いつもと同じ朝。
いつも通りに目を覚まして、
いつも通り朝ご飯を食べて、
いつも通り家を出る。
でも、一つだけ、いつも通りでもまだ慣れないことがある。
「ユウジー!!行くぞー!!」
向かいの家に住んでる幼なじみへの声かけ。
いや、慣れていたのに慣れなくなったと言うのが正しいかもしれない。
「おおー。ちっと待ってろ。」
この返事の声を聞くだけで心臓が張り裂けそうになる。

あたし─瀬田奈月は高校二年生。
一応空手部の副主将だ。大学推薦の話も来るくらいだから腕前には自信がある。
「んでよー、そしたら犬が追っかけてきてさー。まいったよ。」
で、隣を歩いてるのが幼なじみの山部祐二。
中学まで一緒に空手やってたけど、医者になるとか言って空手はやめちまった。
あたしも身長は170㎝を超えているから大きい方だけど、こいつは180㎝もあって更にデカい。
手足も長くてリーチが長いから相当強くなれるのになんだって医者なんかに・・・
「おい、聞いてんのか奈月!」
「えっ!?な、何?」
不意に有事が覗き込んできてびっくり。一気に顔が熱くなる。
「だーから、今日の少テスト。お前まずったら補習だろ?」
かろうじて働く思考で考え、思い出す。
「げ!忘れてた!」
さすがに副主将が補習とは下級生に示しが付かないと主将にも釘を刺されていたんだっけ。
「悪い!先行くわ!」
「お、おう。」
返事を聞く前にあたしは走りだしていた。
もちろん、少テストは大事だけど、それよりも今は耳まで赤くなりかけている顔を祐二に見られたくなかった。
いつからだっけ?祐二の顔がまともに見られなくなったのは。
通学路を走りながら考える。
最近はいちいちあいつの顔が頭に浮かぶようになってしまった。
大好きな空手の稽古中でさえも・・・。

「病気かな、あたし。」
まだ人気の少ない教室の片隅で奈月は呟いた。
やはり気もそぞろというか、目の前のテキストに集中できないでいる。
「そんな事無いと思うにゃ~♪」
「わぁ!?あっ、綾香!?いつからそこに?」
気付けば奈月の前には髪の長い少女が座っていた。ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら。
「ず~っといたけど、気付かないとは・・・よっぽど集中してたのね~。」
「そっ、そうなn「祐二きゅんのことに♪」ッブふぅ!?」
図星を付かれ思わず吹き出す奈月。そしてそれを見てケラケラと笑う綾香。
「なっ!?なっ、な、何を!?」
まだ周囲には自分が祐二に好意を寄せていることがバレていない(つもり)の奈月は首をブンブン振って必死に白を切り通す。
「またまた~、見・た・よ。2人で仲良く歩いてるとこ。
で、どこまでイったの~?ほらほら、お姉さんに話してごら~ん?」
が、そんなバレバレな態度でまかり通るわけもなく、質問と同時にジリジリと綾香は詰め寄っていく。
(うう、この女~・・・!!)
祐二と奈月と綾香の3人は住む家も近く、小中高と同じ学校。
気心の知れた仲間といえば聞こえは良いかもしれないが、
その実、他の友達には決して知られたくないことまで知っていてなかなかやっかいな存在でもある。
しかし自分よりも男女付き合いの経験が多いであろう綾香に教えを乞いたいと思うのもまた事実。
話すかどうか迷ったものの、結局奈月は今朝の出来事を洗いざらい白状した。

「あんたねぇ~中学生じゃないんだから・・・。」
「うう・・・。わかってるけど・・・。」
見事にテストをまずってしまった奈月は課題の山に埋もれつつ(実際はそこまでないのだが)呻いた。
「やっぱね~ここらで一歩踏み出した方があんた達の為だと思うよ。」
「一歩?」
いつの間にやら牛乳を飲み始めサンドイッチを頬ばりながら奈月は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「告るのよ!コ・ク・ハ・ク!」
「ッブふぅ!?」
またも盛大に吹き出す。本日2回目。
牛乳を拭いつつもお得意のニヤニヤ笑いを浮かべる綾香を、奈月は口をあんぐりと開けてただただ呆然としていた。

どれくらいの時間テキストと睨めっこしていたのだろう。
鉛筆をくわえつつため息を漏らす。
奈月は放課後の教室で一人補習に勤しんでいた。
それというのも綾香が部活に逃げようとする奈月を無理矢理引き留めたからだ。
『いーい!?お馬鹿なアンタはここで勉強!そこに成績優秀な祐二がさっそうと現れて課題をお手伝い!
 二人っきりの共同作業で2人の間に良い空気が流れたところでズバッと告白!どーよこれ!?』
妄想垂れ流し女。今の綾香にはそんな言葉がぴったりだと一人心の中で頷く綾香だった。
『あー、あたし部活g『口答えしないっ!』はい・・・。』
『とにかく、私が祐二と話つけてくるから、“絶対に”逃げたりすんじゃないわよ!?』
まるで鬼のような形相の綾香を前にして奈月は首を立てに振るしかなかった。
思い出すのも馬鹿らしい。
「大体話つけてくるって、ヤンキーの喧嘩じゃないんだから。」
ぐるぐると奈月の頭の中に言葉と考えが渦巻いていく。
「そりゃーあたしは奥手かもしれないけど、空手で培った精神力てもんがあるし・・・。」
もはや今朝一人で赤面していたことは記憶にないようである。
「そんな大事なこと一人でできるっつーの!」
「本当に一人で出来んのか?それ。」
奈月がバンと机を叩いたのとほぼ同時に声がした。
祐二だった。静かにドアの所に立っていた。
(・・・え?・・うそ・・聞かれたの・・・?)
頭が真っ白になりそうだった。胃液がグツグツと煮えたぎって昼食を戻しそうになる。
全身の毛が逆立って、嫌な汗どっと吹き出す。心臓も今にも破裂するか、もしくは止まってしまいそうな勢いだった。
「かなりあるんだろ?課題。」
カダイ かだい 課題
「あ、ああ、うん。そう。」(聞かれてなかったんだ・・・。)
一気に緊張が解ける。まさに生き返るというのはこういう気分なんだろうなと実感した。
「にしても、結局無駄だったわけだな、お前の全力疾走。」
ケタケタと笑う祐二に綾香の姿が重なり、急に腹が立った。
大事な親友は殴れないけどこいつなら。
そう思った時、すでに渾身の正拳は祐二をダウンさせていた。
「馬鹿で悪ぅございましたね、未来の医学部生様。」
「い、いえ、めっふぉうもござびばせん。」
床に倒れた祐二にキツい言葉を投げかけながらも内心ほくそ笑む奈月であった。
(ありがと、綾香。)
「ほら、いつまで寝てんの!さっさと起きて手伝ってよ!」
「ぐべっ!?」
今度は蹴りが入れられ、祐二は起きあがりつつも痛みに悶えていた。

――――――――――

「だ~か~ら~!この場合意味上の主語はItじゃないって言ってるだろこんバカ!」
「うっせーなー!わかる言葉で説明しろってーの!!イミジョウノシュゴってなんだよ!?」
こんなやりとりが1時間以上は続いただろうか、日はすっかり傾き空を赤く染めている。
なんだかんだ言いつつ、奈月は順調に課題をこなしていた。それでも半分程度なのだが。
恐らく一人で取りかかったら今の三分の一も進まずに撃沈していただろう。
ただ問題は
「なんだよ待っている部屋って!待合室だろ!」
「あ~!同じようなもんだろ!!」
綾香の考えた良い空気というのは全く流れていないこと。そして奈月自身も
(さすがに今日は・・・いいよね。)
もはや告白など出来る心境ではなかった。
何度も似たような口論が続いていたが、下校時間を知らせるチャイムが鳴る。
「おっと、こんな時間か。よし、続きはお前ん家な。」
さらっと祐二が放った一言に奈月は耳を疑った。
「え?来んの?」
祐二は至極当然のように頷く。
「だ、ダメダメダメダメ!!!絶対ダメ!つーか無理!!」
首が取れそうな程ブンブンと振る。
「何でだよ?終わってねーだろ、課題。」
「何でって・・べ、別に明日提出しなきゃいけない訳じゃないしさ!」
「明日提出じゃなくたって、どーせお前一人じゃわからないんだからいつだって同じだろ。
 それに、人の親切には甘えとくもんだ。」
確かに奈月一人では課題をこなすのに一ヶ月はかかりそうな量。
しかし、彼女にはどうしても祐二を部屋に招きたくない理由があった。
断りにくい雰囲気も手伝い、渋々と提案を受け入れることにした。
「で、でもさ、あたしの部屋汚いから、片づけなきゃダメだからさ、晩飯食ってからにしてくれよな!」
「お、おう。別にいいけど。」
「じゃ、あたし先に帰って片づけするから!」
朝と同様に返事を聞く前に奈月は急いで帰路へとついた。

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最終更新:2007年10月08日 18:46