シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

涼やかな夜に石は転がる

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匿名ユーザー

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涼やかな夜に石は転がる:しょう

 長い年月使い込まれ、飴色にも似た艶を持つに到った鉄板に油がひかれた。十分に熱せられていた鉄板の上で瞬く間に油は馴染んでいく。水切りされ軽くほぐした生麺が鉄板の上に盛られる。軽快なリズムを刻みテコが舞う。途中で一度油を少し加え、麺に馴染ませる。焼き色がつき始めると、今度はソースが垂らされ、これまた手早く二本のテコが麺にソースを絡めていった。あっという間に素焼きソバの出来上がりだ。
 ソースの焦げる香ばしい香りが広がる。現金な事に、ついさっきまで固形物など口にしたくもないと思っていたくせに、食欲が戻ってくるのを自覚する。人間の体という奴は意外にアバウトに出来ているらしい。まあ、朝から何も口にしていなければ当然の反応なのかもしれないが。
 出来上がった素焼きソバが鉄板の脇にどけられ、テコが鉄板の上の焦げ目を削ぎ落としていく。再び油がひかれ、今度は刻んだキャベツや天カスの入った生地が鉄板の上に流し込まれる。崩れて広がろうとする生地を二本のテコが誘導し成形し、掌大の円が出来た。久遠寺辺りが作ると柄の長いスプーンでちまちま形を整えていくのだけどな。いやはや、これが素人とプロの違いなのかもしれない。すぐそばで見ていたのにどうやったのかよく分からなかった。その上に、さっき脇にやった素焼きソバが乗せられ、生地が被せられる。上に豚コマを散らすと、テコがすばやく動き、生地全体をひっくり返す。
 文字通り流れるような、澱みのない一揃いになった動きだ。こういうのを熟練の技とか、職人芸とか言うんだろう。本人にしてみれば、どうってことのない極々当たり前のことなのだろうが、それは確かに理屈ではなく体と心が覚えこんでいる技術の結晶の筈だ。
 こんな事を思うのも、自分が器用貧乏だという自覚があるからだろうか。ま、生地の焼ける音と、ソースの焦げる香ばしい香りの前には些細な問題に成り下がるんだが。
 気難しそうな店主が焼いてくれたモダン焼きを前に手を合せて、一切れ口に運ぶ。熱い、が、美味い。んで、見事にむせた。
 急に物を入れたんで胃袋が仰天したらしい。これも当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、むせている身としては、笑い事じゃない。
「むぐっ」
 ジタバタと悶えていると、隣の上木が動いた。
「おい、水だ。急げ」
 カウンターの端っこへ向けて声を飛ばす。
「……」
「あー、くそ」呼びかけに返事はなく、苛立たしげに上木は席を立ち、水を持ってきてくれた。助かる……、あとお疲れ様。数秒遅かったら多分三途の川の淵で向こう岸を眺めていたと思う、いや本当に。一心地つけば改めて視線が痛かった。まあ、出元は明らかで、カウンターの端っこに座っている女の子だ。多分、女の子だろう。うん、ちょっと自信がないけれど。ソフトクリームというらしい。流石に俺も菓子類の性別なんて判断つかないからなぁ。いや、冗談だけどさ。
 お洒落の欠片もないジーパン、Tシャツに無地のエプロンで、極めつけに目一杯に不機嫌な顔をしている。尤もこれはいつもと言う訳じゃないだろう。流石に接客業でそれはまずいと思うのですよ?
 じゃあ、なんでこんな事になっているのかと言えば、だ。
 昨日の喜劇じみた惨劇の事情を話した後、何か食べようという話になり、上木の案内でこの店に来た。で、中に入ろうと入り口の扉を開けた。丁度客の注文を取っていたらしいその少女が涼成の姿を認めた途端、『スズー』の呼び声、寧ろ掛け声か? と共に突貫をぶちかました。それはもう見事なまでに少女の頭が上木の鳩尾にめり込んでいた。さながら映画のワンシーンのような鮮やかさだった。
 そして、悶絶している上木を脇目に俺を見上げ「誰?」と来た。
「あー」なんて答えたら良いんだか、答えあぐねていると
「ぐぁっ。さ……、こんのソフトクリーム!! 何しやがんだ」
「誰がソフトクリームだ。あたしの名前は小夜だって言ったろ」
「石動さん、コイツはソフトクリームって言いますんで、よろしく」
「さ・や・だ!!」
 ソフトクリームと呼ばれた小夜と名乗る少女は上木の背後に回って腹に腕を回して、何をしようってんだ? ジャーマンか? ジャーマンなのか? 無理だろ流石に。体格差がありすぎるし、何より腕がまわりきってない。
 無謀な挑戦を続けるソフトクリームを摘み上げると、上木は何事もなかったかのように「カウンター、好きなトコに座ってください」と言い、摘み上げられたソフトクリームは「無視すんな」と叫んでいた。
 無視はしていないと思うぞ、降ろしたら面倒な事になるとわかっているからそのまんまなんだと思うし。それより、他にも客がいる訳だからもう少し静かにした方が良くないか。そもそも注文をとっている途中だったんじゃ? と思ったら店主自ら注文取り直してるし、何人かいる客は慣れているのか二人のやり取りを微笑ましく眺めていらっしゃる。店主も止めに入らないって事は日常茶飯事なんでしょうか? そういや上木、此処でバイトしているって言ってたな……。
 というようなことがあった。その後も、ソフトクリームが上木の腕に腕ひしぎを決めようとして失敗し、床へ頭から落ちかけたりもしつつ、無事にカウンターに座る事ができた。上木が店主に「お願いします」と頭を下げると「ん」と短く返事が返り、そして冒頭へと行き着く。
 その間ずっとソフトクリームが不機嫌だったようなんだが、正直目の前の職人技に目がいっていたんで推測なんだが。で、チクチクと痛い視線は四割方が俺に向いていて、残りの六割が上木に向いている模様。想像するにいつも相手をしてくれるバイトの兄ちゃんがどこの馬の骨とも知れないのを連れてきただけでなく、その馬の骨の相手ばかりして、構ってくれないから拗ねているという所だろうか。ひょっとすると違うのかもしれないし、そうなのかもしれない。ま、拗ねているという点に関してだけいえば、当たらずとも遠からずといったトコだろう。
 取り敢えずの結論が出た所で、目の前の豚モダンに挑みかかる。横で上木も箸を動かしている事だし、何より食い物は一番美味い時に食わなきゃ罰が当たる。この場合は口の中をやけどしそうなくらいに熱い内に、だ。ただ黙々と食べる。途中こそさら大きく椅子を鳴らし、アイスクリーム女史が店の奥、多分住居の方へ引っ込んでいくのが見えた時、「追いかけなくて良いのか」と聞いてみた。
「いいんすよ、甘やかすとつけ上がりますから」
「そっか……」
 曖昧に返事を返し、食事を再開する。そうして、最後の一切れを咀嚼、嚥下しお冷を飲み干すと、漸く一心地ついた。
「ご馳走様でした」
 夕べは酷かったからなぁ。よく生きていたよねぁ、本当に。
 一頻り感慨に耽っていると、上木も食べ終わったようだった。傍目から見て、少し不機嫌そうに見える。が、上木の場合それが素に近いらしく俺にはまだ判断できない。古い付き合いだというツキと呼ばれている、上月の廉価版というか、ジョブチェンジ前といった少年は、ちょっとした眉の動きで何を考えているか分かるとか言っていたが……。仮に不機嫌なのだとして、その原因にソフトクリームならぬ小夜って娘と関係があるのなら、責任の一端か、もしくは背骨くらいは俺にはあるはずで、何とかしなくてはいけないなんて義務はないが、かといってそのまま放置してよいという法も、またない。無論、俺の中だけで通用するものだから、別の見方をすれば単なるお節介かもしれない。それでもってのは、結局俺は上木涼成という俺に良く似ているような、似ていないような年下の友人のことを気にいているのだろう。
 ほんの数年ではあるけれど、余分に時間を過ごしているのだから、アドバイスめいた事は出来るんじゃないかと思う。もっとも、よく似ているのと、殆ど似ていないのは同義だと思うんで、はたして俺のそれが上木の役に立つかと言われれば『さあ』としか言いようがない。それを決めるのは上木だろうし、人の話を聞いて上手くいくと言うのなら、世の中成功者ばっかりだ。
 そんなだから、自己満足混じりのお節介を始めよう。
「なあ」
「はい?」
「小夜ちゃんだっけか? さっきの娘」
「ソフトクリームで十分ですよ」
「流石に初対面でそれはどうかと思うんだけど」
「さっきので面通しは終わっているんで大丈夫ですよ」
 なんというか取り付く島がない。確かに、鳩尾への突撃は強烈だと思うが、その程度の事を引きずる様な奴じゃないと思うんだがなぁ。コイツ……。
 ただ単に虫の居所が悪いだけという可能性もあるが、さてどうしたもんだろうね。このまま普通に話していても埒が明かず、結局何も変わらない気がする。だったら、此処は一つ、取り付く島を作ってみることにしましょうか。
「気になっているみたいだな」
「…………」
「付き合ってんじゃねぇの?」
「誰が、です?」
「だから、お前と」
 店の奥を指差して。
「彼女」
 二呼吸くらい間が開いていただろうか。
「まさか、なんで俺があんなのと。そもそもアレは中学生ですよ」
「今は、な。けどさ、五年後を想像してみろよ。お互いに大学行って付き合っていてもなんらオカシかないと思うがな」
 上木の視線が宙を泳いだ。多分、五年後を想像してるんだろう。眉を寄せたり、口をへの字に曲げてみたりと暫く百面相をしていたが、やがて。
「想像できねぇっす」
 と、白旗を揚げた。ある意味当然だろう。俺だって、コイツくらいの時、五年後なんて未来は文字通り、未だ来ていない遠い遠い時間の先の先の出来事だったんだから。
 ま、実際にはあっという間に過ぎ去ってしまい、その時に抱いていた大切だった筈の想いなど欠片も残さず指の間から零れていってしまったのだけど、こんなことは今は関係ないか……。それに、コイツなら上手く色々な物を持ち越すかもしれないし、な。
「だろな、俺もお前位ん時には、アオイと付き合うことになるなんて思いもしなかったよ」
 だから、わかんねぇぞ、と続ける心算でいたのだが、人間追い詰められて必死に為ると、普段なら見逃すような些細な事柄にでも気付くものらしい。ものの見事にアオイの名前に食いついた。
「誰っすか、アオイって?」
 えー、なんか意図していた方向とはかなりずれているような気がするんですが? どうしたもんでしょう。
「いやそんな事より」
「誰ですか?」
 ……。しゃーない。話すとしましょうか。別にこっちの方向でも目的果たせるだろうし。正直に言えば、素面で話すのはかなり木っ端恥ずかしいんだが、未成年の前だ、アルコールは我慢することに致しましょう。
「あー、分かったから睨まんでくれ」
 上木が慌てて眉間に手をやり皺がよっているのを確認すると、ぺこりと頭を下げてきた。無意識だったらしい。色々損だね、本当。
 んじゃま、始めますか。
 蒼井葵。冗談みたいだが間違いなく本名だ。自称は可憐な乙女。アオイを知っている連中は暴走姫とか呼んでいたりもする。俺より三つ年上の、所謂幼馴染という奴になる。尤も、俺のというよりは、六つ上の兄貴の幼馴染という印象のほうが強いんだが。俺はあの二人の後ろをついて歩いていただけだしなぁ。
 何でもソツなくこなし、外面は間違いなく優等生って奴なんだが、その実楽しいことには労力を惜しまない主義なだけで、外面がいいのもその方が色々と有利だからというだけだ。それを実行できるだけのスペック持ちでもあるって事だが、どう考えても必要のない余分な所にパラメーターを振り分けすぎだと俺は思う。ともあれ、そんな感じの奴だから、回りにいるのも一風変わったヤツラが多い。久遠寺や、天野兄弟に会ったのも、アオイ絡みだといえば大体納得してもらえるんじゃないだろうか。
 学年が、三年開いているんで、同じ学校という区分になったのは、大学に入ってからだ。それまでは、カテゴリーごと違ったんでいかにも年上というイメージがあったんだが。小学生が見上げる中学生や、中学生が憬れる高校生って奴だな。大学で一緒になったら色々と想像の方をぶち破ってくださった。現実が中学、高校で伝え聞いたのの少なくともニ割り増しってのはどういうことだろうな。つくづく噂ってのは当てになんねぇ……。
 それでも、感情までは塗り替えられなかったんだから、我ながら笑える話だ。そんなこんなで一年間一緒にいて、アオイは別の学校の院へ行っちまいやがった。一言くらい相談があっても良かったんじゃねぇかと思う。本気で腹が立った。今でも納得しているとは言いいがたい。なんで、俺のほうからは葵に連絡を取っていない。そもそも、引越し先の住所も知らねぇし。尤も、二ヶ月に一回くらいはアオイのほうが家に押しかけてくるんだが。本当に何しにくるんだか。
 というような事を、上木に話したら、変な顔をされた。具体的に言うと、時々久遠寺や暗夜が「鈍いな」とか「呆れるしかないね」とか言いながらする表情に極めて近い。
「なんか顔についてるか?」
「いえ、そーじゃないんですが、石動さん『鈍い』とか、『朴念仁』とか言われません?」
「よく言われる」
 暗夜とかアオイとかに特に。
「やっぱり……」
 どーしてそこでこう納得するかね、全く。
 それから暫く、雑多な事を脈絡もなく互いに話した。例えば、俺が高校の頃上月と一緒にやらかしたコンテスト荒らしの顛末や上木が校舎の窓から飛び降りたとか、お互い何の因果か付き合いのある不思議大好き少年共の悪事を暴露しあった。あるいはこの間見たアニメ霧生忍法帖特別編が面白かったとか、知り合いの弟君が姉に実に愉快な扱いを受けているとか、同じく知り合いの妹が不思議大好きで、部員を引き連れて日夜市中を探検中だとか、本当に共通項を見つける方が大変な位に思いついたまま口にしていた。多分、上木もそうだったと思いたい。だってよ、さっきよりもずっと柔らかい表情になっているんじゃないか、上木?
「何笑っているんですか? 不気味ですよ」
「あ? 不気味で結構。楽しいから笑っているんだよ」
「楽しい?」
「ああ、楽しいさ。上木もそうだろう? 肩肘張らずに何も考えずに、気侭に色々吐き出すってのはなかなかないからさ」
「そうかもしれないですね」
「だろ」
 もっとも、俺は大学生で、上木は高校生で、どうしようもない時間だとか経験というような隔たりがある。それは、生き方とかそういうもので左右されるんじゃなく、過ごして来た時代の空気に起因したり、大学生であるとか、社会人であるとか中学生、高校生であるという、所属するカテゴリの持つ属性によるものだ。俺だってほんの数年前まで高校生をやっていた訳だが、今は大学生で大学という領域にすっかりカテゴライズされていて、自分がどんな高校生だったか思い出せさえしない。いや、違うか。どんなことをしていたかははっきりと覚えている。だけど、そこにどんな想いがあったのかは酷く曖昧だ。故に断絶。
 あるとすれば、憬れに似た追憶くらいだ。
 だから、俺と上木にはどこかズレがある。ただ、俺はそのズレさえも楽しいと思う。僅かでも高校の時の気持ちを思い出させてくれるというのもあるし、趣味の悪い話かもしれないが、上木の感じている近い未来への憬れや不安にかつての自分を重ねているってのもあるんだろう。曖昧模糊とはしているものの何にせよ楽しいと思うことに変わりはない。普段どっか普通じゃない連中と一緒にいるから、余計そう感じるのかもな。
「さて、すっかり長居しちまったな」
 実際、食べ始めてから二時間以上がすぎている。立派な営業妨害だよなぁ、これ。追い出さなかった店主の大将に感謝だな。まぁ、さすがに気が咎めるんで、持ち帰りで豚モダンを一つ頼む。上手かったんで、元からそのつもりもあったんだが……。今度久遠寺にも教えてやろう。
 程なくして持ち帰り用の豚モダンが焼き上がり、湯気の昇る袋を手に上木と一緒に店を出た。日はとっぷりと暮れていて、店の中が火を使っている関係もあって蒸し暑かった所為か、水路から吹いてくる風がやけに涼しく感じた。合せる様に、周囲を漂っていた曖昧な境界が薄れていく。なんとなくそれを惜しい、と思う反面。仕様がないなとも思っているんだが。
 いつか終わってしまう、失われてしまうからこその楽しさだからというのは感傷に過ぎるだろうか。
 ……きっとそうなんだろうな。次の瞬間に抱いたそれら全てを粉微塵に砕きに砕いて、破片はおろか飛沫さえ月の裏側まですっ飛ばしてくださったんだから。それぐらいインパクトがあったんだよ、あれは。
「やっと出てきたな、馬の骨!」
 声は上からした。暖簾の上、『小次郎』と書かれた看板に足をかけ体重を預ける形で二階の窓から身を乗り出した小夜がいた。
 お前から見て、俺が馬の骨なのは認めても構わんが、看板に足をかけるのだけは止めろ、罰当たるぞ。
 というような苦言を言う間もなく。
「スズを返せ」と、誤解も甚だしい文句を放つと同時に跳んだ。それはもう、気持ちが良いくらいに躊躇なく、寧ろ看板を蹴ってこっちへ真っ直ぐ向かってくるくらいに勢いよく。頭から突っ込んでくる様はフライングボムなんて生易しいもんじゃなく、さながら人間魚雷かナパームかといった有様だ。俺が避けた時の事考えてねぇだろう、この、ああコイツなんざソフトクリームで十分だソフトクリームで。
 言うまでもなく下はスプリングの聞いたリングなんぞではなく硬く締められたアスファルトだ。普通に足から落ちても運が悪けりゃ骨折するってのに頭から、勢いをつけて飛び込んだらどうなるか、あんま想像したくないものになるのは確かだろう。
「上木。パス」
 手にした袋を上木に投げると、文字通り飛んできたソフトクリームを受け止める。と言った所で、俺はコミックの主人公じゃないんで身動ぎ一つせずに、なんて真似はできない。飛び込んできた勢いのままに後ろに倒れこんで、せめてソフトクリームが怪我しないように努力するのが関の山だ。何度かアスファルトの上を転がって、電柱に当たって漸く止まった。良かったよ、水路に落ちなくて。
 庇い込んでいたソフトクリームを解放し、立たせると俺もその正面に立つ。一言言わせて貰わないとどうしようもねぇ。
「何考えてやがる、この……ソフトクリーム!!」
 叫んだ途端、ぶつけた所が一斉に悲鳴を上げた。肘やら背中やら肩やら膝やら細かい所まで上げていけばほぼ全身という有様で、正直このままぶっ倒れてしまいたい。しかしそれはそれで色々問題になるので気合で我慢する。痛いけどな、とっても。
 で、痛みを堪えた碌でない形相の俺に脅えたのか、今更ながら自分のやらかした事の危険さに気付いたのか、できれば後者だと助かるな、ソフトクリームが小さな声で「ごめんなさい」と謝った。
 その姿に中学の時の自分が重なる。ああ、まったく。中学ん時の事は思い出したくても思い出せもしないのに。……たった一つの事柄ですっかり塗り潰されちまったから……。なのに、重なるってのは、どうしてなんだろうな、本当に。昔を懐かしむ時間は当に終わったってのに。
「寂しかったんだよな」
 それでも、なんとなくわかるような気がするんだから、手を差し伸べる位しても罰は当たらないだろう。
「あんた、良い人?」
 何をもって良い人と称するのか疑問がとても残るが、害意がないという意味では良い人と言えない事もないかもな。腹の虫が完全に収まった訳じゃねえんだけどよ。
「さあな。まあ、少なくとも上木の友達なのは確かだな」
「……」
 だからそこで黙られるとこっちもやりにくい。かと言ってかける言葉もないんで、俺も黙ったまま。暫くお互い黙ったまま。
「スズはさ、あんたと一緒にいるほうが楽しいのかな?」
「さあ、俺にもわからん」
 少し身を屈めて目線を小夜に合せる。
「ただまあ、俺とアンタじゃあいつの中での意味合いが違うだろうから、単純にどっちといた方が楽しいなんて決められるもんでもないだろうさ」
「よくわかんない」
 そりゃそうだろ、言ってる俺だって分かるように説明しろって言われたら困る。感覚的にそう思うだけなんだから。こればっかりは自分で実感して貰わない事にはどうしようもない。
「その内分かるだろ、きっと。それまでは気楽に考えろよ。自分がアイツと一緒にいて楽しいに違いないってさ」
「分かった、あんた良い人だね」
 いや、だから……。まあ、いいか、それでいいならそれで。一応納得して、体を伸ばす。少し離れた場所で待っていた上木が駆け寄ってきた。
「石動さん。すみませんでした。怪我ないですか」
「ん? 大丈夫みたいだな、外傷はない」
「あ、スズ」
「小夜……。本気で何考えてるんだ! 石動さんが受け止めてくれたから良いようなものの普通だったらただじゃ済まないぞ」
「へーん、スズが悪いんだい」
「ああん?」
「喧嘩すんなって。仲良くするんだったら今度、夏になったらお互いに何人かツレ誘って海行ってバーベキューでもしよう。どうだい?」
「いいですね、それ」
「楽しみだー」
 で、小夜に思いっきり体当たりをされた。本人にしてみれば抱きついたつもりらしいのだが、全身打ち身状態の俺にしてみれば体当たりと大差ない。つまり、恥も外聞なく悲鳴を上げたんだよ。ああ、アレは本当にソフトクリームで十分だ。

 追記:上木に預けた豚モダンは大方の予想通り投げた拍子にぐちゃぐちゃになっていたんで、もう一度焼いてもらう事にした。表で何があったのかは店の大将には悪いが内緒という奴だ。

 追記の追記:後日、小次郎の事を久遠寺に教えたところ、即日店に行ったらしく、次の日弟子入りすると息巻いていた。結果は、知らん。

 追記の追記の追記:その後いつもの面子プラスαで行った海辺のバーベキューで、何故かまた騒ぎに巻き込まれる破目になったってのは、予想の範疇すぎて笑えないよな?

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