シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

前編 ~暮香さん強盗退治編~

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 会議室。
 いずれも高価な黒服に身を包んだ十人ばかりが、厳粛な空気で円卓を囲んでいる。
 少し政治に興味がある人なら、そこにいる者たちはどこかで名前を聞いたことのある政界の有力者ばかりだと気付くだろう。
 最初に動いたのは、まだ年若い一人。名の知られた者の中で、しかし有名というカテゴリに当てはまらない青年。
「誰もが忙しい身です、堅苦しい前置きは飛ばさせていただきます。今日皆さんに集まってもらったのは、他でもありません。霧生ヶ谷のことです。」
 彼は手元のリモコンを操作すると、円卓の中央から四台のディスプレイがせり上がり、そこに映像が映る。
 そこに写るのは、霧生ヶ谷市の上空写真。
「ここにいる皆さんはご存知のことですが、怪異妖怪と俗に呼ばれる存在は実在します。その日本における中心地である霧生ヶ谷で、先日非常に興味深い現象が起こりました。公には小さな事件として処理されましたが、ここに重大なレベルの霊子の動きがあったことは
「ちょっと待て、貴様!」
 立ち上がるのは、頭頂のあたりが薄くなり始めた丸顔の男。最近力をつけ出した勢いある若手として、各界から注目される男である。
「私は総理に推薦されたから参加したのだぞ!それがなんだ、何事かと思えば妖怪だと?これだけの面子を集めて、バカバカしいにも程があるぞ!」
 同意の声がかかると思っていた男だったが、彼を除く全員が向けるものは懐かしむような哀れみの視線。
「そういえば彼は初参加だったね。」
「だめだよ、王穿君。ちゃんと説明してあげなくては。」
「はい、私としたことが失念していました。」
「いやいや、彼の反応は正しいさ。民衆の常識から見ればだが。」
 机に両腕を叩きつけた男が震えるのは、一体いかなる理由からか。
「なんだ、どういうことなんだ!妖怪なぞいるはずがないだろう!」
「あなたもご存知の雪女にのっぺらぼう、猫又など有名どころ。そして吸血鬼や外なる神々、果ては数多の都市伝説まで。世界にはあらゆる不思議があるのですよ。ただ知られにくいだけで、確かにね。」
「そんな言葉で
「見せてあげてはいかがかね、王穿君。そうしないとわからないだろう。」
「そうですね、では失礼して。」
 王穿と呼ばれた男は、何気なく指を鳴らした。
 するとどうだ。
 密閉されているはずのそこに、風が吹き荒れる。突然の烈風に顔を覆う男と、対照的に動じる様子もないその他。
 男が目を開けた時、先ほどまで特に珍しい風でもなかった王穿の顔は、先ほどまでとはまったく別のものへと変化していた。
 赤く巌のような顔つき、そして何より、人間のものとは思えない長く伸びた鼻。なまじ服装がそれまでと同じであるため、その異様は際立っていた。
「あ、おま、て、てん天狗?」
「その通りです。仮装ではありませんよ、これも本物の顔です。」
 その言葉も、混乱の極みにある男には届いているか定かではない。
「ここのところ、わしは新入りのこの顔を見るのが楽しくて仕方ないのだが。」
「奇遇ですね、私もそうなんです。」
「ああ、安心していいですよ。王穿君はこれで秘密裏ながら怪異対応機関の長、人を害する気はまったくありません。さ、座ってください。」
 隣の席の男に勧められ、彼は文字通り椅子に崩れ落ちた。
 目はどこか虚ろで、ぶつぶつと小言を呟いている。



「さて、理解してもらえたようですし、話を戻しましょうか。」
 いつの間にやら人間の顔に戻った王穿は、何事もなかったように再びスライドを指した。
「では、皆さんご存知の霧生ヶ谷。その吸血鬼から都市伝説までという無節操な多様性と例外的な霊子濃度の濃さ、そして生い立ちゆえの怪異を曳くその性質から怪異の坩堝とも呼ばれるこの地で、先日事件が発生しました。これです。」
 画面が変わり、そこにどこかのロビーが映される。人は椅子に座って順番を待ち、自分の番になるとカウンターへと向かう。カウンターでは、受付と客が金を手続きに従って手渡し手渡されている。言うまでもないが、そこは銀行。
 特に珍しくもない、平凡な光景。
 しかし、すぐに平凡は非日常へと変容した。
 ドジョウに似た魚のマスクをかぶった四人の男が店内へ入り、手にした紙袋から気観衆を取り出した。
 突然のことに、それを強盗と認識できたのは等しく数秒の後だった。そして現状を恐慌に陥る客と、警察へ連絡しようとする従業員、取り押さえようとする警備員。
 強盗の一団は、それを一手で抑えた。
『てめぇら動くな!このガキの命が惜しければな!』 
『た、助けてくださぃ
 強盗の一人が、ソファーに座っていた小学生を掴み上げ、頭にそれを押し付けたのだ。
 緊張に動きが止まる。
 その隙を逃さず、一人が従業員を警報スイッチのあるカウンターから引き離し、もう一人が従業員を殴り倒して動けないように縛り、同時に銃口を向け客への威嚇を行う。
『急げよ!』
 最後の一人は従業員から鍵を奪うと、あっという間に金庫を開けた。間もなく持ってきた鞄はパンパンになる。
『よし、ずらかるぞ!』
『って、私もですかぁ!?きゃーーーっ!』
 情報をなるべく残さないように無言で頷き、店から走り去る強盗達。それも、保険のためであろう人質の小学生を背中に担いで。
『助けてくださいよーーーぅ!』
 助けを呼ぶ声もむなしく、強盗達の姿はカメラの画面から、つまり店内から出て行った。
これのどこに怪異があったのかね王穿君?」
「強盗ではないか、珍しくもない。」
「お静かに、これからです。」
 直後。
『ふぁよく寝たわっ!』
 先ほどまでソファーにぐってりともたれていた長い黒髪の女性が、突然起き上がるなり叫んだ。警察に通報している従業員を含め、その声に驚き固まる。
 こともあろうに、強盗が入ったというのに彼女はふてぶてしく寝ていたらしい。
『りいこはどこよ!?小次郎でジャンボお好み焼きを奢るためのお金、ちゃんとおろした
『ちょっと、あなたの子供は強盗の人質に
『若くて世界三大美女も裸足で逃げ出すこの私に、子供なんているわけないでしょーが!あれは友達、というか弟子、もしくはおごってくれる人ね!』
 と、八つ当たり爆発、親切に説明してくれたおばさんに対し五行拳の崩拳をかます。
寸止めだが。
『ともかくそれはまずいわね!そんなこと許したら、誰が私のお好み焼き奢るのよ!』
 友達の身の安全より、晩飯のおごり。
 唖然とする、一同。
 ディスプレイを見るものたちの中から、噛み殺した失笑が漏れる。
『よし、追うわよっ!!』
 そして、彼女は消える。
 映像はそこで終わりだ。
「問題は、この彼女です。」
 王穿はごくまじめな表情で、次の画面を映す。
「この後起こったことは、強盗達が込み入った路地を逃げたため、地元住民にもほとんど知られていません。しかし、これは非常に注目すべき内容です。」
 画面では、先ほどの強盗が少女をかついで路地を走っている。
「この映像は?」
「得た情報から、念写のできる妖怪に頼んで作成してもらったものです。報告書ではわかりにくいですから。」
「それほど複雑な状況だったのかね」
「まぁ、ある意味そうともいえます。」
 薬かなにかで気を失わせたのだろう少女を荷物のようにかついで、四人は細い路地を走っていく。
 通報されたとしても、この細い道にはパトカーは入れない。走って追ったとしても、迷路のように入り組んだこの道では、追い詰めることは困難。何より、この市には縦横にめぐる地下水路があり、逃げ道には事欠かない。
『もう逃げ切ったようなもんだぜ、親分!』
『ああ、こうなりゃもう人質なんてどうでもいいんじゃねぇか?』
『バカ野郎、こういう場所で気を抜くのは三流だっていつも言ってるじゃねぇか。』
『それにしても、こんな変な仮面どこで手に入れたんだよ。』
『ああ、これか。こりゃここらへんにいた変なオッサンのカバンを掏った時に入ってたんだよ。モロウィンとかなんとか言ってたな。』
『何だそりゃ?』
 ほとんど警戒もない、楽勝ムード。
 変化は突然現れた。
 それは、手元も見えないほどの白い霧という形で。
『え?なんで、いきなり霧が?』
『霧生ヶ谷、だからじゃないのか?』
『それより、前見ろ前!誰だよ、あれ!』
 通路を塞ぐように絶つ、頭頂部の禿げた白衣の老人。
『ヒヒヒ
 跳躍。
 人間とはとても思えない超人的な脚力で、一足にリーダー格の前まで跳んだ。
 恐怖に固まる彼らは、間近でそれを見た。
 ヘドロのような濁った混沌を秘めた、人間では在りえないその目を。
『だめじゃなーい!』
『てめぇら逃げろっ!』
 言われるまでもない、全員がそろって背を向けて走り出す。
 その背中に、老人の凄まじく速い回し蹴りが掠る。
 標的を失った足はその横にあった電信柱に刺さり、こともあろうにそのまま粉砕した。電信柱がメキメキと倒れる音が響く。
『なんだあの化け物は!』
『俺が知るか!』
『フニャッ!』
『っと、なんだ?今何か踏まなかったかな
 振り返ると、足元には白猫。
 何故か二本ある尻尾、その二本ともに足型がついている。
『お前、わたしの尻尾を踏んでいくとはいい度胸だ!』 
『え、猫が何で日本語を喋って
『気のせいだ、気のせい。きっとそうだ。ほっといて行こうぜ。』
『あ、ああ
『謝罪もなしに去ろうとは重ね重ねいい度胸だな!覚悟するがいい!』
 毛を逆立てた猫は、尾を二本ともこちらに向ける。
 すると、その先端に小さな火が点り、それはだんだんと大きな火の玉へと成長していく。
 その直径が四十センチばかりになったところで、白猫は、にゃっ、と前足を振り下ろした。
『これ、夢か?』
『じゃあ、なんで熱いんだよ。』
『俺に訊くな、こっちが訊きたい。』
『だから逃げろ!』
 それを合図に、片方の火の玉は尾を離れ、弧を描いて飛ぶ。
 走ったためにすんでのところで外れたそれは、高熱で髪の毛を焦がす。
『次は外さん!』
『うおっ!』
 残ったもう一発が足を踏んだ男の足元に着弾し、一人の服に点火する。 
『あちっ、あちっ!』
『大丈夫か!布、布
 と、逃げ行く先には、談笑しながら歩く三人の子供。
 その中の少女の手には、毛糸でできた不恰好な帯らしきものがある。
『それ貸せ、ガキ!』
『あ!』
 奪い取ったそれを、熱に悶える男に叩きつける。それほど酷くなかったようで、数回はたくと火はすぐに消えてしまった。その帯は火のせいでちりちりになり、焦げて見る影もなくなったが。
『あ、あ、ああせっかくせっかく編んだマフラーが
『おい、おまえらよぉ
『去年の冬から作ってて、やっとできたのに
『カシスになんてことするんだよ!』
『こっちは今忙しいんだよ!あっち行ってろ!』
 その一言に、少女の表情が変わる。
『ふ、ふふ人間相手に力使っちゃいけないって言ってたけどこれは不可抗力、ジジも怒らないわよね?』
 少女の手には、気付けば薙刀が。
『当たり前だ、こんなやつは万死に値いや、億死でもいいな。』
 少年の手から、禍々しい青い光が。
『じゃあ、焼かれるか、刻まれるか、好きなほうを選んでね。』
 少年の手には、鈍く光る太刀が。
『どっちも嫌じゃああああ!』
『さっさと逃げろ!』
 少年の放つ氷の刃、もう一方の少年の太刀、そして悪鬼の如き表情の少女の炎と薙刀が縦横無尽に舞い、逃げる四人の薄皮を掠めていく。
 というより、かなり当たりかけている。
『なんなんだこの町は!』
『俺が知るか!きっと夢だ!』
 叫びながら四人が逃げる先には、進路に垂直方向に向いた大きめの水路がある。
『チャンスだ!』
『わかってる!』
 水路沿いの道へ曲がり、建物の影に隠れたところで水路に飛び込む。
『どこ行ったの!?』
『こっちへ逃げたみたいだな!』
『じゃあ、今すぐ追いかけてモロモロの餌にしよう!』
 この水路は整備用にかコンクリートの通路があり、そこに降りるなら水音は立たない上に、段差が二メートル近くあるので壁に張り付いていれば上からはまず見えない。
行ったみたいだな。』
『逃走経路の確認、しといてよかったな。さもなきゃ今頃なます切りだぜ。』
『まったくよね全く、あのルーン女、手加減ってもの知らないんだから
 安堵するそこには、いつのまにかウェイトレス姿をした白髪の少女。
『誰だよ、お前!』
『何で当然のように馴染んでるんだ!?』
『まぁ、悪人同士のシンパシーってやつですか?ちょうどよかった、私も一緒に隠れさせてください!』
 目を潤ませ、上目づかいに四人を見上げる少女。
『どうするんです親分、俺不覚にもときめいたんだが。』
『ま、まぁ一人くらい増えたところで変わらないしな。好きにしろ。』 
『ありがとう、皆さん!少し刺激的な格好なのが、目の保養だけどきゃっ。』
『刺激的?』
 何が刺激的かを確認する間もなく、頭上から怒鳴り声が落ちてきた。男性にしては高め、女性にしては低めのよく通る、怒りに震えた声。
『そこにいたのかささめ!さっさと出て来い!』
『やばっ、あとよろしくね!』
 言うなり、少女は文字通り姿を消した。素早く動いたなどという話ではなく、文字通りに忽然とその場から消えうせたのだ。
『なんだったんだ、あの女?』
『さあ?』
『俺達、段々とこの状況に馴染んできてる気がしねぇ?』
『かもな。』
『来ないならこっちから行くぞ!』
 そんなやり取りを交わす四人の前に、ふとひとつの影が降り立った。
 一昔前の映画にでも出てきそうな古めかしいコートを着た女と見紛うほどの銀髪の美男子は、怒りに顔をしかめ、明らかに銃刀法に反した一振りの仄かに青く発光する剣を握っている。
 青年はその剣を一振りし、警戒心も露に強盗の一人へ切っ先を突きつける。
『む、なんだ!こんなところで何をまて、お前が担いでいるのは、りいこではないか!?おのれ貴様ら、私の友人をそんな目にあわせてただで帰れ!?』
 しかし、その宣戦布告の言葉は尻すぼみに消えていく。視線はゆっくりと下へと降りていき、台詞が首の角度に比例して小さくなっていく。ついでに頬も真っ赤になっている。
 その理由を探るために視線を下ろした四人は
 先ほどから続いた逃避行で直撃を回避できた代償として受けた無数のかすり傷、そのせいでほぼ完全に服は隠すべき所を隠す機能を失っていることに、やっと気付いたらしい。
『ききゃーーーーーーーーーっ!』
 完全に男のものではない黄色い悲鳴をあげ、彼改め彼女の拳が、逃げ場のない男たちに降りそそぐ。
 数十秒後、ボロ雑巾という表現にふさわしい状態で川原に山積みにされている強盗達。
 白い頬を真っ赤に染め、荒い息をつく美女。
『まったく、日本という国はどうなっている、人攫いは全裸という決まりでもあるのか!?』
『誰かと思えば、スノリじゃないの!』
 やはり上から降ってきた声の先では、長い黒髪の女性が水路の縁に仁王立ちしている。その女性とは、銀行から追いかけてきたあの傍若無人女。
『暮香かなぜこんなところにいる?』
『なぜかって!?そこに転がってる強盗を捕まえて、りいこに奢らせるために決まってるわ!
それにしても、姿を見せる前から恐れをなして自らを罰させるとは、とうとう私は範馬勇次郎を超えたわね!』
『いや、最初からボロボロだった上、トドメはその、不可抗力ならが、私がさしたのだが
『じゃあさっさと警察に突き出すわよ!ほら、頑張って運びなさい!』
『私が運ぶのか!?』
『仕方ないわね、運んでくれたら今晩の晩飯を奢らせてあげるわ!』
『まぁ、夕食代が浮くということなら構わなって、待て!それだと私が奢ることになるのではないか!?日本語はこんなに狡猾な言語なのか!?』
『さーちゃっちゃと行くわよ!』
 そこで画面は暗転し、映像は終わった。
 部屋には、換気扇の回るブンブンという不快な音だけが響く。

 

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