シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

恋のキューピットは超能力者

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匿名ユーザー

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  “お前は何だ?”
 そんなことを訊かれたら、俺は多分……少し迷って、こう答えると思う。

 ――超能力者ですよ、ってな。


【恋のキューピットは超能力者】 作者:あずさ


 自分の不思議な能力に気付いたのは、物心がついてすぐだった。
 俺はこの能力を「超能力」と称しているわけだが、実際にはそれほど万能なものでもないんだな、これが。物をすこーし動かすことができる程度のもん。透視したり相手の心を読んだりすることはできないし、残念ながらスプーンを折り曲げることもできない。いや、仮にも男の子なんだから力任せに曲げれば折ることくらいはできるだろうけど、それは決して物理法則に反するものでないわけで。
 幸いなことに俺の能力に気付いている奴はほとんどいない。何だかんだ言ってそこそこ賢かった俺(笑うとこじゃないよ?)は自分の異常さに早めに気付いたし、気付く前も、ちょっと手の届かない本だとか皿だとかを自分の方に引き寄せるような、そんなオチャメな使い方しかしていなかったからだ。目撃した人もこれくらいなら目の錯覚と捉えるか、手の早い子、くらいにしか思わなかったんだろう。それにしても幼い頃から俺ってば怠慢な奴だったわけですね、いやはや。
 ――どうして自分にこんな能力があるのか?
 それは、……正直なところ全く分からないんだなぁ。いやほんと。俺の住む霧生ヶ谷市は不思議な噂や怪談が多くて、一部のオカルトマニアや不思議萌えを豪語する奴らが喜びそうな話がゴロゴロあるわけだけど、それが関係しているわけでもなさそうだし。
 というのも、霧生ヶ谷っ子である俺は昔から霧生ヶ谷に住んでいて、幼い頃は不思議な体験もした――気が、する、んだが。今となってはさっぱりで、もしかしたらあれは夢だったのかもしれないと思うくらいに「不思議」に鈍感だった。
 それにも関わらず、俺の超能力は今でもきっちり健在している。もしこの超能力が霧生ヶ谷に関係しているなら、不思議に対する感性が弱まるのと同時に超能力も弱まるか、相変わらず超能力も不思議への感性もそのままじゃないと納得がいかないというもんでしょうに。
 だからまあ、要するに。よく分かんないけど、単に突然変異か何かで発現した能力なんだろう、きっと。
 こんな超能力があることについては特に不満も文句もない。確かに奇妙なものだけど、それはそれ、これはこれ。俺の日常は至って平穏であり平凡そのものだからだ。


「遼ちゃんの、」
 俺がぼんやり思考を巡らせていたところ、クラスに凛とした声が響いた。俺はとっさに声のした方へ視線を移す。
 一人の小柄な女子と、同じく小柄な男子。
 女子が男子の腕をつかみ、
「――馬鹿ぁっ!!」

「……わお」
 俺が思わず感嘆の声を上げるほど華麗に、男子の姿が宙を舞った。


 投げられたまま床――北高はこの前まで冬休みだったのでワックスがけされてピカピカだ――に縫い付けられているのは、俺のクラスメイトであり友人である「遼ちゃん」だった。ちなみに投げた子は、遼ちゃんの幼馴染みの「愛美ちゃん」。愛美ちゃんは別のクラスなんだけど、遼ちゃんと愛美ちゃんは何だかんだ言って仲がいいからねぇ。よく愛美ちゃんがうちのクラスに遊びに来るんだ。ていうか今も来ていたはずなんだけど、一体何があって彼女得意の合気道の腕前を披露することになったのやら?
「遼ちゃん、大丈夫かー?」
 放っておくわけにもいかず、俺はヘラヘラと笑いながら近づいた。覗き込んだとたんに、遼ちゃんから「岳大……」と俺の名を呼ぶくぐもった声が聞こえてくる。あらあら大丈夫かしらなんて思いつつ引っ張り起こそうとしたら、
「――痛ぇ!?」
 思い切り顔面を殴られた。ちょ、マジ痛い超痛い。顔ってどう頑張っても鍛え所のない場所でしょうに遼ちゃんってばえげつねぇ。
 まあ、分かっていてやった俺にも非はあるわけだけど?
 というのも、遼ちゃんは、「遼ちゃん」と呼べばすぐに手を出してくる。どうも可愛らしい顔立ちの自分にコンプレックスを抱いているらしい。暴力的で口も悪いけど、それ以外じゃなかなか面白くて俺は気に入ってるんだけどね?
 いや、別に遼ちゃんの顔が俺好みというわけじゃなくて。そこんとこは俺の名誉のためにも断言しとくけど、俺にそっちの気は髪の毛一本ほどにもない。俺は生粋のXX染色体が好きだからさ。
 さて、気を取り直して。
「しっかし、何だお前ら。夫婦漫才?」
「はあ?」
 遼ちゃんの顔がこれでもかというほど顰められる。うーん、せっかくの可愛い顔が台無し……なんて言ったらまた殴られるんだろうなあ。
「だって仲良しだったじゃん?」
「そう見えたんなら眼科行け眼科。もしくは精神病院に行ってそのまま帰ってくんな」
「遼ちゃんひどいっ」
「殺(や)る」
 呟くと同時に鳩尾に一発。~~これは、キツイ。
 実は密かに自分の能力を使って、具体的には俺自身を遼ちゃんとの接触から少しばかり遠ざけて、威力を軽減できるように何度か練習を試みたことがあった。最近は慣れてきてタイミングが合うようにもなってきたんだけど、いかんせん、遼ちゃんの攻撃は凄まじく鋭い。未だに成功確率は二分の一というところ。
 ああ、今日は完敗か……。
 俺は遠くなる意識を必死に繋ぎ止めながら、それでもどこか余裕を見せるかのごとく、ヤレヤレと低く呟いた。

 *

 それからしばらく、愛美ちゃんがうちのクラスに来ることはなかった。珍しい。天変地異? 遼ちゃんは遼ちゃんでソワソワしてるし、ああもう、微笑ましすぎて腹を抱えて笑いたくなるほど青春だねぇ。
 こうなったら仕方ない、この岳大様がお手を差し伸べてさしあげましょう?
「遼、おまえ最近遅刻多くね?」
 さり気なく話しかけに行けば、机に突っ伏していた遼ちゃんが顔を上げる。しかしそれもずい分とのろのろしていて覇気がなかった。そりゃまあ、朝から全力疾走をかませば疲れもしますか。
「……うるせ」
「今までそんなに遅れてなかったよな?」
「……」
「遼ちゃん? ――ふべらっ」
 頬に容赦のない鉄拳。愛も慈悲も遠慮もない。
 懲りない俺も俺だけど、遼ちゃんも少しは耐性というものを身につけるべきだと思うんだが、いかがだろうか。
 俺は小さく溜息をついた。そんな俺をあからさまに無視する遼ちゃんはものすごく不機嫌そうだ。眉間にシワが寄っちゃってまあ。その原因が愛美ちゃんだって、遼ちゃん自身は気付いているのかね。
「なあ、実際のところ。愛美ちゃん、傷ついたんじゃねーの?」
 紙パックのジュースを取り出しながら本題を切り出す。殴られて腫れた頬に、ジュースの冷たさは心地良かった。
 俺はあの騒動の後、愛美ちゃんと遼ちゃんの――いざこざ? 痴話喧嘩? まあ、遼ちゃんが投げられるまでの経緯をそれとなくクラスの奴らから聞いていた。俺ってば気になると色々調べたくなっちゃうタチなのよね。
 そんで分かったことなんだけど、どうやら遼ちゃんは愛美ちゃんに対して「貧乳」発言をしたらしい。それが愛美ちゃんのお怒りに触れちゃったんだとか何とか。
 馬鹿だな遼ちゃん、女性の胸は高潔にして神秘なるもの、大とか小とか些末な問題じゃない?
「傷ついた、ねえ?」
「幼馴染みでもさ、男も女も関係ない状態なんて小学生くらいまでだろ?」
「だから?」
「愛美ちゃんも女の子ってこと、おまえ忘れてねぇ?」
「はあ? 何を……」
 文句を言いかけた遼ちゃんが動きを止める。
 何だかんだで、自覚はあるみたいだった。ま、素直じゃないけど真っ直ぐ、それが遼ちゃんのいいところだ。もう一押しってところですか。演技派である岳大様の腕の見せ所ですな。
「まあ、おまえら仲良かったから割り込む余地なんてないと思ってたけど。そんなこともないなら? 俺もちょっとくらい? 愛美ちゃんにアタックしてみようかなんて?」
「いちいち語尾上げんなうざったい。手始めに人生を終えてこい。話はそれからだ」
「来世でしか取り合ってもらえない!?」
「まだ足りない」
「遼ちゃんの欲張り! ――あべしっ」

 *

「……謝ってくる」
 あの後も遼ちゃんに構っていたらそのたびに絞め上げられて、とうとう、放課後。
 いかにも不機嫌そうに遼ちゃんは席を立った。掃除当番だった俺は箒を握り締めながらその姿を眺める。うんうん、青春青春。若いですなぁ。
「結局行くのか? ふふっ」
「きもい」
「ぶほっ」
 一刀両断とでもいうべきか、認識するより早く何かが顔面にぶち当てられた。けむい。つーか視界が一瞬曇ったんですけど!?
「げほごほっ。……黒板消し?」
「それで少しは面(つら)の汚れを落とせばいいのに」
「むしろ汚れるよな!?」
「おまえという汚点も消えればいいのに」
「生まれてきてごめんなさい!?」
 遼ちゃんの毒舌は相変わらずえげつない。……俺、これでも遼ちゃんと愛美ちゃんのことを考えてるんだけど。少しくらいいじけてもいいですか。
 いやいや、それはともかく。
 遼ちゃんが俺を無視してさっさと廊下に出て行く。俺もとっさに追おうとした。だってここまで来たら、やっぱり結果が気になるというもんでしょう。
 ――だというのに、神様ってもんは残酷だ。
「岳大は掃除」
 ぐわし、と背後から襟首をつかまれてひっくり返りそうになる。
「ぬぉ! 少しだけ!」
「駄目。掃除をサボるな」
「ああんイケズぅ!!」
「きしょい」
 非情なクラスメイトの手によって哀れな俺はズルズルと教室に引きずり込まれる。こうなったら追うのは無理だ、諦めるしかない。はあ、そんな殺生な。
「……それにしても遼ちゃん、今日がバレンタインデーだって知ってるのかね」

 *

「意地悪なクラスメイトにこき使われて掃除させられる、そんな哀れな俺はまるで灰かぶりのシンデレラ」
「岳大は掃除当番だろうが。堂々とサボられそうになった俺の方が可哀相だわ」
「はははご冗談を」
「冗談はお前の脳みそだけにしとけ」
「ほほほほほ」
 他愛無い会話をしつつ俺は箒でバサバサ床を掃いていた。むぅ。どうしてみんな、俺には冷たいんだろうかねぇ。ちょっといじけてしまうぞ、俺。泣いちゃうぞ、俺。
「……ん?」
 うざったいほど溜息を吐き出しつつ掃いていたら、ふと、窓の外に見知った姿を見つけた。否、そんなまどろっこしい言い方はやめよう。つまり要するに結局のところ、遼ちゃんと愛美ちゃんの姿を見つけた。
 俺、視力と聴力は異常なほどいいからね。これは超能力に関係なく、単に健全な生活の賜物というやつざんす。
「空気の入れ替えでもしますかねー」
 一人で呟きつつ、窓を開けて身を乗り出す。野次馬根性丸出し? いやぁ、人間の性(さが)には抗いがたいものですわ。
 「てへへ☆」なんてわざとらしく胸中で言い訳をしながら目を凝らして見ると、愛美ちゃんが遼ちゃんに紙袋を渡すところだった。愛美ちゃんは笑顔だ。どうやらお怒りはすっかりしっかり、雪どけにも負けない暖かさで解けているらしい。
「今日はバレンタインでしょ? 毎年遼ちゃんにチョコあげてるけど、今年は何か違うことがしたいなぁと思って、初めて手編みに挑戦してみました! ほんとはセーターにしたかったんだけどね、寸法がやっぱり分からなくてマフラーにしたの。でもマフラーにして正解だったぁ~。セーターじゃきっと間に合わなかったもん」
 ……かぁ~っ、青春ですねえいいですねえ。
 要するに、今まで愛美ちゃんが来なかったのはマフラー作りで忙しかったというわけだ。泣かせるほど健気な話じゃないか。
 おっと、遼ちゃん、黙りこくっちゃって。顔が赤いのがここからでも分かるから、よほど照れているか嬉しいか、なんだろうな。
「遼ちゃん?」
「――愛美」
 お、お、お。遼ちゃんが愛美ちゃんの両肩をつかむ。近づく距離。ぶつかる視線。
 お? お? 行くのか、いっちゃうのかっ?
「その……」
 ああ、俺まで緊張してきた。思わず箒を強く握る。
 愛美ちゃんが不思議そうに遼ちゃんの顔を見上げ、……遼ちゃんは思い切り固まっていた。どうやら遼ちゃんの緊張は俺の比にならず、限界を超えちゃったみたいだ。
「遼ちゃん……?」
「だあー!」
 限界を超えた遼ちゃんが取り乱したように叫ぶ。
「遼ちゃんって呼」
 ああ駄目、それはいかんよ遼ちゃん。照れるのは分かる。男として嬉しさと恥ずかしさと照れくささが込み上げてくるのは俺にも分かる。そもそも遼ちゃんはツンデレの節があるから素直になれないのも分かってる。まあ、俺に対してはツンデレというよりツンツンなわけだけど、むしろツンボコなわけだけど。でも遼ちゃん、そこは、その流れでは、その言葉はいかんと思うわけですよ。
 ――とまあ、一瞬でそこまで考えた俺は、ついと人差し指を上げ、それと同じくらい軽くその指を下げた。

 ばさばさっ どさっ

 遼ちゃんたちがいた木の上から大量の雪が降り注ぐ。当然予測なんてしていなかった二人はもろにその雪を頭上から浴びた。遼ちゃんの言葉は途中でかき消され、二人とも呆然と互いを見つめ合っている。
 ……あちゃあ。急いだから、予定より多く落としすぎちゃったか。
 その量の多さを証明するかのごとく、雪は二人の頭からはらはらと零れ落ちた。それでもあり余っているせいで、俺の位置からは二人の頭がすっかり白くなって見える。
「……は」
 先に沈黙を破ったのは遼ちゃんだった。
「はは、ははは! すげぇ、何だ今の」
「ビックリしたねー。遼ちゃん、雪まみれ」
「馬鹿、お前も同じだろ」
 苦笑した遼ちゃんが愛美ちゃんの頭に積もった雪を払いのける。その手つきは予想外に優しかった。されるがままだった愛美ちゃんは、一通り払ってもらったところで素直に「ありがとう」と微笑んでみせる。その笑顔を直撃させられた遼ちゃんは恥ずかしさ五割嬉しさ四割バツの悪さと呆れを少々含んだ表情で頭をかいた。
 いやはや、見ているこっちが初々しい気分になってくる。
「遼ちゃん、寒くない?」
「……これ、あるから大丈夫」
「あ」
 遼ちゃんが取り出したのは、深緑のマフラー。おそらく愛美ちゃんにもらったばかりのやつだろう。それを見た愛美ちゃんが目を丸くし、クスクス笑う。さっきの出来事ですっかり毒気が抜けたらしい遼ちゃんは、比較的すんなり、愛美ちゃんの頭に手を置いた。意地なのか何なのか顔はソッポ向いてるけど。
「ありがとな」
「うんっ」

 *

 二人が笑顔で帰っていくのを見て、俺はようやく満足した。
 だけどその余韻に浸っている暇はなかった。クラスの奴が「岳大の阿呆! 窓開けすぎだ、寒い! 閉めろ!」なんて言って後頭部を殴ってきたから涙目でドアを閉める。トホホ、俺ってばいつもこんな扱いなのね。

「まったくよー。何なんだよおまえ、このくそ寒い中に窓開けっ放しとか阿呆か。痴呆か」
「…………」
「あ? どうしたよ岳大、不気味に笑いやがって」
「んー? いやぁ、俺って何なんだろうなぁと思って」
「はあ?」

 いたって平凡な俺の人生、俺の生活。
 そこに当たり前のように紛れ込む超能力。
 時々、自分でも自分が“正常(ふつう)”なのか“異常(ふつうじゃない)”のか分からなくなる。
 でも、それを不幸に思ったこともない。

 だって、
 この力で、友人の恋のキューピットになることもできちゃうわけだしね?

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