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藩国国民紹介SS・2 常世 智行さんの場合

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takanashi

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【常世 智行さん紹介SS】

「うう、まだまだひりひりするッス……」

 俺は先ほどサヨコ様に引っかかれた傷跡を抑えながら、廊下を歩いていたッス。
幸い、サヨコ様に引っかかれた傷は凄く浅かったので、すぐに治るとお医者様も保証してくださったッスけど、だんだん傷口が熱を持ち始めて、ジクジクと傷み始めているのが辛いッス。

「それにしても、どうしてサヨコ様はあんなにお怒りなられたんスかね……」

 俺、何か失礼なことしてしまったんスかね……?
 特に心当たりはないッスけど、逆にそれが怖いッス……

「サヨコがどうかしたんですか?」

 そんなことを考えながら歩いていると、後ろから声をかけられたッス。振り返るといつの間にそこにいたのか、穏やかな顔をした常世智行さんが立っていたッス。
 常世さんは俺よりもずっと先輩の大族の方ッス。
 摂政様とも仲が良いらしくて、国を支える中心人物のお1人ッス。
それでも、俺よりも10歳も年上ということで、とても大人の包容力と穏やかさのある、大人の方ッス。
この国に来た直後で右も左も分からない俺の面倒を見てくれた、ありがたい方の1人ッス。

「あ、常世さん、こんにちはッス」

 振り返ってお辞儀を一つ。
一回りも二回りも年下にも俺にも、丁寧な常世さんは奇麗なお辞儀を返してくれたッス。

「ええ、こんにちは……その傷は?」
「ああ、これは……ちょっと……」
「さっき言っていましたね。それはサヨコが?」

 やっぱり俺みたいな子供じゃ常世さんみたいな大人の方には隠し事はできないみたいッス。
 認めるのはなんだか告げ口するみたいで気が引けたッスけど、これ以上隠すのも意味がないので、小さく頷いたッス。

「そうですか……サヨコはあまりそういう事をするような娘ではないと思っていたんですが……」
「あ、いえ、多分、俺が不用意なことを言って怒らせてしまったんだと思うッス。サヨコ様は悪くないッス」
「そう、ですか……いったい、どんな話を?」
「サヨコ様が摂政様の居場所をお尋ねになられたんス。それで……」
「ああ、なるほど」

 そこまで聞いただけで、常世さんは笑ったッス。
おかしくてたまらない、という顔なのに、なんだか微笑ましいものを見た顔をしていたッス。

「大体事情が想像がつきました。それは小鳥遊君が悪い訳じゃないですから、気にしなくて大丈夫ですよ」
「そ、そうなんスか?」

 常世さんの丁寧な口調は、どことなく包容力というか説得力があるッスから、俺は正直、ほっとしたッス。
 常世さんはそんな俺のことなどお見通しのようで、やわらかく微笑まれたッス。

「ええ。まあ、あの子は摂政のことになるとちょっと我を忘れてしまうところがありますから。まあ、悪気はないので、許してあげてください」
「は、はい……。許すも許さないもないッス。サヨコ様は悪くないと俺は思ってるッス」
「ありがとうございます」

 そう言って微笑む常世さんは、とても穏やかな表情をしていて、大人の余裕というものがあったッス。
 それに加えて、なんだか、こう……

「サヨコ様のこと、よくご存知なんスね」

 そう、常世さんには、子供を見守る温かい父親みたいな印象があるッス。
 この言葉は意外だったのか、常世さんは少し驚いたような顔をしたッス。でもそれから、また優しい顔に戻られて微笑んだッス。

「ええ、そうですね。あの子は分かりやすいですから。年の割りに子供っぽいというか、心配になる方です」
「分かりやすい……ッスか?」

 そう言われても、俺にはサヨコ様がどうして怒ったのか、ぜんぜん見当もつかないッス。
 多分、眉根が寄ってたりしてたんだと思うッス。常世さんは俺の反応に苦笑されたッス。

「まあ、小鳥遊君にはまだ難しいかもしれませんね」

 それで、少しだけ困ったように苦笑して、

「まったく、摂政にも困ったものですね……あれで本当に気づいていないなんて……」

 そう仰ったッス。

「え?」
「いえいえ、気にしないでください。それより、話の続きを聞かせてください」
「あ、はいッス……えと、どこまで話したッスかね?」

 サヨコ様が怒られたのは自分の過失じゃないって分かると、なんだかほっとして、俺の口も少し滑らかになった気がするッス。
 多分、そんな俺の安心なんて見透かされていたと思うッス。
常世さんは穏やかな笑みの目元をさらに緩ませていたッス。

「サヨコが摂政の居場所を尋ねたところまでですね」
「あ、そうでしたッスね。それで、俺は摂政様のところに書類を届けに行った帰りだったッスから、その事をお伝えしたんスけど……その……」

 これは、言ってしまって……いいんスかね?
 冷静になると、そんな心配が浮かんで来たッス。
プライベートなことだし、そういう事をペラペラと喋ってしまうのは、良くないッスよね……

「その?」

 ……けど、常世さんなら穏やかな方ッスから、きっとペラペラと吹聴するような事はないッスよね。
 正直なことを言ってしまうと、あの光景はちょっと……1人で抱え込むには衝撃的過ぎるッス……

 俺はこの時ほど、自分のこらえ性のなさを恨んだことはなかったッス。
 それが地雷なんだと、なんでこの時、気づけなかったんスか……

「……摂政様は、ちょうどその時、女の方と出かけられるご様子だったッスから、多分会えないんじゃないか、ってお伝えしたッス……」

 その瞬間。
穏やかな微笑みを浮かべている常世さんの頬が、ぴくり、と動いた気がしたッス。

 ゾワリ、と。
 体中の毛が逆立つ感覚がしたッス。
それはついさっき、サヨコ様に問い詰められたときと全く同種の、背筋が凍るような感覚だったッス。

「と、常世さん……?」

 常世さんは、穏やかな顔をして笑ってらしたままだったッス。
 親が子供を見守るような、そんな感じの暖かい顔立ちだったッス。
 ……でも、目だけが笑ってないッス、氷のように冷たいッス……

「女の方、というのは?」
「……ぇ?」
「女の方、というのは、どんな方でした?」
「え、あの、常世さん……?」
「女の方、というのは、どんな方でした?」

 常世さん、なんで、二回も繰り返すッスか……?

 ヘビに睨まれた蛙っていうのは、こういう事をいうんスかね……身体が、動かないッス。
 見られている目や顔はピクリとも動かないのに、膝だけがガクガク震えてくるッス。
 こんな状態で、言わないなんて選択肢、とれないッス……

「えと、二十代前半くらいで、腰に縄を巻かれた、大人っぽい感じの方でしたッス……」
「その人が、逢真と一緒に?」
「え、あ、はい……」
「そうですか……」

 そのまま、沈黙が流れたッス。
 今のうちにここから逃げろと、本能がやかましいくらい警告を鳴らしてるッス。
 でも、動こうと思って足はガクガク震えるだけで、全然動こうとしてくれてないッス。
 は、早く、早くここから離れないと……

「小鳥遊君、一つだけ確認したい事があるのですが……」

 ……時間切れ、みたいッス。

「な、何ッスか……?」
「貴方の印象で構いません。正直なところを言ってください」
「は……は、はいッス」
「その二人は、恋人のように見えましたか?」

 反射的に首を横に振ろうとしたのは、多分、生存本能のなせる業だったと思うッス。
 けどそれも、今の常世さんの前には無駄なことだった見たいッス。
 首を横に振ろうとした瞬間、ギラリ、って、常世さんの目が鋭く光ったッス。
 どう見ても、嘘をついて許されるような雰囲気じゃなかったッス……。
 なんとなく浮かんできた摂政様の顔に謝罪しながら、俺は観念して、正直答えたッス。

「…………ハイ、ッス…………」

 正直に言えば、その瞬間、何かが爆発すると思ったッス。だから反射的に目を瞑ったッスけど、いくら待ってもそういった事は起こる様子はなかったッス。
それで、こわごわ目を開けてみると、常世さんは表情が見えないくらい俯いていて、微動だにしていなかったッス。

「………………」
「あ、あの、常世さん?」
「………………」
「あのー、えー……っと……」

 目の前でいくら呼びかけても、常世さんは全然反応がなかったッス。
 これはどういう事なんだろう、って考えても全然分からなかったッスけど、ふと、一つの言葉が浮かんで来たッス。
 それに思い至った瞬間、あわててその場から離れようと市たっすけど、遅かった見たいッス。

「オオオオォォォォォマァァァァァァーーー!!」

 ――ああ、嵐の前の静けさって、こういうことだったんスね。勉強になったッス。

「じゃなくて! え、ちょっ、と、常世さああああぁぁぁぁぁん?!」

 俺がそう叫ぶ頃には、常世さんは土煙を上げてこの場から走り去っていたッス。
 その方角は奇しくも博物館の方角を向いていて、俺はその後のことを考えるのをやめたッス。

 ……その後、常世さんがどうしたかは俺には分からないッス。
 けど、俺に分かることだけを言わせて頂けるのなら、その後しばらくして、博物館のある方角から猛烈な地響きが起こったッス。
 そしてその直後、おそらく摂政様のものと思われる闇星号が現れて、ひたすら地面にパンチやらストンピングを繰り返していたッス……
 俺は、その様子をただ、ただ、何もいう事もできずに見守ることしか、できなかったッス……
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