まとめ その6


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「全員、手はきれいに洗って来たね?それじゃあ晩ご飯にしよう!」

清潔な白いケットをエプロン代わりに腰に巻き、タオルをふんわり頭に被り後ろで縛った「姉さんかぶり」の出で立ちのミハルは、両手を腰に胸を張り、テーブルに着席した一同に笑顔でそう宣言した。
ミハルの横で彼女と同じスタイルをして立つハマーンも、何やら緊張した顔で頷いている。

このミハル・ラトキエという17歳の少女には、こういう家庭的で少々レトロなスタイルが実に良く似合うのだなとシャア・アズナブルはぼんやり考えていた。
どちらかというと痩身気味の彼女だが、むくつけき男達を前に物怖じせず、堂に入ったその態度は貫禄十分である。
恐らく調理場を仕切った時からここはミハルのフィールドとなったのだ。すべからくここにいる男達は、母親を前にした幼い子供の様に、彼女に逆らう事は許されない何かを感じてしまっている。
もちろんそれはこの場限りのものではあるだろうが、部隊指揮官の目から見ても「見事な人心掌握術」と言えない事もなかった。
士官学校時代から何かと女性に不自由しなかったシャアではあるが、こういった雰囲気を醸し出す女性は今まで彼の周りにはおらず、彼女の一挙手一投足が実に新鮮に映り、目が離せない。
サムソンの車内ではあえて彼女と離れた場所に座り一言も彼女とは会話しなかったシャアだが、やはり無意識に視線は彼女に向いていた。
その眼差しを隠すのに、彼の仮面はこの上なく役に立っていたのである。

普段は会議用に使用される楕円形のテーブルに着席している一同の前にミハルとハマーンの手によって置かれたのは、3つの大ぶりな平皿にそれぞれ積み上げられたサンドイッチの山だった。
この人数にこの量はさすがに多すぎるのではないだろうかと、まず誰もがそう思った。
やや厚めに切られたパンの中には、得体の知れない桃色の物体がたっぷりとはさみ込まれている。
3皿のサンドイッチ全てがそれなので、えり好みは不可能だ。
薄気味悪そうにこのパンには一体何が挟んであるんだと目で問うクランプに、判りませんやと小さく肩を竦めるコズン。
ちゃんと今夜の糧を神様に感謝するんだよと言いながら一同を見回し終えると、ミハルとハマーンの二人は忙しそうにそのまま部屋を出て、再びキッチンへと消えてしまった。


後には、目の前のサンドイッチを凝視する一同の醸し出す何とも言えない空気が残された。が―――


「お、お待ち下さいシャア大佐!」

慌てた様なアンディの声で、シャアは手袋を脱いでサンドイッチに伸ばし掛けていた手を止めざるを得なかった。

「何だ」
「あ、いえ、大佐は大事なお体なのです!オデッサも控える今、得体の知れないモノを食して体調でも崩されたら一大事!!」

少しばかり不満そうなシャアに小声で答えたアンディの言い分に、ピンク色のサンドイッチを見ながら確かにそうだとその場の全員が頷く。
こういう場合、リトマス試験紙、悪く言えば毒見役的な役割を担うのは、やはり一番立場の弱い者になるのは世の常であろう。
うず高く積み上げられた正体不明なサンドイッチを前に、場の空気を読んだ一人が、実に消極的な挙手をした。

「・・・まずは自分が」
「判ってるじゃねえかバーニィ!お前も使えるオトコになったモンだぜ!!」

悲壮な決意をその顔色に滲ませながら名乗り出たバーニィの背中をコズンが嬉しそうにバンバンと叩いている。

「あはははh・・・それ程でもありませんよ・・・」

その衝撃に指で摘んだサンドイッチを取り落としそうになりながらも周囲が固唾を呑んで見つめる中、バーニィは思い切ってソレをぱくりと口に入れ、数回咀嚼し・・・飲み込んだ。

「ど、どうだ!?」
まん丸に見開かれたバーニィの瞳を見たコズンが今更な心配声をかける。
が、上気した顔で、バーニィは勢い良く頷いた。
手には既に二つ目のサンドイッチが摘まれている。

「コレ美味いです!もの凄く美味い!!」
「何だとお!?お前、俺達を地獄の道連れにしようってんじゃないだろうなっ!?」
「そう思われるのでしたら、コズン中尉の分は自分が頂きますが宜しいですか?」
「!」

瞬く間にバーニィが手にした二つ目を食べ終えたその途端、再び伸ばした彼の手を跳ね除けたコズンを含め、サンドイッチの山に一同はわらわらと一斉に手を伸ばした。
正味の話、もういい加減に全員腹が減っていたのだ。
見てくれは悪いサンドイッチだが、食えるとなれば話は別だ。
しかしその味は、遙かに皆の想像を越えていたのである。

「うお美味ぇ!なんだコリャ!?」
「確かに良い味だ、いやこれは金が取れるぞ。酒にも合いそうだ」

光の早さで一切れを食べ終えたコズンはすかさず2つ目を手にし、クランプはしきりと関心した様に食べかけのサンドイッチを見つめている。
こう見えてクランプは料理もやる。開戦前までサイド3でバーテンをしていた事もあり、彼の舌は確かである。

「このパンの中身は・・・ポテトサラダだな。
それに生のタラコをレッドチリソースに漬け込んでほぐした物を混ぜてあるらしい。
だから全体がこの様な色になっているんだ。
なるほど、辛さのアクセントがジャガイモのコクを引き出していて実に旨い。ビネガーの効き具合も、絶妙だ」

まじめな顔でサンドイッチの分析をしているクランプの横でシャアは満足そうに口を動かし、2つ目を喉に詰めたコズンが慌ててミネラルウオーターで流し込んでいる。
確かにこれがビールだったら最高だろう。

「タラコって何です?」
「魚の卵ですよ准尉。コロニーでは高級品ですが地球では割と安価で手に入る食材です」

こちらでは夢中でサンドイッチを頬張るアムロの問いに、彼の右隣に座ったニムバスが丁寧に答えている。
サイド7に移り住むまでは地球で育ったというアムロでも良く覚えていない様な事を、すらすらと話せるニムバスの知識は結構凄いなと考えていたバーニィは、再び部屋に入って来たハマーンの姿を目に留めた。


「あ、アムロ、あのその、こ、これも食べてmてくr」


後半のセリフを噛みながらも思い切って差し出されたモノにアムロは驚きつつ絶句した。
ハマーンの名誉のためにもここは敢えて、そのモノの描写を避ける。

「こ、これは・・・」
「ハマーンはあんたの為に生まれて初めて料理をして、一生懸命これを作ったんだよ。気持ちを酌んでおやりよ」

恥ずかしそうに顔を伏せるハマーンの後からやって来たミハルが、苦笑いしながらアムロにそう進言した。
彼女の手には熱々のシチューが入った大きな煮込み鍋の乗ったキャスターが押されている。

「ほう・・・!」

香ばしく食欲をそそる香りに皆が思わず唸った。
その魚介類がふんだんに入ったブイヤベースの深皿が各人の前に一つずつ行きわたってゆくのを見たシャアとアンディは、通信室で微かに香っていたのはこれだったのだと得心したのである。

「おおお!これまたべらぼうに美味いぜ!」
「これは凄い。よくこの短時間でこんなに深みのある味を出せたものだ」

「食材の中にぶどう酒があったからね、それも使ってみたんだよ」

またも一同から巻き起こった賞賛の嵐に面映ゆそうにミハルが答えているその横で、問題のブツを前にして固まってしまったアムロは、だらだらと汗を流し、密かに助けを乞う視線をちらりと隣のバーニィに送ったが

「准尉!ハマーン嬢の気持ちに答えるためにも、これは、覚悟を決めるしかありませんよ?」

自分は美味そうにブイヤベースをかき込みつつ、バーニィはニヤニヤしながらアムロの恨めしそうな視線を断ち切ってしまったのである。
驚いたアムロは一縷の望みを込めて反対隣に座るニムバスに視線を向けた。しかし・・・

「騎士たるものの心得として、女性に恥をかかせる事など言語道断。
・・・骨は拾って差し上げます」

ぴしゃりとニムバスにもそう言われてしまった。
ここに、アムロの退路は完全に断たれたのである。

「ミ、ミハルは心を込めて料理を作れば失敗はないと言ったぞ?」 「あり、がとう、ハマーン、失敗なん、てあるは、ずないさ」

自らが作ったモノを必死にアピールするハマーンにスタッカートで答えながら、アムロは震える手で、パッと見●●●にしか見えない件のブツをつまみ上げ、ぱくりと口に入れた。

「・・・・・・・・・・・・こっっっ」

瞬間、口の中の水分を全部持っていかれてしまったアムロは、パッサパサ言いながらラインダンスを踊るウサギ達の幻影を垣間見た。
何かを求めるように中空をヒラつくアムロの手にしっかりとミネラルウォーターのボトルを握らせてやるニムバス。
ものすごい勢いでブツを飲み下しているアムロの背中を気の毒そうにさするバーニィ。
何だかんだでこの三人、チームワーク抜群である。
ぜえぜえ言いながら顔を上げたアムロの目に、ぎゅっと両手を握り込み自分を凝視しているハマーンの顔が映った。彼女は、アムロの言葉をじっと待っている。

「・・・准尉」

小声でニムバスに促されたアムロは息を整え、少々引きつった顔でハマーンに笑顔を向けた。

「ありがとうハマーン。とても美味しかった」

その瞬間、自信なさげだったハマーンの顔が、ぱあっと喜びに輝いた。

「ミハル!ミハル!やった!アムロがおいしいって!!」
「良かったねハマーン。だから言っただろう?心配ないってさ」
「うん!うん!」

ぴょんぴょん跳び跳ねながら喜んでいるハマーンにバレない様にミハルはアムロに感謝の視線を送って来、アムロはこっそりと溜息を吐き出した。

「ご立派です」

再びアムロに顔を近付けて小声で囁いたニムバスは何だかやけに嬉しげであった。バーニィも安堵したように胸をなで下ろしている。
が、漏れ聞こえてきたハマーンの次の言葉に、三人はびくりと身を竦めたのである。

「そうだ!今後はずっと、アムロの食事は私が作ろう!」

まるで超音波の様にか細く甲高いアムロの悲鳴を、顔を近付けていたニムバスだけが聞く事ができた。

「だめだよハマーン。過ぎたエコヒイキはグループの和を乱す原因になるのさ。
ハマーンだって、もし自分だけが毎回食べる食事にデザートが付いていたりしたら、気まずいだろ?
アムロにそんな思いをさせたいのかい?」
「・・・そうか、そうだな。うん。それはだめだ」

ミハル、ナイスフォロー!
納得して頷くハマーンの肩越しに微笑むミハルに今度はアムロ、ニムバス、バーニィが感謝の視線を送る番だった。


あれほど量が多すぎると思われていたミハルのサンドイッチはいつの間にか全て一同の腹に収まってしまい、ブイヤベースが入っていた大鍋は空になった。

ミハルの出してくれた食後のコーヒーを飲みながら、一同は満ちたりた様子で女性陣を交えて談笑している。
自分は会話に加わらず部屋の奥からその光景を眺めていたシャアは、一同のミハルを見る視線と態度がこれまでとは大きく変わっているのを実感していた。
戦場において、有り合わせの食材でうまいメシを作れる人員は、それだけで皆から大事に扱われるものなのである。
それは今も昔も変わらない現象だが、ミハルは実力で自らの居場所を勝ち取ったのだった。
今後のミハルの処遇に少なからず頭を悩ませていたシャアは、肩の荷が少しだけ降りた事を密かに喜んでいた。

「大佐、それではそろそろ」
「うん」

アンディに促されたシャアは、全員に着席する様に命じた。
これからすべき議題と確認事項は山ほどある。長い会議になりそうだ。
しかし、皆、気力が漲っている。まるでこれまでの疲れがどこかに吹き飛んでしまったかの様だ。

これもミハルのお陰かなと考えながら、シャアは作戦会議の開始を宣言した。

クレタ島の東に位置する【ロドス】はエーゲ海南部ドデカネス諸島に属する島である。
ベドウィン作戦発動中、ランバ・ラルはオデッサにおいてシャアと合流する計画を立て、事情を知るシーマ・ガラハウ中佐を通じサイド3に密使を送り、父ジンバ・ラルの同士であったアンリ・シュレッサー准将にこれまでの経緯を説明すると共に協力を仰ぎ、その際補給をも要請していた。
そして『速やかに全ての準備を整える』というシュレッサーの力強い返答を携えて、アンディはシャアの元に赴いたのである。
この補給ラインが確保されていたからこそ、シャアはマ・クベと思うさまに渡り合う事ができた。
補給受領の地点は、地理的にもクレタ島に近くジオン軍の大規模集積基地のある、このロドス島が最適だった。


ロドス島港湾内にあるジオン軍物資集積基地に、クレタ島ザクロスから飛来した輸送機が到着したのは正午近くの事だった。
輸送機に乗り込んでいたシャア達一行は現在、滑走路の中央に位置したポートから兵員輸送用の大型エレカに乗り換え、大型格納庫を兼ねた基地施設のメインビルに向かって移動している。



「おっと姐御・・・どうやら奴っこさん達が到着したようだぜ。ちっとばかり、予定より早い到着だったな」

メインビル最上階にある士官専用スイートルームの窓に、立ったまま背中を預け、肩越しに外へ目をやっていたジョニー・ライデンはそう言って苦笑する。
低い位置からライデンの顔を妖艶な眼差しで見上げていたシーマ・ガラハウは、名残惜しそうに彼から身を離すとスカーフで唇の端を拭い、床に着いていた両膝を払って立ち上がった。

「久々に二人きりになれたってのに全く・・・気の利かない連中だねぇ。おや」

ライデンと同じ様に窓から地上を見下ろしたシーマは、施設前に止まったエレカを降り立ち、こちらを見上げた赤毛の少年兵と目が合った。
いや、常識的に考えれば「目が合った気がした」というのが正しいのかも知れない。
地中海の強い日差しを避ける為マジックミラーとなっている地上4階にあるこの窓の中が、外から見える筈が無いからである。
が、シーマはその少年の相変わらずのカンの良さを常識に当て嵌め「見くびって」やるつもりは微塵も無かった。

「あのボウヤも一緒じゃないか。ふふふ、相変わらず食えない子だねぇ。アタシらがここにいる事、見抜かれたよ」
「楽しそうだな、姐御」
「何言ってんだいジョニー。アンタの方がよっぽど楽しそうな顔してるくせにさ」

呆れ顔でそう言いながら頬を小突くシーマにライデンは違いないと陽気に笑う。

「楽しくない訳が無いだろう。見ろ、今出て来たのが赤い彗星だ」

ライデンの鋭い眼光は、一行の最後にエレカから地上に降り立った仮面の男をまるで値踏みする様に捉えていた。

「さあて・・・噂のシャア・アズナブルが俺達のボスにふさわしい野郎かどうか、じっくり見極めさせて貰うぜ」
「あんまり突っかかるんじゃないよ?御輿ってのは見栄えと権威さえあれば良いんだ。後は担ぎ手次第でどうにでもなるもんなんだからね」
「姐御に逆らう訳じゃないが、そいつは聞けない相談だな」

そう言いながら、きらきらした少年の眼でライデンはシーマを見つめて来る。
ああまたこの男の悪い癖が出てしまったと頭を抱えたくなるシーマだったが、その邪気のない瞳に彼女は、弱い。

「せっかく同じ【赤】の通り名を持つ者同士が出会えたんだ。どちらがその色にふさわしいか、勝負だ」 「ジョニー・・・」
「おごっ!」

いきなりシーマは、ライデンの腹部(※下腹部ではない)に鉄拳を打ち込んだのである。

・・・しかしシーマの拳は瞬時に鋼と化したライデンの腹筋に阻まれ、めり込ませる事ができていない。
逆にシーマの手首の方が痛かった程だ。が、彼女は構わず彼の腹にグリグリと拳を押し付けている。

「くだらない対抗心を起こすんじゃないよ?いいかい、アタシらにはもう乗り換える船は無いんだ!」
「いてててて姐御、冗談だ冗談!」
「アンタが言うと、冗談に聞こえないんだよ!いいかい、くれぐれも・・・」

眉間に深い縦皺を刻み込み、噛み付きそうな勢いで顔を寄せたシーマにライデンは何と素早くキスをしてから逃げる様に身を離したのである。その軽薄な行動が、シーマの頭に瞬時に血を上らせる。

「このっ!!誤魔化すんじゃないっ!!」

その言葉とは裏腹に若干顔を赤らめながらも、ライデンの顔面とボディに向けて次々と本気のパンチと蹴りを繰り出すシーマ。
当たり所が悪ければ脳震盪では済まない海兵隊仕込みの実戦的なマーシャルアーツである。
しかし彼女のそんな洒落にならない攻撃を、姐御は受けに回ると滅法弱いんだよなあと笑いながら、軽いフットワークでライデンは見事に全て躱し切って見せた。
やがて呆れつつ楽しげに笑いだしたシーマに釣られてライデンも笑う。打ちも打ったり、避けも避けたり、体術の教本にしたい程レベルの高い格闘術の応酬の末、ウヤムヤのうちに今回の痴話喧嘩モドキは終了となった。


過激すぎる2人の蜜月的な関係は、この数分間のやり取りに集約されていた。
常人には到底理解し得ない、これが何人も立ち入る事のできない彼等だけのスタイルなのであった。



シーマの部下に先導されるまま、格納庫内に足を踏み入れたシャア達一行は、簡易MSハンガーに所狭しと屹立している『サイド3からの補給物資』であるという6機のMS-06を見て、それぞれに微妙な表情を浮かべていた。

ビームライフルを標準装備し、量産機として正式採用されたばかりだというMS-14【ゲルググ】は高望み過ぎるにしても、少なくとも【グフ】や【ドム】ぐらいは欲しかった所だ。
連邦軍の高性能MS配備が着実に進んでいる今、既に旧式となってしまった感のあるMS-06【ザク】で激戦が予想されるオデッサに挑むのは、心もとない・・・と、いうのが一同の正直な感想だった。
もちろん贅沢など言えるものではないが、ザクの標準兵装である120?マシンガンでは連邦MSの装甲を抜けない、のは実証済みなのである。
ザクで編成した部隊では敵のMSを含む主力と対した場合、恐らく苦戦は免れないだろう。

「お?おお!?良く見りゃこいつはすげえぞ・・・!」

しかしMSの一体を間近で見た途端、一行の先頭を歩いていたコズンが口笛を吹いた。

「シャア大佐!コイツは只のザクじゃありませんぜ!噂に聞いていた新型でさあ!」
「ふむ、どうやらその様だな」

シャアもコズンと共にMSを見上げて確信した。艶消しのボディに鈍く採光を照り返すザクは通常のMS-06よりも頭部が扁平形であり胸板が厚い。
随分と足周りも頑丈になっている様に見える。装甲の内側にちらりと覗く大型のバーニアは、もしかしたら宇宙での使用に限定されたものでは無いのかも知れない。
ずらりと壁面のラックに並んでいるMS専用マシンガンも通常のものとは明らかに形が違う。

「そのザクは統合整備計画の産物さね」
「シーマ中佐!ライデン曹長!」

一行の背後から掛けられた声にいち早く振り向いたアムロが、ライデンを従えてこちらに歩き来るシーマに敬礼する。
彼等と共に酒を酌み交わした仲であるクランプとコズンは親しげに、バーニィは少々緊張気味に、そしてこれが初対面となるニムバスは儀礼的な敬礼をそれぞれ振り向けている。
答礼を返すシーマの顔に疲れは見えたが、その血色は以前よりも随分良くなっている事にアムロは気付き、それが何より嬉しかった。
ミハルとハマーンを除いた全ての人員が互いに敬礼を交わしたのを確認すると、シャアは改めてシーマに向けて口を開いた。

「シーマ・ガラハウ中佐。バイコヌールからの輸送任務ご苦労だった。これが例のMSだな」
「は。サイド3から非正規のルートで届いた新型のMS-06FZ【ザク改】であります。
本来はズム・シティの首都防衛大隊に配備が予定されていたシロモノらしいのですが、大隊指令アンリ・シュレッサー准将の計らいで急遽こちらに・・・!?」

その時突然、シーマの後ろに控えていたライデンがズカズカと前に出て来てシャアと会話中である彼女の横に並んだのである。

シャアに対して敬語で接していたシーマはライデンの無作法にぎょっと息を呑んだが、ライデンは涼しい顔で馴れ馴れしく初対面のシャアに話し掛けた。

「軽く慣らし操縦してみたが、かなりいい。見てくれはザクだが、こいつはグフやドムにも引けは取らないぜ。
マ・クベの野朗はいけ好かないが、統合整備計画の手腕だけは認めてやっても良いかな」

ブン殴ってでもこのバカの軽口を閉じさせてやるべきだろうかと物凄い目つきで横から睨み付けて来るシーマを尻目に、さあどう出ると挑戦的な目をシャアに向けるライデン。
しかしシャアはライデンの予想に反し、にこりと口元を綻ばせたのである。

「なるほど。それが【真紅の稲妻】の見立てなら、間違いは無いだろう」 「おっと・・・俺の事を知っているのか?」
「【真紅の稲妻】ジョニー・ライデン。開戦時は曹長だったがルウムにおいて戦艦3隻を撃沈し大尉に昇進。その後直属の上司を病院送りにした懲罰人事により再び曹長に降格され海兵隊に転属、現在に至る・・・だったかな?」
「あらら」

おどけて首を竦めるライデン。挑発したつもりが見事にカウンターパンチを食らった格好だ。
シーマもライデンに対する怒りを忘れ、目を丸くしてシャアを見ている。

「シーマ中佐、ライデン曹長、こちらの事情は知っての通りだ。
細かい事はいい。今後とも宜しく頼む」
「・・・あーあ。青い巨星といい赤い彗星といい、どいつもこいつも一筋縄ではいかねえってか・・・参ったねこりゃ。大人しく軍門に下っちまうか姐御・・・痛てぇっ!!」

シャアが差し出した右手を渋々握ったライデンの脛を、コメカミに青筋を立てたシーマが何食わぬ顔で横から蹴飛ばしたのである。

「馬鹿部下の無礼をお許し下さい。バイコヌールを空にする訳にも行かず残念ながら全員がここに控えてはおりませんが・・・マハル出身の我ら海兵隊一同、一丸となって大佐の尖兵となる事、シーマ・ガラハウの名においてお約束致します」

片足で飛び跳ねているライデンを完全無視してシーマはシャアに深く頭を下げた。
マハルはサイド3にありながら貧困層を集住させたコロニーであり、ザビ家による徴兵後の扱いも劣悪であった。
シャアと同等かそれ以上に自分達のザビ家に対する恨みは骨髄なのだと、シーマは暗に言っているのである。

「感謝する。精鋭で鳴らす海兵隊の噂は聞いている。これほど心強い事は無い」
「は。荒事の露払いは我らにお任せ下さい」

きっちりと敬礼しているシーマの横で、向こう脛を押さえ片足立ちのライデンも観念してシャアに向け奇妙な敬礼を向け、それを見たハマーンとミハルは同時に吹き出した。

「それにしても、バイコヌールの指令代理が、よくもこの地まで駆け付けてくれたものだ」 「それなのですが、いち早く大佐のお耳に入れておきたい事があり、不肖シーマ、この地にまかり来しました」
「む、何か」

シーマの緊迫した雰囲気を感じ取り、シャアも姿勢を正す。

「実は・・・アサクラ大佐の動向が妙なのです」

アサクラ大佐とは名目上は海兵隊の長であり、シーマの直属の上司にあたる人物である。
しかし実態は名ばかりの司令官であり、実務と責任をシーマに押し付ける形で自身を遙任している。

「現在ジオン本国では、まるでオデッサでの会戦準備に隠れる様に・・・アサクラ大佐指揮の元、地球の静止軌道やサイド5などから大型発電衛星の奪取作戦が次々と執り行われている模様です」
「発電衛星?どういう事か」
「詳しい事は残念ながら・・・ただ時を同じくして我が故郷であるマハルコロニー住民の強制疎開が行われた事と、何か関係があるのかも知れません」
「フム・・・」

顎に手をやって考え込んだシャアの背中を見ながら、アムロはシーマの言葉に漠然とした不安を覚えた。
一瞬、膨大な光と共に何もかもを焼き尽くさんとする凶悪な意思がイメージされたのは、偶然ではないと思えるのだ。

「ど、どうしたんだいハマーン?」

背後から小さく聞こえたミハルの声に振り返ると、真っ青な顔をしたハマーンがミハルにもたれ掛かる所だった。
恐らく、ハマーンも何らかの不安を感じ取ったのであろう。
しかし自分達ですら良く判らないこの感覚を、他人に上手く説明する事はできそうもない。
何より、確証のない情報で、無闇に周囲の人間を不安がらせる訳にはいかないだろう。

爪を噛みしめたくなる欲求を無理矢理押さえつけたアムロは、今の自分の顔色も、きっとハマーンと同じ様に青ざめているに違いない事を確信していた。

「いようアムロ!いろいろ大変だったそうだが、こうしてまた合えて何よりだったな!」 「は、はい。ライデン曹長もお元気そうで」
「おう元気だぜえ!死線をくぐり抜けて仲間達と再会できたんだ、これ以上嬉しい事はねえだろう!」

深い不安の闇に押し潰されそうになっていたアムロは、片手を挙げて笑いながら陽気な声を掛けてくれたライデンに救われた気がした。
シーマを筆頭に深刻な顔をしていた一同も、ライデンの言葉に我に返った様に見える。

「ん、どうした、お嬢さん達も顔色が悪いが何か心配事でもあるのか?」

アムロのそばに歩み寄りながらミハルとハマーンの顔も見て、暢気な顔でそう聞いて来るライデン。
しかし逆に、アムロはこの局面で出た彼の言葉の方が意外だった。心配事は、山盛りにあるはずだ。

「ライデン曹長はその・・・心配じゃないんですか?」
「心配って、何がだ」
「え、その、さっきのシーマ中佐のお話の事とか、これから僕達が向かうオデッサの事とか・・・」

数え上げたらそれこそ不安要素はキリが無い。
しかしそんなアムロを見てライデンはからからと笑い出したのである。

「やめとけやめとけ!心配なんざするだけ無駄だ!」
「む、無駄って事は無いでしょう・・・」

自分は果たしてライデンにからかわれているのだろうかと、少しばかりムッとしかけたアムロだったが、突然横にいたニムバスから爆発的な殺気が立ち上ったのを感じ、うなじの毛が逆立った。

「貴様・・・それ以上准尉を愚弄すると、この私が許さんぞ!!」

アムロはもとよりバーニィやコズンら先の騒動を目の当たりにしている周囲の人間は、ニムバスの怒りに思わず慄いた。
そう言えばバーニィを一喝した件を鑑みるに、ニムバスは規律に厳しい男だった。
ライデンの様に奔放な人間を厳格なニムバスという人間が、決して受け入れる筈が無かったのである。
こちらの焦燥を知ってか知らずか、一瞬の後ライデンは、わざとらしくニムバスに向けて妙にゆっくりと首を廻らせた。

「・・・俺は別にアムロを愚弄なんざしてねえがな」
「ま、待って下さいニムバス大尉!この方は、ジョニー・ライデン曹長・・・」

新たな目的の為に仲間がまとまり掛けている今、内部での揉め事は非常にまずいとアムロは焦った。
しかし、アムロとライデン2人が、まるで口裏を合わせるかの如く反論して来るさまは、ニムバスの苛立ちに更に拍車を掛ける結果となった。

「アムロ准尉は貴様の上官だぞライデン!相変わらず・・・その言葉遣いは何だ!?」
「久し振りだってのにご挨拶だなニムバス。俺は相手が誰だろうがこの口調を変えるつもりはねえぜ?
今はお前の方が階級が遥かに上なんだ、懲罰したいってんなら好きにしなよ」
「え・・・ニムバス大尉は、ライデン曹長とお知り合いだったんですか!?」

アムロは意外な成り行きに目を見開いて対峙する2人を交互に仰ぎ見る。
しかしニムバスはアムロの問いには答えず、更にライデンへの眼光を強めた。

「気に食わん奴だと思っていたが、いい機会だ・・・貴様の腐った性根はこの場で修正してやる!」 「おっと懲罰房行きとかじゃねえのかよ!」

素早く一歩前に踏み込んだニムバスの歩幅と全く同じ距離をライデンは跳び下がった。

「悪いがデカイ戦が控える今はコンディションを崩せねえ。タダで殴られてやる訳にはいかねえな」
「面白い。ならば実力で私と准尉の前にひざまずかせてやるとしよう」
「御免こうむるぜ。俺は色んな意味でひざまずかせる専門だ」

「・・・バカだねっ!」
「えっ?」
「な、何でもないよ!アンタら!シャア大佐の前で、勝手なマネは許さないよ!」

赤い顔でクランプの疑問を遮ったシーマは今にも殴り合いを始めそうな二人を叱責する、が、意外にも彼女を制したのはシャアであった。

「二人共、私に気兼ねせずに続けたまえ」
「大佐!?」
「我々は寄せ集めの軍団、軋轢は当然だ。
火の点いた爆弾をフトコロに隠し持っていると、それはいずれ最悪なタイミングで炸裂してしまうものだ。
爆弾などというものは、大っぴらな場所で処理してしまうに限る。リクリェーションとしてな」

へぇ、判っているじゃないかと内心瞠目しながらシーマはシャアの横顔を見直した。
流石は赤い彗星。若さに似合わずこの男、動じないのである。
喜んだのはライデンであった。

「話が判るぜ大佐ァ!正式に私闘許可が出たがどうするニムバス大尉!?」

しかしニムバスから一瞬目を切ったライデンには油断があった。ニムバスは既に臨戦態勢だったのである。

「余所見をするな!」

ステップを変化させ、トップスピードで間を詰めながらニムバスの放ってきたパンチは牽制であった。
咄嗟にガードを固めたライデンは、迂闊にもニムバスの密着を許してしまう。
ニムバスは両手でそのままライデンの頭を抱え込むと、タイミングをズラした膝蹴りを抉り込む様にライデンの脇腹に見舞う。
これがまともに決まれば恐らくアバラの4・5本は砕け散っていたに違いない。
しかしライデンは辛うじて自らの膝をカウンター気味にニムバスの内腿に合わせ膝蹴りの威力を相殺させると、両腕の拘束を振り払い、軽快なフットワークでニムバスの射程圏内から逃れた。

睨み合って対峙する2人。

軽いボクシングスタイルのステップワークで間合いを取るライデンに対し、ニムバスはアップライトに構え、足で威嚇するムエタイ風である。

「あんたにあの後何があったか知らねえが、雰囲気が変わったなニムバス。
明らかに付け入る隙が・・・減っていやがるぜ」

ベッと口中の血を吐き出したライデンにシーマはどきりとした。
離れ際に何らかの一撃を受けたものであろうが、ケンカ慣れしたシーマにもニムバスの放ったその攻撃は見えていなかった。

「グラナダ攻略部隊、降下強襲群・・・あの激戦地で俺達は出会い、あんたが第一中隊、俺が第二中隊と、互いに部隊を率いて戦った。 階級はあんたが少佐、俺は特務付きの大尉で・・・戦場では同格だったな」

言いながら今度はライデンが前に出た。
迎撃に動いたニムバスの蹴り足をフェイントでいなすと強烈な左フックをボディに見舞う。が、ニムバスは肘を下げこれをブロックした後、がら空きになったライデンの顎にそのままエルボーを叩き衝ける。
しかしその時には既にライデンの身体はスウェーを絡めて後退していた為、ニムバスの肘は空を切った。だがその軌跡は、ライデンの前髪を数本斬り飛ばす程の鋭さだった。

「ライデン!!何から何まで癇に障る奴だったよ貴様は!」
「お互い様だニムバス!何かってーとキリシア様キシリア様ってな!テメーは壊れたレコーダーかっての!」
「言うな!昔の話だ!!」

僅かに動揺したニムバスの動きを見逃さず再度踏み込んだライデンは、左右のジャブを放ちながら唐突に足払いを仕掛けると、態勢を崩したニムバスに組み付き、ごろりと転がりざまに肩の関節を決めに入った。
ボクシングスタイルから密着した関節技への極めてスムーズな移行はライデンの格闘技術の高さを物語り、その変幻自在な攻撃は、固唾を呑んで見守る周囲のギャラリー達をどよめかせた。

「甘いな!」「おっと!」

しかし分の悪そうに見えたニムバスは逆関節に逆らわず一瞬にして態勢を入れ替えると、ライデンの拘束を抜け出し、腰を落として後ずさった。
ライデンの関節技のレベルの高さを肌で感じ、グランドでの攻防を嫌ったのである。
しばらく様子を見ていたライデンだったが、追撃は無しと判断するとゆっくり立ち上がり、再びボクシングの構えを取った。

「ゲイツ大佐・・・・・・結局あんたがトドメ刺したんだってなニムバス」
「フッ、貴様が生温かったせいで、私が後始末をするハメになっただけだ」
「ランス中佐はどうなった?ひどい怪我をされていたが」

じりじりと間合いを取りながら、探る様に言葉を交わす2人を見てアムロはハッと気が付いた。
ニムバスが規律に厳しくなったのには明らかにライデンが関係している。
そして2人は恐ろしく不器用なやり方で、二人共が降格する原因となった戦場の思い出話をしているのだ。

「ランス・ガーフィールド中佐は退役された。私がゲイツの敵前逃亡未遂を聞かされたのは、全てが終わった後だった・・・!」

眉根をぎゅっと寄せたライデンは辛そうにそうだったのかと呟いた。
威張り腐った上官が多い中で、ランスは腕が立つ上気さくで男気があり、敬愛するに足る数少ない武人だった。

「あの時ランス教官・・・いやランス中佐がおられなかったなら孤立した我々は、恐らく全滅していた事だろう」
「だがな、ニムバス、俺がぶちのめして病院送りにしたゲイツの病室に押し掛けて・・・射殺したのはやりすぎだ」

ざっとその場の全員が息を呑むのが判った。
対峙する2人の間に、ただ静かに空調の音だけが響く。

「黙れ!貴様に何が判る!私の中隊の生存者はたったの3名だったのだぞ!!
あの無能な指揮官が援軍を出すのを遅らせ、我らを死地に追いやったのだ!」
「ニムバス!」

やはりこいつの根底は何も変わっていないのかと絶望に似たライデンの眼差しを、しかしニムバスはするりと受け流す様に瞳の険を解いた。

「・・・以前の私ならば、そう言っただろう」
「!?」
「可笑しければ笑えライデン。今の私には、何故だかランス教官の気持ちが判る気がするのだ」

ランス中佐のザクは孤立したMS部隊の囮として単身敵陣に切り込み、多くの敵を粉砕しながらも集中攻撃を受けて沈んだと聞く。
部下の未来を救う為、自ら身を捨て礎となったのだ。そんな決意は生半可な覚悟で共感できるものではない。

「確かあんたは、やたらとキシリア・ザビを崇拝していたな?だが、今のあんたからはあのイビツな熱狂が感じられない。 その分、何だか研ぎ澄まされた感じがするぜ。一体何があんたを変えたんだ?」
「ふふふ、貴様などに教えてやるものか」

笑えと言っておきながら愉快そうに自分が笑うニムバス。
彼のそんな屈託のない笑顔はライデンが初めて見るものだった。こんな顔は、あの頃のニムバスからは想像もできない。

「さあて、そろそろ決着を付けるぞライデン、ランス教官直々に鍛えられた私の技、果たして受け切れるかな?」
「あまり受けたくないってのが本音だが・・・仕方ねえだろうなあ」

シーマは身じろぎもせず、ずっと心配そうな顔でライデンを見つめ両の拳を握り締めていた。
2人の間にある空間に緊張感が凝縮してゆくのが判る。
それはまるで、ピリピリと触れれば弾ける電光の塊りの様だ。

「えーとすいませんがお2人さん、ランス・ガーフィールド中佐なら、アンリ准将の首都防衛大隊に復帰されましたよー」


・・・・・・・


「なに!?」「本当か!?」

一同に遅れてやって来たアンディが、間延びした声で後方から掛けた言葉に2人は一拍置いて劇的に反応した。

「本当です。首都防衛大隊は『慰労隊』の側面もあるんですよ。
ランス中佐は片腕を失くされるという重傷を負われたものの、このたび戦傷兵として大隊に配属され教官を務めておいでです。
ちなみに私も、MS戦術で中佐の教えを受けた一人です」
「そうだったのか・・・」
「アンリ准将の隊に・・・」

2人の間にあれほど張り詰めていた空気が、一気に霧散したかの様だった。
ニムバス、ライデン共にシンミリ俯いた目線で、それぞれの感慨に浸っている。

「二人共、気は済んだか」

頃合だと判断したシャアが声を掛けると、2人は気まずそうに構えを解いた。確かにもうバチバチやり合う雰囲気ではない。
ギャラリーもほっとした顔で互いに顔を見交わしている。物騒な場面はあったにせよ、結果的に怪我人が出なくて本当に良かったという処だ。

「丁度良い。ここで2人に辞令を言い渡しておこう」
「は!」「辞令?」

自らの降格を申し出ていたニムバスはその顔にさっと緊張感を滲ませ、ライデンは怪訝な表情を浮かべている。

「戦場任官なので簡潔に伝える。ニムバス・シュターゼン大尉、貴官を申請通り降格し、以後は中尉に任命する」 「は、しかし、それでは・・・」
「聞け。これによりMS小隊を組む際、アムロ准尉に隊長位と特務権限を持たせれば、中尉はアムロの下に身を置く事が出来る。十分に補佐をしてやれ」
「慎んで・・・拝命致します!」

降格されたくせに嬉しそうに敬礼しているニムバスを見てライデンは思い当たった。そうか、ニムバスの奴は多分・・・

「ジョニー・ライデン曹長」
「は、は?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまったライデンを見て、シーマが目をつぶったまま軽く額を押さえた。

「シーマ中佐の下での数々の戦功は聞いている。よって、ジョニー・ライデン曹長を本日只今をもって中尉に昇進させる事とする」
「へ?イキナリ二階級特進?なんで?」
「バカだね本当に!くれるっつーモンは貰っときゃいいんだよ!」

慌てた口調で会話に割り込んで来たシーマに全員の視線が集中する。

「あ、姐御、皆の前だ」
「・・・・・・・・・・・・っっ!!」

今度こそ誤魔化しきれない程に顔を赤らめたシーマは、口をぱくぱくさせた後にトマトの様な顔を横に向け、そのうちに堪え切れなくなり後ろを向いて俯き、押し黙ってしまった。小刻みに肩が震えている。
コズンはごくりと唾を飲んだ。あのシーマをここまで変えてしまうとは、ジョニー・ライデン恐るべし。

「・・・こほん。これで【真紅の稲妻】も、もう少し動きやすくなるだろう。
貴様の場合、肩書きなど無意味なのかも知れんが持っていて腐る物でもない。シーマ中佐の言う通り、ここは素直に受け取っておけ」
「了解であります」

観念した敬礼を向けるライデンに、シャアは軽く頷いた。
ライデンはニムバスにニヤリと笑って向き直る。

「これで俺達は同じ階級になったなニムバス。アムロよりも上だし、もう規律がどうとか言わせねえぞ」
「良いだろう。だが准尉を愚弄する様な真似をしたら、命が無いものと思え」

物騒な物言いは健在のようだ。
苦笑しながらもライデンは小声でニムバスに聞かねばならない事があった。

「ところでなニムバス、お前、なんで俺がシャア大佐にタメグチきいた時には怒らなかったんだ?」
「・・・決まっている。私の忠誠はアムロ准尉にのみ向けられているからだ」


済ました顔でぶっちゃけるニムバスに、ガラにも無くそれはどうなんだよと突っ込みたくなるライデンだったが・・・
やけに幸せそうなニムバスの顔を見ていたら、何だか全てがそれで良い様な気がして来て、結局口を噤んでしまったのだった。

「うわあ・・・これ、凄く良いですねえ・・・!」
感嘆ではなく驚嘆である。
初めて乗ったMS-06FZのコックピットシートでバーニィは、座席調整をSに設定しながら笑顔を見せた。
メイン、サブ両モニターの位置、フットペダルの固さと踏み込み角度が絶妙にいい。
何よりJ型では少々確認し辛かった後方視界モニターの位置がデフォルトで改善されているのが嬉しい。
ロールアウトされたばかりのMSの筈なのに、まるで使い込まれた愛機のごとく2本のレバーグリップが吸い付くように手に馴染む。
実質的にはMS-06Cなどのコックピットに比べると、オーバーヘッド・コンソールが前方にせり出しているぶん若干狭くなっている筈なのだが、妙な閉塞感は微塵も感じられない。
広すぎず、狭すぎないスペースの中に、全ての計器類が見やすくコンパクトに収まっているのだ。
そこにはある種のデザイン的な美しさが発生しており、兵士にとって命を預ける相棒たるMSの心臓部に相応しい威厳があった。
あの、地球に下りてバーニィが初めて搭乗した(現地改修で執拗にいじり倒された感のある)06Jのごちゃついた操縦席とは雲泥の差である。
この恐ろしく機能的なコックピットレイアウトは、長年の試行錯誤を積み重ね、血と汗と命を代償にMSと携わって来たジオンだからこそ完成したものなのだと思える。
元々機械いじりが嫌いではないバーニィは、コックピットの端々から滲み出ている「職人技」が醸し出す迫力に、静かに感動してしまうのだった。

『こいつの開発には俺たち首都防衛大隊も協力したんだぜ。
コックピット周りは特にランス中佐の意見が反映されてる』

正面モニターには、資料を挟んだバインダーを手にしたアンディ中尉が、ハンガーの床からこちらを見上げている姿が映し出されている。
外部用モニターとスピーカー、集音マイク等の動作にも問題は無い様だ。
傍目から見ると奇妙な光景だが、この機能が正常であればこそ通常サイズの人間と17・5メートルの巨人とが普通に会話できているのである。

「何だか・・・皆さんのお話をお聞きしているだけで、ランス中佐という方の凄さが判りますね。
それに、短期間でこんなMSの開発を完了させたマ・クベ大佐という人も」
『ランス中佐とはお前もいずれ会えるさ。それとな・・・』

バーニィの口から出たのは先人に対する素直な賞賛だったのだが、ランスとマ・クベを同列に扱われた事が気に食わなかったのか、アンディの顔が険しいものになった。

『言わせて貰えばこの機体がここまでスピーディに完成したのは、現場勤務の名も無きメカマンから訴上されて来た統合整備計画の試案が、抜群に優れていたからなんだ。
マ・クベはまずそれを意見書としてサイド3のMSメーカー最大手のジオニック社に提示し、意見を求めた。
そしてそれがとてつもない価値を秘めた革新的意見書だという事を確認した上で、次期国家プロジェクトとしてザビ家に提出し、それをそのまま自分の手柄として通しただけに過ぎない』
「名も無きメカマン・・・ですか」
『こんな紙資料にしたら優に五百枚以上に相当する分量の計画試案を上げて来た奴がいるんだよ』

自らが手にするバインダーを指で弾きながらアンディが続ける。
『件のメカマンはジオンに対する貢献度は相当な筈だが・・・マ・クベはそいつの名前すら資料から削除しちまったらしい』
「ど、どうしてそう言い切れるんです?」
『それまでマ・クベがサイド3に指示して来た時とは全く違う計画手順だったからさ。
奴は官僚肌の軍人だ。工廠に対して要求する事は出来ても具体的な技術内容を示して計画を発注する事なんて出来やしない』
「なるほど。“水陸両用MSを作れ”とは命令できても“この設計図通りにズゴックを作れ”とは指示できないって事ですね」

撃てば響く様なバーニィの言葉にアンディはそうだと頷く。
無意識の受け答えではあるが、バーニィの応対には相手を気持ち良く喋らせる何かがあるようだ。

『もちろんマ・クベ自身にMS開発の知識があれば良いがそんな話は聞いた事もない』
「なるほど・・・と、いう事は、そのどこの誰かも判らない謎のメカマンは現場で作戦行動に随伴しながら、五百枚以上の計画書を・・・それは、凄い・・・」

時間に余裕のあるジオンの部隊など存在しない事はバーニィも身に染みて理解している。

『計画を請け負ったサイド3の工廠では、もう提示された計画書に絶賛の嵐アンド【このプランの作成者は誰か】という妄想の坩堝となっていた。
愚にも付かない妄想が多かったが一番笑っちまったのが
【天才的な才能を持つローティーンのメカニック少女が、恐らく何日もの徹夜をものともせずに完成させた】
・・・って奴だな。いくらなんでもリアリティなさ過ぎだろう』

モニターの向こうで苦笑するアンディだったが、バーニィの脳裏には、張り倒された痛みの記憶と共に、一人の少女の顔が鮮明に思い出されていた。
笑えない。あの少女の才能とバイタリティならば・・・ややもすると、やりかねない。

『統合整備計画は大手のMSメーカーが合同で参画してる。
俺が出向いてたのは主にツィマッド社系の造兵廠だったんだが、他社に伝説の少女メカマンがいるらしいって話は良く耳にした』
「伝説の・・・」
『おいおい本気で信じるなって!どちらかと言うと都市伝説の類だ』

げらげら笑うアンディに、コックピットの中のバーニィは意味深な顔でぼそりと呟いた。

「アンディ少尉も・・・伝説の少女メカマンともうすぐ会えるかも知れませんよ」
『ん?何か言ったか?』
「いえ。お楽しみに」
『?』

再度聞き返そうかと口を開いたアンディの声を、ハンガー内に突如鳴り響いたアラームが遮った。
同時にコックピット内のモニターにヘッドセットを付けたアムロの顔が映し出される。

『施設内の各員に通達します』

アムロの声にぎこちなさは無い。
フェンリル隊にいた際、通信オペレーターを経験したアムロにとって、オール回線での音声放送などお手の物だった。

『戦闘要員は、至急ブリーフィングルームに集合して下さい。繰り返します・・・』

スピーカーからの放送を聞いたそれぞれの人員は作業の手を止め、指示通りブリーフィングルームに向かう。
しかし唯一モニターでアムロの顔を見る事のできたバーニィは、その表情に滲む只ならぬ緊張感に気が付いた。

『聞こえたなバーニィ!マシン整備は一時中断だ、すぐに出て来い!』
「りょ、了解!!」

外から掛けられたアンディの声に大急ぎでコックピットハッチを開けたバーニィは、外に出ようとした際、上がり切っていない可動式オーバーヘッドディスプレイの角にしたたか額をぶつけてしまい、シートに逆戻りする形で倒れ込んだ。
不覚にもつい乗り慣れた06Cと同じ感覚で体が反応してしまったのだ。

「あっっ・・・痛ってぇぇ〜〜〜〜っ・・・・・・!!」
「おいバカ何やってんだ!?置いて行くぞおい!!」


下からいらいらした声を叫び上げてくるアンディに対し、ハッチ開閉のタイミングとコンソールディスプレイの動くスピードがえらい違ったんですよとは流石に言えず、すいません今行きますとチカつく眼で辛うじて声を絞り出したバーニィは、よろよろと昇降用のワイヤータラップを引き出した。

緊張した面持ちでクランプ、コズン、シーマ、ライデン、ニムバス、バーニィ、アムロが居並んでいる。 アンディだけはあの後すぐに、現在急ピッチでシャア専用にチューンUPされているMS-06FZの整備にハンガーへ呼び戻されてしまったのだ。
新型であるザク改の調整を効率的に進める為には、その開発に間近で携わっていた彼が必須である以上、これは仕方のない処置だと言えた。

諸君達に集まって貰ったのは他でもないと前置きしてから、シャアはブリーフィング・ルームに集った全員の顔を見回した。

「先程、戦略情報部士官ククルス・ドアンの情報で派遣していた偵察隊からの報告が入り、アンカラ郊外に展開している連邦軍砲撃部隊の、おおよその規模が判明した」

ぴんと張りつめた空気が場を支配する。
一刻も早くオデッサのラル部隊と合流したいシャア一行ではあったが、黒海の対岸に陣取っている敵の砲撃部隊を放っておく事はできない。
オデッサに多数布陣する友軍の為にも、ここは確実に潰しておかねばならない拠点なのである。
情報を掴んでいながらマ・クベが全く動きを見せない現状、それが可能なのはここロドス島にひとかどの戦力を保有するシャアの部隊をおいて他には無かった。

「アンカラ郊外の台地に、確認が出来ただけでも長距離砲撃用車両27、自走対空砲84、補給車も多数布陣している模様だ」

シャアに促されて一歩前に出たシーマが手持ちの写真付き報告書を読み上げるや否や、両手を腰に当て下を向きながら小さく舌打ちをしたコズンを筆頭に、全員が重苦しい溜め息を呑み込んだ。

想像以上の大部隊である。流石に連邦軍の物量は半端では無いという事なのだろう。

展開している敵部隊が小規模であれば、アレキサンドリア基地に対地爆撃を要請するだけで事足りたかも知れなかったが、空爆に対応した備えが為されている事が判明した以上、敵陣深くMSを突入させ、対空戦力をまず黙らせる必要が生じたのである。
敵陣への攻撃をアレキサンドリアの爆撃機だけに任せ、シャアの部隊はアンカラを無視してさっさとオデッサに直行する・・・という甘い目論見は、大部隊の前にあっけなく消し飛んだ形となった。

「連邦のオデッサ攻略作戦は、ここ数日のうちに発動されるのは間違いない」
「そうなるとアンカラ強襲に一日、補給や整備に突貫でも一昼夜・・・いやあギリギリですなあ」

深刻な顔をしたクランプに、首の後ろをボリボリ掻きながらコズンが呑気な声で応じる。
心の内にある焦燥とは裏腹に、あえてこういう物言いをするのがコズンの癖だ。
それほど事態は、深刻なのだった。

「・・・つまり、自分達はオデッサ開戦に間に合わないって事ですか・・・」
「早まるんじゃねえよ。そういう可能性もあるって話だ」


バーニィの核心を突いた一言を強い口調でコズンが遮る。
しかし、確かにバーニィの懸念している通り、これでシャアの部隊はオデッサ防衛戦に主力として参加できなくなる可能性が極めて高くなった事は事実だった。

激戦が予想されるオデッサ防衛戦、ひとたび戦端が開かれてしまえば、十字砲火の矢面に立つ最前線に位置する「青い木馬隊」に、強引に敵中突破して合流を計るのは無謀過ぎる行為だろう。 最悪、状況次第では友軍の苦戦を尻目にシャア達はオデッサ外周に取り残されるという事態も十分ありうる。
少しでも多くの戦力を、何よりシャアという彼らの総大将を開戦前に「青い木馬隊」に合流させたい。
そして、オデッサ前に戦力の損失はなるべく避けておきたい・・・というのが彼らの偽らざる本音だったのだが、シビアな現実はそれを許さなかった様だ。

「ここにいる全員が雁首揃えてアンカラに出向く必要は無いんじゃないか?
敵部隊が砲撃だけに特化しているなら、俺達のイフリートだけで十分だろう」

腕組みをしたライデンが口を開くと、シーマは彼に向き直った。
言うまでも無く『俺達のイフリート』とは彼女とライデンの08-TXを指しているのである。
直前までMSの整備をしていたライデンの顔と作業着はオイルで汚れていたが、それは彼の精悍さを少しも損なうものではない。
シーマはうっとりと愛でそうになる気持ちをおくびにも出さず、実にそっけない態度で彼に言い放った。

「ところがそうは行かないのさ」
「何故だ?姐御にしては随分と弱気じゃないか」
「敵陣には護衛のMSがいる可能性もある。そして偵察隊は黒海の南端ボスポラス海峡を抜けてアンカラに向かう敵部隊もキャッチした。
恐らく敵の増援だ」

挑発的なライデンの言葉には付き合わずシーマは淡々と事実だけを告げ、軽口を叩いていたライデンの顔から笑顔が消えた。

「・・・何だと・・・この上まだ増えるってのか・・・!」
「アタシらはキッチリこれも叩かなきゃいけない。戦力は足りないぐらいさね」

日々の整備すらままならない部隊が多いジオン軍に対して、無尽蔵とも思える物量を惜しげもなく投入してくる連邦軍。
またもや突きつけられたシビアな状況が一同の心胆を寒からしめたが、シャアの冷静な声音が全員の意識を現実に引き戻した。

「どんなに荒れた戦場であろうが、ランバ・ラルが率いる部隊なら、そう簡単に落ちはしないさ」


シャアのその言葉に不敵な笑顔を浮かべ大きく頷きながら、パシンと左に構えた掌に右の拳を打ちつけたのはクランプである。
その通りですぜと言いながらコズンもニヤリと唇を歪めて笑った。

「いざとなれば我が隊は後方攪乱に回る。だが事態は流動的だ。 我々はまず、目の前にある我々がすべき事を迅速に片付けるとしよう。アムロ」
「は、はい」

突然シャアに名指しされたアムロはどきりとしたが、辛うじて敬礼する事ができた。

「君には小隊を任せる。別働隊を指揮しアンカラに合流すべく進行して来る敵部隊を阻止してみせろ。ニムバス」
「はっ!」
「ワイズマン・・・いやバーニィ」
「はい!」

ニムバスは当然の如く、バーニィは緊張気味に敬礼をシャアに向ける。

「アムロと共に行け。ザク改2機と輸送機ファットアンクルを与える。
アムロはあの白いMSを使え。ニムバスはアムロを補佐して作戦を立案しろ」
「了解です」
「え・・・」

シャアとニムバスがみるみる話をまとめ、さっさと話を切り上げてしまった為に肝心の、隊長である筈のアムロはこの決定に何も口を差し挟む事ができなかった。

「あ、あの、待って下さい、やっぱり僕には隊長なんて・・・」

自信なさげな声で抗弁しようとするアムロを、シャアは無視して踵を返し、ニムバス、バーニィを除いた全員とアンカラ襲撃計画を練り始めた。
もはやアムロの事など眼中には無い。それはある意味、アムロの意見を聞く気など端から無いのだという意思表示にも見える。

「シャア大佐!」

途方に暮れたアムロが思い切って背を向けているシャアに大声を掛けると、熱心に話し込んでいたシャアは顔だけアムロに向けて口を開いた。

「もう命令は下した筈だぞアムロ。
今後私と行動を共にする以上、君にはただのパイロットでいて貰っては困るのだ」

アムロの目がハッと見開かれる。シャアの向こうでコズンとクランプが、こちらに握り拳を向けているのだ。
目を転じるとライデンはさりげなく親指を上に向け、シーマは片方の口角を上げて見せた。


「私達を失望させるなよ?」


皆の視線に胸が熱くなるのを感じ、立ちつくすアムロの横にニムバスとバーニィが並ぶ。

「行きましょう准尉。我々の初陣です」


ニムバスの言葉に、アムロは小さく掠れてはいたが力強い口調で「はい」と答えた。

小さなノックの後、少しだけ開けたドアの隙間からするりと部屋の中に滑り込んで来たのは、小ぶりなバスケットを抱えたミハルだった。 後ろ手にドアを閉めたミハルは微かに安堵の溜息をつく。

薄ぼんやりとした照明が灯った室内。
一人の男がベッドに突っ伏している。
ミハルが目を転じると、衣服がスツールの上に無造作に脱ぎ捨てられ、ブーツは脱ぎ散らかされたまま床に転がっているのが見えた。

「・・・ミハルか」
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、シャワーを浴びようとしていた筈なんだが・・・」

身じろぎし、ベッドからのろのろと顔を上げたのは、何とシャア・アズナブルであった。
もちろん例のマスクはヘルメットと共にベッドの片隅に放り投げられているため、素顔である。
実は戦闘時以外、シャアの寝起きはそれ程良くない。
アンダーシャツ姿のシャアはのっそり身を起こすとベッドの上に胡坐をかき、目を閉じたまま片膝の上に頬杖をついた。

「疲れてるんだね・・・ご苦労様。肩の具合はどうだい?」

脱ぎ散らかされた赤い軍服を拾い集め、てきぱきと畳んだりハンガーに掛けたりしながらミハルは心配そうな声を掛ける。
頬杖をしていた手を一旦外し、肩を軽く回したシャアは片目を薄く開けてもう大丈夫そうだと軽く笑った。

「良かった、でも油断は禁物だよ。
宇宙に住んでた人は免疫力が弱いとも聞くし、ケガってのは直りかけが一番怖いんだ。
あと数日は手当てを続けなきゃだめだよ。さあ、肩を見せて」

大真面目な顔でシャアの横に腰を下ろしたミハルは、有無を言わせずシャアのシャツを脱がしに掛かった。
幼少の頃に地球で暮らしていた経験を持つシャアは実は生粋の宇宙育ちでも無かったのだが、別に文句も言わずミハルのしたいがままにさせ、大人しく右肩を露出させた。

「完全に傷口は塞がっているみたいだけど・・・」
そう言いながら化膿止め薬入りの無針注射器を二の腕に押し当てて来るミハルを、シャアは面白そうに見つめている。
人目を忍んで毎晩こうしてやって来るミハルに手当てをしてもらうのは、もう何日目になるだろう。
この少女がシャアの個室を初めて訪れたのは、ここクレタ島ザクロスに到着したその晩の事だった。
フラナガン機関の施設を脱出する際、自分を助ける際に負った傷を治療させて欲しいと申し出て来たのである。
何でも、シャアがケガをした事を秘密にしたがっていたので、同室のハマーンが眠ってからこっそりと部屋を抜け出し、誰にも見つからない様にここまで来たのだという。
初めはおずおずしていたミハルだったが、シャアが自らのケガに消毒液を振り掛けただけで放置していた事を知って驚き、大慌てで手当てをし直した。
助けてくれた事に感謝はしているが、自分を大切にしない人は最低だと叱りつけられたシャアは、何故だかその剣幕に逆らう事ができず、命を救った筈のミハルに何度も謝るハメになったのである。
驚いた事にシャアは発熱していた。微熱ではあったがそれが肩の裂傷によるものである事は明白であった。
身体の調子が悪くても、それを全く気にしていないのである。
ミハルはそんなシャアを放っておくことができず、皆に隠れて猛然と彼の世話を焼き始めたのだった。

しかし改めて見てみるとミハルが呆れるくらいに、シャアという男は自分の事、日常的な事に無頓着な人間だった。
人間らしく生きる事に関心が無いと言い換えてもいい。
放っておけば日々の食事すらロクに摂らないのではないかと思える程に、彼の生活からは何かが欠落していたのである。

「ああ、やはりミハルの作ったものはうまいな」

だが、そんなシャアが、今ではミハルの持ってきたバスケットを勝手に開け、中にあった夜食を手掴みで食べ、あまつさえそれを美味いと言っている。
美味いと褒めると、笑み崩れてゆく彼女の顔がシャアは好きだった。しかし・・・

「こら!ちゃんと手を洗って来る!」

ミハルは軍人では無い為にシャアに対して階級による遠慮などは一切無いのである。
こうしてまたもや彼女に怒られバスケットを取り上げられてしまったシャアは、食べかけのマフィンを口に咥えたまますごすごと洗面所に向かった。
【赤い彗星】のシャアしか知らない者がこの様子を見たら恐らく仰天して腰を抜かす事だろう。

ミハルに叱られる事は不快ではないし、彼女の言葉にはつい従ってしまうのは何故なのだろう。と、手と顔を洗いながらシャアはぼんやり自問してみる。
しかし幼い頃に父と母を失い、権謀と怨念に塗れて成長した彼の中には、自身の問いに対する明確なアンサーは含まれていなかった。

周りには常に“敵”が潜んでおり、少しでも隙を見せると足元を掬われる・・・そういう殺伐とした人生を送ってきた。
親しげな顔でシャアに近付いて来る人間は、十人が十人とも腹の中では彼を利用する事で自らの利益を企んでいた。
無論そういう手合いを観察眼に優れたシャアに瞬時に見抜き“敵”かそうではないかを識別して来たのである。
“敵”なら容赦なく叩き潰し、そうでないなら“それ”をこちらが最大限に利用する。
それは壮大な化かし合いであり、気を抜いた方が負ける過酷なチキンレースだった。
肩の傷の件でも判る通り、それが例え味方であったとしても、普段から他人に弱みを見せる事を極端に嫌うシャアだった。
だが、ミハル・ラトキエと2人きりになると、そんな事はどうでも良いと思えてしまう。
どう考えても、どんなに目を凝らしてみても、親身になってシャアを世話する彼女の行動の中には、あさましい企みが見つけ出せなかったのだ。
これは、あの時クランプに言われた事の証明であり、ある意味シャアが確信していたシニカルな人生観の完全な敗北を意味していた。
こんな人間もいるのだと、シャアをして認めざるを得なかったのである。
彼女の前では裏をかかれない様にと緊張している自分が馬鹿らしく、張り詰めていた何かが抜けてしまう。
通常は厳重に掛けているドアのロックを、彼女が訪ねて来そうな時間には無意識に外してしまう自分がいる。
マスクもいつの間にか彼女の前ではしなくなった。手の内を全て見せている彼女には、そうでもしないとプライドが保てないのだ。
仮面のある無しなどミハルにとってはどうでもいい事なのかも知れないが、シャアせめてもの矜持である。

シャアが洗面所から出て来るとミハルは既に帰り支度を済ませてドアの前にいた。 この短時間の間に部屋はきれいに片付けられ、スツールの上にはヘルメット、マスク、夜食の残りがきちんと並べられている。

「それじゃね。ちゃんとシャワーを浴びてから休むんだよ?」

にこりと笑ったミハルに小さくそう言われた瞬間、シャアはとてつもない寂寥感に見舞われた。
今ここでミハルを抱き締めたら、彼女は帰らずに、朝までそばにいてくれるのだろうか。そんな事まで頭をよぎる。
シャアが何と声を掛けて良いか判らぬままにミハルの方へ歩み寄ろうとした時、激しく背後のドアをノックする音がミハルの体を竦ませた。

『お休みのところ恐れ入りますシャア大佐!』

アンディの声である。

『ロドス島集積基地から通信が入りました!シーマ・ガラハウ中佐率いる補給部隊が到着したそうです!』

瞬時にシャアの瞳に明晰な輝きが戻った。
素早くスツールの上のマスクを装着し、はだけていたアンダーシャツの襟元を引き上げる。
ドアの前で硬直しているミハルの手を引いて洗面所に誘導し、彼女が隠れたのを確認するとドアのロックを外して引き開けた。

「あ、ああ、シャア大佐、夜分すみま・・・」
「挨拶はいい。通信はまだ繋がっているか」
「繋がっています。こちらへ」

部屋を出る時シャアは洗面所の方をちらりと見たが、何食わぬ顔でドアを閉めアンディの後に続いた。
ドアが閉まってからしばらくの間、部屋の中に静寂が訪れたが、やがで洗面所からミハルがそっと顔を出した。


そして彼女は今日二度目の安堵の溜息を吐き出すと、静かに部屋を出て行ったのだった。

エスキシェヒル近郊に展開する丘陵地帯。
その斜面に生い茂る木々の隙間に埋没する様に――――

アムロの操縦するRX-78XX【ガンダム・ピクシー】は山の稜線に身を隠し、真上から照りつけて来る強烈な陽射しにその身を焼かれながらじっと息を潜めていた。

ピクシーの機体には、アンテナの一部を除き草木をあしらった偽装網を入念に被せてある。遠距離からこの機体を視認する事はほぼ不可能であろう。
偽装網には電磁波遮断物質が編み込まれており、敵のセンサー類をある程度は無効化するという触れ込みである。
しかし、ミノフスキー粒子の存在が敵味方のセンサー技術を飛躍的に発展させている昨今、それをどこまでアテにして良いものかは疑問が残る。
新型センサーを実戦テストする特殊部隊「闇夜のフェンリル隊」の一員だったアムロだからこそ余計にそう思えるのだ。
後悔はしたくない。やれる事はやるべきだと判断した彼は現在炎天下なのにも関わらず、ピクシーの動力を最小限に絞っている。外部スクリーンもメインパネル以外はブラックアウトしている状態だ。
為に、エアコンの効きもすこぶる悪くなり、コックピット内部の温度が相当に上昇してしまう事態となった。
もしかしたら地上戦専用MSであるRX-78XXには、純正ガンダムにはあった大気圏突破用の厳重な断熱処理がオミットされているのかも知れない。
そんな事を考えながら汗だくのアムロは手探りでシート脇のラックを開け、中から本日2本目となる透明パック入りのドリンクチューブを取り出し口をつけ、中身をしぼり出して一気に飲み干した。

・・・生温くてまずい

しかしこれで、水分の補給はできたはずだと気を取り直したアムロは、空の容器をシート反対側のラックに放り込んだ。
先ほどから彼が凝視しているメインパネルには辛うじて舗装されたヒルクライム気味の道がゆらゆらと陽炎を立ち上らせながら正面に映し出されている。
ゆるいカーブを描いた道のちょうど出口にあたる延長線上の位置に、RX-78XXは身を潜めているのである。
道の両脇はそれぞれ高い崖と深い森になっており、襲撃ポイントはここしか無いと断言したニムバスの分析に間違いはなかった事を確信できる。
ここから見る事はできないがニムバスとバーニィも現在、別の場所で同様に偽装したザク改の中で眼前の道を凝視している筈である。
一人ではない。そう考えるだけで何だか心が静まってゆくのが不思議だ。
なんにせよ今回の作戦は【ガンダム・ピクシー】がトリガーであり全ての鍵を握るといっても過言ではない。

アムロはもう一度小さく息を吐き出し、絶対にしくじる訳には行かないぞと自らに言い聞かせ、眼前のスクリーンを注意深く見つめ直した。






「准尉のお立てになったその作戦・・・残念ながら評価は"C"です」
「え・・・」

厳しい顔のニムバスに完璧なダメ出しをされたアムロは一瞬頭の中が真っ白になった。
容赦の無いその物言いにアムロの横に座るバーニィも思わず首をすくめてしまっている。

「敵の大部隊に対してこちらはMSが僅か3機。
進軍して来る敵に准尉の作戦通り密集陣形でまともにぶつかっては、後方の敵に態勢を立て直す時間を与えてしまうかも知れません。
今回我々がまず考えねばならないのは、何としてでも敵部隊の現場到着を阻止する事。
敵は長距離砲撃部隊であり。要地に配置されなければ無力な存在です。
つまり我々は敵を殲滅する必要は無い。足止め出来さえすればいいのです」
「なるほど・・・」

シャア班とやや離れた位置で、小さなデスクを囲み行われているブリーフィング。
理路整然と戦術を語るニムバスに、アムロとバーニィはただ感心して聞き入るしかない。
少年兵達の真剣な目を見てにこりと笑ったニムバスの顔が、輝いている。
今や彼は、自身が持っていた本領を如何無く発揮する機会に恵まれたのである。

士官学校時代のニムバスは、パイロットの資質以上に戦略・戦術立案能力において極めて高い評価を受けていた。
適性も高く、将来は作戦参謀への道をと周囲から嘱望される程の存在だったのである。
同校を優秀な成績で卒業した彼は当然のように公国軍総司令部と総帥府軍務局から熱烈なオファーを受ける。
が、その時点で既にニムバス内部に凝り固まっていたキシリアへの熱烈な忠誠心が、それらを全て蹴る形で自身を突撃機動軍に投じさせたのである。
彼の進路を知った士官学校の教官達は、あたらジオンを背負って立つかも知れない優秀な人材が、使い捨ての一パイロットになってしまったと軒並み嘆き落胆したものであった。
当時の教官達が今の私を見たらどう思うだろうと内心苦笑しながら、ニムバスはこちらに背を向けているシャアをちらりと窺った。

シャアはクレタ島で初対面にも関わらず「貴様の噂は聞いている」とニムバスを誘い、今回は別働隊の実質的な作戦立案を命じた。
つまりそれはニムバスの過去と資質を把握していた、という事に他ならない。
MS操縦に抜群の才能を発揮するアムロの補佐に自分を置き、気が利き堅実な性格のバーニィで脇を固めたこの布陣は、どんな任務にも対応できる理想的な小隊のモデルケースと言えるだろう。
適材を見抜き適所に配置する。言うは易いが行うは難い。
それをさらりとやってのけたシャア・アズナブルというこの男、トップに立つ者として恐るべき才覚の持ち主だと・・・認めざるを得ないだろう。
ニムバスをしてそう思わせる何かがシャアにはあった。

しかしニムバスがそんな想いを廻らせていた時間は数瞬にも満たず、彼は何事もなかったかの様にアムロとバーニィに目を戻した。


「敵部隊は極力目立たぬように航空輸送機を一切使わず、車両のみで移動しています。
そして敵は、我々の様な戦闘部隊がすぐ近くにいる事を知らない。
オデッサになけなしの戦力をかき集めている筈のジオン。我々の存在は連邦にとって想定外なのです。
ここにつけ入る隙がある。
このアドバンテージを最大限に利用するには【効果的な伏撃】をするしかありません」
「効果的な・・・そうか、僕のガンダムとニムバス中尉達のザク2機が密集して行動してはダメだという事ですね」
「その理由が判りますか?」

間髪入れず、値踏みする視線でニムバスはアムロを見ている。
それはまるで見所のある新兵に、英才教育を施している教官の眼差しにも似ていた。

「え、あ、ええと・・・も、MSの性能が違うから、じゃないでしょうか」
「その通りです!流石は准尉ですな!」


満足そうに破願したニムバスを見て、アムロは内心胸を撫で下ろした。
今後、ニムバスの期待に応え続けて行くのは並大抵の苦労では無いかも知れない。

「性能の違うMS同士が一団で行動すると足並みが乱れ、どうしても連携が取り辛くなってしまう。
下手をすると、性能の良い方のMSの長所が殺され、相対的に戦力が低下してしまう恐れすらあります」

ニムバスが答えるや否や、すかさず手を上げたバーニィが口を開く。

「でも中尉、大部隊に対して、ただでさえ少ない戦力を分散してしまっては、各個撃破されてしまうのでは・・・」
「戦術と地の利、そして敵の陣形次第だ!その程度の事も判らんのか愚か者め!」

一転、猛烈な勢いでニムバスに怒鳴りつけられたバーニィは小さく縮こまってしまった。
どうやらニムバスにとって、アムロとバーニィの育成方針は180度違うらしい。
恨めしそうな目を向けてくるバーニィに、アムロは申し訳なさそうな視線を送り返した。

「セオリーは知っておく必要があるが先入観に囚われると柔軟な発想を阻害するぞバーニィ。要はバランスだ」
「バランス・・・」

その冷静な声音はニムバスが決して激昂している訳ではないという事を意味している。
恐縮しきっていたバーニィは恐る恐る顔を上げた。

「長距離砲撃用車両、補給車その他を含めて敵の数は約30両。
モタモタしていると体勢を整えた敵の攻撃に晒されてしまう。
この部隊を僅か3機のMSで足止めするにはどうするか」

ニムバス教官の講義に聞き入る二人の新兵はごくりと唾を飲み込む。

「まずは横列展開できない場所に敵を引き込む」

ぱらりとデスクの上に地図を広げたニムバスは、細長くうねる一本の道路を指さした。

「敵の規模と現在の位置を考慮するとアンカラへ向かう道はここ以外考えられません。
これ以外の道路は舗装されていなかったり道幅が狭すぎたりで連邦の大型車両は通行できないからです。そして」

更にニムバスは指を滑らし長く延びた道路の一点で指を止めた。
トントンとポイントを指先でノックしながらニムバスは2人を交互に見る。

「700メートル程続く側道のない一本道。道路の片側は森、もう片側は切り立った崖。おあつらえ向きです。
仕掛けるのは、ここしかありません――――」






その時、アムロが睨み付けていたスクリーンの風景の一部に小さな変化が現れた。

すかさずアムロはスクリーンショットを最大望遠に切り替える。
遥か後方で樹木に遮られまだその姿は見えないが、微かに砂煙が立ち上っているのが判る。
それとほぼ同時にピクシーに装備された高性能センサーが多数の車両移動音をはっきりと捉えた。
あくまでもスペック上の数値ではあるがガンダム・ピクシーのセンサー有効半径は優に6,000mを超える。
プロトタイプであるRX-78-2の性能を上回るこれは、接近戦に特化されたピクシーというMSの特性に合わせてバージョンアップされたものなのだろう。
とまれ、ニムバスの読みは正しかった。
敵部隊は間違いなくこの道を行軍して来たのである。だが、焦りは禁物であった。
仕掛けは早すぎても遅すぎてもダメだとニムバスには釘を刺されている。
単独でどうにかできる相手ではない。全ては連携、チームワークなのだと。
WBでは有り得なかった、息を合わせた伏撃作戦・・・

アムロは逸る気持ちを抑える様にレバーを握り、唇に滴り落ちて来た汗をぺろりと舐め取った。

先程までの晴天が嘘の様に、結構な勢いで雨が降り始めていた。

本当にこのあたりの天候は変わり易い、だがバーニィはコックピットに伝わって来る激しい雨の振動を感じながら思わず微笑んだ。
雨はセンサーの効きを妨げる。これはついているぞと彼がほくそ笑んだのも無理からぬ事だっただろう。


今、まさに彼等の下に軍列がやって来ようとしている。

言うまでも無く連邦軍の大部隊だ。
その大部隊がつい先程進入して来た北西の入り口から、アムロのRX-78XXが満を持して潜んでいる隘路の東側出口までの一本道がすっかり見渡せる南に切り立った崖の中腹付近。
そのやや角度の浅い斜面にバーニィとニムバスの操縦する2機のMS-06FZは張り付く様に潜伏しているのである。

切り立った崖とはいえその壁面にはびっしりとこの地方特有の木々が生い茂り、バズーカを構え偽装網をかぶったザク改の姿を完璧に隠してくれている。
しかし緑々とした壁面の所々には、断続的に巻き起こるスコールが地盤を緩ませたものなのか地滑りしたらしき箇所のみ黄土色の土や岩が露出していて、その部分だけがやや景色に異彩を放っていた。
バーニィはモノアイを操作し、チラリと左サブモニターにも目を向ける。
自機の周囲を埋め尽くす木々の中から、木々を割って突き出た大きな岩塊がそこにも映り込んで見えている。
メインモニターは俯瞰の映像で、一本の道路が南にゆるいカーブを描きながら西から東に延びているのをクッキリと映し出している。
モノアイが稼動すると、モニターの映像もそれに合わせて移動してゆく。
道の南側は全て切り立った崖に塞がれ、北側には地図にあった通り深い森が谷に向かって落ち込んでいる。
道路は山の外縁に沿っており、入口と出口の先はそれぞれ背後の山を回り込んでしまう為に、この場所から目視する事は不可能であった。

激しい雨にけぶってはいるが、ヘッドライトを煌々と灯した連邦軍の部隊が続々と列を成し進み来る様子が、ここからだとはっきり確認できる。
敵部隊はじわじわと眼下にうねる700m以上続く一本道を鋼鉄の大蛇の様にのたうち進み、やがてすっかり埋め尽くしてしまうのだろう。
今はまだ全容が見えてはいないが、道幅ぎりぎりの大型車両が何台も連なるその威容を目にしたジオン兵は、恐らく連邦軍との圧倒的な物量差を思い知らされ何とも言えない気分にさせられるに違いない。

しかし、この作戦で物量の上に余裕で胡坐をかき、ふんぞり返った連邦軍に一泡吹かせてやる事ができるのだ。
そう思うと、ギラギラと猛る何かを抑える事ができない。
これではいけないと心を落ち着かせる為に大きく深呼吸したバーニィは、カメラのズームを切り替え、もう一度自機に装備された武装をチェックしてみる事にした。

偽装の下でザク改はバズーカの砲口を油断無く眼下の道路に向けている。
今回2機のザク改が装備しているバズーカは従来の280mmザク・バズーカでは無くGB03Kすなわち360mmジャイアント・バズであり射程距離、破壊力共に十分余裕がある。
もともとドム用の装備として登場したジャイアント・バズは威力は高いものの、マニュピレーター形状の違い等から他のMSでは使い辛く敬遠されがちな武器であった。
だがMS-06FZ【ザク改】は、現在ジオンに存在するMSの手持ち式武器の全てを自在に扱える事を前提に設計されているのである。
統合整備計画、伊達ではない。
この事実は単純なスペック以上にザク改が「使える」MSであるという事を意味していると言えるだろう。
武器チェックを終えたバーニィは一息つくと視線を正面のメインモニターに戻し、ニムバスが立案した襲撃計画の段取りと、この作戦における自分の役割を頭の中で反芻していた。


―――敵の軍団が眼前の一本道にすっぽりと収まったのを見計らい、ニムバスからの合図を受けたガンダム・ピクシーが偽装を解いて敵正面を塞ぎ、まず目前に迫っている先頭車両を破壊する。
これで敵は破壊された先頭車両が邪魔になり前進する事が不可能となる。
地形に阻まれた敵はガンダムに向けて攻撃を加える事ができない。
間をおかずガンダムの攻撃に呼応したザク改2機が敵の上方に位置する崖の中腹から、眼下の敵列中央と最後部車両に向けてそれぞれバズーカ攻撃を行う。
状況によってはバーニィのザク改が単独で敵の最後尾に回り込み、敵の退路を遮断する。
道路の両側は崖と森であり、前に進む事も後ろに下がる事も出来なくなった敵はまさに進退窮まった状況に陥る。
そうなれば連邦兵達は車両を捨て、森に逃げ込むしか術は無い。
逃げる兵士には目もくれず、あらかたの敵車両を破壊したら速やかに撤収するとニムバスは明言している。
例え森に逃げ込んでいた連邦兵が戻って来ても残骸に挟まれた車両は動く事叶わず、もはやオデッサ・ディで彼等がやれる事は何も無いだろう。
ニムバスは今回、自軍の損耗を最大限に抑える事を念頭にこの作戦を立てた。
完璧な伏撃であるこの作戦のただひとつの懸念事項といえば、こちらの意図を事前に敵に察知される事と敵が一本道に納まり切らないうちに攻撃を仕掛けてしまう事のふたつである。
だから自分からの合図を待たずに攻撃を仕掛ける事を、ニムバスはアムロに厳に禁じていたのだった―――


バーニィは右手のサブモニターを見る。そこには彼と同じ出で立ちで息を潜めるニムバスのザク改が木々の向こうに映し出されている。
表向きはどうあれ、この部隊の実質的な指揮官はニムバスだという事を自分もアムロも承知している。
現場の全体を把握し統括する為の位置に彼のザク改が陣取っているのがその証であろう。
彼が自分の持つ知識全てを、自分やアムロに実地で叩き込もうとしているのは明白だった。
ニムバスの期待に応えるには、彼の示す全てをこちらも命懸けで吸収して見せるしかない。そうバーニィは密かに覚悟を決めていたのである。

しかし逸るバーニィをあざ笑う様に、ロケットランチャーだと思われる巨大砲身を持つ車両を積んだキャリアーの足は異様に遅い。
ヒルクライム、そしてこの激しい雨が行軍を慎重なものにさせているのだろうか。
敵部隊は視認できる範囲で言えば未だ襲撃予定地点に三分の一にも届いておらず、勿論ここで仕掛けるには早過ぎる。
戦端を開く役回りのアムロも、きっと敵の遅さにじりじりしている事だろう。
そんな事を考えながら時速40キロ程のスピードでもったり坂道を登って来る敵部隊の様子をいらいらと見ていたバーニィは、ぎょっと左手のサブモニターを振り返った。
モニター映り込んでいた・・・木々の間に剥き出しになり雨に打たれていた岩塊が、そのままごそりと滑り落ちたのである。


『しまった!崩落か!?なんだってこんな時に・・・・・・・!!』



自機のほぼ10m真横をえぐり取った巨大な岩塊が、眼下の道路めがけて転がり落ちて行くのを、バーニィはただ茫然と見送るしかない。
岩塊は落下後半壊し、完全に道路を封鎖する格好で動きを止めてしまった。

「ニムバス中尉・・・!」
「慌てるな、じっとしていろ。計画に変更は無い」

接触回線でうろたえた声を響かせるバーニィにニムバスは冷静に応答する。
今ここで動く訳には行かない。敵の部隊は一本道にまだ先頭しか入り込んでおらず、襲撃を掛けるには位置が悪すぎるのだ。
もしここで強引な行動を取れば、間違いなく計画は破綻する。
突発的な事態が起きてしまったが、幸いにも敵は岩塊が落下した位置まで到達しておらず、伏撃作戦が見破られた訳でもない。
敵は周囲を警戒しながら岩塊の除去作業をするだろうが、逆にその警戒を解いた時が最大のチャンスになるとニムバスは確信していた。
眼下の敵は、何としてでもこの場で仕留めてしまわねばならぬ相手なのだ。
今は隠形に集中し、敵の警戒を何としてでもやりすごすべきだ。
ニムバスはそう判断を下したのである。






車両が急停止したのに気付くと、エイガーは瞑目していた両目を開き、キャリアーの助手席でリクライニングにしていたシートを元の位置に戻した。

「・・・何かあったのか」
「申し訳ありません少尉、どうやら落石が前方の道を塞いでいる模様です」
「何だと」

インカムを付けた運転手の言葉を確かめるようにエイガーは側窓から大きく身を乗り出した。
目を凝らすと、確かに前方に停車している数台の車両の向こうに巨大な土くれが鎮座しているのが見える。
その大きさは小型のMS程もあり、確かにこのままでは通行できない事が判る。

「よし。俺のMSを起動させるぞ」

あっさりとそう言い放ったエイガーは助手席のドアを開けて地上に飛び降りた。

「少尉!?まさか新型のマドロックで土木作業をするつもりですか?」
「俺だけじゃないさ。ジムキャノンの2機も作業にあたらせる」
「いや、そういう意味では・・・」
「俺達は急いでる。それにどうせ今回のミッションにはマドロック自体の出番は無いんだ。
役に立つ事があって良かったぜ、これで上にも言い訳が立つ」

運転手は変な顔をしたが、エイガーはそれを一向に気にせず激しく降りしきる雨の中、キャリアーの後方に走り込むと、トラックの幌を外しに掛かった。
オデッサ攻略戦を側面から強力に支援する自走砲大隊指揮官職務執行役としてアンカラに派遣された砲術士官エイガー。
アンカラでは現地で既に展開している部隊と合流し、大部隊を指揮してオデッサの敵陣めがけて、このスコールよろしくロケット弾とミサイルの豪雨を降らせてやる予定である。
今回の作戦、黒海をまたいだ長距離砲撃を敢行するため中距離砲撃しか出来ないMSは実際のところ役には立たない。
しかし自身の手掛ける新型MSであるRX-78-6【マドロック】と、RGC-80【ジムキャノン】の完成度を高める為には実戦データの収集が不可欠であるとのごり押しで、エイガーはこの砲術部隊に都合3機の砲撃用MSの帯同を上層部に認めさせていた。
実際はマドロックの調整から離れる時間が惜しいというのが本音だったが、こういうのを怪我の功名というのだろう。

「MSの出番が来たと後ろの二人に伝えてくれ。『無駄飯食らい』の汚名を返上するチャンスだってな」

近くにいた部下にそう声を掛けると、エイガーは雨粒がなるべく入り込まない様に注意しながら素早くマドロックのパイロットシートに滑り込んだ。




「ニムバス中尉、あれを・・・・・・!」
「何という事だ、MSが随伴していたのか!」

突如敵軍列後方から姿を現した3機のMSにニムバスは慄然とした。
ニムバスも敵部隊にMSがいる可能性を考えていない訳ではなかったが、その確率は極めて低いだろうと思っていた。
なぜなら現在の連邦軍にとってMS自体が貴重であり、オデッサにおいてザクに対抗するMSは重要な戦力の筈だからである。
何よりMSによる襲撃を予想していない部隊に、MSが直衛する必要など無いのだ。宝の持ち腐れという奴である。
オデッサと黒海を挟んだ地のアンカラで、その貴重な戦力を遊ばせておく事は常識で考えればまずあり得ない事だった。
もしニムバスが連邦軍の参謀だったなら、そんな所に割く戦力があるなら迷わずオデッサ攻略の本隊にMSを組み入れるだろう。
・・・ニムバスのその考察は間違っていた訳ではなかった。
そして、計画通りに事が運んでいればキャリアーに載ったまま連邦のMSは起動する事無くザク改のバズーカで葬り去られていたかも知れなかった。
だが突然の落石というアクシデントとエイガーという砲撃用MSの開発に執念を燃やす仕官の存在が彼の計算を狂わせたのである。
運が悪かったでは済まされない、これが、戦場なのであった。

よりにもよって、現れたMSのどれもが彼等が初めて目にする新型であった。
先頭の1機はアムロが現在搭乗しているガンダムに頭部形状が酷似している。
恐らく同シリーズなのだろうが、両肩に2門の砲身が突き出している所が大きく違う。
後方の2機も一門づつキャノン砲を搭載し、腰にはピストル状の火器がマウントされている。火力は相当に高そうだ。
悠長に構えてはいられなくなったとニムバスは臍を噛んだ。
砲撃車両だけならばまだしも、MSがいるとすれば攻撃の優先順位が変化する。
敵がこちらに気付かなければ良し。気付いた場合には・・・
ニムバスは接触回線でその旨をバーニィに伝えると、豪雨の中でも極力音を立てない様に注意してバズーカの向きを変え、スコープの中心に新型のガンダムを捉え直した。

この隘路に200Mほど進入した地点で停止した車両群を背に、3機のMSは道を塞いでいる岩塊に向かってゆっくりと歩を進めている。
先頭を歩くRX-78-6【マドロック】を操縦するエイガー少尉はその時、ONになっていたレーザー通信回線から微かに聞えた異音にぴくりと片眉を跳ね上げた。

「おい聞えたぞGC2。生あくびならもっと巧妙に噛み殺せ」
「す、すみませんエイガー少尉」

RGC-80【ジムキャノン】に搭乗するサカイ軍曹の慌てた声にエイガーは苦笑する。
先刻までのエイガーと同様に、彼の部下である2人のパイロットもそれぞれの場所で仮眠を摂っていたにちがいない。
まあ無理もあるまいとエイガーは思う。ここ数日不眠不休の調整に追われた挙句、夜通しトラックで走り続けて来たのだ。
エイガー自身も鉛の様な疲労が抜けず、目の奥と体の節々が痛い。彼と部下達の疲労は今やピークに達していた。

「大体が、開発計画がタイト過ぎるんですよ・・・」

こちらのボヤキはもう1機のジムキャノンを操縦するゲラン軍曹である。
彼等2人はエイガーが戦車兵の頃からの部下であり、MS適性試験にも同時に合格した同期の戦友だった。

「泣き言を言うなGC3。例のV作戦の試作艦が搭載MSごとジオンの手に落ちたんだ。
その分こっちの開発計画が早まったのは仕方の無い話だ」
「4号機や5号機の開発クルーも随分ストレスが溜まってるみたいですよ?」
「もともとセカンドロットのRXシリーズはRX-78-2の戦闘データをフィードバックして開発を進める予定だったからな・・・」

エイガーはモニターに映った僚機の顔を見て『GM系のMSもな』という言葉を辛うじて飲み込んだ。
正味な話、ジオンに比べMS開発の経験が浅い連邦にとって、RX-78-2ガンダム搭載の教育型コンピューターに蓄積された生の対MS実戦データは咽から手が出るほど欲しい宝だったのである。
エイガーが試算してみたところ、これが移植されなかった為に連邦のMSは、軒並み30%の性能アップが出来なかった・・・と出た。

それは翻って連邦の量産型MSがそれだけ戦力ダウンしたという事を意味している。

いずれ連邦パイロットが熟練するに従いこの差は徐々に埋めて行けるとは言うものの、それまでこの戦争が続いているかどうかは保証の限りでは無いのだ。
現時点の連邦軍にとってこれは深刻な痛手であろう。
もちろんこれはあくまでも試算値であって厳密な数値では無いが、その結果はエイガーを暗澹たる気分にさせるには十分だった。
それを知ってか知らずか、サカイは呑気な声で更に話を続ける。

「RX-78-2のパイロットはえらく優秀だったらしいですね。何でも赤い彗星と互角に渡り合ったとか。
その戦闘データさえあれば、RGMシリーズだってもっと強化できたでしょうに」
「もうやめろ。たらればの話はここまでだ」

歴史は動いたのだ。時計の針を戻す事ができない以上、いまさら何を残念がっても詮無い事なのである。

「俺達は目の前にある仕事から片付けよう。まずはコイツだ」

ゆるやかにカーブした700~800メートル程続く一本道のほぼ真ん中付近。
連邦の車両が進入してきた隘路入り口から約400メートルの地点で、縦横それぞれ15メートルもあろうかという巨大な岩塊が完全に道路を塞いでいる。
エイガーは岩塊をモニター越しに確認すると一旦機体を止め、それが落ちて来たと思われる崖の中腹まで軌跡を辿るようにマドロックの頭部メインカメラを振り向けた。
岩塊は木々を薙ぎ倒して転がり落ちて来たらしく、その形跡を辿る事は比較的容易い事であった。
エイガーとしては単に連鎖的な崩落の危険を見極めようとしただけの確認作業だったのだが・・・・

「・・・!!」

その瞬間、彼の両目は見開かれ全身は総毛立った。
崖の中腹、周囲に溶け込む偽装ネットを被せてはいるが、その奥に微かに覗く、濡れた雨に照り返す金属特有の鈍い輝きは見紛い様も無い。
エイガーは、大岩がこそげ落ちた崩落部分のやや脇に潜む、2体のMSを目聡く発見したのである。

ちなみにマドロックに搭載されたセンサーは、ミノフスキー粒子と激しいスコールに阻まれ何も反応していない。
恐るべき事に彼は長年の砲術戦で鍛え培った視力と観察眼、そして注意力のみで偽装潜伏しているザクを看破したのであった。

「・・・GC2、GC3、レーザージャイロと火器管制システム同期だ、くれぐれも唐突な機動は慎めよ・・・・!」
「は?」「唐突な機動?」

突然押し殺した声で命令を下して来たエイガーに部下の2人は戸惑ったものの、指示通りに2機のジムキャノンはマドロックにシステムを同調させる。
これで2機のジムキャノンそれぞれのサブモニターには、マドロックが『見て』いる映像が映し出される事となる。
ミノフスキー粒子の干渉をそれ程受けず、ある程度の範囲をカバーできるレーザー通信でお互いのMSはデータを共有している。
スイッチの切り替えで、リーダー機であるマドロックのマークした照準に合わせて、システム管理下に置かれたジムキャノンが同時に多方向から砲撃する事も可能だ。
これが、戦車兵上がりの砲術士官エイガーが砲撃用MSに組み込んだ兵器統合火器管制システムであった。
これにより連邦軍の砲撃MS同士は集団戦において有機的な運用が可能となったのである。

「少尉、いきなりどうしたんで・・・・うっ!?」
「これは・・・・!?」

GC2とGC3、二機のジムキャノンパイロットは同時に息を呑む。

「見ての通り、10時方向に潜伏中の敵MS2機を発見だ。あわてるなよ、知らんフリをしながら動け」
「GC2了解・・・!」「ジ、GC3了解・・・」

マドロックは見上げていた頭部を正面の岩塊に戻し、ゆっくりと歩を進め更に岩塊に近付いてゆく。
ややぎこちなくその後を2機のジムキャノンが続くが、その動きは辛うじて遠目には不審なものとは映らなかっただろう。
もちろんエイガー達はサブカメラの映像を崖の中腹に潜んでいる2機のMSから外しはしない。
3体のMSによる映像は3体のMSで共有統合され、刻一刻と立体的に対象物のデータを解析し、測定を進めてゆく。
素早くエイガーが画像をズームアップすると、ザクが被っている偽装ネットの隙間から二本のバズーカらしき砲口がこちらを向いているのが確認できた。
その事実に心臓が鷲掴みにされたかの様な衝撃を受けたエイガーだったが、最前線で砲兵隊を率いジオンの鉄巨人ザクと生身で戦って来た彼は、ある種のクソ度胸が備わっていた。

「まさか、この落石は我々をおびき出す為の罠・・・?」
「いや違うな、それならもう我々は攻撃を受けている。恐らく、これは敵にとってもアクシデントだったんだ」
本心は一刻も早く敵の射線から逃れたいのだろう。サカイの青ざめた声を、しかしエイガーは毅然とした声で否定した。

「アクシデント、ですか・・・」
「敵MSのデータはありませんね・・・どうやら新型の様です」

解析を進めるゲラン軍曹の緊張した声も、やや震えている。

「敵はこのまま我々が自分達の存在に気付かずにこの大岩を撤去し、当初の予定どおりここを通過するのを待っているんだ。
そして、がら空きになった隊列の横腹に満を持して砲弾を叩き込むつもりなんだろう。
こんな場所で砲撃されたらどうにもならない所だったな。我々は運がいいぞ」

そう言いながらエイガーはニヤリと笑う。

「そ、それじゃ後方の車両部隊の皆に早く知らせないと!」
「待て、今、車両部隊が動けば敵に気付かれてしまう。ここは逆に、奴等の裏をかいて始末するチャンスだ。見ろ」

エイガーが弾く様にボタンを押すと、照準モニターには地形に被せるように敵MSと味方部隊の位置が地図上にクッキリと表示された。
多角的に解析を終えたデータは明確に、そして残酷に、隠れ潜んでいる敵の居場所を浮かび上がらせたのである。
RX-78-6【マドロック】は両肩に装備された300mm低反動キャノン2門と現在は腰にマウントされているビームライフルを同時に、同(異)照準めがけて発射する事ができる。
特に都合3本の火線を集中する収束攻撃は現時点で存在するMSの中でも、最大級の破壊力を持つ攻撃と言っても過言では無いだろう。
一方ジムキャノンもマドロックに一撃の威力でこそ劣るものの、同様に右肩に装備された240mmロケット砲とビームスプレーガンを同時に標的に向けて発射可能である。
これらの攻撃をシステムによってリンクした3体のMSから浴びせられれば、対象物はひとたまりもないだろう。
だがその為には巧妙に敵の隙を突く必要があるとエイガーは考えた。

「よし、全機停止だ。すみやかに岩塊に向けて砲撃姿勢を取れ」

道路の真ん中に鎮座する岩塊まであと100メートルという所でエイガーは部下達に指示を出した。
先頭のマドロックをアローフォーメーションで後方左右から追尾していた部下達のジムキャノンはその場で足を止め、右半身に構えた前傾姿勢を取る。

「これで敵からは我々が邪魔な岩を排除する為に砲撃するつもりに見える筈だ。
だが実は違う・・・!
カウントダウンと共に『ターゲット』に向けて一斉攻撃だ、いいな」

エイガーの言葉を復唱し、ごくりと唾を飲み込んだサカイは眼前の岩ではなく、ターゲットスコープに10時方向で照準固定されている敵のMSを捉えている。
スイッチ一発で彼等の機体はロックされた方向へ瞬時に向きを変え、同時に砲弾を吐き出すのだ。
これは敵の意表を付く攻撃であるはずだ。回避や防御は、ほとんど不可能であろう。

「周囲に敵の仲間がいる可能性もある。念の為、砲撃後はすぐに散開するのを忘れるな。
ターゲット撃破後、車両も一斉に後退させる。カウントダウン、5・・・4・・・」







「どうやら、奴ら、俺達には気付けなかったみたいですね・・・」
「・・・・・・」

安堵したようなバーニィの声に、ニムバスは沈黙で答えた。
モニターには小降りになって来たスコールの中、道を塞ぐ岩塊に向けて三角フォーメーションで砲撃姿勢を取った3体の連邦製新型MSが映し出されている。
少しでも敵が不審な動きを取った場合は躊躇無く行動に移るつもりで神経を張りつめていたニムバスだったが、どうやら杞憂で済んだ様だ。
漠然とした不安は拭い切れていないが、このまま滞りなく事が進めばそれに越した事は無い。
いやむしろ、警戒心が強過ぎるのは逆に戦術の幅を狭めるかも知れない。
折角なら連邦製の新型MSが放つ攻撃の破壊力を見極めてやるのも悪くは無いかとニムバスがふと肩の力を抜いた瞬間・・・

まるで示し合わせたかの様なタイミングで3機の砲口が一斉にこちらを向いた。


「しまっ・・・!!バーニィ!!」


目を見開いたニムバスの絶叫は、強烈な爆発音に掻き消された。




「うおっ・・・!!」「な、何だ!?」

エイガーとサカイが同時に叫ぶ。
彼等のMSが体勢を変えた瞬間、轟音を立てて粉々に消し飛んだのは、眼前で行く手を阻んでいた岩塊だったのである。
突然の事に度肝を抜かれ、彼等はザク改に向けての攻撃を一瞬ためらわざるを得なかった。
ニムバスの瞳がギラリと光る。

「飛べ!バーニィ!!」
「了解っ!!」

ニムバスとバーニィのザク改はこの機を逃さずバーニアを轟然と轟かせ偽装網をかなぐり捨てて飛翔し、後背にそびえ立つ崖の稜線を一気に越えてエイガー達の視界から姿を消した。
逃げ場の無い崖を背にして敵に攻撃を仕掛けたり、敵の待つ道路に飛び降りたりせず、ジャンプして崖の背後に回り次の行動に移行する。
これは予めニムバスがバーニィに指示していた非常時における回避行動であった。
例え相打ち覚悟で敵の撃破に成功しても、こちらの被害がそれを上回れば意味は無いのだ。

分が悪くなれば、躊躇なく、引く。

あらかじめニムバスは作戦失敗の咎を全て自分が負うつもりで、アムロとバーニィにそう言い含めていたのである。
ちなみにこの大胆な退避手段は、従来のザクに比べて格段に推力がアップしているザク改ならばこそ可能な荒業であった。



「ああっ!糞!!奴等を逃がしちまったっ!!」
「構うな!それより前方に注視しろ!!」

卓抜したエイガーの目は、その時朦々と立ち込める爆煙の遥か向こうに朧立つ
新たなターゲットを捉えていたのである。
エイガーがモニター越しに目を凝らした 刹那、上がり掛けたスコールの中を一筋の雷光が一直線に貫き、轟音と共に丘の上に立つ敵MSの精悍なシルエットを浮かび上がらせた。

その細身なMSは、砲口から白煙たなびく無骨な巨砲をアンバランスに捧げ持ち、華奢なボディラインを禍々しいものに変貌させている。
ふと、その顔がこちらを向き、まるで人間の様な『双眸』がマドロックのそれと交錯する・・・・・・!


「何っ!?ガンダム・・・だと!?」


普段何事にも動じないはずのエイガーが息を呑む。
それは、敵味方に分かれた【ガンダム】が、初めて遭遇した瞬間だった。
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