面に降りたわけだが、それが堪えたらしい。痛いし、だるい。
 昼食は焼きうどんとお好み焼だった。いかにも店長らしい。肝心の店長はそれらを届けたっきり姿を消してしまい、今はソフトクリームと2人だった。それほど遠くない昔は俺も中学生だったわけだが、いざ高校生になってみると、どう接したらいいか迷ってしまう。ましてや、雇用主の娘である。作業中ではなく、こうして向かい合うと、困る。
「スズ」
「ん?」
 もう、呼び方については諦めた。
「ジュース貰っていい?」
 飲み物も、店の冷蔵庫から取ってきたものだった。食っている場所が店内ではないだけで、ほとんど小次郎に客として来ているような気分だ。
「飲みかけだ。新しいの取ってこい」
「気にしない気にしない。何、スズ取ってきてれんの?」
「自分で行ってくれ」
「なら貰いー」
 瓶ごと掻っ攫い、一気に飲み干しやがった。ああ、ソフトクリームがどういう奴かも大体わかった。もう気にすまい。
「スズはどこの学校行ってるんだー?」
「超が付く馬鹿学校だよ。名前は言いたくない」
 中学生ともなれば、どこの学校が賢くてどこの学校が馬鹿かくらいは知っている。ソフトクリームがいくつか名前を上げたが、全て無視だ。別にあの学校を恥じているわけではないが、あまり言いたくない。
「それにしても、あたしは大活躍だね。あの木さえ終わらせれば、後は楽なもんでしょう」
 店長も、大きな木を切るために俺を呼んだのだろう。だが、それはソフトクリームが終わらせてしまった。あとは、登るほどの高さもない木々と、這い蹲って草を抜くだけである。これなら、夕方までには終わるだろう。
「ソフトクリームこそ、学校はどこなんだ?」
「スズが言わないかぎり、教えない」
 ソフトクリームはスルーらしい。
「じゃあいい」
「あっさり退くなよ」
 相変わらず涼しい。汗はかいているが、風が吹き抜けると心地良かった。ソフトクリームもそれは同じようで、風が通るたびに眼を細めている。
 この仕事を、引き受けてよかった。ソフトクリームはとの顔合わせはともかく、久しぶりに体を動かすことができた。陰鬱な水路を走り回っているよりは、はるかに気分が良い。
 少し前、石動、上月といった人と知り合った。
 石動さんはともかく、上月さんが厄介なのだ。ツキと一緒に探検なり何なりやってくれればいいのに、時たま俺にまで連絡がくる。そう頻繁ではないが、ロクな目に合ってない。幸い、人外は見ていないが、奥に行き過ぎると迷うことがやはり多いのだ。水路嫌いになってきた。
「ぼうっとして、もうバテたか。食べる量も少ないし。つーかあたしの方が食べてんじゃん。あたしが大食いみたいじゃん」
「お前は大食いだろうが」
 ソフトクリームの箸は休むことを知らない。喋りながらも、動き続け、食べ続けている。
「違うよ。あたしは小食。女の子ですから」
「もうそれでいいよ」
「なんでそう流すかなー。君は受けるということを知らないのか?」
「疲れるから」
 疲れる。たしかに疲れるが、こうして喋り続けてくれると、こっちとしては気が楽だった。沈黙というのは、何より気まずいのだ。俺は、沈黙を美徳とはしていない。
「真壁君と聞いてた印象とは、微妙に違うなー」
「俺か?」
「うん。もっと怖い人だと思ってた」
「会って30分もしないうちに、木の枝投げつけてきた奴のセリフとは思えない」
 店長が姿を現す。作業再開だ。


 午後からの作業は、店長とひたすら草を抜いていた。ソフトクリームはサボっていた。まあ、店長がアテにしていなかったから、あまり気にしなかった。
 日が傾き始めた頃、庭が何となくすっきりした。端に積み上げたゴミさえ処分できれば、景観は悪くないだろう。
 それにしても、疲れた。店長は鉄板に向かっているより辛いと言って、また奥に姿を消した。
「お疲れ」
 縁側に寝そべっていると、ジュースを2つ持ったソフトクリームが現れた。昼からはほとんど作業していなかったのだ。それどころか、シャワーまで浴びてくつろいでいたらしい。服もジャージではなくなっている。
「飲まないなら、あたしが貰う」
「飲む。置いておいてくれ」
 わざわざ俺を踏みつけて、更に2回ほど俺の上で跳ねてからジュースを置く。この野郎。それほど重くはないが、腰は痛いんだよ。
「いやぁ、頑張ったね。よくやった」
「張り飛ばしてやりたいよ」
「お、やるか? かかってこい。あたしの得意技はジャーマンだぞ」
 引っ張り起こされる。
「投げられるわけないから。それよりちょっと休ませてほしい」
 俺の胴に手が回る。マジで投げるつもりらしいが、俺は70キロ近いんだよ。上がるわけがない。案の定、ソフトクリームは息を切らして座り込む。
「疲れきった奴にも勝てんとは、不覚」
 不思議と、悪い気はしなかった。だが、疲れたことに変わりはない。ソフトクリームが持ってきたジュースに手をつける。炭酸が何となく嬉しい。
「上木。これ」
 店長が封筒を持ってきた。まさか、とは思う。これは、いつも給料を貰う時の封筒だ。
「そういうつもりで来たわけじゃないんですけど」
「そう言うな。肉体労働だしな。自給も上げておいた」
 店長が一瞬、ソフトクリームを見た気がした。
「うまく使ってくれ」
 手渡される。固辞するのもなんだし、素直に貰っておこう。
「それじゃ、今日はありがとうな」
 さっさと奥へ引っ込んでしまうところを見ると、店長も相当疲れたらしい。足取りも、どこか覚束ない。
「ありゃ、そうとう疲れたな。明日は店も開けないんじゃないか。さて、スズ。中身は?」
 ソフトクリームが横から覗き込んでくる。今ここで開けるのも悪い気がするんだが。
「さっさとしなさいよー」
「ああもう、わかった」
 1万円札が一枚、入っていた。ちょっと待て。これは多くないか。俺が働いたのは休憩時間を抜いて6時間程度だから、正式な自給で計算すると……4千円くらい多い。それにしても、うまく使ってくれって……
「1万かー」
 なんかすごい悪いことした気分だ。俺だけのために使うのはちょっと気がひける。今度、ツキにでも何か奢ってやるか?
「それじゃ、スズ。また会おう」
 そうだ。ツキでなくともいいじゃないか。ここに、朝の2時間程度とはいえ、働いた奴がいる。うまく使うってそういう意味じゃないだろうか。
「待て、ソフトクリーム。せっかくだし、これを何かに使わないか」
「え、マジで? いいの?」
 ソフトクリームに、俺から分けてもらうという発想はなかったらしい。心底意外そうな顔をしている。そういうところでは、純粋な奴らしい。
「働いたしな」
「お前良い奴だなぁ。よし、遊びに行きましょう」
 腰以外は順調だ。まあ、走ったりしなければ明日になって死んでいるということもないだろう。多分。というか、遊ぶって何をするんだろう?
「その前に、1つだけ」
「なに?」
「名前」
「あー。ソフトクリーム」
 黙れ。
「そんな怖い顔すんなよー。小さい夜って書いて、サヤ。覚えておきましょう」
「じゃあ、小夜。何をするのか聞いてみる」
「バスケしたい。スズちゃんは、バスケできるんでしょう? あ、コートなら安心してくれ。六道区にあるんだよー」
 明日は死ぬことになるだろう。そういえば、明日は雨だ。どうせ、自宅に籠もっているか、ツキの家に籠もっていることになる。死んでも大丈夫だ。
 今日みたいな、涼しい日に遊んでおかなければ、夏に、いや春になってから後悔するかもしれないしな。
「夜でも出来るのか」
「ライトがありんせ」
 どこの言葉だ。まあ、何でもいいけど。


「コート借りるのに金かかるのか」
「いや、タダ。1万は、何か食べるのに使いましょう」

 

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