爪を立てた少女
えー、御無沙汰しています、古畑任三郎です。
皆さんに、始めに言っておきたい事があります。
私この度、不思議な殺し合いに巻き込まれてしまいました。なんでも、最後の一人になるまでバトルロイヤルをしろとの事です。
その為……今回の私は、今までとは違い、警察組織の一員や、絶対死なない無敵の主人公ではなく、古畑任三郎という一人の人間として立ち回らなければならないんです。……んー、困りましたねぇ、ふふふ、私を守ってくれる物がなくなりました。
……と、いう事は、ですよ。
今回のように、冒頭と最後にほんの少ししか出てこない話も出てきてしまいます。私のファンの方はぜひ、今回はオープニングと、最後の部分だけ見て行ってください。
いやあ、しかし……ふふふふ……えー、やっぱり、私の性なんでしょうねぇ、こういう現場に、たまたま立ち会ってしまう宿命は切っても切れないわけで──。
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古畑
任三郎
◆
【Climb Part】──ステルスマーダー
平凡な顔立ちの二十代の男がいた。
男の顔の印象はおおよそ髪型で決まってしまうらしいが、彼の髪型は少しだけ伸びた坊ちゃん刈りで、非常に飾り気がない。
柔和で、どちらかといえば童顔のその容貌は、この殺戮の現場とは無縁に見えるだろう。
真っ白なシャツにネクタイを巻いて、その上から地味なセーターを着こんでいるそのファッションは、ただの気弱な社会人であると推定するに違いない。
本当にどこにでもいる。写真で見ても、おそらく、誰の印象にも残らない。集合写真の中では絶対に注目される事がない。
彼の名は小田切進。
それと偶々出会ったのは──ショートカットの髪型の、少し普通じゃない一人の女子高生だった。
「へえ、小田切さんって先生だったんだ……」
街中で、その女子高生──天道あかねも、その男に出会って話を聞いて、仕事が教師なのだと知ると、妙に納得してしまった。まさに女子高生をやっている立場だからだろう。
気弱で情けなく、授業を静かにさせる事も出来ない先生。
きっと、高校生よりずっと弱そうで、コミュニケーションがあまり得意でもなく、不良生徒を叱りつける事が大の苦手で、教えるのもそんなに上手くない。
いつかやめてしまうんじゃないか、と生徒の方は思ってしまうが、彼もいつの間にか気弱な教師のまま中年になっているのだろう。
「ああ。……一応、不動高校で先生をしているよ」
本当にどこにでもいる。
あかねの高校……そう、今この小田切先生とのんびり目指そうとしている風林館高校でも、たまにそういう教師はいるくらいだ。
きっと、高校に通っていた人なら、大方、見かけた事があるはずである。
彼はそんな普通の人だった。
……だからか、あかねは、何故だか放っておけなかった。
あかねはこれでも格闘術に関してはかなり自信のある方だが、実のところ、このバトルロイヤルの異常性というのはそれ故に早い段階で感じ取っていた。
知り合いである早乙女乱馬、響良牙、シャンプー、ムースの四名の一筋縄では行かない格闘家仲間たちが捕まえられている事もまず異常だったし、最初の船上でそれ以外の人間の異様な闘気も感じた。
このゲームがかなりの強者によって開かれた物なのは間違いない。
普通の人が生き残れるような状況でないのはあの船上の時点でも確かだった。
そんな彼女が最初に見かけたのは、体力もなければ、知力もさして高いわけでもない……普通の人だったのである。一応、教師をやるという事は何かの分野において、教えられるだけの知識を有しているという事らしいが、やはり能力はその程度だ。
本来、生徒を守るのが教師の勤めなのだが、それが反転する形になるのもまあ致し方ないだろう。
武道家であるあかねの性だ。
彼女はそんな小田切進に、少々情報を明け渡した。
まずは自分について。
天道道場の三女として生まれたあかねは、三姉妹で唯一、格闘を習っている事。
これが強みになるが、おそらく普通の人では生き残れないような殺し合いになりそうだという事。
乱馬と良牙とシャンプーとムース──四人知り合いがいるが、最も優先して探したい人間が一人いるという事。
そして、それは、彼女の許婚の早乙女乱馬。ではなく──響良牙だった。
「良牙くんだけは、早く探してあげないと……!」
もし、あの方向音痴の良牙がこのまま孤立してしまったら、禁止エリアに迷い込んでしまう可能性が非常に高い。
確かに良牙はかなり強いが、今後禁止エリアが指定されたら……超高確率で彼はそこに行きつくだろう。
ちなみに、小田切の方は、あの船上にいた「金田一一」というあかねと同世代の少年を知っていた。教え子で、なんでも金田一耕助の孫でとても頭が良いのだというそうだ。
あかねは、金田一耕助は小説の中の人物だとばかり思っていたので半信半疑だったが、小田切が言うには、実在していたのだそうである。かなり意外な事実だった。
彼からの情報といえばそれくらいである。
「ねえ、小田切先生、あれがこの『大道寺邸』じゃない?」
あかねは地図をランタンで照らしながらそう言った。
小田切とあかねが二人で歩いているのは、丁度、マップの左端──南西のA-8のあたりである。
これから風林館高校を目指すには、現在地はあまりにも遠い。だが、少なくとも、会いたい人間と会う場合に、おそらく目印になる場所は高校だろうと思っていた。一辺が3kmだとすると、あかねの普段ランニングする距離から逆算してもそこまで長くはない(──普通の人間を前提に考えれば勿論、相当長いが)。
ここから近いのは、むしろシャンプーたちの実家の猫飯店の方であるとはいえ、高校ほど機材も揃っていないし、人も入れず何らかの拠点として利用する事は困難だ。
こちらも後で一度試しに寄ってみて、それから風林館高校に行く事にしたいと考えている。やはり人が集まる可能性が高いのはそちらだという事だ。
ただ、本当にそこに風林館高校や猫飯店があるかはわからない。しかし、共通して配られた地図に示された目印としては充分だ。
そこに着く前にも、なるべく、気になる施設はとにかく寄っておきたい所である。本当にそこにあるのか、を少しでも考える為だった。
そして、──丁度、それが見えたようだ。
この、『大道寺邸』に。
「ああ、表札にはそう書いてあるね」
「やっぱり大道寺知世さんの実家なのかしら……? それにしても……随分大きなお屋敷ね」
「本当。凄いなぁ……」
施設を目立たせる為か、大道寺邸の灯りはともされていた。
あまりにも大きな屋敷だったので、流石に民家も多い街中で施設としてマップに名が乗るものだなと思う。
例えるなら、まるで宮廷の庭である。
何度か、変な豪邸を所用で訪ねた事のあるあかねも、少しだけ恐縮するくらいだった。
門を開けて、噴水のある庭を横切り、玄関に辿り着く。その間、庭を見回さずにはいられなかった。本当に、まるで、皇族かハリウッドスターの邸宅のようだ。
そっと、玄関のドアを開けた。鍵はかかっていない……。
「入りましょう」
「ああ、うん……」
中に入ると、巨大な靴箱やカーペットが出迎えた。いまどき、ホテルでももう少し窓口が狭いのではないだろうか。
廊下は長く、いくつもの巨大なドアがある。壁には絵がかかっていて、観葉植物が並んでいる。二階の踊り場が玄関からよく見えた。今にでも家政婦が現れそうだ。
「……あの……すみませーん!」
「ちょっと、小田切先生! こっちから呼んで、変な奴が来たらどうするの……? 家の主もいないみたいんだから、来るとしたら他の参加者よ」
「ああ、そうか……ごめん。でも、人はいないみたいだし……」
「だからって、何もそんな大きな声出さなくても──」
かなり恐縮している小田切に対して、あかねはやたらと強気だ。
あかねもこういうタイプの教師を放っておけない性格ではあるが、勿論イライラしてしまう事もある。危険な状況なのでピリピリしているのだろう。
そんなあかねの少しの苛立ちに、気づいていないのか、小田切は訊き返した。
「……でも、中にいるのは、金田一くんや、その響くんとか早乙女くんみたいな友達かもしれないよ?」
「……それもそうね」
「天道さん、とにかく一度部屋をくまなく探してみよう」
小田切はそう言うが、部屋には無数のドアがある。はっきり言って迷宮のようだった。
こんな所に普段人間が住んでいるというのだろうか。
この玄関から見てもいきなり廊下が三叉路のように分かれており、一つ一つ探すのは気が滅入った。
だが、とりあえず、真っ直ぐに進む事にした。
「しかし、色んな部屋があるなぁ……」
一人で行動しても他者に襲われないようにと、小田切は常にあかねと二人で行動していく事にする。
はっきり言って、どの部屋が居間なのかもよくわからないほど広い部屋ばかりだ──。
順番に歩いていき、ある部屋のドアを開け、中を見た時、あかねの動きがふと止まった。
「ん? どうかしたのかい?」
小田切は、訊いた。
あかねが入っていった部屋の奥を見ると、そこにあるのは子供用の勉強机だ。
ここもまるで客間のように大きな部屋で、最初見た時は、それが子供部屋だとわからなかったほどである。
高校生のあかねの部屋が十個ばかり収まりそうだ。
「子供の部屋かしら?」
「確かに……信じられないけど、子供の部屋のようだ。確かめてみようか」
小田切は、部屋の周囲をちらちらと見始めた。
普通の子供の部屋……とは思えない。
ホテルの一室がこんな所だろうか。少なくとも、自分には全く、縁のない生活である……と、彼は思った。
そうだ。もしかすれば……“あの異人館”の人間は、……子供の時の“彼女”は、……こんな部屋に住んでいたのかもしれないが……。
──先生……
──小田切先生……
……何かを考え込んでいた小田切の耳に、ある一人の女性の声が響いた。
頭の中に流れる声の残響と重なったが、それは、あかねの呼びかけである。
「先生、小田切先生!」
「──……あ、ああ。……何かな、天道さん」
「……ちょっと、見て、これ! 大道寺知世って書いてあるわ。もしかして、大道寺知世ってまだ子供なんじゃ……!」
と、あかねは明らかに憤る声色で言っていた。
彼女の手に握られているのは、学習ノートだ。小田切もそれを見てみると、「算数」と書かれているのがわかった。中学以降に習う、「数学」ではない。
「そう、みたいだね……」
この殺し合いに子供が巻き込まれているのは、あらかじめオープニングで知っていたはずなのだが、あかねはその子供の普段の生活が見て取れるこんな部屋を見つけた時、余計に怒りを膨らませているようだった。
クローゼットの中には、どこにも売られていないような、丁寧に刺繍された子供用の衣装などもあったが……それを確認するに、それは、本当に幼い少女が、可愛らしく着飾るような妖精の衣装なのである。
生活感が見え始めた時、その人間の命だけではなく、感情まで見えてくる。
……この服を着た時、どんな気持ちだったのか。
この服を作った人間は、これを着てもらう時に、その子がどんな気持ちでそれを着るのを想定したのか。
そこまで考え始めた時に、その人間を殺させようとする者への怒りは急速に働きだした。
「許せないわっ! 子供まで巻き込むなんて……」
まだどこか楽観的だったあかねの心境が改められたようである。
小田切からすれば、まあ金田一も乱馬もあかねも良牙も、高校生ならば子供の範疇だ。
しかし、それよりも更に下の人間がいる以上、あかねたちもその人間と対比すれば、「大人」になるのである。
まだ、高校生活はおろか、中学生活さえ経験した事がないであろう、本当の子供──。
「これも……これも、これも……全部、子供の服……!!」
そうして、まだまだ怒りを膨らませる為になのか、それとも、そんな現実を認めたくない気持ちが却って全てを知り尽くそうとしたのか、あかねはクローゼットの中を漁り続けた。
だが、やはりたくさんの服が入っている。女の子用の小さな服。それらは、小学生の女の子の──大道寺知世の服であろう。
あかねは、それを必死になって漁った。
「──そうか」
──そして、怒りは格闘少女に隙を作った。
たとえ、あかねが格闘技において、どれだけの実力を持って居ようとも、背中を見せた瞬間は、全くの無防備だ。
現実を忘れて、何かに集中してしまった瞬間など、下手をすれば一生に一度の失態の瞬間と言っていいかもしれない。
クローゼットの中の服を取り出し、再びその中のハンガーに衣服をかけるあかねの口元──そこを、小田切は、次の瞬間、ある物を握った右手で狙っていた。
「え……!?」
あかねが驚くのも無理はなかった。
それは、まさに疾風のように一瞬の出来事である。
そう……一瞬だけ、あかねは真後ろに小田切進という男がいるのを完全に忘れていた。
常に命を狙われているようなこの状況下、そんな行動はあまりにも不用意だったと言わざるを得ない。……ましてや、初対面の人間と、二人きりの時などは、だ。
あかねの口元は、何か布で押さえつけられているようだった。だんだんと麻酔の匂いが染み始めていく……。
それは、クロロホルムだった。
「んーっ……! んーっ!!」
あかねは、かつてもクロロホルムでこうして眠らされた事がある。
これは、まさにその時と同じ感覚だった。
麻酔の匂いの中で、だんだん薄れゆく意識の中で、あかねは思い切り、背後から忍び寄ったその右手の甲に爪を立てる。
それが小田切の右手だとは、彼女はまだ気づかないが──おそらく、気づく機会が巡ってくる事は永遠にない──、少なくとも、彼女は、自分が今殺し合いにいる事だけは思い出したのだ。
だからこそ、“謎の襲撃者”に──小田切の右腕に血がにじむほどに思い切り、爪を立ててやった。
四本の線が小田切の右手の甲に作られていくが、すぐに、あかねの指先には力は通わなくなった。
「んーっ!!」
そして、思った。
油断した……、と。
それだけ。
本当ならば、自分の最後の時には、許婚の顔くらいは思い出したかもしれない。
その人が守ってくれると、きっと、どこかでそう思っているのだ。
いつも助けてくれたからだった。
パンスト太郎に人質にされた時も、ヤマタノオロチに狙われた時も……。
だが、今回ばかりはあかねは、自分の力で乗り切れるような相手に敗れたのだ。
だから──今、呪ったのは、自分の不覚だった。
乗り切れるべき場面で、選択をミスしたからこそ、責めるのは自分自身だけだ。
心のどこかで愛しているはずの人が──早乙女乱馬が頭に浮かぶより前に……。
自分の力で乗り越えようとしている時に……。
「んーっ! ……」
彼女はそのまま、ただハンカチを含まされた口の中で、悲鳴を響かせる事さえできずに眠りに落ちた。
彼女は、最後まで乱馬を考える事は出来なかった。
自分の力で乗り切れると信じ込んだが、むしろ、強敵と対峙して戦いで散る方が、最後に浮かぶ物の顔で安らかに眠る事が出来たかもしれない。
しかし……残念ながら、そうではなかった。
「フンッ……!」
そして──ドサッ、と音を立てて、床に倒れ込んだあかねの首元を見て、小田切は、デイパックからワイヤーを取りだした。
あざけるように、眠っている彼女を見下ろす邪悪な微笑は、到底、あの冴えない小田切進と同じ物には見えなかった。
◆
「……チッ。余計な手間をかけさせやがって。……痕が残るじゃないか」
手の甲の傷はこれから先、怪しまれる……そう思い、あたかも少し前からあった傷であるかのように包帯を巻いていた。これだけの大きな屋敷である──これくらいの物はすぐに調達できた。
その頃には、既に、天道あかねは生命活動を停止し、「死体」となっていた。
死因は“絞殺”だ。
あかねの首元に残った真っ赤な細い痕を見れば、専門家でなくても一目瞭然であろう。
彼は、ワイヤーを使って、眠りに落ちたあかねの首を思い切り絞めたのである。呼吸がなくなっていくのは感覚でよくわかった。
まさか、彼女も自分が眠っている間に死んでいたとは思うまい。……まあ、そんな事考える暇もないのが、「死」という物なのだが。
しかし、厄介なのは爪痕だ。
あかねが眠りに落ちる前に引っ掻いた、彼の右手の甲である。
そこには、まだ、痕跡が残っている。
「──若葉の時は、こんな事には……」
──かつて。
時田若葉という女子高生の首を、小田切が同じようにワイヤーで絞めようとした時、彼女は抵抗をしなかった。小田切は、それを思い出した。
ショートカットの髪型と女子高生の制服は若葉を思い起こさせ、絞殺という手段も似通っていたからだろう。
だが……普通は、こうして痕が残る物らしい。
彼に、“殺人術”を教えた母もそう言っていたのである。
……そうだ。若葉は、一切抵抗をしなかった。
しかし、その事について、深く考えてしまうと、小田切の目にさえも、不思議と涙が滲みそうになった。
だから、慌てて考える事を切り替える。
(やめよう……)
別の事を考える。
──そう、これは必要な犠牲だった、と。
まだ、俺は、俺たちの復讐を終えていないのだから……。
俺は、復讐を終えるまでは死ねない……。
何としてでも生き延びなければならないのだ……。
◆
小田切進の本名は六星竜一と言った。
東北地方に位置する六角村で、その村の権力者たちに殺されかけながら、なんとか逃げのびた一人の女性・六星詩織の子として産み落とされたのが彼だ。
詩織が竜一を生みだしたのは、その村の人間たちへの復讐を自分の代わりに行わせる為であった。
詩織は、父と母と六人の姉妹たちを殺され──そして、細やかな幸せさえ奪われたのである。
それが強い憎しみとなり、自らの子さえも復讐の道具と成そうとしていた。
幼い頃から、竜一は詩織にあらゆる殺人術を教えられ、村人たちを殺す事だけを考えて育てられてきた。
それが、復讐の為に生まれた殺人マシンの竜一の生き方であり、彼はそんな生活に何の疑問も持たなかった。
そして、詩織は、殺人術の仕上げとして、自らを竜一に殺させたのである。
(……これでいいんだな、母さん。邪魔な人間は一人残らず消していけば……)
それ以来、彼は何人の人間を殺しても何も感じなくなっていった。
相手に罪があろうと、なかろうと。
相手が子供であろうと、老人であろうと。
今回の場合は、ここから帰れれば何でも良いのだが──その方法の一つとして優勝も考えている。
ゆえに。
何人かの参加者は、上手く殺していこうとも思っていた。
特に、生き残る為に使いようがなさそうな、このあかねのようなタイプだ。
(怯える顔が拝めなかったのは残念だが、まあ、この女には大した恨みもない……。この程度で勘弁してやろう)
結局は、彼にとって、人間を殺すのは、虫を殺すのと変わらない。
虫より遥かに長く生きていようが、こうして、「殺害」という作業は五分で終える事ができてしまう。
天道あかねの十七年の人生の幕を閉ざしたのは、僅か一瞬の怒りと油断である。
所詮、人間とはこんな物だ。
(しかし……)
問題は、その後だ。
虫を殺すのは罪ではないが、人を殺すのは、何故だかやたらと大騒ぎされる。
下手をすれば、警察に逮捕され、最悪の場合、死刑にもなるのが殺人者の末路である。
だから……復讐を行う前にそうなるわけにはいかなかった。
そして、この場にも警察はいないが、それでも、なるべく見つかるべきではないのは確かだった。──殺し合いに乗っているとバレてしまえば、それこそ、この無法地帯では、「殺し合いを乗っていない者」たちに不穏分子として消される心配だってあるだろう。
更には、早乙女乱馬、響良牙、シャンプー、ムースなる奇妙な名前の“格闘家”たちもいる。
勿論、小田切も格闘術には自信がある(それこそ警察が数人束になってかかってきても倒す事はできる)ので、彼らを倒す事も出来るかもしれない。
だが、油断は禁物だ。──油断によって死んだ人間が、目の前にいるのだから。
そうだ。
それならば、「工作」を行わなければならない。
これは、疑惑から逃れたい殺人者たちの通過儀礼だ。
竜一も殺人の副次的なイベントの一つとして、密かにそれを楽しみにしている。
幸い、この殺し合いの場に検視官などいない。指紋などの厳密な調査は行われないので、基本的には素手で工作を行っても問題はなさそうだ。髪の毛などが残る事もないだろう。
……問題は、彼女の右手の指に引っ掻いた人間の皮膚が残っている事と、小田切の右腕に四本の傷跡が残ってしまっている事だ。
この二つの合致だけで、もしかしたら……あの金田一のようなめざとい奴には、充分怪しまれる事になる。
だから、今回もまた、「工作」を行い──そして、「死体」を芸術にする。
「──さて、どう料理しようか」
彼は、あかねの支給品を既に抜き取り、全て自分のデイパックに移し替えている。
彼女の支給品は、パプニカのナイフというナイフだった。それに、おあつらえ向きにリボルバー拳銃のスターム・ルガーGP-100まで支給されている。
こいつはいい。竜一は銃撃も得意だ。ナイフなどよりもずっと強い武器になるだろう。
……あかねの支給品はこの二つだけのようだが、これだけで充分だった。
◆
ビデオ室。
子供部屋の奥にある、小さな映画館のような豪勢な部屋だ。竜一は、そこをあかねの死体の処理場にする為、彼女をそこに運び込んだ。
あかねの死体の、小指の付け根に、竜一はそっとナイフを突き立てた。
そして、力を籠める。──彼の力で、いともあっさりとあかねの指は千切れた。
普通の人間ならば、死体であっても躊躇するような行為だが、彼は平然と行う事が出来た。彼にとって、殺しへの不快感は無いに等しく、それゆえにストッパーとなるような物が何もなかったのだ。
次は人差し指、次は中指、次は薬指……。リズミカルにそれを行ってのけた。
親指には「痕跡」は残っていないので、別に切り取る必要はない。
「──」
次だ。
今度は──左手も同じにする。
そうだ。死体はシンメトリーでなければならない。
より、猟奇的で、人の目に印象の残る死体を作るのだ。
それが殺人者の、死体への礼儀──そう、死体さえも殺す事が、真の芸術というやつだろう。
「ふふふ……ははは……」
少し時間が過ぎると、八本の長い指が、全て竜一の手の中にあった。
代わりに、あかねの死体からは指が親指だけを残して、全て切り取られていた。
これくらいの作業は彼もすぐにやってのける事ができる。
何せ、今まで死体をもっと大雑把にバラバラに切り刻んできたのだ。
首。足。腕。
今回も……そう。
同じように──やってみようじゃないか。
彼は、何の躊躇もなく──あかねの首を、野菜を切るかのように狩り取った。
首輪がころころと地面に転がったが、こんな物には興味がなかった。首元に、輪投げでもしていたかのようにかけておけばいい。
あかねの瞳は、いつまでも開いたまま、天井をじっと見つめ続けていた。
……もう二度と、その瞳が誰かに笑いかける事はありえなかった。
それから、血の文字を残していこうと思った。
……だが、『七人目のミイラ』と書きこむのはルール違反だ。
そう、今この少女を殺したのは、六角村の罪人たちを裁く復讐鬼『七人目のミイラ』ではないのだ。
ただその復讐の仕上げの為に生還を目論んでいる、殺人マシン。
穏やかな顔をして、その裏で牙を剥き、他者を欺き続ける猟奇殺人者。
今は目的そのものではなく、過程を行っているだけなのだ。
彼女に送られるべき名前は、『七人目のミイラ』であってはならない。
別の名前が必要なのだ。
少し悩んでから、その名を、彼は天道あかねの背中に、彼女の血で描かれた文字のメモを貼りつけた。紙は屋敷を探せばいくらでもある。
『STEALTH MURDER(ステルスマーダー)』
影に潜む殺人者、ステルスマーダー。
竜一にぴったりな名前だった。
よく思いついたものだと思う。
……そして。
これで、竜一が求めた芸術的な死体が一つ、完成した事になる。
あらゆるカムフラージュに満ちた、最初の死体は、知世の部屋の奥にある「ビデオ室」の客席に座らされた。
早期発見を回避する為、その部屋のカーテンは閉ざされる。一人の死体が暗闇の中に置き去られた。
竜一の胸は、これがいつ発見され、それを発見した者がいかに驚き嘆くのかを見たい気持ちになっていた。
しかし……どうなるかはわからない。もしかすると、この場所を後にする事になるかもしれない。間近で発見を見る事が出来ないのは残念だ。
次に誰かを殺す時には、もう少しわかりやすくてもいいかもしれない。
今回は、「引っかかれる」というハプニングが大きかったが、上手くカムフラージュする事が出来たようだ。だが、今度はヘマをするわけにはいかない。
それでも……今度は、「人差し指」でも残して、同じように殺すのも良いかもしれない。
竜一は、部屋を出た。
暗い客席に座る、制服の女性の胴体。
──その腕の中に抱えられ、スクリーンを虚ろな目で見つめながら、自分の四指をポップコーンのように“貪る”、女性の生首。
竜一にとっては、至高のオブジェだった。
【天道あかね@らんま1/2 死亡】
【残り65人】
◆
【名探偵登場】──古畑任三郎
コン、コン、コン。
三回の、あまりに規則的なノックが鳴った。
「誰かいますかー!?」
やがて、小田切がその大道寺邸で、いくつか、「小田切進以外」がいた痕跡を作り終えた時に、おあつらえ向きに誰かの声が響いた。
死体の発見者となるかもしれない男が現れたのである。
竜一は、少し警戒しながら、玄関に小走りで向かっていった。
竜一が玄関に着いたのは、丁度ドアが開いて、襟足の長い黒服の中年紳士が入って来たタイミングだった。
玄関より、「左方」の廊下から走って来た小田切を見つめながら、その男は丁寧な物腰と薄い笑顔で挨拶する。──どこかで見た事のある顔だった。確か、あのオープニングの船上で……。
「──あ、どうもこんばんは、私古畑任三郎です」
「古畑さん? えっと……あ、ああ、どこかで聞いたと思ったら、最初に──」
「ええ、私、ふっふっふ、これでも刑事なもので。こういう事はねぇ、やっぱり許せないんですよ、刑事の端くれとして。……あ、そうだ、ちなみにSMAPの事件解決したの私です、以後お見知りおきを。……で、あなたは?」
「はぁ。……僕は、小田切進です。つい先ほど、ここに着きまして……色々確認していたんですが、一人で心細くてほとんど何もできずにいたところです……」
世間では、何かSMAPの事件と呼ばれる有名な物があったのだろう。
──竜一の記憶には全くないが、最近、生徒がたまに話題にしているアイドルグループの名前がそんな感じだった気がする。
まあ、話題の中心ではないので、そんな事はどうでもいいのだ。
問題は、相手が刑事であるという事だろう。
あまり強そうには見えないし、いざとなれば格闘術で対抗できるのだが、相手の出方を伺うのが何より優先だ。相手は銃を持っている可能性だってある。
少年探偵、刑事、殺人鬼。
ノストラダムスも、随分と面白いカードを揃えたものである。
「……えー、私も丁度、大道寺邸なる豪邸が見えたので来てみたのですが、まるでハリウッドスターの家ですねぇ、私も一度でいいからこんな家に住んでみたいものです、ええ。……んっふっふっふっふっ……」
殺し合いが始まった時と同じだった。
この古畑という男には、全く掴みどころがない。
なるほど。話術に長けている人間なのだろう。
金田一と同じく、何もかもを見通した目がそこにあるのは、何とも言えぬスリルがある物だ。──名探偵の瞳、という奴かもしれない。
「あ、えっと、古畑さんは……、刑事さん?」
「はい」
「……丁度良かった。ほっとしました」
「と、言うと?」
「いや、こんな状況で警察の方が来てくれたら、誰だってほっとしますよ」
「こんな状況にうかうか連れてこられてしまう刑事を? ……うっふっふっふー……いや、光栄です。市民に頼りにされるのが警察な物ですからね、……勿論、ノストラダムスと名乗る犯人の正体を明かし、我々警察で必ず彼を逮捕してみせます、その点については、ぜひぜひご安心を……」
「……はぁ。頼りにしています」
竜一としても、それに越した事はない。
殺しは好きだが、殺し合いというのは例外だ。──勿論、立ち回る術も必要になってくる。
必ずしも、直接的に殺しまくるのが有効とは限らないし、そもそも、殺し合いの始まりには、「知力も必要」と言っていた。
特に、金田一と古畑はその例として名指しされたくらいである。
できれば活かしておき、利用したい人材だが──場合によっては、殺すしかないだろう。
それまでは、どうにか、相手の話を聞き、殺すのは保留だ。
「あっ。……あの、小田切さん。右手、どうかなさいました?」
「え?」
「ほら、その右手。随分、包帯巻いてるじゃないですか、もう痛そうだ~。私ね、そういうの見るだけでも立ちくらみしちゃうんですよ。……掌ですか、手の甲ですかぁ?」
「手の……甲です」
「それはどうしてまたそんな所を?」
「えっと……ちょっと前に、飼い猫に引っ掻かれてしまいまして……あはは、大袈裟に巻いておいたんです」
「ああ、そうですか~。私も猫にはよく困らされるんですよ~」
「古畑さんも猫を飼ってらっしゃる?」
「ええ、飼いたくて飼った猫じゃないんですがね」
目ざとい、と竜一は思う。
既に何か怪しまれたか……?
ジロジロとこちらを見る古畑の目に、少し退きそうになった。
殺した女の血の匂いがするはずはないのだが……。
と、そう思っていた時、古畑は竜一に訊いた。
「……ちなみに~、小田切さん。あなた、この家全部調べてみました?」
「いや……それはまだです。さっき着いたばかりですから」
「ああ、そうでしたねぇ。で、この家の家主の名前覚えてます?」
「大道寺邸……ですから、大道寺さん」
「そうそう、そうなんですよ。この家、大道寺邸というんです。参加者にも大道寺知世という名前がある。──もしかしたら、大道寺知世さんと関係あるかもしれない。この人の写真とか残されてるかもしれない、どんな人なのか調べて見たいと、そう思ったんです」
「なるほど……」
「案の定、でした。一つだけ、わかった事があります」
「何ですか?」
竜一は、「子供」である事でももう割りだしたのかと思ったが、古畑が告げた言葉は単純だった。
「──大道寺さんという人は、とてもお金持ちだという事です」
◆
──ここで、周囲は途端に暗くなり、古畑にスポットライトが当たった。
えー、私がたまたま入ったこのハリウッドスターの自宅のような広いお庭の屋敷。
まだ、ここに来て私が遭遇したのは、右手の甲を怪我した、温和そうな男性教師だけです。……ええ、事件の気配は今の私にも微塵もしていません。
ただ、今の私が何を持っているのか、どうやってここに来たのか、私はこれまで誰とも会ってないのか、私の真意も背景も、今現在のこの時点ではさっぱりわからないわけです。
この男性に何かおかしな所があるかもしれないし、この男性は心優しい青年かもしれない。私がどう認識しているのかは、今回の話ではまだまだ情報不足です。
つまり、「後続の書き手さんにお任せします」という奴です。
ええ、今回出番が少なくてすみません。ただ、次回以降は…………えー、多分……んっふっふ、少しは出番が増えてほしいですねぇ。
……以上、古畑任三郎でした。
【A-8 大道寺邸/1日目 深夜】
【小田切進@金田一少年の事件簿】
[状態]:ほぼ健康、右手の甲にひっかき傷(包帯で処置済)
[装備]:パプニカのナイフ@DRAGON QUEST-ダイの大冒険-、スターム・ルガーGP-100(6/6)@レオン
[道具]:支給品一式×2、ワイヤー@現実、クロロホルム@現実、ランダム支給品0~1
[思考]
基本行動方針:元の世界に帰り、六角村の村人に復讐を行う。
その過程で、使えない人間、邪魔者は消し、利用できる者は利用する。
0:まずは、古畑に対処する。
1:基本は相手の出方を伺う。どんくさい男のフリをしておこう。
2:殺す時にはただ殺さず、芸術的に殺すべし。
3:金田一、古畑は少し厄介だ。
[備考]
※参戦時期は「異人館村殺人事件」にて、金田一一に謎を暴かれる直前(兜礼児の殺害のみ遂行出来ていない)。
※天道あかねの友人に関する情報を得ました。
※「大道寺知世」は小さな女の子である可能性が高いという情報を得ました。
【古畑任三郎@古畑任三郎】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本行動方針:殺し合いからの脱出。
0:館の捜索。
1:?????
[備考]
※参戦時期は、少なくとも「VS SMAP」より後。
※ここまでの動向や心情が一切謎である為、彼が現在何を考えているのか、本当に単独行動なのか、非武装なのか、小田切にどんな印象を抱いたのか……それらは後続の書き手さんにお任せします。
◆
【大道寺邸に放置されたあかねの死体の状況】
あかねの死体は、知世の部屋のビデオ室の客席に座らせてあります。
ただし、あかねの死体には首がありません。
あかねの首は、あかねの死体の腕に抱きかかえられ、その口には、切り取られた八本(左右の小指、薬指、中指、人差し指)の指が、指先を奥にして、まるで押し込まれるかのように詰め込まれています。
知世の部屋は既に犯人の手で片づけられており、既に幾つかの死体工作が行われているようです。
首輪は、首の上にかけたまま放置されています。
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最終更新:2015年11月13日 07:47