Tの悲劇。
その日、TAKAが第一発見者となったのは偶然の為せる業だった。
しかし、世間はそう考えない。後世の論客は、その理由を彼が法官であった事に求め、もしくは護民官であった事に求めたが、それ以上に彼が第一の被害者と同じ共通点を持っていた事が、この都市伝説とも言うべき事件の伝奇的な色彩を濃くする一因を果たした。
即ち、東国人であり拳法家にして剣士たる「龍の使い」だlった共通点と、何よりも両名が、たけきの藩国を三分する勢力のうち、同じ陣営に属していた事だった。
藩王を中心とする風紀委員派、摂政を中心とする褌ソックス・ハンター派、中立(面白ければ良い)派。
第一被害者と、第二の犠牲者となる第一発見者は、共に中立派に属していた。
が、そんな薀蓄よりも、このジンクスを世間一般に信じさせた理由は他愛もない事だった。
単に、両者のイニシャルが「T」であったと言う、ただそれだけの事。
だが、「Tの悲劇」と呼ばれる事件の名称は偶然の為せる業でも、その事件そのものは裏で見えざる手を働かせた存在がいない訳ではないのだが、世間一般が知る処では無かった。
……これまでの、全ての怪しき事件や陰謀の真相が、常にそうであったように。
「竹戸さ~ん、おっきろ~。もう、お昼だぞ~。」
その日、たけきの城の政庁に出仕する時刻になっても、竹戸 初が姿を現す事はなかった。本来、無断欠勤など切腹ものであるが、周囲が考えたのは無断欠勤や遅刻よりも、健康面の心配だった。
身寄りの無い、男の一人暮らしである。最後に顔を見せた時には元気そのもので、まだ数日も経っていない以上まさか餓死や孤独死はしていないだろうが、急病で寝込んでいる事はありえる。
たけきの城に程近い藩国の寮に戻るTAKAが竹戸の部屋を訪ねている理由は、彼が偶々夜勤明けで政庁から下城するから。
後世の無数の仮説はどうあれ、理由はそれだけだった。
寮の扉を叩く事、数回。中からは返事はおろか、物音すら聞こえない。しかし、留守では無い筈だった。中には、確かに誰かいる。人が一人いる気配は、確かにする。
(しかし、この『氣』は!)
中から感じる気息は、尋常では無い。息を殺しているとか、狼狽しているとか、感情が激していると言う気配ではなく、荒く乱れて濁っているが、弱々しい。
(ひょっとして、本当に急病か!)
中の気配を察した瞬間、TAKAの行動は素早かった。杉の片引き戸は、一蹴りで粉砕される。土足のまま、居間に駆け上がって襖を開けると、目を疑う光景が……。
「竹戸さん?」
茶の間では、顔見知りのようでいて、一度も見た事のない男性がのた打ち回っていた。
TAKAが知っている竹戸は、髪は黒々としており、顔は歳よりも童顔で、真夏に扇子を使う時でも真冬の寒さに震える時でも緩々としているのだが…。
眼前の人物は、髪は白く、顔は驚愕と恐怖で苦悶した皺が刻まれ、四肢は熱病に冒された如く絶えず痙攣している。
「な、な……医者、そう医者だ。医者~!」
数時間後、たけきの城内政庁。
「で、竹戸さんの容態は?」
「絶対安静、面会謝絶だそうです。」
藩王の執務室ではなく、非公式の空間であるお茶室の一つ。たけきの城内の幾つかの部屋は、その季節や用向きによってお茶会の場となる。藩国の住人、もしくは他国の藩王や藩国民が、格式に捉われずに藩王と接する事のできる空間である。
この日の顛末をTAKAが報告していたのは、藩王その人である。
「で、どんな病気なの?」
「急性の伝染病かと思いましたが検査の結果、病原体は発見されませんでした。また、現場検証でも竹戸さんの部屋から毒物の類は見つかりませんでした。」
基本的に、体を鍛えている者は体力が横溢しており、体の免疫力も高く、病気になりにくい。無論、無理な鍛え方や疲労により体が衰えていたり、心臓を始めとする内臓に過度の負担をかけていれば、その限りでは無いし、急性白血病のように心身壮健な者と雖も死を免れえぬ怖ろしい病気もある。
が、検査の結果、どちらも発見されなかった。また、寮の部屋に残されていた物から毒物は検出されなかった。
「……まさか、何かの祟りじゃ無いよね?」
「我が国、五十万も犠牲者が出ましたからね……って、我が国の国民が竹戸さん祟る訳がないでしょ!」
「いや、緑のオーマとか、他にも倒した敵とか…。」
「ありえませんって!」
結局、その日のお茶会では結論はでなかった。
たけきの城からの帰り道、ふっとTAKAは気づく。最初の発見した時、竹戸の部屋にはTVが着けっ放しだった事を。その手にはDVDプレイヤーのリモコンが握られていた事を。
そして、TAKAは竹戸の部屋に戻る。……もはや、自身が逃れられない運命の投網に絡め取られている事にも気づかずに。
外を「捜査関係者以外・立ち入り禁止」と封印され、扉が壊れて主が不在の竹戸の部屋。
今度は履き物を脱いで入室したTAKAは、ここに辿り着くまでに調べた事を反芻していた。前々日、竹戸はDVDを借りていた。
出来たばかりの新作だ、と竹戸に奨めた人物の名は、モモ。
最近、摂政以下の何名かがDVDを制作しているという噂は、聞いた事がある。だが…。
「藩王様が許可された以上、怪しいものの筈はないだろ?」
そうでなければ、竹戸も安心して観なかった筈。そう考えながら、DVDプレイヤーに電源を入れ、DVDを取り出す。
そして、TAKAの自室。
「持って帰ってはみたものの、本当に今回の事件と関連があるのかな?」
たけきの藩国の拳法家で龍の使いは、絶大な存在であるオーマに相対しても、死する事が無い存在である。心胆を鍛え、生半な呪いや祟りなどに屈する存在ではない。
それが、一夜で髪が白くなる程の打撃をDVDの映像如きで受けるだろうか?
「よ~し、確かめてやる!」
意を決して、DVDをプレイヤーに挿入し、再生ボタンを押す。
……雲ひとつ無い青空を背景にした、オールバックの髪型に眼鏡をかけ、東国人らしからぬ豪奢な紫の洋装の人物。
「摂政?」
と、右手を眼鏡に添えた摂政の手が真紅のクラバットに移った瞬間、ありえない長さと幅で引き出され、同時に肩の房飾りと金の縁取りも豪奢な世界貴族の衣装が、花びらが散華するようにはじけ飛ぶ。
勢い良く回転しながら、下着さえ残さず全ての衣装を弾き飛ばした摂政は、クラバット(元は、女性から男性に送られるスカーフが起源)を魔法のように展開させて、手も触れずに宙に解き放ったそれを再装着する。
首の周りに、では無く。自身の下半身に。
襟飾りとしてでは無く、褌として。
(こ、…こ…れはッ!)
腹筋の割れ目も鮮やかに。
恍惚の表情で。
満身に歓喜を漲らせて、太陽を背に大の字を書きながら。
そして、如何なる不思議の為せる業か。光り輝きながら足を飾る靴下!
(……こ、これ・・・・が竹…戸さん・・が倒・れた・原因・・か!)
輝く太陽を背に、眼鏡・褌・靴下のみを身に着け、隆々たる筋骨を隠しもせずに屹立する摂政・志水高末。
……DVDの映像が終わった時、既にTAKAもまた竹戸と同じように悶絶していた。
数日後、たけきの藩国の中心、たけきの城の天守最上階。
「竹戸さんを筆頭に、犠牲者は多数ですよ。藩王様。」
報告しているのは、入院を余儀なくされたTAKAに変わって、ひわみ。
「何故、摂政たちのDVD制作にご裁可を?」
無言で報告を聞いていた藩王は、満足そうに被害者名簿を眺めると、全員の治療費を国庫から支出する旨を記した文章を差し出す。
「随分、ご用意が宜しいですね? 藩王様。」
藩国で重病人が続出しているにも関わらず、藩王の表情は明るかった。
「彼らは、自分達をわんにゃん全土に知らしめたかったのよ。その念願が叶ったのだから、本望でしょ。」
と、タイミングを計ったように聞こえてくる眼下から聞こえてくる物音。
真っ白な髪を振り乱し、幽鬼の如く蒼褪めた竹戸 初が病室着姿で、抜き身を手にして城内政庁を走っている。
「せっしょ~、出て来~い!」
「誰か~! 竹戸さんが乱心したぞ~!」
「わ~! 取り押さえろ~!」
取り押さえに駆けつける犬士達を――それでも、理性は残っているのか斬りはせず、蹴つり飛ばし、殴り飛ばしながら、竹戸が政庁殿舎の広縁で大暴れしている。
と、違う方向でも粉砕音が。視線をやれば、大手門の巨大な門扉を粉砕しているTAKAの姿が。こちらも病院着姿で、ガクガクと体を踊りのように痙攣させている。
「せっしょーかもも、でてこい。はなしがある!」
「今度はTAKAさんが狂った~!」
「医者を呼べ~!」
「ああ、なんて事だ!」
流石に頭を抱え、天守の廻縁に座り込むひわみ。
「あのDVDをハンター以外が観れば、誰でも熱狂的なアンチ・ハンターに転向するのも当然よね。」
「まさか藩王様、それを狙って敢えてご許可を?」
ほぼ確信しての問いに、明確な答えが言葉で返される事はなかった。
だが、ひわみは見た。藩王の朱唇が嫣然と吊り上がるのを。
・了・
文:竹戸初
最終更新:2008年04月28日 23:25