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藩国国民紹介SS・6 大車座さんの場合

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takanashi

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【大車座さん紹介SS】
作:小鳥遊(ワカ)

 多分、それは必然だったのだろう。
 二人はそれを求めていた。好きだった。愛しているといっても良かった。
 だが、二人の内、選ばれるのは一人だけ。
 それで、争いが生まれない訳がない。

「退いては……頂けませんか?」

 静かな声で、大車座はそう言った。
 いつもの何かを面白がる瞳の色はそこにはなく、ただ真剣な、譲れぬ意思が宿っている。

「それは、愚問っていうやつッスよ」

 対するは小鳥遊。いつもの気弱な面影は鳴りを潜め、ここより先は一歩も引かぬという決意が、全身から滲み出ていた。

「ならば」
「道は一つ、ッスね」

 二人は静かに向かい合った。
お互いの決意が揺るがぬと分かった以上、二人に残された道は唯一つ。
 相手の屍を乗り越えていくより他はない。

 二人は決闘を始める前に、お互いが求めるものをもう一度見た。
 そのフォルムはI=Dよりも美しく、その輝きはダイヤモンドよりも高貴であった。
 少なくとも、二人にはそう見えた。

 瀧川陽平と同じ型のゴーグルが、そこにはある。
 ならば問答は無用。情け容赦は侮辱に当たる。
 全力で目の前の敵を打ち倒し、栄冠を己が物とするのみ。

二人は揃って隣の屋台に振り向いた。

「そこに並んでいる焼きそばパンを」
「全て頂きますッス」

 屋台に詰め寄る二人の姿は鬼気迫るものがあったが、屋台を構える猫は、不敵に笑う。
 全身全霊を持って対峙する二人の周りを、大勢の買い物客が行き交っていく。
 芥辺境藩国は、今日も暢気であった。



 この藩国で、大車座を見かけることは珍しい。
 本人があまり人目に付くことを嫌う性格なのである。
戦時中にはお供え物を用意してまで彼を呼び出すことがあったと小鳥遊は聞いたことがあった。
 そうしたスタイルを貫く大車座だが、いくつかの例外も存在した。
 その一つが、瀧川陽平である。
 小鳥遊がこの藩国に入国したのは瀧川が逗留していたからだったが、その瀧川をこの藩国に呼び寄せるために手腕を振るったのはこの先達なのだった。
 その思い入れは推して知るべしである。

「ルールは確認しなくてもかまいませんか?」
「語るに、及ばずッス」

 お祭り好きなほかの猫たちが用意したテーブルと椅子に、二人並んで腰掛けながら、二人は言葉少なく言葉を交わした。
 二人の目の前には、山と積まれた焼きそばパン。
それも、添加物を大量に投入して一ヶ月以上保存することを可能にした、第五世界と同じようなつくりのもの。
奇しくも、それはタキガワ一族の好物であった。

 ルールはいたって簡単。
 目の前につまれた焼きそばパンを二人同時に食べ始め、先にギブアップした方の負け。
 もし全て食べきった場合には、多く食べていた方が勝ちとなる。

 非常にくだらない勝負だが、負けたときのリスクは大きい、恐怖のデスマッチであった。

 小鳥遊は己の原に手を当てて、調子を図った。
 空腹とまではいかないが、胃の調子は悪くない。
 これなら、勝てるだろうか。

 否、勝つのだ。
 勝たなければ、ゴーグルは手に入らない。
 相手が例え尊敬すべき先輩であろうと、瀧川を呼び込んだ偉大な先達だとしても、退けないのならば勝つしかない。

 小鳥遊はゴクリ、と息を呑んだ。

 ノリのいい焼きそばパンを提供した露天の店主が大きく手を挙げた。
 その手が振り下ろされた瞬間、戦いは始まる。

 その寸前、視線が交錯する。

 大車座は微笑んでいた。
 自然で、優しく、しかし自分が負けることなど全く思っていないような、不敵な笑み。

 この自信は一体何なのか。絶対に勝てるという確信があるというのだろうか。
 侮られているとは思わない。
だが、小鳥遊の知る大車座という人物なら、勝つために周到な仕掛けをしていてもおかしくはなかった。

 小鳥遊の顔に焦燥が浮かぶ。

 一体どんな作戦があるというのか。それに必要な条件は。対抗する策は。
 様々な思考が頭に浮かび、そしてそれらが複雑に絡まりあって思考力を削いでいく。
 焦りが全身に満ちて、平常心を奪っていく。

 ――いけない、平常心、平常心……。

 あるいは、こうして自分の余裕を削ぐための作戦なのかもしれない。
 可能性は無数にあり、それを推測する時間はない。
 なら、今はただ無心に全力を尽くすのみ。

 天に掲げられた手が振り下ろされる。
 決闘が、始まった。



 15分後。

「ふ、小鳥遊君もまだまだ甘いですね……」

 白目をむいてテーブルに突っ伏す小鳥遊を見下ろしながら、大車座は微笑んだ。
 口からもれ出る焼きそばがシュールさを漂わせている。
 これでこの勝負は、彼の勝ちだ。

「まあしかし、小鳥遊君も予想以上に頑張りましたがね……」

 目の前には始めと比べて3分の1ほどまで減った焼きそばパンの山が残っている。
 それを1人で食べきった後輩の死に様を、子供の成長を喜ぶ親のような目で見た。
 だが、まだまだ自分に勝てるほどではない。

 小鳥遊の敗因は、瀧川に対する憧れゆえの無鉄砲さだ。

 この戦いにおいて、大車座が食べた焼きそばパンは僅かに3個。
 それが、この戦いの行方を決定付けた。
 ルール上、この戦いが終わるのは、どちらかが倒れるか、全ての焼きそばパンを食べきるかのどちらかだ。
 二人が同じペースで食べ続ければ、全体の半分ずつ食べたところで戦いは終了する。
 しかし、片方が食べるのをやめた場合、どうなるか。
 もう1人が勝つには、残った焼きそばパンを全て食べきるしかない。
 その場合、そのもう1人――小鳥遊が勝つには、二人がほぼ同じペースで食べた場合の約2倍の量を食べなければならない。
 そんなことはまず不可能だ。

 それとて相手が食べるのをやめていることに気がついていれば、対策は講じられただろう。
 しかし、まだ年少ゆえか、瀧川に対する憧れの強い小鳥遊は、そこで周りを見る余裕がなかった。
 結果として、暴走を進め、自滅したのである。

 大車座とは、かくも恐るべき知略の持ち主であった。

「さて、では戦利品を頂きましょうか」

 勝利の栄冠を手にした大車座は、悠々と勝利の証たるゴーグルの元へ向かい、手を伸ばした。
 その指先が、ゴーグルに触れる。



 ここで、場面は転換する。

「摂政、大車座さんがいません」
「またか……お供え物を用意しろ」
「分かりました!」

 王城での、摂政・那限逢真と、常世知行の会話である。



 その指先がゴーグルに触れたその瞬間、介入が果たされた。

「うぐ……こ、これは……!!」

 全身の毛穴が開いたようなこの感覚。汗があふれ出し、身体がふるふると震えだす。
 間違いない。これは、お供え物が備えられた証。

「ぐっ……うぅっ……く、この……!!」

 大車座はその衝動に必死で抵抗した。
 指先は既にゴーグルに触れている。あとは、それを掴むだけ。
 たったそれだけの動作に、全ての力を注ぎ込む。

 だが、悲しいかな。
 大車座に刻まれた「それ」は、彼に反抗を許さなかった。

 すがるような手つきになっていた、ゴーグルに触れた指先が、ゆっくりと離れていく。
 身体が、意思を離れてゆっくりと振り返る。
 その先にあるのは、王城。
お供え物をして彼を読んでいる誰かが、そこにはいるはずだった、

「く、くぅ……あああああああああああぁぁぁぁぁ……!!」

 大車座は嘆きの声を漏らしながら王城へと向かっていき、やがて見えなくなった。

 残ったのは、白目をむいて口から焼きそばを垂らしたままという壮絶な状況で意識を喪った小鳥遊と、呆然と大車座が向かった先を眺めている観客だけ。
 どうすればいいのか分からない沈黙が、辺りに流れる。


 そうして固まった観客の間を、1人の子供がすり抜けてきた。

 弾むような足取りで、露天へと向かう。
 そして、太陽のようにはじける笑顔で、こういった。

「おじさん! そのゴーグルください!!」

 栄冠は君に。
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