シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

一夢一話。あるいは、俺が一体何をした?

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一夢一話。あるいは、俺が一体何をした? 作者:しょう

 

「貴方は一体何ですか?」といきなり問われた。

 吃驚した訳だ。こっちは向こうが俺のことを認識しているなんて思ってもみなかった訳だし、そもそも『ここ』で俺からの介入なしに話しかけられたのなんて親父を除いて初めてだった訳だから。

「えーと、強いて言えば、迷子?」

「ふざけている訳ですね、分かりました」

「いやいやいや、迷子なのは本当だし」

「ここは私の『夢』の中と認識しますが?」

「うん、正解。完全無欠、絶対最強になまでに君の『夢』の中」

「では、私の意識の中には貴方のようなふざけた部分が存在していると?」

「だから、俺はただの迷子。散歩中にちょっと見覚えのある黒い紐があったんで手繰っていったら絶賛十八禁な夢に行き着いちゃってさ、慌てて引き返したら紐に絡まってこっちに転がり込んじまった」

「つまり?」

「迷子」

「即刻出て行ってください。私の中に貴方のようなのがいると思うととても不愉快です」

 それが問題なわけだ。実の所。

「なら一つ聞いていい。出口何処?」

「は?」

 気のせいかな、冷たい風が吹き抜けていった。夏だってのに。

「信じられません。勝手に入って来ておいて、出られなくなるなんて」

「弁解の言葉もありません」

「ふざけないでください」

「いや、結構深刻なつもり。そろそろ戻らないと間に合わなくなりそうだし」

「何にですか?」

「内緒」

「この場で消滅したいですか?」

「ごめんなさい、悪夢退治です」

「悪夢退治? どういうことです?」

「特定個人だけのだけどね。怖がりの癖にホラー映画とか怪談とかが大好きで。見てはいつも泣いているからその改変に」

「そうですか。さて、あまりにふざけた状況に忘れていましたが……、もう一度問います。貴方は一体何ですか?」

「あー」

「迷子というのはもうなしです」

「強いて言うなら『ナイト・ナイト』?」

「何故、疑問符つきですか?」

「いや、本名名乗っちゃうと知り合いだった時気まずいし、疑問符付きなのは今考えたから」

「では、質問に答える事が出来ないという事ですね。つまらないです」

 この流れってどこかで聞いたことがあるような……って、噂の吸血鬼?!

 途端に見知らぬ何処かの女の子が黒に近い深緑色のスカートに、同じく黒一歩手前な濃紺色の外套を羽織った。髪に至っては、夜よりも暗いのではないかと思えるほど不気味な艶を持ち、腰の辺りで闇に溶けている。

『ここ』は『夢』の中だから見えているものは基本、見ている本人の認識次第な訳で、実態がどうであるかはともかく今の俺にはこう見えてしまう、と。

 同時に俺の姿は相手にかなりおちゃらけて映っているのではないだろうか?

「ちょっと、タンマ。噂の吸血鬼じゃあるまいし」

「吸血鬼ですよ」

「……はい?」

「ですから、吸血鬼です。質問に答えられないなら貴方の心に直接問いかけましょう。貴方のカケラ、戴きます」

「ス、ストップ。えー、俺が思うにこれは『夢』の中なんでここにいる俺ってのは剥き出しの魂って奴だと思うのですが、それを吸われるってのはかなりの身の危険を感じるんですが、どう思われます?」

「さあ? 私もこういうのは初めてですので想像になりますが、私が取り込むのは血とそれに通じる知つまりは魂ですから、運が悪ければ消滅するかもしれませんね。でも、私としては、夢に出入りできる人間の知を得ることができるのでしたら、熟考の価値ありと判断しますが」

「真顔で答えないで欲しいッ。分かった、言う。言うから。だけどそっちの求める答えかどうかは知らないよ。違った場合は俺も全力で抵抗するから。守谷夢人。夢魔と人間のハーフだよ」

「……」

 答えはない。こういう場合不安になるよな。相手が何を考えているのか判断付けかねるから。暫く沈黙が続いてやがて「驚きました」とさして驚いていないようにしか聞こえない声がした。

「あんたが求めている答えがなんなのか知らないけどね。俺が胸張って言えるのはこれくらいだよ」

 夢の中にあるのは肉体という枠を抜け出した魂。その見え方は認識の仕方によって片っ端から姿を変えるが、本質という奴はどうやっても透けて見えてしまうらしい。

 目の前の自称吸血鬼の姿は変わらないが、被るように透けて見えるのは、継ぎ接ぎを通り越して、接着に接着を重ねて、挙句に溶けて合わさった混沌。元の形がなんなのか今や不明の抽象造型。

 だけどだ、本当に恐ろしいのは、その抽象造型が酷く綺麗な事。こんなのは尋常な事じゃない。異常も異常、異常を二乗して二山積んでもまだ足りない。よくもまあ、こんなのでバランスを保っていられる。極論、原付のボディにF1のエンジン積み込んだ様な物。何時何処で何所が吹っ飛んだって不思議に思わない。寧ろまだ吹っ飛んでない方が不思議の塊。言ってしまえば、手遅れ一歩手前。

 なんで手前かというと、その真ん中に確かに自己を自分とする『核』そのものが見えるから。それがある内はまだまだ手遅れなんかじゃない筈だ、多分。それに気づくかどうかは本人次第なんだろうけど。

「そもそもさ、自分探しなんて他人を当てにしている時点で間違っているんだよ。なんだかんだ言った所で、自分ってのは自分の中にしかなくて、自分探しっていやぁ格好がいいけど結局の所、都合のいい自分を自分の中から発掘してくるだけなんだからさ。それをもし、他人の中に自分を見たっていうんなら、それはコピーにコピーを重ねて歪に劣化した鏡の破片に映った姿を自分の欠片だと勘違いしているだけ。そんなもの幾ら掻き集めて併せた所で、正常な像なんか結びはしない」

「随分な言い草ですね」

「経験者は語るってのでもいいよ」

「そうですか。ご忠告は感謝して受け取りましょう。ですが、ここまでいいように言われて私が無事に貴方を帰すと思いますか?」

「思わない。けど、逃げる手段があるからこんな長話をしていた、とは考えられないかな?よっと」

 手に取りましたるは、ある意味この状況の根源とも言うべき黒い紐。転がり込んだ時にどっかいっちゃってさっきからずっと探してたんだけどね、やっと見つかりました。ぐっと引っ張ると一方は自称吸血鬼の左胸へと吸い込まれていて、もう一方は何処とも知れぬ闇の中へ。ビンゴって感じ?

「そういう訳なんで、さようなら」

「待ちなさい」

「待てと言われて待つ奴は少ないよ。そうそう、出口が分からなかった理由。あんたの意識にあんた以外の感覚が混ざり過ぎていて、混沌に埋もれて紛れて隠れてただけだった」

 でなかったら、物凄く分かりやすかったよ。

 そんな訳で、翌日。

 結局、吸血鬼の夢を逃げだした後、銀色の門の前で鍵を出せとか言われて逃げ出したり、五寸釘持った男に追い掛け回されたりと散々迷った挙句文華の夢に辿りつくと、当然というべきかやっぱりというべきか、文華が巨大な鋏を持ったモロモロに追い掛け回されていた。怖いって言っていたくせに結局あのゲームに手を出したらしい。なので、勢いに任せて、八つ当たり気味にモロモロを蹴り飛ばして悪夢改変を行った。

 なので、眠いんだってば。

 といっても聞いて貰える筈もなく、いつもの様に文華に叩き起こされた。眠い目擦りながら教室に向かうと何やら騒がしい。騒いでいるのは隣のクラスの美樹本春奈で聞き流している相手が柚木一葉。どちらもかなりの有名人。容姿的にも性格的にも。とは言え、うちのクラスとは基本的に関わりのない人達の筈。いや、美樹本春奈は以前彼女から伸びてた黒い紐を引っ張って思いっきり睨まれたことがあったから苦手なんだけど……。

 悪寒がした。絶対零度の氷塊で背中を切り付けられたような強烈な奴だ。黒い紐が伸びている。美樹本春奈の左胸から一直線に柚木一葉の左胸へと。点と点が繋がり線となり、ついでに作って欲しくもない形を作る。見覚えのある黒い紐、吸血鬼の噂が一番最初に広がったのは何処の高校だった? うわあ、なんて失態。なんて醜態。

 眩暈がする。嫌な予感で眠気が消し飛ぶ。このまま回れ右をして駆け出してしまいたい。無論できる筈がない。ここでは俺はあくまで高校生の守谷夢人で、柚木一葉も吸血鬼ではない、形の上では。

 美樹本春奈を軽くいなした柚木一葉がゆっくりと近づいてくる。ゆっくりとゆっくりとただすれ違う。その瞬間、俺にだけ聞こえる声で、柚木一葉は囁いた。

「昨夜は大層なご高説有難う御座いました。つきましては、近いうちにゆっくりとお話をしたいのですけれど? 特に黒紐の反対側にあったという夢の主について特に」

「……は、はははは」

 時間稼ぎが必要だったとは言え本名、名乗ったのは早まったかなぁ……。

 ちなみに、その後美樹本春奈からも、あの女と何を話していたんですかと激しい追及を受けた。出来たら誰か教えて欲しい。俺が一体何をした?

 

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