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目覚ましの鳴る音で、いつも通り、俺は目覚めた。
回らない頭で、体を起こしてから、素っ裸であることに気づく。
なんで、パジャマはおろか、下着まで脱ぎ散らかしているのだろうか。

「はっ! 優一っ!」
きょろきょろとまわりを見回してみるが、そこに優一の姿はない。
代わりに、机の上に、メモ書きが一枚。

“親が起き出す前に失礼します。さゆりさん、よく寝てるようだから、
 起こさないで帰ります。では、学校でお会いしましょう”

微妙に堅苦しいというか、なんというか。
まあいい。先に帰ってくれて、よかった。
何故だか今頃になって、沸騰しそうになっている俺の顔を、見られなくて済んだ。
……水風呂でも浴びてくるか。


優一というイレギュラーは排され、いつも通り、多恵と二人の朝。
多恵はもう、優一に興味がなくなったのか、取り立てて、彼の話は振ってこない。
校門のところで、優一を顔を合わし、挨拶を交わす。
優一の顔は、心なし赤いが、俺は普段通りだ。たぶん。

多恵に言われたこともあり、特にベタベタすることもなく、三人並んで教室に向かう。
いつもと変わらない今日。なんだか、昨夜、あんなに痴態を晒したのが、嘘みたいだ。

昼食は昨日に引き続き、三人で取る。
昨日と違い、クラスの皆が、俺達に向ける視線は穏やかだ。
多恵が聞いたところによれば、青山が、かいつまんで説明したらしい。
……もちろん、視線が穏やかなのは、俺が大人しくしているから、というのもあるだろうが。

学食に行っているのだろうか、青山の姿は教室にはなかった。

授業も終わり、校門をくぐる俺達。優一だけは、ここから反対方向だ。
当たり前のように別れの挨拶をしようとする優一の耳を、掴んで引き寄せる。
「いててっ! ちょっ? さゆりさん!?」
「大人しくしろ。周りがいるんだ」
「はっ、はい。なにか?」
「どうして、俺をデートに誘わん?」
「へっ?」
「まったく。首を長くして待っていたのに、一日終わってしまったじゃないか」
「でっ、でも……」
「それともなにか? お前は俺の体だけが目当てで、デートなどに興味はないのか?」
「そっ! そんなことないっ!」
声を荒げて、ぶるぶると首を振る優一。仕方ないので、耳元から口を離す。

「優一君。じゃあどうして?」
乙女のために、その9。
不満を述べるときは、拗ねたように唇を尖らせて、小石を蹴飛ばす(ポーズだけ)。

「そっ、その、僕、どこに誘ったらいいか、わからなくて」
「そんなの、どこでもいいわよ」
「それがその、普段、遊ぶようなところにいかないから、全然、思いつかなくて」
「はぁ……優一君が、一番最近行った、行楽地は?」
「えっと……その……動物園」
「動物園!? なんで?」
「その、僕、いつもマンガ読んでるでしょ。で、その、自分でも、少し、描くんだ」
「描くって……マンガを? へー、見せて見せて!」
「そんなっ、見せられるほど上手じゃないよ……で、練習のために、動物のデッサンを」
「ああ。それで動物園ね」
「うん。だから、デートにはちょっと……」
「うん。じゃあ、誘って?」
「へっ?」
「動物園、いいじゃない。デートに誘って?」
謎のパントマイムを始める優一。えぇと、これは動転してるのか?

「さっ、さゆりさん、明日の土曜日、どどど動物園に、ご一緒しませんか?」
「はいっ。よろこんでっ!」
乙女のために、その10。
申し出を受けるときは、花の咲いたような笑顔で。
おぉおぉ。優一の顔が真っ赤になっている。かわいいかわいい。

「……どんな茶番なんだか」
振り返ると、多恵が、呆れたように頭を振っていた。

・・・

「おーっ! ゾウさんっ!」
「うわーっ! キリンさんだーっ!」
「あははっ! おサルおサルっ! うきーっ!」
「さっ、さゆりさん……」
「おっと」
猿のボスに威嚇をしていた俺の袖の裾を、恥ずかしそうに引っ張る優一。

今日は土曜日、天気は晴れ。動物と親子連れで賑わう市内の動物園に、俺達はやってきた。
優一を引きずり回して、片っ端から、動物を見て回る。

「さゆりさんが、こんなに動物好きだったなんて、知らなかったよ」
「ん? まあ、嫌いじゃないな。動物は、見てて飽きない」
「虎と睨み合いになったときは、どうしようかと思ったけど……」
「あはは。奴とはいいライバルになれそうだ」
「ライバル、虎なんだ……」

一周したところで、ベンチに二人、腰掛けた。
「はーっ。だいたい見て回ったかな」
優一が、肩からかけている大きな鞄をつつく。
「これ、なんだ?」
「あっ、その、何持ってくればいいかよく解らなくて、その、いつもと同じ準備しちゃって」

鞄の中から優一が取り出したのは、スケッチブック。
「へえ。そんなに俺に見てもらいたいんだな。しょうがない、見てやるか」
「その、下手でも、笑わないでね……」

画用紙をめくっていく。マンガちっくな絵を想像していたのだが、本物みたいに描かれている。
「へー。上手いじゃないか」
「あっ、ありがとう……」

マンガもこんな絵柄なのかと思いつつページをめくると、デフォルメされた動物たちが現れた。
「ふーん。おっ、このカバ、いいな。眠そうな大あくびが、完全に再現されている」
「どっ、どうも」
「お前が描くのは、動物ばっかりか? 人は描かないのか?」
「そんなことないよ。マンガだし、動物とか人とか、風景とかも」
「じゃあ、俺を、描いてくれ。だめか?」
「えっ、その、だめじゃない。描きたいです」
「そうかそうか」

スケッチブックを見終わった後、今度は俺の鞄から、弁当箱を取り出す。
「さゆりさん、これ、一人で作ったの?」
「まあな」
「すっ、すごいや。さゆりさんって、やっぱり料理、上手なんだね」
「ふっ。褒めるのは食ってからにしろ」

のんびりと、時間は過ぎていく。
ここは市内の動物園で、さして何かが起こるわけでもない。
俺の弁当を食べて、おそらくはその美味さに感動して、泣き出した優一をあやしてやったり。
芝生の上に座る俺の姿を、優一に描いてもらったり。

他愛もない、なんてことのない、別に誰からも羨ましがられないであろう時間。
けど、誰かにくれてやるのは、惜しいと思える時間。

優一が描いた俺の絵は、満面の笑みを浮かべた俺を取り囲むように、たくさんの動物たち。
「あははっ! これじゃ俺がサーカスの猛獣使いみたいじゃないか」

動物たちの真ん中で、大きく口を開けて笑う俺は、乙女らしくはないのかもしれないが、
俺は、気に入った。
それから一週間。“とりあえず”付き合っている俺達。
一緒に遊んで、ご飯を食べて。勉強などもしたりして。
ああ、そうだな。少しばかり、エッチなことも、するけどな。

金曜日の夕方。俺はなぜか、部屋に一人。
優一は、“俺に頼まれたモノの手配”とやらで、今日は忙しいらしい。
あいつはいったい、どういう手段でエッチなビデオを用意しているのだろうか?
明日持って行くから、という優一。こいつは昼間っから、爛れた生活を送りたいとみえる。

多恵は多恵で“用事があるから。時間取れたら寄るけど、期待しないで”と、中途半端な返答。
うーん、気を遣ってくれているのか、呆れられているのか……

ぽっかりと時間が空いてしまった。
部屋着にしているシャツと短パンに着替えてから、ベッドの上で大の字になる。

……することがない。

ぼんやりと、思い出す。このベッドの上で、優一とさんざん、エッチなことをしたのだ。
恥ずかしいような、楽しいような、呆れるような、こそばゆいような、気持ち。

ベッドのシーツに鼻の先をこすりつける。優一の匂いは、残っているだろうか。
くんくん。くんくん。
解るような、解らないような。

シャツをまくり上げ、優一にされたように、自分の胸を揉んでみる。
あまり、くすぐったくはない。自分でしているからか。
むにむにむにむに、揉んでみる。
少しだけ、気持ちいい気がする。
今までの人生の中で感じてきた気持ち良さ―――
おいしいものを食べて、お腹がいっぱいになったとき。
寒い冬の朝に、暖かい布団の中で、ぬくぬくとしていたとき。
―――そういうのとは違う、気持ちよさ。

これが、エッチな気持ちよさ、というものだろうか。
下腹部に手を伸ばす。ショーツの下の、窪んだ部分を、指の腹で押さえる。
にゃんだろう。んー、な行がにゃ行になる。
じんわりする。じーん、って感じ。
優一の前でしたときは、そういうふうには感じなかったが。
いや……自覚はなかったが、あのときは、少しばかり、ぶっきらぼうだったかもしれない。
女の子の、女の子である部分を触るには、男らしすぎる、触り方だったかもしれない。
やっぱり、優一の前で、自分のあそこをいじるのは、恥ずかしかったのかもしれない。

少しだけ、思考が幼くなる。指を動かしてみる。
下腹部から、体の中を通って、頭へと届く、しびれる刺激。
氷を噛んだときの冷たいしびれでなく、虫に刺されたときの腫れるようなしびれでなく、
砂糖菓子を食べたときのような、甘いしびれ。
今まで、甘いもので体がしびれたことなどないが、言葉にするとそうなってしまう。

知らないうちに、声を出すのを堪えていた。
それに気づいてから、もし堪えなければ、自分が甘い声を出してしまうからだと気づく。
誰も聞いていないのだ。気にせず、喘いでいいと解っているのだが、それができない。
恥ずかしいからか。照れくさいからか。エッチな刺激に慣れていないからか。
もっと、指の動きを激しくすれば、もっと、指を奥まで差し入れれば、
あまく、はしたなく、かわいらしく、いやらしい、あえぎごえが、もれるのだろうか。

「くっ。あっ、あんっ……」
自分の口から、息がもれた気がするが、その音は耳には届かない。
自分の指が、なにかに濡れている気がするが、その肌触りは、よく解らない。
「なにしてるの?」
飛び跳ねるように体を起こす。視界の中に対象者を収めてから、理解と動作に時間がかかる。

「えっ?」
ようやく声を出したときには、開いた部屋のドアの先に、多恵が立っているのだと解った。

「なにしてるの?」
「えっ? いっ、いや、その」
「ねぇ、なにしてるの?」
すたすたと、こちらに歩み寄ってくる多恵。眼鏡の奥の瞳からは、感情を見いだせそうにない。

「えっと、まあ、その、答えなきゃいけないか」
「なにしてるの」
「多恵、お前がこういうことに抵抗があるのは解るが、
 俺は、こういうのも、女の子らしい女の子における、楽しさと喜びの一つじゃないかと……」
「なにしてるのって聞いてるのっ!」
「だから、オナニーしてたんだよっ!」
「はっ! もうあの男に、やられちゃったワケ!? 男のものが忘れられないんだっ?」
「なっ! まだやってないっ! 処女でもオナニーぐらいするだろう?
 それとも何か、俺はエッチな気分にさえ、なっちゃいけないのかっ!」
「……まだなんだ」
「えっ?」
とたん、多恵は俯いてしまう。俺には何が何だか解らない。
優一とセックスまでしたと思って、優一でオナニーしていると思って、あんなに怒ったのか。

多恵が、眼鏡を外した。
涙が、レンズの縁を伝って、ぽろぽろと頬に落ちているから。
溢れる涙を次々と、拭っていかなければならないから。

「多恵、すまん……俺は、お前が望むような、清楚で可憐な乙女には……」
なれない、と言い切ろうとする自分が、身勝手に思えてたまらない。

「……違う」
「えっ?」
「違うの。ごめん。ごめんなさい。謝らなければならないのは、私」
拭いきれない涙を頬にのせたまま、多恵は顔を上げて、無理矢理な微笑みを作る。
多恵が否定するものが、俺には、まだ理解できない。

「私が、オナニーなんか、生まれてから一度もしたことがない、お堅い女の子だと思ってるでしょ」
「えっ? まっ、まあ……」
そうでなければ、俺はお前を、ここまで失望させてはいないだろう。

「毎日してるよ。オナニーぐらい。あはは、笑っちゃうよね。
 さゆりちゃんが今してた、あんなかわいいオナニーなんか、小学生の頃からしてたよ」
「えっ?」
「しってる? ちゃんと、女の子のオナニーのための道具ってあるんだよ。
 今度貸してあげるね。あぁでも、そういうのって、他人のを使うのって、嫌だよね」
「……多恵、だったら、なんで」
「ねぇ……誰のことを想って、してたの?」
「えっ。別に、特定の誰かを想像してたわけじゃ……
 いや、まあ、優一のことを考えなかったって言えば、嘘になるけど」
「私が、毎日毎日、誰のことを想って、オナニーしてるか知ってる?」
「そんなの」
解るわけがない―――と、言おうとして、唐突に気づく。
彼女が激怒した意味。泣いている意味。その瞳の中の、想いの意味。
「さゆりちゃんだよ」
「あ―――」

俺は戸惑う。
お前は、俺を好きだというのに、他の男にくれてやるため、力を尽くしてくれたというのか。
そのくせ、今になって泣き出すなんて、だったら初めから、協力しなければいいじゃないか。

俺は感謝する。
今まで、俺の勝手な我が儘のために、親身になってくれたのは、俺を愛していてくれたからか。
だからこそ、俺はこんなにも順調に、恋する乙女を目指せたのか。

「―――多恵、ありがとう」
恋する乙女になりたいなどと言って、愛されたがっていた俺は、愛されていた。

ぽろぽろと涙を流しながら、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、多恵は俺に近寄ってくる。
俺に覆い被さってくる。俺の体の上に、自分の体を重ねてくる。
俺は、気安く多恵に触れていたが、多恵の方から俺に触れてくることはなかった。
愚鈍な俺は、そんなことにさえ、今まで気がつけなかった。

多恵の震える唇が、俺の唇に重ねられる。多恵の舌が俺の唇をなぞっていく。
「ごめんね。さゆりちゃん。好きになって、ごめんね」
「いいんだ」
「私、ダメだよね。本当は、さゆりちゃんと長田君のこと、応援しなきゃならないのに」
「いいんだ」
「恋する乙女になれるよう、手を引いたのは私なのに」
「いいんだ。多恵」

多恵の体を抱きしめる。
細くて柔らかい、力を込めれば折れてしまいそうな、か弱い背中を抱きしめる。
多恵の頬を舐めてやる。つたう涙を舐めてやる。

多恵の手が、俺の頬に添えられる。首筋をなぞり、胸の上に重ねられる。
その手の上に、自分の手を重ねて、言う。
「好きなだけ、触っていいから」
「……うん」
多恵が触りたいと思うのなら、触らせてやりたい。

多恵の手のひらが、俺の胸を揉んでいく。優しく丁寧だが、臆することなく大胆だ。
優一とは違う。くすぐったくはない。性的な快楽のみを、与えてくれる。

「あっ、多恵っ、あんっ」
自分でも知らないうちに、喘ぎ声をもらしていた。シャツをまくられ、露わになった胸を吸われる。

「あっ、あぁん」
自分でも聞いたことのないような、甘ったるい喘ぎ声。
多恵の舌先で乳首を転がされて、くねらせてしまう、自分の体。

多恵の指が、するすると、俺の穿いていた短パンを下着ごと脱がせていく。
屈んだ多恵に、まだ濡れたままのところを、口に含まれる。

「んーっ!」
一瞬で、世界が、認識できなくなる。
絶え間なく多恵により与えられる快楽が、俺の体を満たし、他のことを追い出していく。

辛うじてできるのは、想像だけだ。
今の俺は多分、多恵の小さな舌の動きにあわせて、大きく体を震わせる、壊れた操り人形だ。
体の、女の子の体の中心を、多恵の口の中に含まれてしまった。
今、俺の体を支配するのは、俺の頭ではなく、俺の子宮を震わせる、多恵だ。
息が続かないように思える。
操られ、体をのたうち回らされ、嬌声をあげさせられてしまう。
思考がぼんやりしてくる。まとまらない。遮られる。
―――停止する寸前に、多恵が俺の体から舌を抜いた。

「さゆりちゃん、私に、くれる?」

あげる? 何を。
舌の代わりに、指を差し込まれる。奥まで。奥まで。

犯される。
多恵が望むものは、俺の処女。その証としての血。

別に、別に、くれてやってもいい。
取るに足らないものとは思わないが、多恵がほしいのなら、くれてやってもいい。
俺が持っているものの中で、多恵に渡せないものなど、何もない。
それが俺のものだったなら、多恵は絶対大事にしてくれる、その確信が、俺にはある。

俺の処女は一つしかない。あげられるのは一人だけだ。
こういうのは、早い者勝ちだ。優一にはあげられそうにない。
俺が誰にあげたいとか、考えてはいけない。
ああ。ごめんな、優一。

・・・

唐突に、快楽の檻から解放された。
俺の体は、俺のものになり、動かすことができるようになった。

聞こえる。泣き声が、聞こえる。
多恵が俺を抱きしめながら、すすり泣くのが、聞こえる。

「ぐすっ……ごめんなさい……」
「どうして、謝る……」
「……言ったから」
「なにを」
「さゆりちゃんが……“ごめんな、優一”って、言ったから……」
「……そうか」

多恵の嗚咽だけが響く。

理解している。
多恵が俺の言葉に耳を貸さなければ、俺の体からは、血が流れていたことを。
多恵がやめてくれたから、俺はまだ、少女のままであることを。
そして、
「多恵、すまん。俺は、俺は俺の初めてを、優一にあげたいみたいだ」
「……うん」
「俺は、優一に、恋しているんだ」

俺は、何も解っていなかった。
優一に、処女をくれてやっていいと思ったその意味を、解っていなかった。
優一に恋愛感情を抱いていたのに、そのことに気づいていなかっただけだ。
裸の優一に抱きつきたいと思うのは、それは、優一に恋していたからだ。
優一のおちんちんを握りたいと思うのは、それは、優一を愛してやりたいと思ったからだ。
そのことに、今、気づいた。

「おめでとう。さゆりちゃん。“恋する乙女”に、なれたんだね」
「……ありがとう。多恵のおかげだ……けど、だから、すまない……」
「ううん」
「一つ、聞いていいか?」
「……うん」
「いつから」
いつから、多恵は俺への好意を、隠し続けていたのだろうか。

「初めて会ったときから」
俺達は幼なじみだ。それこそ、物心つく前から一緒に遊んでいた。
初めて会った日のことなんか、
「覚えてないぞ」
「うん。私も」

しばらく、声もなく、ただ、互いの顔を見る、俺達。

俺は、多恵の望みを叶えてやることはできない。俺自身の都合のために。
ならば、多恵のためにも、俺は多恵の前から消えた方がいいのだろうか。

「なぁ、多恵。馬、馬はさ、目の前にぶら下げられたにんじん、食べられないなら、
 視界から消えた方がいいか?」
「ふふっ。さゆりちゃん、例えが悪いよ。
 お馬さんは、食べられなくても、にんじんを見ていたい。
 走る目的にはならないにしても、走る理由にはなるから」
「難しいことを言う」
「私も、聞いていい?」
「ああ」
「友人だと思っていた子が、単に欲情しているだけだったとしたら、どう思うの?」
「少しは、例えろよ」
「単刀直入に聞かないと、さゆりちゃん、解んないだろうし」
「……そうだな」
「親切面したその裏で、毎日毎日、想像の中でさゆりちゃんを犯してるなんて、気持ち悪いよね」
「想像の中の俺は、どんな感じだ?」
「実際の方が、乱れてたよ」
「じゃあ、別に、いい。実際の俺に幻滅される方が、なんか屈辱だぞ」

くすくすと笑う多恵。
「さゆりちゃんが、あんなに乱れるなんて、ちょっと驚いたよ」
「いや、自分でもびっくりなんだけどな」
「そうなんだ?」
「えっ、ああ。昨日までは、俺はエッチに向いてないんじゃないかと思っていたくらいだ」
「まぁ、私が上手だからねぇ」
「……だったら教えてくれればよかったのに」
「それは、私を選んだときのご褒美だから。私を選ばなかった人には、ご褒美はありません」
「ちぇ」
「ふふっ。これから、さゆりちゃんの好きな人と、ゆっくり、勉強していけばいいよ」
「多恵……」
「本当は、私が背中を押してあげなくちゃいけなかったんだけど、だめだね、人間ができてなくて」
「お前は十分できてるよ」
「そんなことないよ。もし、私がさゆりちゃんくらい強かったら、長田君を半殺しにしてるよ」
「ははっ。それはやめてやれ。あいつは、相手が今のお前でも抵抗できん」
「私の代わりに、殴っといて」
「俺がか? その役を俺がするのも、どうかとは……」
「殴った後は、ちゅーでも、セックスでも、アナルプレイでも、好きなだけしていいから」
「……アナルプレイってなんだ?」

さゆりは俺の耳元で、ごにょごにょと囁く。
「そっ……そんなことをするのか?」
「うん。他にも……」
……かいつまんで説明される特殊プレイに、俺はくらくらしてしまう。

・・・

翌日、優一が家にやってきた。
とりあえず、思いっきり殴っておく。

「どうして!? 今日はまだ“高原さん”って言ってないのに……」 
ふっとばされた優一が、殴られた頬をさすりながら、問うてくる。

「優一、すまん。そして、聞いてくれ」
「はぁ。聞きますけど……」
「お前が、俺の“王子様だ”」
「え?」
「前に、お前に処女をあげることを考えてやってもいいと言ったな。
 言い直す。俺は、お前に、初めてをあげたいんだ」
「さっ、さゆりさん? どうしたの急に?」
「……俺は、昨日、親友から、告白された」
「えっ、うっ、うん」
「俺はそれを、断った。処女は、お前に、くれてやりたいと思ったからだ」
「さゆりさん……」
「そいつは、今まで俺を、いつも助けてくれた。いつもそばにいてくれた。
 そいつがいなければ、俺は今、ここでこうしてはいないに違いない。
 ならば、俺の体の一部は、彼女のものであるとするのが、公平だろう。
 だが、俺にはそれができない。俺が処女をくれてやれるのは、一人だけだからだ」
「うん」
「なぁ、優一。俺の体は全部、お前にくれてやる。お前の好きに扱っていい。
 だが、俺の心の一部は、多恵のものだ。お前に全部あげることはできない」
「……それで、いいんじゃないかな」
なんてこともないかのように、優一は言った。

「そうなのか?」
「さゆりさんは、僕に何を望むの?」
「えっ?……別に、多くは望まない。俺がお前を気に入っている部分がなくなると困るが、
 そういう性質は、そう変わらないだろうし。
 あとは、俺の体で、適度に欲情してくれれば、それで十分だ。
 そうだな。他の女に欲情するのは、控えてもらいたいかな」
「もう少し、望んでもらいたい気もするけど……僕も、さゆりさんに望むのは、だいたい同じだよ。
 さゆりさんの中の、松木さんを大切に思う心まで、なくしてほしいとは思わないよ。
 まあ、確かに、もし松木さんが男の人だったら、もう少し悩む気もするけど」
「どうして、多恵だと解った?」
「さっき、“多恵”って言ったよ」
「あっ、ああ、そうか……」
自分では落ち着いているつもりだったが、そうではないのかもしれない。

「俺は、次に多恵に求められたら、拒めないかもしれない」
「うーん。松木さんがそうするとは思わないけど、
 もしそうなっても、さゆりさんは義理堅いから、やっぱり拒むと思うよ?」
「えらく、俺を買ってるんだな」
「買ってる買ってる。義理堅くなけりゃ、こんな話、しないよ」
「そうか」
「そうだよ。それにまあ、女の子同士なんだし、ちゅーくらいなら、別にいいんじゃない?」
「すまん。実は唇は、もう奪われた」
「あっ……そうですか」
「ついでに、体中をまさぐられ、あんあんと喘いでしまった」
「……あれ?」
「正直、処女を奪われる寸前だった」
「……さゆりさん、実は結構、流されやすい?」
「あー、うん。自分でも少しそう思う」
「あはは。その、好きな人に愛の告白と、浮気?の告白を同時にされて、僕はどうしたものやら」
困っているのか、そうでもないのかよく解らない、とぼけた口調。
「ああ。そうだな。俺はお前を、困惑させたいわけじゃない。失望させたいわけじゃない。
 お前に快楽を与え、お前を俺の虜にすることが、今の俺の望みだ」
「いや、それはもう、既に虜なんですけどね」
「いいや。俺の体で、お前の思考を麻痺させ、正常な判断を狂わせ、
 俺が世界最上の女性であると勘違いさせるのが、俺の野望だ」
「いや、冷静に判断しても、僕にとっては、さゆりさんは世界最上ですけどね」
「ふっ。まあ、見ているがいい。お前の脳髄を溶かしてやろう」
「さゆりさん……僕のこと、ほんとに“王子様”と思ってくれてる?」
「何を言う。そう思うからこそ、俺の体全てを駆使してやろうと言っているのだぞ」
「はあ。今日はなんだか、自信満々ですね」
「知識は、財産だからな」
「エロ本でも読みましたか?」
「そんなところだ」
俺には、多恵教えてくれた知識がある。

「知識だけで、その自信というのが、凄いです」
「相手は童貞だしな。おちんちん握ってやるだけでも、もう意のままじゃないか」
「はあ。まあ、そうですが」
「よし。じゃあ、持ってきたブツを出せ」
「えっ? 自信満々なのに、見るんだ?」
「まっ、まあ、念には念を入れてだな……」
「実は自信ない?」
「うるさいっ! さっさとついてこいっ!」
優一を後ろに従えて、どすどすと足音を立てながら、リビングに向かう。