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藩国国民紹介SS・2 ゲドーさんの場合

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takanashi

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い、今までで一番筆の乗りが良かったです……(汗
でももう、ハーレムネタは嫌だ……w

【ゲドーさん紹介SS】
作:小鳥遊(ワカ)


 博物館の方角で、どうして闇星号が現れて何をしたのか、確かめるのも怖いッスけど、放っておくのはそれ以上にまずい気がして、俺は恐る恐る博物館の方に向かったッス。
 王城から博物館へと向かう道は森に囲まれていて、日差しも燦々と降っていて木漏れ日がまぶしくて、なんだか戦々恐々とした今の気分と酷くミスマッチで、不思議な感じがするッス。
 木漏れ日は暖かくて、風はそよそよと木々を揺らしていて、葉と葉のこすれあう音と、鳥達の鳴き声がして。
 絶好の散策日和なのに、どうしてこんなに気が重いんスかね……

 せっかくの風景を楽しむこともできず、とぼとぼと歩いていると、向こうから人影がこっちに向かって来たッス。
 その人はとても急いで……というよりは焦っている様子で、何度も辺りを見回しながら土煙を上げるような勢いでこっちに向かって来たッス。

「あれは……ゲドーさん?」

 遠目に見えるその姿は、たしかに先輩吏族としていつもお世話になっているゲドーさんの姿だったッス。
 それでも、その口調に疑問が残ってしまうくらい、俺の知っているゲドーさんとのイメージが違ったッス。
 俺の知っている吏族としてのゲドーさんは、いつも冷静で、常世さんにも共通した落ち着きをもっていらっしゃる方ッス。
 右も左も分からない新米吏族だった俺を――今でもあんまり変わらないッスけど――懇切丁寧に指導してくださった、頼りになる方ッス。
 そんなゲドーさんのあんなに慌てている姿、初めて見たッス……。

 ゲドーさんは辺りをきょろきょろと何度も見回していたので、すぐにこちらのことにも気づいたご様子で、物凄い勢いでこちらに駆け寄ってこられたッス。

「ゲドーさん、こんにち「小鳥遊君、アンジュを、うちのアンジュを見なかったっ!?」ッスグッ!?」

 ゲドーさんはこちらに駆け寄ってくるなり、俺の肩……というよりはほとんど首を力いっぱい掴んで前後にガタガタと揺らして半狂乱で問い詰めて来たッス。
 気道を抑えられて脳をガクガク揺らされた俺に、そんなこと答えられる訳ないッス……!

「ウグッ!? ちょ、ちょっ、ゲ、ゲド……さ、落ち……つ……」
「いないんだよぅ! アンジュがどこにもいないんだよぅ!!」
「ゲ……さ……放…て…死…じゃ…ッス……」

 だんだん……酸欠で視界が滲んできたッス…………
 あ……お花、畑……

「あ、ゴメン!」
「ゼハッ!? ……ハァ……はぁ……ハーーーッ……」

 死、死ぬかと思ったッス……というか半分ほど向こうに逝っちゃってた気がするッス……。

「ひ、酷いッスよゲドーさん……いきなり何するんスか……」
「小鳥遊くぅぅん、アンジュが、アンジュがぁぁぁぁぁ……」

 死に掛けた(というか殺されかけた)俺の文句なんて聞こえていない様子で、ゲドーさんが今にも泣きそうな口調で肩をガクガク揺らしてきたッス。
 どう見たって、正常な様子には見えないッス……

「お、落ち着いてくださいッス、ゲドーさん……何があったんスか……」
「アンジュがぁぁ……アンジュがぁぁぁ……」
「だから落ち着いてくださいッスゲドーさん……大体、アンジュって誰ッスか……」
「何ぃっ!?アンジュを知らないだと!?」
「……へ?」
「ならば教えてあげようっ、アンジュはなあ……」
「あ、あの……ゲドーさん?」

 泣いていたかと思えば一転、今度は嬉々として懐から写真を取り出し始めたッス。
 ……仕事中は冷静沈着で頼りになる方なのに、今日はどうしちゃったんだろう……
 そんなことを思わなくもないッスけど、猫なんだから、こういう時もあるッスよね、と先ほどからのこともあってそう思える自分がなんだか嫌ッス……
 なんとなく人生について思いを馳せている俺の前に、ゲドーさんが写真を出してきたッス。
 そこに写っていたのは、多分、10歳くらいの小さな女の子だったッス、けど……

「ふふふふ……可愛いだろう?アンジュは……」
「あ、はい、たしかに可愛いっす……」

 たしかに、ゲドーさんの言うとおり、写真の女の子は整った顔立ちをした、かわいらしい女の子だったッス。
 だから、それに同意するのは構わないんスけど……

「けど、あの……ゲドーさん?」
「ん? 何だい?」
「……どうしてこの写真、物凄い不機嫌な顔してるんスか……? しかもそっぽ向いてるし……」

 なんだか、こう、この写真を撮った人に対する不機嫌さが、ありありと窺えるんスけど……

「アンジュは仏頂面でも可愛いだろう?」
「いえ、あの、そういう問題では……」
「ふふふ、こんなだがなあ。とても優しい子なんだよ? アンジュは」
「いや、だから……」

 ……全然、人の話なんて聞いてないんスね。
 まあいいや。気にするのはやめた方が良さそうッス。

「あの……ゲドーさんがこの子を可愛がってるのはよく分かりましたッスけど、結局この子誰ッスか? ゲドーさんの娘さんッスか?」
「まあ、そんなものかなあ……オレが養ってる子でね、もうだいぶ大きくなったっていうのに、人見知りって困ってるんだ」

 困ってる、といってる割には、物凄く困ってなさそうな顔してるんスけど……。
 なんていうか、人見知りしている分、独占できて嬉しい、みたいな。

 まあでも、ゲドーさんにも子煩悩な一面があるってことッスよね。それはそれで微笑ましいッス。

「それで、この子がいなくなっちゃったんスか?」
「……そうだった! そうなんだよ小鳥遊君、アンジュが、アンジュがぁぁぁ……」

 さっきまでの蕩けるような笑顔はどこへやら。
 ゲドーさん、また泣き出しちゃったッス……

「じ、事情は分かりましたけど落ち着いてくださいッスゲドーさん。単にどこかに出かけただけってことはないんスか?」
「言っただろ?! あの子は人見知りなんだ、自分から外に出るようなことしないんだよ!!」
「……それ、人見知りというか、引きこもりというんじゃ……」
「……え? 何か言った、小鳥遊君……?」
「いえ、なんでもないッス……」

 こういう事には触れない方がいいッスよね……それくらいの理性はあるッス……。

「で、でも、ゲドーさん以外誰も知り合いがいない、って訳でもないんスよね? だったら、その人とどこかに出かけたとか……」
「……なんだって!!」
「え?」

 あ、この反応、さっき見たことがあるような……
 そんな事を頭の片隅でふと思って見ると、目の前では血走った目をしたゲドーさんがこちらを睨んでたッス。
 ああ、成る程ッス。さっきの常世さんの表情に、そっくりッス……。

「誰だ? 誰がアンジュを誑かしたんだーーーー!!!」
「い、いや、あの、別に誑かされたと決まったわけでは……普通に考えれば、単にどこかに出かけただけだと思うッスけど……」
「なんだと!? 小鳥遊君はアンジュに魅力がないというのか!?」
「い、いや……ま、まあ確かに、可愛い子だとは思うッスけど……」
「だったらやっぱり誑かされたに決まってるんだーー!! アンジューーー!!!!」

 ゲドーさんは半狂乱になって泣き喚きだしたッス。
 どうしろって言うんスか……。
 でも、どうにかして泣き止んでもらわないことには困るッス……。うう、どうしよう。

「あ、あの……そ、そうッス! 男だと考えるからおかしな方向に行っちゃうんすよ! 女性ッス!」
「……え?」
「アンジュさんを知っている方に女性はいないんスか!?」
「いや、いるけど……サヨコさんとか」

 その瞬間だけ、すこし頬を染めながらごにょごにょと呟くゲドーさん。
 ゲドーさんがサヨコ様を慕っているのは結構有名な噂で、そういうのに鈍い俺にも伝わってきているッス。
 たしかに、ゲドーさんならサヨコ様に秘蔵っ子を紹介していてもおかしくないッスし、サヨコ様はアレで面倒見がいい方ッスから、アンジュちゃんの面倒みていてもおかしくないッス。

「それッスよ! きっとサヨコ様がアンジュちゃんをどこかにお出かけに誘ったッスよ! それなら納得がいくッス!!」
「……そうか、そうだよね! それならおかしくないよね!?」

 ……実際には、サヨコ様はさっきお1人で摂政様に会いに行かれたので、その可能性はかなり低いッスけど……この場は仕方ないッス!
 ここはとにかくゲドーさんに落ち着いてもらうことが第一ッス。その為には嘘も方便ッス。
 大体、納得するも何も、根拠が何一つないからおかしいとかそれ以前の問題なんスけど、ゲドーさん、それすら気がついてないんスもん……

「そうッスよ、それで決まりッス!!」
「そうか……良かった……」

 はあ、ようやく落ち着いてくれたッス……
 元々ゲドーさんは冷静沈着な方ッスから、一度普通の状態に戻れば、きっと頭の回転も元に戻るに違いないッス。
 良かった。これで一件落着ッス……

「………………う゛わ゛ぁ゛」
「え?」
「……ああ、いえいえ、な、なんでもないッスヨ?」

 いえそんな、俺の視線の向こう、ゲドーさんの後ろの方角に、サヨコ様と写真の女の子――アンジュちゃんを連れた摂政様がいるなんてことは。
 おまけにサヨコ様もアンジュちゃんも、嬉しそうに摂政様の腕に抱きついているなんて事は、全然ないッス。

「小鳥遊君、どうかしたの? 顔色が悪いけど……」
「そ、ソウッスかね?」
「声も裏返ってるし……」
「イヤ、サイキンチョットカゼギミナンス……」

 ……不味いッス。
 ここまで来たらいくらなんでももう展開は読めるッス。
 俺はもうスプラッタなんて見たくないッス……
 い、一刻も早くゲドーさんをこの場所から引きはなさいと……!!

「あ、ああ! そ、そそそ、そういえば、さっきアンジュちゃんに似た人を見たような気がするッス!!」
「な、なんだって!? 本当に!? どこで!?」
「あ、ああああのあっちの方で見たッス!」

 そう言って俺が指差した先は、摂政様がいる方向とは全然別の適当な方角で、ちょうどその先には光の谷があったッス。

「そ、そうッス! あっちの、ひ、光の谷でサヨコ様に連れられているアンジュちゃんを見たッス!」
「光の谷!? そうか、あっちだな!! ありがとう、小鳥遊君!!」

 そう言うと、あろうことかゲドーさんは博物館の方にいきなり方向転換して走り出そうとしたッス。
 俺は一も二もなくゲドーさんの腕をつかんで引きとめたッス。
 奇跡的に、摂政様の姿は見られなかったみたいッス。

「どうして止めるんだ小鳥遊君!」
「そ、そっちは博物館ッスよ!? 光の谷は全然違う方角ッス!!」

 俺がほとんど悲鳴になりながらそう叫ぶと、ゲドーさんは得心がいった様子で、あろうことか微笑まれたッス。

「ああ、そうか、小鳥遊君はまだ知らないのか。実は博物館の地下には色々迷路みたいなものが広がっててね、光の谷にも繋がってるんだ」

 近道なんだよ、と仰るゲドーさんはむしろ爽やかな笑顔まで浮かべていて、俺はもう泣きたかったッス。
 なんッスかその裏設定は……。
 なんで俺、光の谷なんか指差しちゃったッスかーー!!

「さあ、分かってくれたなら話してくれ! 早く、早くアンジュを迎えに行かないと!!」
「い、いえ、その、あの……駄目ッスーーーー!!」
「どうして……………………………………………………………………え?」

 その瞬間に。
 俺の全ての苦労が水泡に帰したッス。

 ゲドーさんが振り返ってしまったその瞬間。
 よりにもよって、摂政様はアンジュちゃんの頭をよしよしとなでておられて。
 よりにもよって、アンジュちゃんは気持ちよさげな子猫みたいな顔をして摂政様に擦り寄られていて。
 よりにもよって、サヨコ様はその様子が少し羨ましげなようで、自分の存在をアピールするみたいに、身体を摂政様に密着されていて。

 全てが、終わったッス。

「あ、あ、え、あ、あの、ゲ、ゲド、ゲドー……さん?」
「………………………………………………………………」
「あ、あの……元気…出してくださいッス」
「………………………………………………………………」
「あ、あの……お気を……たしかに」
「………………………………………………………………」
「あ、あの……ゲドーさん?」
「………………………………………………………………」
「あ、あの……」
「………………………………………………………………」
「あ……」
「………………………………………………………………」
「……」
「………………………………………………………………」

 駄目ッス。どうしようもないッス。
 ああ、だんだん、ゲドーさんの周りの空気が陽炎みたいに揺らめいて見えて来たッス……
 これはアレッスね。もう、カウントダウン、って感じッスね。

 そう。こう、5,4,3,2,1……

「オオオオォォォォォマァァァァァァーーー!!」

 0.みたいな。

 そりゃあまあ、無理もないッスよね……
 物凄く溺愛してる娘さんと、片思いの相手に密着されてる人なんて見ちゃったら、そりゃ錯乱もするッスよね……
 ゲドーさんはほとんど泣き顔で摂政様の方に向かっていったッス。
 摂政様は摂政様で、何が起こっているのか分からないけど、ゲドーさんの剣幕に少し驚いておられるようすだったッス。
 そして、ゲドーさんは全速力で摂政様の下に殴りかかられて……

「いきなり何なのよアンタはーーーー!!!!」

 あ、サヨコ様に殴り飛ばされたッス。
 あ、ゲドーさん、5メートルくらい宙を待ったッス。
 あ、落ちたッス。
 あ、サヨコ様、マウントとったッス。
 あ、殴ったッス。テンプル、ジョー、あ、鼻のいい所に入ったッス。
 あ、ピクピクしてたゲドーさん、だんだん動かなくなってきたッス。
 あ、止まった。

 ……それにしても、サヨコ様の後ろでアンジュちゃん、ストンピングしてるのは気のせいッスかね……?

 サヨコ様、満足した感じで手をパンパンはたきながら立ち上がられたッス。
 摂政様は、何が起こったのか理解できてないご様子ッス。
 アンジュちゃんは……あ、ゲドーさんの方に寄って行ったみたいッス。
 何か言うつもりみたいッスね。

「いいところだったのに邪魔すんな、このくそやろう」

 あ、ゲドーさん、灰になったッス。

 お二人、何事もなかったかのように摂政様の下へ戻られていったッス。
 摂政様、ゲドーさんのこと心配そうに見てらしたッスけど、お二人に押し切られてその場を離れていったッス。

 ひゅう、と風が吹いたッス。
 灰が風に乗って、高く高く、舞い上がったッス。

 ……あれ、おかしいッス。
 なんだか、目から汗が、止まらないッス…………。
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