灰色の男





 ──暗闇の中、赤いネオンが小さく光っていた。



 夜の風が冷たく染みわたり、「グレイ」の身体は一層ひんやりとした感触を伴っている。
 グレイは、その冷えきった口元で、一本の安い煙草を吹かしていた。
 彼の支給品だ。彼に支給された「武器」はこれだけだったが、むしろ彼にとっては、不味そうなパンや安上がりのミネラルウォーターよりも、この一服の方が生存にとって有意義な必需品といっていい。
 まだ吸い始めて間もないのか、先から燃え尽きた巻紙がぼろっと崩れ落ち、塵は冷風の中に溶け込んだ。
 煙草から発された煙は、夜風に流れて空を泳いでいく。
 グレイは、煙を見つめながら、今は亡き愛する女に想いを馳せた。

 ところで、この「グレイ」、というのが何者なのかを伏せて見てみると、何ら普通の情景が浮かぶかもしれない。
 少なくとも愛煙家であり男性であり、体温が低いという事だけが彼の特徴として挙げられたが、そんな人間はこの世にいくらでもいるのである。
 ……ただ、「彼」が何者か知った上で、それが映像として頭に浮かんだ時、多くの人はおそらく、幾許かの違和感を覚えるであろう。
 おそらく──こんな奇怪な者に会った事のある人間は、そうはいまい。

「……」

 彼は、グレイは──ロボットだった。

 その名の通り、深い黒の身体を持ち、人間のように「肉」や「皮膚」を持たない、完全な"メカニック"なのである。
 たとえば、この殺し合いに招かれたT-800やT-1000らターミネーターは人間の貌を被っていたが、そうして人間の姿形を借りる事もグレイにはなかった。
 胸部などを見れば彼が持つ回路の姿なども拝む事が出来るし、体表はブラックのメタルが包んでいて、目は赤いネオンランプとして光るのである。
 全身には無数の装備が着装されており、それらは隠される事もなく、腕や背中に露出していた。
 キャノン砲、バルカン砲といった、日本では滅多に目にかかる事のない兵器を人間大の身体一つに詰め込んでいるその姿は、もしかすれば近未来に戦争を行う兵器の姿のようであったかもしれない。
 この"地球"の出身ではなく、裏次元の世界のロボットであはるが、いつの日かこんな兵器が実線投入されれば、人間など一瞬で制圧されてしまうのではないかとさえ思えた。

 そして、そんな存在である故に、呼吸を行う器官はなく、勿論、煙草の味を吸い込む為の肺が動いている訳でもないのだった。
 いや、言ってしまえば、そんな機能は本来、どこにも「必要はない」のである。彼は戦う事さえ出来れば、充分に製作者の構想する用途に適える存在のはずだ。
 ……だが、これは果たして、製作者の悪戯か、製作者の意地か、あるいは、グレイ自身に"魂"でも宿ってしまったのか、もしか彼もかつては人間であったのか──グレイは、煙草の味や、酒の味までも覚えていた。
 時には、音楽の心地よさや迫力に、心を休ませる事もある。下手をすれば、文学も読めるかもしれないし、名画の魅力も理解できるかもしれない。美食に舌鼓を打ち、動物を飼ったとしても何ら可笑しい事ではないだろう。
 目先の安い楽しみや煩いだけの音楽に毒され、クラシックを愛する事のなくなった現代人よりも、遥かに先人たちの文化を愛する「人外」だったのだ。

 そして──そんな彼は、愛も覚えていた。

「……」

 ──マリア。

 それが、彼にとって、本当の女神にも等しい最愛の女性の名であった。
 マリアは、かつて葵リエという名の人間であったらしい。だが、グレイはリエとして彼女を見た事は殆どない。
 彼女は、「次元戦団バイラム」の元幹部。──つまりは、グレイの仲間だ。

 彼女の美しい五指が奏でる戦慄が、初めにグレイの心を奪った。
 そして、グレイは、その美しい容貌に見惚れた。並び立ち敵と戦う事はグレイの誇りであったし、共に飲む美酒は最高に美味かった……。

 決してマリアがグレイを愛する事はなかったが、いつの日にか自分の女にしてみせたい、といつも……ただ純粋に想っていた。
 それは、彼女が生物で、彼がロボットである以上、果たされる事のない虚勢であったのかもしれないが──。

「……」

 だが、もう、マリアという女も、葵リエという女も、この世にはいない。
 死んだのだ。

 その最期は、皮肉にも、機械であるはずのグレイが拝む事になった。それこそが唯一、女神が齎したグレイとマリアの間の絆である。
 ……彼女が「リエ」を取り戻した時、マリアは当然、グレイの敵に回るかに思っていた。しかし、リエとなったマリアは、まだグレイの仲間のままだった。
 マリアは、最後には、「リエ」の心を取り戻しながらにして、グレイの名を呼び、グレイを信頼し、そして微笑みかけたのだ。
 思えば、マリアと過ごした一年で、唯一その時が、マリアがグレイに──それは確かな意味で、「本心」から──心を許した瞬間だっただろう。
 彼女の亡骸は消え去り、葵リエも、マリアも……この世からは消え去った。

 そして、彼女の最期を看取った時、鋼の身体を持つグレイも、生まれて初めて──赤く光るその瞳から、涙を、流した。

「……」

 彼女の死は、グレイにとって悲しき物であると同時に、尊き物であった。
 最後まで誇り高く戦い、散ったマリア。
 決して、グレイの一時の恋は報われなかったし、マリアを愛したあらゆる男たちも、マリアを殺した男や、マリアに愛された男でさえも──報われたとは言い難い。
 バッドエンド、と言っても何ら可笑しい物ではないだろう。

 だが……マリアの死は、どういうわけか、穢してはならない尊い瞬間だった。
 あの時、全ての男の願いさえ跳ねのける女の強さを見せつけられた気がした。その強さこそ、彼女の持っていた最大の尊さであったのかもしれない。
 そして──。

「……」

 ──そして今。
 マリア亡き今、グレイに残ったのは、「戦い」だけだった。
 強き者と戦い、いつか、誰にも見られず──ひっそりと、どこかで、野良犬のように……機能を停止する。
 それが、マリアを亡くした後に残されたグレイの生きがいであった。

 そう。最後まで戦う……それが、グレイの生き方。
 マリアと共に戦った、グレイという男の「戦士」の姿。
 近い内、その終わりの時が来るであろう事は、グレイ自身も「第六感」で悟っていた。おそらく、それは回路にすら組み込まれていない感覚。
 誰かによって、グレイの終わりは齎されるという未来が──何となく、感じ取れていた。

 ──もう、俺は長くない。
 勿論、体は万全だ。「機械」は永久に生き続ける事も出来る。
 しかし、俺は死にたい。
 ……いや、戦う事で、「永久に生き続ける」という機械の定めから脱したいのだ。
 その時が近づいている。
 そんな実感が全身の回路を駆け巡っている。

「……」

 ここで、「殺し合い」と聞いた時も、グレイは何も思わなかった。
 バイラムの一員である以上、彼は、いかに人間らしい「愛情」や「誇り」を持っていても、「正義」は持っていないのである。
 だが、正体も明かさない誰かの「命令」を素直に聞くという事は、ひとまず拒んだ。それは、いわば「誇り」という感情が、拒絶した結果だと言っていい。
 少なくとも、「誰か」でしかない者の命令には、靡かない。──これは、一個のロボットとして当然の理でもある。

 しかし、次に、「命令を聞くか、聞かないか」ではなく、「これを一つのゲームと問われた時──ゲームに乗るか、乗らないか」という選択がグレイに向けられた。
 ……そして、選択肢がそう変わった時、彼は、「バトルロイヤル」というゲームそのものは自在に選択を出来る物であるのだと再認識する事になった。
 なるほど、命を握られているとはいえ、こちらで自由に行動を決められるわけだ。





 ──ゲームに乗るのも、悪くはない。





 ……グレイはそう思った。
 売られた喧嘩は買う、とどこかのチンピラの言うような事を考えているわけではないが、少なくとも今そういう場にある自覚だけはしっかりと持ち合わせている。
 デイパックや禁止エリアといった諸々のルールは、単純ながらに隙が無く、なかなかに凝っていて面白味があるし、おそらくこの首輪も相当な威力を持っていてグレイたりとも破壊するのだろう。
 普通の人間であってもグレイに挑めるよう、武器は煙草に限らず幾つか支給されているはずだ。個々の運勢も含め、ある意味では、非常にフェアーだ。どんな相手もただの弱者と見るつもりはない。
 生身の身体に実力の差異があったとしても、それを埋める方法はいくらでもある。
 これは、グレイに仕向けられた「ゲーム」としては、これまでに課せられたあらゆるゲームのルールとは随分と異なっていた。
 確かに面白い。──自分に相応しいゲームだ。

 ただ、あくまで、その「ゲームに乗る」とは、単に「殺し合いをし、優勝する」という事とは、やはり少し食い違ってきている。
 何せ、この殺し合いの中には、グレイにとって「殺すわけにはいかない相手」もいるし、「戦士としての誇り」もグレイの中には確かに内在し続けている。──最後のプライドが、ただ運に敗れただけの「誰か」と戦うという行為を邪魔した。

 戦いだけが残ったからこそ……その戦いだけは、自分の戦士としての誇りに適うものでありたい。
 グレイの目的は、戦いで死ぬ事だ。
 無差別に他者を襲うのではなく、その中で自分の敵と見極められる者だけがターゲットだ。──そう、たとえば、あの結城凱のように。
 ……それ以外の、戦う意思なき人間には興味はない。

 グレイの目的は、「殺戮」ではなく、「ゲーム」と「戦い」。
 その結果、勝負を決したいずれかが死ぬのは、戦士である以上やむを得ない事であるが。

「……」

 結局、何かにおいて強い戦士と、面白い戦いを行う──それが彼のゲームなのである。
 勿論、勝つ。そのつもりで戦う。
 死は勝ち続けた褒美として、いつか、誰かがグレイに齎すという物であろう。その時が来るまで戦い続ける事が、グレイに残った誇りなのだ。

「……」

 ……そういえば、この状況下、ノストラダムスは「頭脳」が必要などと言っていたが、これもまた面白い話であった。
 チェス、ポーカー、コイントス……面白い戦いは幾つもある。単純な戦闘だけではない。
 古畑任三郎や金田一一などはそれらの能力が高いらしいが、電子頭脳を持つグレイにとっては、どれを置いても人間など上回る。
 しかし、時として──凱のように、グレイさえも不意を突かれるような方法で勝利を掴む者も現れる。
 もしかすれば彼らとは、そんな戦いが来る事もありうるだろうか。
 戦士ではなく、一人の趣味人として戦ってみたい相手である。

「……」

 それから、忘れてはならないのは優勝の賞品だ。──だが、そんな物にも、縋る気はない。
 勿論、グレイの願いといえば、葵リエの蘇生であろう。
 しかし、それはやはり拒んだ。

 仮に……それでマリアが甦るとしても、グレイも、マリアも──誰も幸せになれようはずはないのだろう。
 何故だか、そんな予感がした。──そんな予感と反している、マリアの最期の声も、グレイの中にデータとして残っているはずだというのに。

『本当は……死にたくない……もう一度、一から竜とやり直したい……』

 マリア……いや、葵リエの最期の姿が再生される。
 きっと、それがリエの確かな本心の願いであったのだろうと、グレイは思う。
 それが、一人の「戦士」の中に残った、人間としての……女性としての部分だった。

 ロボットであるグレイにも、不思議と人間が何を考えるのかはよくわかっている。
 人間たちは、迷う。グレイ同様、決して単純な想いだけが口からこぼれるわけではないし、自分の本心さえも詳しくは理解していない。──だが、最後の時に、本音らしき物が漏れる事もあるだろう。
 リエの最期の言葉は、死に直面した瞬間の、それに違いなかった。
 そう、その瞬間に見えたのが、リエの真実の姿だ。
 グレイだけが知っている、彼女の本当の願い……。
 グレイにも、その願いを叶えてやりたい気持ちはある。
 そして、確かにグレイにはそれを叶える力もあるかもしれない。

 ……だが。
 そんな願いを秘めた彼女は、最後に何をしたか。
 その言葉を竜に届かせる前の──彼女が見せた、人間の誇りをグレイは再生した。

『もう助からない! 最後にお願いよ、竜……! 忘れて……私の事を! 貴方の胸から私の記憶を拭い去って……』

 ……ああ、確かにそれは彼女の虚勢だったかもしれない。
 しかし、彼女が自分の求めた幸せと引き換えに、強がりながら見せた誇りだった。

 彼女が選んだのは、自分自身ではなく、愛する男の幸せだったのだ。
 グレイが彼女を想ったように、彼女は竜を想った。それだけの話だ。
 その時の意地を、グレイは、消してやりたくは無かった……。

 グレイが戦士であるように、リエもまた戦士だったのだから。
 その誇りを、グレイの甘い思いやりで消し去りたくは無かった……。
 そして、それが、グレイが、マリアを──いや、葵リエを「戦士」と認めた事の証明だった。
 ……結局は、彼女は正義の為に戦った戦士だったのだ。
 グレイは、かつて彼女を魔獣にする事を拒んだように、「人間」として最後を迎え、そして、「戦士」としての誇りを見せた彼女の姿を穢してやりたくは無かった。
 だから……グレイには、マリアの願いではなく、自分自身の「戦士」だけが残った。

「……」

 グレイが味わっていたラークマイルドが、一本切れた。
 普段、高級な葉巻を味わっているようなグレイには、些か安すぎた気もするが、無いよりは遥かにマシであるし、どうもこの味は嫌いになれない。
 もう一本、ラークマイルドの箱から煙草を取り出し、自らの機能で火を灯す。

 夜の闇の下に晒されながら、グレイは、ただ、ずっと、何かが起こるのを待ち続けていた。
 不意でも良い。
 奇襲を仕掛けられたとしても構わない。
 襲撃ではなく、誰かが訪れるだけでも良い。

 どんな形でも──。

 ……そうだ。確実に激突する事になる戦士がいる。彼らが良い。
 ブラックコンドル、いや、結城凱……ジェットマンの戦士。
 ラディゲ……マリアの命を奪った同胞。マリアの命を奪ったのは確かであるが、同じ定めに生まれた者として、そして仲間として、決して手にかけたくはない相手。それでも、ここでは戦う宿命があるかもしれない。
 女帝ジューザ……何故いるのかはわからないが、ジェットマンと協力の果てに倒したバイラムの首領だ。
 仮に、彼らと出会う事があったのなら、そこでグレイとの間に激突は避けられない。
 ラディゲならば、たとえ仲間といえども、グレイと相反する結果になるかもしれないだろう。

 強いて問題を挙げるならば、レッドホークこと天堂竜で、リエの最後の願いに報いるとするのならば、彼を「殺す」わけにはいかない。
 彼は、ある意味ではグレイに勝利し、リエの最後の心を受け続けた人間だ。
 彼が仮にもし、戦士の最期を迎えるとして、その相手はグレイであってはならない気がした。勿論、向かってくるならば手加減をするつもりはないが、その可能性も決して高いとは思えない。

(ブラックコンドル……いや、結城凱……)

 逆に、凱が相手ならば、──それこそグレイ個人にとって奇妙な共感を覚える男なのだが──最後にもう一度、一勝負行い、決着をつけたい所だ。
 いや、本来ならば凱との戦いにより散るのが最も望まれる形であると、グレイ自身も何処かで感じていた。
 それこそが本来のグレイに残っている望みであるような、そんな気が……。

「……あのぉ~」

 と、そんなグレイの元に女性の声がかかった。
 既に人間が接近している事はグレイも感知していたので、驚く事は勿論、振り向く事もない。その参加者がどう動くかは、こちらで観察しているつもりだった。

 ──グレイを避けるか、襲い掛かるのか……。
 そして、結果的に彼女はグレイに「声をかける」という選択をしたわけだ。
 珍しい判断と言えよう。そうなるとは思わなかった。

 グレイは、ラークを指に挟み、ふぅ、と息を吐いた後で、一言。

「……用があるなら少し待て。私の一服の邪魔をするな」
「はぁ……」

 そう言われて、その少女は、グレイのすぐ隣にちょこんと座り、グレイが葉巻を吸い終えるのを待った。
 グレイは、ひとまず彼女の登場にも心を動かすわけでもなく、自分の至福を味わい続けた。

「……」
「……」

 ──しかし、やはり人間にしては珍しい、とグレイも思う。
 ただの人間ならば、グレイのようなロボットに話しかける事も、こうして無警戒に隣に座る事もない。
 年齢は、少なくとも、純粋さが薄れ始めるが、まだ少女と言って良い年代──あのジェットマンのブルースワローよりも少し年下か。
 そのくらいで、さして好奇心を持つわけでもなくグレイに当然のように声をかけ、隣にちょこんと座るというのは変わった性格だ。
 それに着ている服も、少し変わっている。巫女装束という奴だ。
 どこかの神社の巫女なのだろうか?
 ……まあ、そんな事はいい。






 時間が経てども、両者は全くお互い障らず、マイペースに自分の行動を保つ。
 グレイは、一本のラークを吸い続ける。
 彼女は、ずっと不安そうな瞳でぼーっと座り込んでいる。






「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

 ……グレイのラークが、また一本、吸殻となるだけの時間が経った。その間、二人はただ無言を維持し続けていた。
 吸い終わるのを見計らったかのように、彼女はグレイに再び声をかける。

「あのぉ~」
「……娘。私に何の用だ」

 まるで彼女の言葉に重ねるように、グレイは言った。
 何かの用があるから、こうしてグレイを待っていたはずだが、少なくともそれが勝負でない事は確かだった。グレイにとって、彼女に用はない。
 ……とはいえ、ここで最初に会った参加者だ。何かの縁として少しは話を聞いておこうという気になった。
 彼女が変わり者であった事も、少なからずグレイの興味を引いた。
 一切の躊躇なく、「全身武装」のグレイに話しかけるとは、一体どんなメンタリティを持った相手なのか……と。

「えっと、大変な事になっちゃいましたね。殺し合いとか」
「……」
「あ、あの、えーっと……」

 冷や汗をかきながら言葉を取り繕う彼女は、どこか気まずそうだった。両手の人差し指の先端を重ねて、目を逸らしている。
 彼女もグレイに対して一定の距離感があるようだが、グレイも他者を突き放すような生き方をしているので仕方が無い話である。

 グレイは目を光らす。
 流石に、グレイの感情のない瞳に無言で見つめられると威圧感もあるのだろう。
 しかし、結局、そんな事はグレイには全く関係がなかった。

「……用はそれだけか」

 グレイは、呟くようにそう言った。
 何の用もないならば、わざわざ一緒にいる必要はない。
 彼はただ一人、孤独な戦士だ。……殊に、トランザやマリアがいなくなり、ラディゲとグレイも反目し合い、実質的にバイラムが解体された今となっては。
 だが、話を切り上げようとしているのは察されてしまったのか、彼女は少し焦りつつも、グレイに訊いた。

「あ、そうじゃないんです! ……あなた、ロボットの方ですよね?」
「その通りだ」
「うわぁ! やっぱり! マリアさんと同じだ~」

 当然、その一言がグレイの注意が彼女に向くきっかけになった。
 マリアという名前を聞いて、グレイがあのマリアを連想しないはずがない。
 彼にとって、マリアという名前は特別なのだから。

「──お前は、マリアを知っているのか」
「え!? やっぱりマリアさんとお知り合いなんですか~!? ……『ロボット友達』? いいな~、私も幽霊友達とかいっぱい欲しかったかも……」
「……」

 この反応を見て、何となく、グレイが知っている「マリア」とは別の存在だとわかった。……少し、肩を落とす。
 考えてみれば、こんな気の抜けるような喋り方の小娘がマリアと知り合いのはずがないし、マリアなどという名前は地球上に大勢いる。
 世界一有名な教祖であるイエス・キリストの母と、全く同じ名前のロボットが地球で作られるのは何らおかしい話ではない。
 マリアがマリアと名付けられたのも、同じ由来による、バイラムの皮肉だ。
 グレイにとって特別な名でも、ありふれている名前らしい。

「……どうやら、私の知っているマリアと、お前の知っているマリアは別のようだな」
「え?」
「私の知るマリアは、ロボットではない……人違いだ」

 そう言った後、グレイは、そういえばお互いが名前を把握していない事を思い出した。
 この娘の名は知らないが、そんな人間と、「マリア」というこの場にいない人間の名前の話をしていたのだ。
 少なからず誤解が生まれても仕方ないと言えよう。

「……娘。お前の名は?」
「氷室キヌです。一応、美神さんの除霊事務所で働いています。……ここでも、今のところ、そこを目指そうと思ってるんですけど……」
「……」
「そうだ、ロボットさんのお名前は?」

 おキヌと名乗る少女は、殆どグレイに臆する事なくそう訊く。敵意がない相手だと認識したからに違いない。
 グレイにしても、ここで名を偽ったり、名を隠したりする必要はなかった。

「……グレイ」
「グレイさん……ですかあ」

 何か思う所があったようだが、大方、「T-800」とか「T-1000」あたりがグレイの名だと思ったのだろう。しかし、生憎ただの型式番号に縛られるつもりはない。
 自分の名は……「グレイ」。
 無慈悲で無感情な型式番号を授けられた者たちも、おそらくは、いつぞやの「G2」のようなロボットたちであろう。
 グレイは、吸殻を持った右腕を、そっと下げた。
 と、その時、おキヌが大声をあげた。

「あっ、グレイさん!」
「何だ」
「──煙草を吸うのは良いですけど、ホラ、吸殻はあたしに預けてください!
 あとで、ちゃんとゴミ箱見つけたら捨てておきますから! 『ぽいすて』は、駄目なんです!」

 彼女は毅然としてそう言う。
 グレイは今まさに吸殻を捨てようとしていたし、グレイの足元には、一本の吸殻が落ちている。先ほど、吸い終えた粕を地面に放り捨てた証だった。
 確かに言われてみれば、人間にとって吸殻を捨てる場所は定められているらしい。その規則に則るならば、グレイは違反である。……が、彼にはそんな事は関係ない。
 ただ、おキヌがそれを拾おうとした時、グレイはそれに先んじるように自らが捨てた吸殻を拾い上げた。

「構うな。俺が、自分の手で片づける。……他人に借りを作る気はない」

 グレイは、自分の撒いた種を他人に摘まれるのを嫌う性格だった。
 自分の所作には、自分で蹴りをつける。他人には関わらせない。
 誰にも会わなければこのまま捨てただろうが、こうして他人に拾われ作業を押し付けるとなると話はまた別だ。
 ……二つの吸殻を丁寧に指先でつまんだグレイを前に、おキヌは呆然とする。
 そんなおキヌの方をグレイは見つめた。

「……一つだけ訊こう。お前は、私が怖くはないのか?」

 そう問われると、ふと我に返ったおキヌは顎の下に手を置いて少しだけ悩んだ。
 それから、すぐに答えを出した。

「私は、マリアさんっていうロボットの知り合いもいますし……今更これくらいじゃ驚かないっていうか……」
「……私が訊きたいのは私がロボットであるからという話ではない。
 ──この状況で、武装した敵に対面する事も含めてだ。今は、誰もが武器を持っている。他人を怖れず、ただ信用するのは……愚かだ」

 おキヌの不可解な所は、そのある種能天気な部分だ。
 グレイは、今この時を「戦争の只中」のように解釈している。これまでも幾つもの次元でそんな激しい戦いに身を投じて来た。
 中には、味方に裏切られた者もいる。
 そして、グレイの手に命を奪われた者もまた数知れない。
 しかし、そんなグレイを彼女はあっさり信用しようというのだろうか。

「ああ、それなら大丈夫ですよ……グレイさんも良いロボットでしたし。美神さんも横島さんも悪い人じゃないし、あの二人ならそう簡単に死にません。
 そして、美神さんや横島さんは、きっと私と一緒にこんな戦いを終えてくれるって信じてるから」
「……甘いな、氷室キヌ。生き残るつもりならば、もう少し考えて行動した方が良い。
 たとえ、生き残る事が出来るのが、この中のただ一人だとしても……」

 と、そこまで言った所で、グレイは考えた。

 彼女は何と言ったか。──そう、「戦いを終える」と言ったのだ。
 グレイには、その発想そのものがなかった。……つまるところ、ノストラダムスを打倒し、バトルロイヤルそのものを破綻に導くという事だ。
 だが、一度始まってしまったゲームを根底から崩すのは難しい。いかに理不尽な決闘であっても、ゲームマスターには、簡単には歯向かう事の出来ない仕組みが出来ている。
 たとえば、このバトルロイヤルにおいては、「首輪」である。
 だから、グレイにはその選択肢はなかったのだ。

 しかし、目の前のおキヌはおそらく、その、最も過酷な「戦い」を行う意思を持っていた。……ただの能天気かもしれないが、考え方としては面白い。
 グレイは、おキヌの目を見て、彼女の言う事を解した。

「……だが、なるほど。この戦いを終える為に戦う……それがお前の戦い方か」

 グレイはそんな言葉を、思わず発した。
 ざっと見た所、このおキヌの性格ならば、確かにそれを行おうとするかもしれない。能天気である以上に、結構な楽天家だ。
 通常の人間ならば警戒するような相手に、何のブレーキもなくこうして寄ってくるのは、ある意味ではどこか狂っている人間のようにさえ思った。
 そのお陰か、おキヌは、グレイにとって、凡庸な人間ではなく、少しは話す価値のあった面白い人間として認識されたのだろう。
 グレイは、自らに支給されていたデイパックをふと一瞥し、それをがっしりと掴むと、おキヌの手に渡した。

「──これは私には不要だ。少しでも長く生きる為に、持って行くと良い」
「え? これ……私に……?」

 おキヌは、少々驚いた様子を見せている。
 この状況下、自らの支給品を明け渡す者は流石にいないと彼女も思っていたのだろう。実際、グレイも人間ならばこんな事はしまい。
 だが、グレイはそのロボットだ。
 ロボットである彼にはその鞄の中に押し込まれている物全てが嵩張るだけである。

「ああ。私にとっては邪魔なだけだ」
「……でも、地図や名簿とかは?」
「地図や名簿も情報として記憶した。メモなど取る必要はない」
「うわぁ。凄いんですね~。私なんか忘れっぽくてぇ……この前も……」
「世間話をするつもりはない」

 グレイがデイパックを渡したのは、不要であったと同時に、おキヌに興味を示したからでもあった。
 彼女がいなければ、吸殻と同じくその辺りに捨てていただろう。

「……ありがとう、ございます」
「……」

 照れたように礼を言ったおキヌに対しても、グレイは何も思わなかった。

「あ、でも、グレイさん、知ってます? このデイパック、実は凄く変なんですよ」
「……何がだ」
「あたし、『誰かの肉体』が支給されていたみたいなんです。外国の人だと思うんですけど……」

 おキヌは不可解な事を言い出した。「誰かの肉体」……? それはつまり、どういう事だろうか。
 普通に収まるような三箱の煙草だけが支給されていたグレイは、その辺りの話は知る由もない。
 少しだけ、おキヌの話に興味も湧いた。おキヌの方を見る。

「ほら、これ……」

 すると、おキヌは、自分の方を見たグレイに見せるように、息を飲みながら、そっとデイパックの口を開けた。
 そこから出て来たのは、非常に濃い顔立ちと高い身長をしたボブカットの男性の姿だった。色っぽい姿は女性のようにも見えるが、体格上、それは男性である可能性が高い。……勿論、おキヌも確認してたわけではないが。
 ただ、おキヌの言っているように、彼は眠っていた。
 まるで死んだように冷たい身体で、そこには血液の循環すらもない。
 何より、デイパックの開け口よりも、彼の身体は大きかった。

「……」
「変ですよね? やっぱり、ドラ●もんのポケットみたいになってるのかな……。
 ……えっと、ちなみに、他にも、カードとか、私の笛とか色々入ってました」

 今度はおキヌの懐から、数枚のカードや、横笛が出て来た。
 トランプのカードでも、マリアの奏でる草笛でもない以上、グレイの興味はやはり、デイパックに入っていた人間の肉体の方だ。
 グレイは、サーモグラフィでその人間の肉体のデータを確認する。

「……この人、死体じゃないみたいですよ? 心臓とかは動いてないですけど……」
「肉体の構造は人間そのものだが、体温もない。心音、脈拍ともにゼロ。呼吸も当然していない。──死体と同じだ」
「ええ……でもやっぱり違います。『ぶろーの・ぶちゃらてぃー』さんという人の身体だそうです」
「名簿にあった名だ。……なるほど。少し興味はあるが、関係のない話だ」

 そこまで確認して、グレイは、すぐに興味をなくした。
 要するに、これは魂をなくした肉体というわけだ。
 これがデイパックの中から出て来た事実は不可解ではあるが、一度おキヌに明け渡したデイパックを取り返すつもりもない。
 幾つかの謎も、バイラムの幹部であらゆる次元を旅したグレイには、大した事ではなかったのだろう。
 そんなグレイに、背後からおキヌが声をかけた。

「あ、グレイさん……私も」
「ついて来る気か? だが、私はお前に用などない」
「だって……私が向かっている場所も、そっちに行かないと行けないし……」
「……」

 グレイが向かった方角は、確かに、彼女が目指すと言っていた「美神令子事務所」があるG-5エリアの方である。
 結局のところ、グレイからすればどこに向かっても良いつもりであったが、やはり人気のある場所は、もっとマップの中央寄りの位置であろう。
 こんな隅にいるよりは、その方が良い。たとえおキヌがついてくるとしても、それで自分の選んだ道を変えようとは思わなかった。
 ただ……煩わしいが、もしついてくるならば、一言だけ忠告をしておくのが礼儀と思い、立ち止まったグレイは、おキヌに一言だけ言った。

「……キヌ。一つ、言っておく。私はゲームに乗っている」
「え? そんな人には見えませんけど……」

 おキヌは気楽な口調で言う。
 だが、グレイにとっては事実だ。
 彼は、バトルロイヤルというデスゲームには乗っている。
 ただ、おキヌをその刃を向ける対象としなかっただけである。

「……それは、私には私のルールがあるからだ。お前を倒す気にはならん。
 強い者と戦う事……それが私の、戦士としてのゲームだ。
 だが、ゲームに乗っている者はいる。──それを忘れるな。
 特に……ラディゲという男や、女帝ジューザには気を付けろ」

 グレイは、それだけ言うと、おキヌの方を見る事もなく歩きだした。
 そんなグレイの背にはおキヌがついてきているが、二人が会話をする事は、またしばらく無かった。
 夜の街のどこかに二人の姿は消えていった……。



【H-6 街/1日目 深夜】

【グレイ@鳥人戦隊ジェットマン】
[状態]:異常なし
[内蔵装備]:グレイキャノン(背中)、ハンドグレイザー(腕)、マルチショットガン(腕)
[追加装備(支給品等)]:なし
[道具]:ラークマイルド三箱(残数は18/20・20/20・20/20)@鳥人戦隊ジェットマン
[思考]
基本行動方針:ゲームには乗る。ただし、ノストラダムスの言った通りにはせず、自分のルールに沿い行動する(少なくとも積極的に殺して回るつもりはない)。
1:結城凱とは決着をつけたい。ラディゲ、ジューザとも殺し合う事になるかもしれない。
2:天堂竜を殺すつもりはない。少なくとも今はマリアの意思を尊重する。
3:優勝した場合も、マリアの誇りを穢すつもりはない。
[備考] 
※参戦時期はマリア死亡~凱と決着をつけるまで。
※名簿や地図は電子頭脳に記憶しています。死亡者や禁止エリアも聞いてさえいればすぐに記憶する事ができるでしょう。

【氷室キヌ@GS美神 極楽大作戦!!】
[状態]:健康
[装備]:ネクロマンサーの笛@GS美神 極楽大作戦!!
[道具]:支給品一式×2、ブローノ・ブチャラティの肉体@ジョジョの奇妙な冒険、クロウカードセット(雷、雨、霧、雪)@カードキャプターさくら
[思考]
基本行動方針:ゲームからの脱出。
1:美神令子除霊事務所を目指す(今は同じ方向に向かっているグレイについていく)。
2:美神令子、横島忠夫との合流。
[備考]
※参戦時期は不明(ただし少なくともネクロマンサーの笛を使うようになってから)。巫女服を着ているので、大きな騒動の最中ではないと思われます。
※幽体離脱によりブチャラティの肉体と氷室キヌの肉体を行き来する事も可能ですが、長時間、ブチャラティの肉体に入りこむ事は不可能です。
※幽体離脱中は元の肉体は睡眠状態になります。ちなみに、その間に元の肉体が死亡レベルの損壊を起こすと幽体も消滅します。
 また、幽体のまま移動できる距離も短距離に制限されています。



【ラークマイルド@鳥人戦隊ジェットマン】
グレイに支給。
結城凱が度々咥えている煙草の銘柄。
20本入りが3箱支給されている。ライターはついていない。

【ブチャラティの肉体@ジョジョの奇妙な冒険 Part5 黄金の旋風】
氷室キヌに支給。
ブローノ・ブチャラティの肉体。
基本的には人間の肉体や死体などが支給される事はないが、ブチャラティがディアボロの姿で参戦した為、参加者の本来の器として支給された。
ただし身体の機能は停止しており、氷室キヌの幽体離脱などによって入りこむ事はできても、長時間彼の身体に入り続ける事はほぼ不可能。

【クロウカード@カードキャプターさくら】
氷室キヌに支給。
月属性「水」に属し、天候などを操る以下の四種類のクロウカード。
  • 「雨」=雨を降らす事ができる。
  • 「雲」=雲を操る事ができる。
  • 「霧」=金属を腐食させる事ができる(ただし首輪には無効で、グレイやT-800にはチョコラータのカビ同様の制限がかかる)。
  • 「雪」=雪を降らせる事ができる。
これらはいずれも、使用の際には、ごく局地的(戦闘を行う狭い範囲)に行われるよう制限されており、1エリアすべての天候が変動するわけではない。

【ネクロマンサーの笛@GS美神 極楽大作戦!!】
氷室キヌに支給。
霊、霊能力を持つ人間、妖魔などを操る事が出来る笛。この笛を使う事が出来る者は、ネクロマンサーの資質を持つおキヌだけに限られる。
ただし、首輪をつけた参加者を根本的に操作する事は不可能であり、上記の条件を満たす場合であっても、「パワーダウン」もしくは「パワーアップ」程度の恩恵しか与えられない(この条件を同時に使い分ける事は不可能)。
一方で、参加者外の霊や妖魔に対しては、原作通りの能力を発揮する事もできる。




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最終更新:2017年06月09日 01:12