シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

迷宮水路

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迷宮水路 作者:しょう

 暗い。

 どれ位かと言えば、手にしたペンライトがなければ、直ぐ隣を走っている上月の顔も見えない位暗い。文字通り、真っ暗だ。加えて走り辛い事この上ない。そもそも胴長靴ってのは走るのに向いていないし、流れる水は足に絡み付いて動きを妨げる。何より追いかけらているというプレッシャーが兎に角鬱陶しい。ああ、もうなんでこんな目に会わにゃならんのだ。

「なんでだろうねぇ」

 にこやかに言うんじゃねぇ。そもそもお前が持ってきた話だろ。こんな目に会ってんのもお前の所為だろうが、上月!!

「まあまあ、落ち着いて。るぎちゃん」

 違う!

「じゃあ、つかちゃん?」

 ワザとやってんだろ、お前。俺の名前は石動司だ。

「やっぱりつかちゃんだねぇ」

 暢気に話しているように見えるかもしれないが、俺も上月も必死で走っている。その上で、じゃれ付いている様に聞こえるってんなら、上月の野郎が全部悪い。そもそもだ、なんで地下水路の中を必死こいて逃げ回らなきゃならんような羽目になったかといえば、上月の持って来た水路掃除のバイトが原因だ。

「酷いなぁ、折角紹介してあげたのに」

 それには感謝しているけどな、お前の持ってくるバイトってので、碌な目に会った覚えがないんだよ。下戸河童家ン時の怪現象や、交通整理ン時の駄目駄目駄目喚き散らす爺さんとか。

「じゃあ、受けなきゃいいのに」

 知ってっていってるだろ、それ。

 働かないと生活費がねぇんだよ。クソ兄貴がきちんと入金しないから。

「大変だよねぇ、つかちゃんも」

 同情ありがとよ。

 で、まだ追っかけてくるな。上月、お前一体何したんだよ?

「えー、突っついただけだよ。五寸釘でグサッと」

 それが原因だ、この馬鹿!! 何考えてやがる。それとも何か、お前知ってってやったのか? アレがあそこにいるって分かってってこのバイト受けたのか? そういや準備良かったもんな。わざわざペンライト二本持ってきてるし。

「いやー、確信はなかったんだよ。ネットであの辺りに目撃情報が多いって話だったから、ひょっとしたらと思って準備はしてたけど」

 そーいう事は一人でやってくれ、俺を巻き込むな。

 おれは真面目に仕事をしていたんだ。これじゃバイト代貰えるかどうかもわかりゃしねぇ。

「その前に外に出られるといいねぇ」

 不吉な事を言うな少し黙ってろ。

 大体の事情は分かって貰えたんじゃなかろうか。俺は上月の持って来たバイトを真面目にこなしていただけだ。それを上月の野郎が、石垣作りの水路の亀裂に頭を突っ込んで、その中で寝ていたらしい白いワニにちょっかいを出しやがった。

 ワニってのはああ見えて足が速い。梯子を登って水路の外に出る暇なんぞなく、三メートル近いワニに追っかけられるままに地下水路に迷い込んだ訳だ。どうも上月の奴、その辺りを期待していたのか、「困ったねぇ」とか抜かしながらペンライトを渡してきやがった。

 いい加減走り疲れてきたんだが、追いつかれないのは、奇跡なのか? ひょっとすると上月がぶっ刺したっていう五寸釘のダメージが大きいのかもしれない。不幸中の幸い、なわきゃねぇ。そも、上月が余計な事をしなりゃ、今頃バイト代貰って家に帰っていたはずだ。

 あー、腹立ってきた。上月の馬鹿やろー。

「つかちゃんつかちゃん」

 なんだよ。

「分岐があるよ。どっち行く?」

 あー、本当だな。一体幾つ目なんだか。

 ……。

 なあ、上月。こういう時逃げる確率が上がる方法って知ってるか?

「うん」

 よし。俺は右に行く。お前は左に行け。無事は祈ってやる。ワニがそっち行ったら、あー。頑張れ。



 むう、迷った。暫くして俺は途方に暮れていた。初めっから分かっちゃいた事実なんだが、落ち着いてみるとこう背中のどっと圧し掛かってくる。

 ワニは追いかけて来なかった。上月の方に行ったらしい。まあ、多分、あいつなら大丈夫だろう。ポケットから違法改造のスタンガンくらい取り出して互角に渡り合うだろうし。まあ、ワニのほうが途中で力尽きた可能性もあるし、もしかしたら直ぐ近くにまで忍び寄っている可能性もあるわけだが、気にするのはやめよう、限がない。

 一先ず立ち止まって辺りを照らす。いつ変わったのか、水路はコンクリートから岩盤を刳り貫いたものに変わっていた。支えに使われている木材の状態を見るに相当古い水路のようだ。まあ、この街の水路はそれこそ平安の大昔からあるんで驚くには値しないわけだが、拙いのはその水路がどんな風に走っているのか全部を把握しているものが一人もいないって琴田。ある意味樹海並みの秘境と言えるんだよなぁ。ミノス島の迷宮かっての、まったく。

 どうしたもんか。引き返すにしても何処をどう逃げてきたのかなんて今更わかりゃしないし、ワニも怖いしなぁ。何より間が悪いのは、ペンライトの電池が切れかけている事だ。どうせだったら手動発電機能付きのライト渡せよな、と叫んでペンライトが変化するんだったらどれだけ良いか。都市伝説にある言霊使いみたいにさ。とか言ってる内に電池が切れた……。真っ暗だ……。

 水音が大きく聞こえる。足首くらいの深さの緩やかな流れだったはずなのに。ライターつけるか? いや、いつまでこの状況が続くか分からないんだから節約したほうが良いよな。あまり気は向かなかったが、壁に手を着いてそろそろと歩き出す。

 うう、なんかヌルヌルする……。

 それからどれだけ時間が過ぎたのか。生憎腕時計がアナログなんで文字盤を照らすライトなんて洒落たものはついてない。ライター使うってのもガスの事考えるとあんまり良策とは言えないしな。百円ライターのガスってのは見た目よりも持たないもんだ。どちらにしても、壁に手をついてこけないように擦り足で移動しているからたいして距離は稼げてないだろう。鼻を摘まれても分からないくらいの闇の中なんで、どうしても動きが鈍くなる。

 あー、上月はどうしてるかな。頼むから化けて出ないでくれよ。

 なんて事を考えていたからなのか、ズルッと足が滑った。ついでにつっぱた壁の手も滑った。踏んだり蹴ったりだ。ぐあ、浸みて来やがった。つめてぇ。

 ……。最悪だ。ライターが濡れた。石が湿ったらしい、火花も散りゃしない。

 落ち着け。パニックになったら負けだぞ。何に負けるのか良く分からんが兎に角負けだ。自分に言い聞かせる。落ち着かせる。深呼吸をしよう。ゆっくり、大きく、吸って、吐いて。

「お若いの、大丈夫かの?」

 ギャーーーー。

 し、心臓が、喉から飛び出でるかと思った。まだドクドク言ってる。は、ははは。なんですかいったい、びっくりしましたよ?

「騒がしいのう、何事じゃい」

 いや、すんません。まさかこんなところに誰かいると思わなかったんで、取り乱しました。

「そうかもしれんの、わしも此処で人と会うのは久しぶりじゃ」

 落ち着いた、言ってみりゃあ渋い声が何処からか返ってくる。人の気配は感じなかったんだがなぁ。ま、パニクリかけてたししゃあないか。と、ちょっと待て、ひょっとしてこの人出口知ってるとか言わないか? ちょっといいですか。あーと……

「フィラデルフィア・スタンレーじゃ」

 外人さんかい。二度吃驚だ。ともかく、スタンレーさん。お尋ねしたい事があります。外に出る道知りませんか?

「知っとるよ」

 教えてください。迷い込んで往生してたんです。ワニに追っかけ回されるは、真っ暗だはで。

「そりゃ大変だったの。最近は妙なもんが増えてきたでのう、この辺も騒がしくなったわい」

 そーなんですか。しかし。アレを妙なもんで済ますとは、中々大した爺さんかも知れん。暫く会話が途切れた。聞こえるのは水を叩く音くらいだ。俺の……。俺の? 爺さんの足音はどーなった?

「スタンレーさんっ」

 不安になって思わず叫んだ。当然だと思う。真っ暗だぜ、出られるかもしれないと期待を持ったのに、逸れたとしたら、それこそ泣くに泣けない。

「なんじゃい」

 いや、逸れたかと思って。

「すぐ傍におるわい。それより、もうすぐじゃ」

 あ、そうですか。しかし、ほんとに傍にいるのか。無茶苦茶不安なんだが……。

「ここじゃ」

 言われたのは、水路の袋小路。思いっきり錆び付いているらしい梯子の前。持ったら錆がボロボロ落ちてきた。大丈夫か?

「此処を登れば外じゃ」

 有難うございます。スタンレーさんは?

「わしはもう少しメシを探してからじゃな」

 メシですか……。こんな所で一体何が手に入るのか、聞くのが怖かったんで黙っていた。ギシギシ言う梯子に冷や汗を掻きながら登ると石の天井にぶつかった。一応切れ目はあるみたいなんだが。持ち上がらない。おいおい。洒落にならないので力任せに押し上げる。

 石同士の擦れ合う嫌な音と細かい砂が降ってくる中、徐々に持ち上がってくる。十センチも上がったところで隙間から光が差し込んだ。細かい埃が光に舞う中、それさえ愛おしく思えた。しみじみ暗所恐怖症に人間の気持ちが良く分かった。二度味わいたいと思わんけどな。

 最後にもう一度スタンレー氏に礼を言おうと下を見た。誰もいなかった。ただ、サッカーボールくらいの大きさの亀がのっそりと光の届かない所に泳いで行く所だった。



 日の光が暖かい。生きているってすばらしい。這い出て直ぐに思ったのは、感謝の心。ああ、もう何がなんだか。って、此処、市役所の前……。うわ、石畳だし、重いはずだよ。よく持ち上がったなぁ。車が止まってたら……、ゾッとするな。てか、此処中央区だろ。俺いたの、六道区だぜ。どんだけ移動したんだよ。

 どーも注目を集めているようだったので移動しようかと重い体に鞭打って立ち上がると聞き覚えのある声に呼び止められた。見覚えのあるスーツの青年。あー、チョコレートの時の。誰だっけ。名刺見たんだよ、名刺。ああそうだ、新人!

「あらとですっ」

 速攻突っ込まれた。

「またすごい所から出てきたわねぇ。ちょっとそこでオネェサンにお話を聞かせてくれないかな」

 今度も知っている顔だった。怪奇酔っ払いチェーンソー女。当然口にはしない。怖すぎる。従いましょう。切り刻まれたくないしな。

「なるほどねぇ、白いワニに追いかけられて」

 なんでそこでニッコリ笑うのでしょうか? キリコさん……。伊達眼鏡かなんなのか知らんが、レンズが嫌な感じに光を反射して瞳が見えないんですが? だからなんでそこで、心底気の毒そうな顔をするかな、新人。

「早速行ってみましょうか。石動君。案内して頂戴」

 えー、俺無事生還したばかりなんで出来れば辞退したいんですが。正直家で寝たいんだってば。って、無視ですか。だからレンズが光ってるのは怖いって。離せー。なんで皆目を逸らすんだよ。誰か助けろー!!

 叫びも虚しく、地下水路に連れ戻されました。我が事ながら、合掌。


 追記。

 地下水路の中で無事に上月と再会した。なんか『地底人に助けてもらったよぉ』と抜かしてキリコさんに引きずられていったが。自業自得だ、少しは懲りろ。

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