第5話

                   ◆迷走と蛍火◆


ルナとの朝食を済ませると、時計は今だ8時半を回ったところだ。
十分に時間があるのを確認して、クローゼットからザフトの白服を取り出す。
今更恥ずかしがる間でもなく、ルナマリアは着替えるシンの姿をベッドに腰掛けながら何とはなしに眺めている。

しっかし、まぁ大きくなったもんよね…
まるで母親か姉のような心境でシンの背中を見つめるルナマリアの脳裏に三年前のシンの姿が浮かぶ。当時の彼は若干ルナマリアの方が背が高いくらいで、そのことでからかうたびに「うるさいなぁルナは、チビっていうな!!いつか絶対でっかくなってやるからな!!」とキャンキャン吠えていた。
既に16歳になっていたシンの身長がそう変わることなどないと腹を括っていたのだが、戦後、度々「骨が痛い…」と零しているうちに、いつしか彼の身長はルナマリアを追い越していた。
キスする為に背伸びしても、シンが微かに屈まなければ出来ない程だ。

けれども、この三年で随分広くなった背中は、不思議と三年前よりも頼りなく見える。
その背中を最も近しい女として抱き締めてしまいたいという衝動と、そうさせている存在への嫉妬を込めて張り倒してやりたいという気分が鬩ぎ合う。

「シン。今日アンタ非番でしょう?何で軍服なんて着てるの」
心の中の黒い感情を誤魔化すように、ベルトを付け終えたシンに話しかける。
「オーブ行くのにはこれが一番手っ取り早いんだよ」
赤いヒモで無造作に縛る髪は、も少し経てばポニーテールにしないと邪魔になるほどだ。
乗っている機体を考えると、日本に存在していたというサムライのようになるだろう。

「オーブ……?そっか、私からもよろしく言っといてね。デスティニーに乗ってく?」
「馬鹿」
冗談めかして言うと、即座に呆れた声がする。
「それに今日は再点検があるって言ってなかったか?」
「まぁ、ね。午前中には終わるだろうけど、下手したらもっと早く終わるかもね」
「どうしてだよ?」
「今日整備に当たるのはアンタのファンの娘がチラホラいるのよ。御手付き済みの娘もいたからさぁ、張り切ってやってくれるんじゃない?」
胸の内にある微かな嫉妬を隠すように、厭味ったらしく言ってやると、シンはきょとんとした顔をする。



「誰だっけ?」



整備に当たるメンバーを当然把握しているはずなのに、冗談ではなく本当にわからないといった表情に、こめかみがキリキリと痛む。
向こうは火遊びのつもりかもしれないけど、シンにとっては暇潰しにすらなっていないのだろうか、恐らくはりきっているその少女達の事を彼はすっかりと忘れているようだった。

「アンタ…いつか機体に爆弾仕込まれるわよ…」
「かもな」


本当に起こりそうな痴情の持つれを想像して忠告だけはしておくことにした。
もっとも、とうの本人にとっては馬の耳に念仏と言ったところであるが。




オーブの入国ゲートは殆ど顔パスで通れた。
流石に、シャトルの乗客にザフトの白服がいるのは目立つが、空港の治安部の人間にまで敬礼された時は流石にシンは辟易とした。

空港の外にでると、一台の青いスポーツカーが停まっていた。
馴染みの顔に、シンの表情が和らぐ。

「シン!!」
「カミーユ!!」

スポーツカーから降りてシンを待ちわびていたのは、ファと共に軍を止めオーブに移り住んだカミーユ、シンの戦友であり、数少ない親友であった。
三ヶ月ぶりの再会の喜びを抱擁で分かち合うと、戦時中よりも表情の柔らかくなったカミーユが助手席を親指で指す。

「カミーユ少し太ったか?幸せ太りか?」
「お生憎様、変わってないよ」
「じゃあ単純に顔にしまりが無くなったってわけだ」
「眉間に皺寄せるのは子供達を叱る時ぐらいだからな…そういえば、知ってるか?アヤカさんに二人目の赤ちゃんが出来たそうだぞ」
「本当に!?エイジの奴……メールでは全然そんな事言ってなかったぞ」
「あははは、エイジはそれどころじゃないさ。一人目のアヤカさんの娘にべったりで」
「リィルも大変だ…」
海岸線沿いにオープンカーを走らせながら、久し振りの嘗ての故郷の景色を目に焼き付ける。未練も愛着も消えつつあるこの国ではあるが、それでもやはり自然の環境にいると、自分はプラントの人間ではないのだなと実感する。

「そうそう、この前久し振りにゲイナーにも会ったよ」
「へぇ…サラとは上手くやってんのか?」
「それが、そうでもないみたいだ。シンシアがアプローチしてきて、焼き餅を焼いたサラが怒っては別れて、また戻るっていう繰り返しだって…」
シンシアの奴、絶対確信犯だろうな…と小悪魔のような少女と、彼女に困らされる情けない顔をした眼鏡の少年の顔を浮かべる。もっとも、この数年会ってはいないから今はどうなっているのかわからないが。
「シンの方は…相変わらずか?」
「ま、そうだな。何も変わらないよ、何も」
地理的な条件や、スケジュールの都合で会えない仲間達の話に華をさかせながら、ようやく車は目的の場所に到着する。



「ああーーーシンお兄ちゃん」
「ホントだ~~シンにいちゃん、シンにいちゃん」
幼い女の子達の声に、シンは普段軍においては見せない、満面の笑みを浮かべる。
「おおーーーフレイにナタル」
そういって駆け寄ってくる少女達をそれぞれ肩にひょいっと担ぎ上げる。
「いらっしゃーーい」
「いらさーい」
おしゃまなフレイと呼ばれた少女と、その妹で未だ舌足らずなナタルと呼ばれた少女に、知らず知らずシンの顔が緩む。
「お?重くなったか~?」
微かに三ヶ月前よりも担ぎ上げた肩に掛かる重さと目線の変化に、幼子達の成長を感じ取る。
しかし、フレイはシンの物言いが気に食わないのか、頬を膨らませる。
「シンお兄ちゃん、でりかしーがな~い。れでぃーにしつれいよ!」
「でれかしーなーい」
本当に意味がわかっているのだろうか、恐らくナタルは確実にわかってはいないだろう。
二人の少女を担ぎながら目的の場所、大きなログハウスに向かうにつれて聴こえてくるピアノの音に、シンの瞳が嬉しそうに細まる。



「やあ、いらっしゃいシン君」

扉から子供達に手を引かれて盲目の男がにこやかに声をかけてきた。
「ご無沙汰してます、マルキオ導師」
ぺこりと頭を下げるシンの真似をするように両肩のフレイとナタルも「してます」と頭を下げる。
「シン君、久し振りって…こら、フレイ、ナタル!シンお兄ちゃん疲れてるんだから、何時までもそんなところに乗ってないの!!」
「ファさん、久し振り」

「やーだ」
「やーー」
姉妹が口を揃えて拒否の態度を示すのを見て、ファの表情が引き攣る。
後ろでカミーユの溜息も聞こえる。
シンにべったりと懐いているこの姉妹は、ここ、マルキオの家において一番の聞かん坊達でもあった。ムキになって怒ると、癇癪を起して余計にヘソを曲げることを知っているファは、グッと堪えるが、多くの子供達の面倒をみているとどうしても忍耐に限界が近付いてくるのだろう。ファが爆発していよいよ、手が付けられなくなるような大惨事に至る前に、シンは姉妹をゆっくりと転ばないように優しく下ろしてやる。

「後で、たくさん遊んでやるから、ファお姉ちゃんの言うことをちゃんと聞けよ?」


もはや遠い思い出の中にしか存在しない妹にそうしていたように、優しく語り掛けると、しぶしぶ少女達は納得をする。
「ゴメンね、シン君」
「いえいえ、それよりこのピアノ…具合いいんですか?」
「そうなの、さぁ、入って入って」
そういって、手招きするのにしたがって、家に入ると、正面のリビングにはピアノの美しい旋律に耳を傾ける子供達と、壁際にあるピアノを弾く金髪の青年の姿をみつける。声をかけるのも躊躇われ、曲が終わるまで、静かに音を立てないよう、そうっと壁にもたれかかると、シンはその旋律に耳を傾ける。

以前基地でひいていた聞いたときのような美しくも、儚くもの悲しい曲ではなく、それはどこか希望と喜びを謳うような快活さと、力強さに溢れ、瞳を閉じると、その力強さがそのまま自分の身の内に満ち満ちていくような気さえもした。

心地よい音の波に身を委ねる一時が終わると、子供達の小さな手が弾き出す愛らしい拍手の渦に、奏者は微かに照れのはいった笑みを浮かべると、実に優雅に一礼をした。

つくづくこういう仕草の様になる奴だなと、シン自身もまた拍手をしながら眺める。

深い一礼を終え、顔を上げた奏者とシンの瞳が交わる。

奏者の表情が子供達に向けられていたものとは異なる類の嬉しそうなものへと変わる。


「シン…」
「よう、顔色いいじゃん、レイ」
シンと共にアカデミーを過ごし、ザフトレッドとなった後も戦場を常にシンの傍らで駆け抜けた親友、レイ・ザ・バレルにシンは16歳の頃のような明け透けな笑顔を向けた。



「似合ってきたじゃないか」
そういって、シンの姿を目を細めて見遣るレイの言葉に、シンは面映い気分になった。
昔からシンはレイに褒められると同い年にも関わらず兄に褒められたような照れ臭さと嬉しさが湧き上がる。
「流石に俺も二十歳だぜ?最初の頃はルナの奴に『制服に着られてる感じがする』って笑われたけれど」
レイが懐かしげに、感慨深げに白服を見つめるのはその先にいる嘗ての自分自身であり、兄であり父でもあった男を見ているのかもしれなかった。

「それより、安心したよ。この前あったときは何かさ、蝋燭みたいに真っ青な顔色で、気にするな、俺は気にしないとかいうんだもん」
「ああ、最近は具合が良い日が続いてな。お前の話も聞いてるぞ?また武勲を挙げたとカミーユが言っていた」
その言葉にシンは苦笑でしか答えることが出来なかった。


戦時中からテロメアの短さ故に命が長くなかったレイは終戦と同時に、ザフトを脱退した。
それと同時に髪を短く切り、今では嘗てと逆の状態になっている。元々身体の不備から、戦後デュランダルの下での平和な世が気付き上げるまでの役に立つため、そして仇であるキラ・ヤマトを殺すためだけに軍に所属していたレイは、戦後、軍を抜ける時にシンに語った。

『シン…俺は軍を辞めようと思う。出来ることなら俺のような子供、俺のような子供を生み出すための実験台にされていた子供達を、今度は俺が助けて挙げられるような生き方をしようと思っている。もうギルもラウもいない…けれど、俺はレイだからな。お前がお前の過去に区切りをつけたように、俺も自分のラウ・ル・クルーゼとして生きてきた過去に区切りをつける。以前お前と約束したように、レイ・ザ・バレルとして生きていく道を歩むつもりだ』

きっと、軍を抜けたことも、髪を切ったこともレイなりのけじめだったのだろう。程なくして、レイがオーブの、かつてラクス・クラインやキラ・ヤマトが過ごしていたマルキオ導師の家にて、カミーユ、ファと共にNT研究所やエクステンデットの施設から保護された子供達の面倒を見ることになったという報告が入った。かつて、アカデミー時代には『人形』と揶揄さえされたレイの表情が、会う度に柔らかく、豊かになるにつれて、彼の選んだ道はきっと彼にとって正解だったのだろうと、シンは思った。


「どうかしたのか?シン」
苦笑したシンを不審そうに見るでもなく、優しげに見つめる。
「どうかしたって、どうもしないさ」
わざとらしく気取った風に肩を竦めて見せる。昔のようにすぐにムキになることは少なくなったが、代わりにシンはこうして相手をはぐらかす姿勢をとるようになっていた。彼に入れあげている少女達や、部下達には直情的なイザークや、やや軽薄なきらいの強いディアッカ、おっとりとしたキラとは異なった、歴戦の勇者のような大人の余裕に映るらしいが、レイはそんなシンの内心を完全に見透かしたかのようにファの淹れた紅茶を一口だけ口にすると、溜息混じりに言葉を吐き出す。


「相変わらず嘘が下手なんだなお前は。何か聞いて欲しいことがあるのだろう?」


シンは昔から、ルナマリアにさえ話せない心中を吐露する相手は、互いの性格、過去を知り尽くしてきた自分しかいないという確固たる自信、否、確信がレイにはあった。二、三度ぱくぱくと口を開きかけるものの、暫らくすると観念したようなシンの溜息がレイの部屋に溶けていく。


「やっぱりレイには嘘が吐けないな…」

「何かあったのか…?いや、何もない、何の進展もない、という訳か?」

何のとは、レイは決して聞くことをしなかった。
あの最後の決戦の後からシンの心の中に何があるのか、ルナマリア同様、レイもまた見抜いていた。
あるいは、女としての自尊心が無い分、より的確にかもしれない。

「この前メールでさ。ジャミルさんからだったんだけど、もう諦めたらどうだって…すでにあの戦いは…あの戦争は過去なんだって、今は戦後だから、俺は、俺みたいな年で過去に捕らわれているのは自分も周りも不幸にするって…」

あえて、嫌われ役を買って出るために、突き放すような言葉を投げ掛けるのは実に彼らしいとレイは納得の行く心地で聞いていた。

「確かにそうかもしれない…絶対に満たされないって、後悔するって判ってるのに適当に女抱いて…それも、単に人肌恋しけりゃ金で買えば良いのに…それでも、わざわざ自分に好意を抱いてくれてる相手に付け込んで、そういう相手ならもしかして『あの時』のような気持ちを少しでも思い出せるんじゃないかって無駄な期待をして、それで案の定後悔してるんだ…」

自嘲するような笑みを浮かべると、虚ろな瞳でレイを見つめる。

「さっき言ってた武勲だってそうさ、所属不明の機体の反応があるなんて報告があがって、もしかしたらって、そう思ったらブルコスの残党と、壊滅させられたNT研究所の残像部隊がお門違いのドンパチをやってるだけだった。俺さ、すっげぇムカついて……今更コーディネイターだのニュータイプだの、そんな事で争ってることにも腹が立ったけど、もしかしてあの人がいるんじゃないかって勝手に勘違いしてた事に何よりもムカついて………それで、一人残らず叩き潰してやった……」

ぽっかりと開いた奈落のような瞳で、自分の掌を見る。他者から見れば男にしては細長く色白の綺麗なその手が、きっとシンには真っ赤な血に染まっているように見えているかのような仕草だった。

「もう、最後の希望はマリンだけなんだ。バルディオスの空間探知だけしか…もう俺には縋るものがない…でも、どうなんだろうな…マリンからの連絡はずっと無い…」



(恨みますよ…セツコ・オハラ…)

空虚な笑みを浮かべる親友を見つめながら、紅茶に映る自分の顔の向こうに彼女の姿を見るように眉間に微かに皺を寄せる。
ZEUTHで戦い、ZEUTHで過ごし、ZEUTHで成長していったシンと異なり、レイにとってのZEUTHとは自分に手を差し伸べてくれたシンがいる部隊であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
だからこそ、戦友という意識はれども過度な思い入れは無い。そんな彼にとって、セツコは複雑な感情を抱く相手であった。
フリーダムを倒すためのシミュレーションに付き合ってくれたり、シンを励ましてくれたりして、彼の成長を支える一翼を担ってくれたことに感謝する一方で、最後の戦いの最期で彼の心を持って行ってしまった彼女を、理不尽とは思いながらも、恨まずにいられなかった。あの時、あのままルナマリアに寄り掛かっていればあるいは彼は当然のように彼女を傍らに、曇り無き笑顔で立っていたのかもしれない。また、或いは、そうではなくとも戦争の無い世界で、軍に関わることなく、新たな人生を見つけていたのかおしれない。
循環していたという黒歴史の可能性の中にはそういった未来があるいはあったのかもしれない、しかし現実は異なる。
確かに世界はこれ以上無い程にベターな形で収まったのかもしれない。
それでも、シンの世界は壊れてしまった。

「シン…縋るなと、俺に諦めるなと言ったのはお前だっただろう?その言葉が今の俺をここに有らしめている。なのに、そのお前が何を弱音を吐いている?」

だからこそ、レイもまたセツコの帰還を心から願っていた。
シンの世界を壊した責任をしっかりと彼女には取ってもらわなくてはいけない、カミーユと共に度々過保護と称されるシンへの友情故の願いだった。

「納得するまで諦めない、悪い頭がパンクしそうなくらいに足掻いて、もがき、そうやってあの戦争の中でお前はお前の道を見つけたのだろう?」

「レイ…」

「ただ、明日を、救われない明日を待って祈るしかないと思っていた俺に、祈るのではなく信じる事を教えてくれたのはお前だ、シン。少なくとも、俺はそう思っている」

目の前の親友の差し伸べてくれた手があったからこそ、自分は今ここにいる。
もし、この無鉄砲で一途な親友がいなければ崩れ落ちるメサイアの中で自分もまた、最期の時を迎えていたのかもしれないのだから。

「ならば、信じろ。お前がたかが一度や二度の挫折で完膚なきまでに崩れ落ちるような男とは思ってはいない」

レイの言葉をゆっくりと飲み込むように、シンは目を瞑る。
レイの言葉が染み渡り、自分の想いを確認するように。
シンは己に牢記する。


まだ、俺は大丈夫なのか?


まだ、大丈夫だ。


そう、俺はまだ大丈夫だ。



揺らぎかけていたシンの空気が、再び少しずつ、確固としたものになっていくのを肌で感じながら、単純な奴だと、喜ぶようにレイは口元を綻ばせる。
そうだ、それでいいんだ。何度立ち止まろうと構わない、それでも最後には必ず歩き出す、歩き出せるだけの強さがお前にはあるのだから。
そう信じさせてくれと、レイは半ば祈るように心の中で呟く。
静寂に包まれたレイの部屋に、慌しい足音が近付いてくる音がしたのはその時だった。


「シンッ!!」


「カミーユ?一体どうしたんだ?」

ノックも無しに、乱暴に開け放たれたドアの向こうに血相を変えた、動揺と、興奮で頬を上気させたカミーユがいた。


「マリンさんかられ、連絡があったんだ。今、次元の歪みを観測したって…機体反応は……バルゴラだ……ッ!!」

「バル、ゴラ…」
何を言われたのか判らないように、シンにはその言葉が、それの意味することがすぐには理解出来なかった。

「帰ってきたんだよ、あの人が…ッ、きっと!!」
「あ、ああ、あっ……」
上手く声が出ずに、シンは思わずレイを振り返る。
まるで、先ほどのレイの言葉が彼女を戻してくれたかのように思えた。
レイは「言った通りだろう?」と言いたげに笑みを浮かべる。



「行って来い。お前だけの役割だろう?」
「シン、こっちだ、この家の地下のドッグに行くぞッ!!」

レイとカミーユの言葉に暫し呆けるものの、すぐさまシンの瞳に力が灯る。



「わかってるッ!!サンキュ。レイ、カミーユ!!」


そう言うや否や走り去っていく親友の背中は、まるで16歳の頃の真っ直ぐで無鉄砲な頃のようだ。
カミーユと共にすぐに小さくなっていく背中を見つめながらレイは一息つく。


「……やれやれ…いつの間にか見送る側になってしまったな…」
少しだけ寂しげな笑みが浮かんでいた。






自分の身体が捩れ切れるかと思うような衝撃と痛み。
一瞬のような、永遠のような時間が過ぎる。
自分が上にを向いているのか下を向いているのか、
前か後ろかもわからない。

奇妙な浮遊感。

不快な感覚。

慣れ親しんでいた筈なのに、それが無重力下にいる感覚だと気付くまでに数十秒を要した。

モニターには暗黒があり、一瞬、また別の次元に…という嫌な想像が脳裏を抉る。

しかし、瞳に飛び込む煌きは次元の断層、次元と次元の軋轢から生じる欠片ではなかった。

それはよくよく見慣れた風景。
舟から、基地から、窓越しに、ヘルメット越しに。
そうして、何よりも、あの日、あの夜、シーツに包まれながら見ていた風景。

彼の腕に抱かれ、彼の胸板にもたれかかりながら

彼の温もりと、彼の匂いに包まれながら、彼の部屋から見ていた。

死をもたらす場所であると十二分に承知していながらも、それでも尚

セツコ・オハラが、シン・アスカの腕に抱かれ、至福の中で見た風景。

その至福の中では、その死の海は、ひたすらに眩く、そして美しかった。

そして、あの時、彼の慟哭の中、薄れゆく視界の中で曖昧に目に映した風景。

そこは、見紛う事なき星の海だった。


「私……ここは……?」
そう呟きながら、ウィンドウに目をやると、ウィンドウが指し示す座標は、紛れも無い『あの時』の場所を表示していた。

「帰ってきたの…私…帰ってきたの…?ねぇバルゴラ…?」
答えが返ってくるはずがないというのは承知していたが、それでも彼女は愛機に声をかけずにはいられなかった。或いはそれは夢ではないと、そう確認するための作業でもあった。寝惚けたままの頭に急遽電子音がする。


「これは……」

自分に接近してくる機体の反応をバルゴラは表示していた。前面に展開されるモニターを最大望遠にすると、そこには馴染みのある機影。



「あれは…ガンダム……」


真紅の頭部の機体 ――― ガンダムが凄まじい速度でバルゴラに接近していた。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年12月06日 02:39
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。