「けれどほんとに」 作者:せる
「ねぇねぇしってる? 今週の頭に知り合ったんだけどさぁ」
「……フィラデルフィアスタンレー? だれそれ、どこの芸能人?」
「いや、芸能人じゃないけど。つーか人じゃないんだけど。亀だけど。アレはすごいよ、大物だよ」
「は? もしもーし、はろー、大丈夫? リアル見えてますか?」
「失礼ねー、別にいいじゃん、亀が喋ったって。それとも何、亀は日本語を解する自由もないっていうわけ!?」
「いやしらねーし、亀に日本国憲法を適応していいかどうかとか。というかいきなりキレられましても」
ひどい会話に頭痛がする。なまじ知っている分常識に縛られているわたしは、この手の話が苦手だ。
「……亀が喋るとか、ありえないでしょーが。現実見なさいよ、まったく」
大声で思いっきり突っ込みたくなる衝動を、わたしは意志の力でねじ伏せた。せめてもの抗議に、誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいておく。
「なあおい、きいたか? 出たってよ、昨日」
すると、まるでそんなわたしを嘲るように別の声。その形式だけで、続く言葉の信憑性を怪しんでしまう己が悲しい。
「ああ、アレだろ、杉山さん。俺見たことないんだよなー。なんか今回は、C組の小山が雑巾にされたらしいけど」
「は? 杉山さん? 元極道で今は用務員のじいさんか?」
「え、ちげーの? つーか杉山さん知らないって。まじ、三次元生きてるとはおもえねぇ。駄目じゃなーい?」
杉山さんってアレか、いつかサトルがぼやいてた白い爺さんのことか。
霧生ヶ谷版の口裂け女みたいなものかしら、と思ったところで、幼馴染のいけすかない女を想像した。どっちかというと、そっちのほうが適役っぽい。
(知り合いに都市伝説がいるんですぅ、ってか……?)
いやなことを考えた瞬間、わたしの思考を呼んだように地続きの会話が聞こえた。
「うっせぇな、つーかその杉山さんじゃねぇよ、吸血鬼だ吸血鬼」
「あー、なんか結構前にあったなそれ、紺色コートの吸血鬼ってやつだろ? 結構可愛いらしいけど」
自分の人生にリアルが見出せなくってくる。ああ、だからそういう話をわたしに聴かせるなって。
俺も会えねーかなー、なんて悠長な声が憎らしかった。指で弾いてやろうか。たぶん完全犯罪にできる自信があるんだけど。
「それもちげぇってか、合ってるけど古い。一番新しい吸血鬼はアレだ、男子生徒ばっかり襲う辛党らしい」
「吸血鬼の趣味趣向にどんな意味あんのか知らねぇけど、なに、俺たち標的? フラグか、フラグなのか?」
「俺もそれを期待したが、残念――野郎らしい」
「ありえねえ!」
(ダメだ)
我慢できず、計画を実行した。パチン、というササヤカなわたしの抗議。声が聞こえていたあたりが俄かに騒がしくなる。
そりゃいきなり人一人が半回転して椅子に転げ落ちれば、話してた相手はさぞ驚くでしょうね。
「どうしたおい! 忍法か? 忍法なのか!? すげぇなー、俺にもやり方教えてくれよ!」
……。りぴーと、わんすもあ。
ご希望のようだったのでもう一度指を弾いた。騒ぎが激しくなるが、無視。知らない知らない。下手人は風の妖精です。
「どうしたのー? ハルちゃん、顔怖いよ?」
「乙女に向かってなんてこというのよ、っていうか怖くないわよ」
「えー、でも、怖いよぅ?」
(えぇい、黙りなさいこの天然娘め)
もし本当にそうだとしても、本人の前で怖いとか言うんじゃないっていうの。
若干リアルに傷ついた内心から意識を逸らす。わたし、実は凶暴なんじゃ? なんて洒落にならないことで悩みたくはない。
尤も、と無意識に言葉が口を突いて出た。
「……信じたくないわたしがオカルト側なんて、ほんと」
「うん? ハルちゃんなにか言った?」
「きのせいでしょ、それよりそろそろ移動するわよ」
投げっぱなしの口調で誤魔化してみる。
ああ、けれどほんとに、
「世知辛い世の中だわ」