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藩国国民紹介SS・4 磐上さんの場合

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takanashi

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 い、一応できました……
 今までで一番難産だった上、あまり自信はないのですが……
 満足いかなかったらリテイクお願いします。

【磐上さん紹介SS】
作:小鳥遊(ワカ)


 どうして、こんな事になっちゃったんスかね……

 小鳥遊は何度目か分からぬ自問を再び行った。
 頭上には高らかと輝く太陽が、辺りをあまねく照らし、空には雲ひとつなく、澄み切った青が広がっている。周囲には砂が広がり、黄と青とで地平線が何処までも続いている。
 それだけだった。

 帰るべき城も、そこへ至る道も、位置を特定できる目印さえも、何も見えなかった。

 小鳥遊はぼんやりと前を歩く猫を見た。
 その背からは相変わらず、焦りや戸惑いといった様子は見受けられない。
 非常に悠々とした態度だった。

 そんな先輩を視界におさめ、もう一度何処とも知れぬ光景を眺め、小鳥遊は幾度目か分からぬ溜息をついた。

「あの、磐上さん……」
「ん? どうしたの?」
「……俺達、王城に向かっているんスよね?」
「そうだね」
「王城の周りって、森でしたッスよね?」
「そうだねえ」
「……磐上さん」
「ん、何?」
「……ここ、どこッスか?」
「砂漠だねえ」

 小鳥遊はもう一度溜息をついた。心の中で呟く。

 どうして、こんな事に……

 新米吏族小鳥遊、ただ今絶好調遭難中であった。



 事の発端は今朝にまで遡る。
 いつものように王城に出仕した小鳥遊を待っていたのは、摂政である那限逢真と、先輩である磐上の二人だった。
 何でも、仕事で磐上が出かけるのについていってほしい、ということだった。
 その時は磐上の仕事を見て学ぶことで仕事を覚えろ、ということなのだろうと判断し、二つ返事で引き受けたのだったが、考えてみれば、おかしいと思うべきだったのかもしれない。
 ただでさえ人手が不足している吏族を、どうしてつける必要があったのかを。



 のんびりとした磐上の返答は初めから変わることがない。
 足場の悪い砂地をずっと歩いていた足が、だんだんと限界を訴え始める。
 身体中に乳酸がたまり始めて、身体が重い。

 限界が訪れ始めているのをいい加減無視できなくなって、小鳥遊は恐る恐る、今までずっと聴けずに居たことを聴いてみることにした。
 驚くほど声が低くなっていた。

「……あの、磐上さん」
「ん、何?」
「……もしかして、俺たち迷ってないッスか?」

 沈黙が流れた。
 普通、沈黙といえば重苦しいイメージがある。しかし、この磐上という先輩には、そうした雰囲気を霧散させるような何かがあるようだった。
 小春日和のような朗らかな雰囲気さえまとっている。
 磐上は言われて初めてその可能性に思い至ったようで、それでものんびりとした手つきで手元の地図を太陽にかざし、すかし、辺りを見回して、それから地図をねじったりして回転させた。
 それからたっぷり30秒ほど考えた後で、うん、と頷く。

「そうみたいだね」

 その言葉さえ、のんびりとしたいつもの口調で、小鳥遊の理性は寸断された。

「『そうみたいだね』じゃないッスよ! どうするんスかーーーー!!?」
「まあ、大丈夫大丈夫」

 こんな時になっても磐上の口調はのんびりとして変わらない。
 ここにいたってようやく、小鳥遊は磐上は落ち着いた性格なのではなく、単に度が過ぎたマイペースなのだと気がついた。今更遅かったが。
 目の幅涙が溢れてくるのを止められない。グッバイ水分。

「何が大丈夫なんスか……大体、どうして地図持ってるのに迷ってるんスか……」
「ああ、これねえ。ちょっと地図逆さまに見てたみたいで」

 3時間歩き続けてきたのを「ちょっと」と表現するのかと小鳥遊は思ったが、聞かないことにした。
この先輩に聞いたら、当たり前のように頷かれかねない。

「……うう、やっぱり俺も見せてもらえばよかったッス……遅刻の問題から一気に生命の心配にまでなっちゃったッス……」

 実際は森で迷ったときから生命の危険はあったのだが、小鳥遊は気づいていない。
 一気にどんよりとした雰囲気を撒き散らしはじめた小鳥遊を、さすがに心配したのか、あるいは本気で心配などしていないのか、相変わらずのんびりした口調で磐上はフォローを入れ始めた。

「まあでも、そんなに心配しないで」
「うう……その楽観はなんなんッスか……」
「この辺りはツチノコがでるみたいだから、いざとなったらそれに乗せて帰ってもらえばいいさ」
「いえ、俺たちが乗れるような大きなツチノコはいないと思うッス……」
「ウチは結構ツチノコが多いから、中には僕たちが乗れるような主だってきっといるさ」
「いや、ツチノコのぬしって言われても、そもそもツチノコ自体めったにお目にかかれるものでは………………」

 口をあけた体勢のまま、小鳥遊はその場で固まった。
 頭の片隅で酷く冷静に、最近こういうの多いなあ、などと呟く声が聞こえる。

 二人の目の前には、I=Dにも匹敵するような大きさの、巨大なツチノコが鎮座していた。

 一瞬、こんな巨大なツチノコになぜ気がつかなかったのかという割とどうでもいい疑問が浮かぶ。
 周りは砂漠。隠れるようなところなど存在しない……とそこまで考えて気がついた。
このツチノコ、酷く砂の色と似た色をしている。
多分砂漠に伏せて砂山にでも化けていたのだろう。
あるいは砂の中に埋まっていたのかもしれない。
 それは既にツチノコじゃないだろう、と頭のどこかでツッコミが入るが、それを言うならこんな大きさのツチノコという時点で在り得ない。

 そしてそんなどうでもいいことを考えている間に、巨大ツチノコはゆっくりとこちらに向かってきていた。
 のんびりとした磐上の声が響く。

「ああ、いいタイミングで現れてくれたね」
「そそそそそそそそんなこと言ってる場合ッスか!? 逃げないとまずいッス!!」

 こんな時でもマイペースを崩さない磐上ののんびりとした言葉に、逆ギレ気味に正気を取り戻した小鳥遊は慌てて磐上の手を引いて逃げ出そうとした。

 だが遅い。

「ヂイイイイィィィィィィィーーーーーーーー!!!1」

 巨大ツチノコは身震いするような低い泣き声を挙げながら、その巨体に見合った尻尾を砂の中でスクリューのように回転させて、驚異的なスピードでこちらを追いかけてきた。
 その上、その振動が小鳥遊たちの地面にまで伝わってくる。
ただでさえ足場の悪い砂地に振動が加わり、足をとられて全速力が出せない。

 彼我の距離はどんどんと狭まっていき、そして。

 パクンチョ。

 とでも表現したくなるような間抜けな様子で、小鳥遊は一飲みされた。
 長い間ご愛読ありがとうございました。小鳥遊先生の次回作にご期待ください。



 とでもなったらある意味で楽なのだろうが、あいにくと小鳥遊は悪運だけは強いようだった。
 飲み込まれてああ、噛み砕かれて死ぬんスね、などと目を固く瞑りながら思ったが、一向に自分が咀嚼されるような感覚はしなかった。
 代わりに訪れたのは僅かな浮遊感と、なにやら奇妙に暖かく生臭い液体に落ちる感覚だった。
 その気持ち悪さと、自分がまだ死んでないという疑問に目を開けても、視界には何も移らない。
 一瞬、死後の世界って事なんスかね、とも思ったが、どうもそういうわけでもなさそうだ。
 こんな気持ちの悪い死後の世界は嫌過ぎる。

 改めて真っ暗な辺りを見回して気がついた。
そういえば、ツチノコはヘビのように餌を丸呑みにするのではなかったか。
 そう考えると納得がいく。要は巨大ツチノコにのみこまれて腹の中、ということだろう。

 ……まあ、絶体絶命には変わりないのだが。

「って、そういえば磐上さんは!?」

 今頃になって一緒にいた先輩のことを思い出し、慌てて辺りを振り向く。
 胃の中には当然ながら光など差し込まないために、自分の身体さえよく見えないような暗闇だったが、辺りには誰かがいるような気配も音もない。
 いるのならば返事が来るだろうと思って耳を済ませたが、それもないために、小鳥遊は磐上は食われていないと判断した。
 自然、安堵の溜息が漏れた。食われる人間なんて少ないほうがいいに決まっている。

 そんな折のことである。

「お~~い、小鳥遊君、聞こえる~~~?」

 上の方(おそらくは口からだろう)から、いつもと変わらない穏やかな磐上の声が聞こえてきた。

「い、磐上さん!?無事だったんスか!?」
「どうにか話がついてー、城まで送ってくれることになったからー、しばらくそこで待っててーーーー」

 その発言に、小鳥遊は硬直した。

「えぇっ!? ちょ、話がついたって……えぇ!?」

 あまりにも突っ込みどころの多すぎる展開に絶句する小鳥遊。

 そんな小鳥遊を尻目に、ずずん、という低い振動がおき始めた。
巨大ツチノコが動き始めている。
おそらくは磐上の言葉どおり、王城まで送ってくれるということなのだろう。

 小鳥遊は怒鳴ろうかわめこうか問い質そうか色々考えて、結局力を抜いた。
 多分、突っ込んでも仕方のないことなのだろう。
 小鳥遊の頬が緩む。
 磐上が自分を助けてくれて、王城まで帰れる。それだけで十分じゃないか、と思ったのだった。
 巨大ツチノコの振動がゆりかごのように響いていた。



 とまあ、このまま終わればそこそこほのぼのとしたまま終わりを迎えたのだろうが、あいにくと小鳥遊はそういう星の下には生まれていない男だった。
 今彼がいる場所が、ツチノコの胃の中だということを、完全に失念していたのである。

「……ぇ、ちょ、ちょっと待ってくださいッス、ふ、服が、服が溶けてるッス!! い、磐上さん、磐上さーーーーん!!」

 そしてさらに間の抜けたことに、小鳥遊のその叫びは巨大ツチノコが動く振動にかき消されて、磐上の元に届くことはなかった。

 二人が王城へたどり着き、ツチノコの胃から出たとき、小鳥遊がどうなっていたのかは、彼の名誉のために割愛させていただく。
 ただ一言言い添えるならば、彼はしばらく仕事を休んだ、とだけ付け加えておくことにする。
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