シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

本領発揮

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本領発揮 作者:ちね



 暗い雨夜を好む妖怪がいる。
 地と傘を打つ雨音、濡れた靴の足音、利かぬ視界や雨滴の不快に気を取られていて、人はその接近を許してしまう。
 不意に足元が揺らぐ。
「あ、うわっ?」
 接触を受けて見えぬ存在を知らされ、己の迂闊さを呪ったところで時既に遅し。肌を伝う生温かな感触が全神経を暴走し、汗腺を決壊させる。
 遭遇はほんの一瞬で別離となる。
 後にはただ全てを海へと還すべく、雨が降りしきる。



「振られた! 誕生日だったのにー! うえーん、今日はとことん飲んでやる。お代わりっ」
「ウンまあ、未成年ならケーキ自棄食いがせいぜいだよね。すみません雪乃サン、彼女にセイロンを」
 洒落た洋菓子店の片隅で、青年は欠伸を噛み殺す。おまえんチの近くでまた出たヨと、彼の上司は非常識にも深夜二時に電話してきた。
 相次ぐ怪異の真相究明へと飛び出して、帰宅したのは朝八時。ベッドに潜り込んでようやくレム睡眠を捕まえた頃、鳴った携帯のディスプレイが通知するのは女性の名前。ボスなら無視するつもりだった青年だが、女性となれば話は違う。
 そうして寝不足のまま呼び出されてケーキ自棄食いに付き合わされている。
「八朔、天真爛漫は可愛いけど、ティーポットを振り回すのはやめようね。椅子の上で胡坐かかない。セロファンのクリームも舐めないの」
「だってセロファン、纏わりついてウザいし。翠煙も変わんないね、変に細かいトコ」
 やかんレベルの粗雑な扱いを受けていたティーポットをテーブルへ着地させ、ジーンズの膝を揃えさせ、ウレタンソールのスニーカーを履かせ、ぴかぴかに舐め尽くされたセロファンを取り上げて、翠煙はヨシと目尻を下げた。
 その笑顔に反比例して、テーブル向かいの娘は不機嫌を加速させている。
「なによう。行儀の悪さが振られた原因じゃないもん」
「セイロンティー、お待たせ致しました」
 銀盆にポットを載せ、染みひとつないコックシャツを小粋に着こなすシュネーケネギンのマドンナ。対するはコットンのキャミソールにジーンズ、アクセサリーは一切なしのラフな客。
 パティシェとして過酷な労働を強いられているとは到底思えない白魚の指と、ポットを受け取ろうと伸ばされた化粧っ気のない娘の指の間に突如、青白い火花が散った。
 きゃ、と反射的に引かれた指から滑り出たポットはすかさず、翠煙の掌に掬い上げられた。
「あちちっと。大丈夫ですか、雪乃サン? 八朔の静電気体質も相変わらずだね。手を繋いだりキスしたりしようとする度にバチバチ火花を散らしたせいで、また振られちゃったの?」
「わああん! 静電気がなにさ! スキンシップが痛いくらいで、PC二台壊したくらいで、ハウスダスト寄せてアレルギー悪化させたくらいでケツの穴の小さい男っ」
「洋菓子店でケツとか言わないようにね。ウレタンソールだのコットンの服だの、気をつけててこの威力だもんな。夏なのに。雨降ってるのに」
「歩くスタンガン、メモリ破壊兵器なんて言われて、彼氏どころか痴漢だって触る前に逃げていくんだからーっ」
 セイロンティーのために砂時計をひっくり返してあげてから、翠煙の手はよしよしと静電気娘・八朔の頭を撫でてやる。柔らかい髪はたちまち静電気を帯びて、翠煙の掌めがけて直立した。
「……父方の遺伝体質だったっけ? 世襲制の花火師の家系としては致命的なDNAだよねえ」
「皮肉すぎる。八月一日・花火の日生まれで八朔、花火師になるために生まれたようなわたしが火薬の大敵だなんて。うえーん」



 ひよひよと静電気に揺れる毛先をどう押さえ込もうかと見回した八朔が発見したのは、水のグラスの結露。それを掌に伸ばして髪を撫で付ける姿を前に翠煙は、やっぱり行儀の悪さも振られた原因だよねと内心で呟いた。
「ねえねえ翠煙、いつも妙な化合物を強引にひねり出すの得意だったでしょ。すんごい静電気除去グッズを作ってよ」
「Objection. 妙でもないし、強引にひねり出してるつもりもありまセン。ひどいなー。っていうか作れるもんなら、付き合ってた時に渡してたと思うよ」
「そこをもう一度トライだ、便利屋さーん!」
 過去の失敗作の数々を思い出して歪む唇は、えー、と渋る。
「今週の花火大会の関係者席、二人分譲るから!」
「花火大会……」
 九頭身川の河川敷で行われる花火大会。特等の観覧席を用意してくれるという。
「翠煙、花火好きだって言ってたでしょ」
「うん。花火じゃなくて浴衣姿の女の子を見るのが。見物客に揉まれてぶつかられそうになるの、肩に腕回して抱き寄せたりね。迷子にならないように手を繋いだりね。慣れない下駄の鼻緒に靴擦れ作って歩けないの、おぶったりしてね! くふ」
「あ、妄想入った。すいませーん、ナポレオン追加でー。セロファン外さなくていいです」
「花蓮ちゃん、和装に慣れてそうだなぁ。可愛いだろうなぁ。でも浴衣用の下着ってイマイチ萌えないんだよなぁ。悩むなぁ……だから八朔、セロファン舐めない! いてっ、火花が」
 眠気も覚ます感電の威力。余韻でビリビリする痛みを振り落としていた翠煙はふと、寝不足の原因を思い出した。
「最近、雨の夜によく出る見えない妖怪の噂、知ってる?」
 せめてもの譲歩と、セロファンのクリームをフォークでこそげ落とす八朔は作業を止めずに頷いた。
「足から襲って来るとかいうヤツ? 翠煙ってば好きだもんねー、そういうの。本当でも嘘でも、わたしはどっちでもいいけど」
 痴漢も恐れるスタンガン娘は、妖怪に襲われる心配も諦めたようだ。翠煙はにっこりと提案を繰り出す。
「捕獲したから、飼ってみない?」



 妖怪すねこすりを知ってる? と、洋菓子店の駐車場へ向かいながらの問いに八朔は頷く。
「脛をこする妖怪。雨の夜に足に纏わりついて邪魔してくるって。でもそれって、ぬかるんだ足元が歩きにくいのを、昔の人が妖怪のせいにこじつけただけでしょ」
「だとしても風流じゃないか。いたいけな妖怪が身体をすりつけてきて、ちょいと悪戯するなんて……おにーさん、保護欲そそられちゃうよ。で、うちの近辺でそのすねこすり被害が多発してたんで、一晩中歩き回って捕まえた」
 車のグローブボックスを開けると中身が雪崩れてきた。電気部品だの飴だのメモだの、雑多なモノの中から翠煙が拾い上げたのは、角ばったガラスの小瓶。デザインフォントでMISTY MISTとプリントしてある。
 栓を開けた小瓶をうやうやしく掲げて、翠煙は明らかに疑わしい視線をにこやかに跳ね返す。
「うん、俺が調合した香水。たっぷり纏えば恋愛成就の神様にだって会える! ……かも。つい最近、女子高生から超即効性のご利益聞いちゃった。どう? 八朔なら社販価格でdone. 何なのその更に疑う目は。信じない者は救われないらしいよ? ま、効果は今から実証すると致しましょう。いざ、ごろうじろ」
「楽しそうだね……」
 呆れた溜息が、輪郭を持たない瑞々しい香りを攪拌して溶け込む頃。
 わらわらわらわら、塀の影より、屋根伝いに、車の下から、生垣をくぐって、猫が湧いた。それも黒猫ばかり。駐車場にはたちまち黒山の猫だかりが形成された。
「うっわー何それ、マタタビでも入ってるの? っていうか翠煙、大丈夫? 埋もれてる」
「わーい黒猫スーツ。うう暑い……。ごめん頭に乗らないで、前が見えない……あ、八朔、その子」
 老若雌雄、大小、肥痩がことごとく翠煙に群がる中で、一匹だけが喧騒をよそに八朔の足元をうろついていた。碧色の瞳をきらんきらんさせて、しきりに嗅ぎ回っている。
「あれ、違うよキミ、マタタビ持ってる妄想兄さんはあっち」
「……怪しいとか妄想とか、フェミニストにしてんのに俺、何で酷評されんだろ? あのねえ八朔、それが妖怪すねこすりの正体。捕まえてみたら自分の飼い猫だったんだよね。もっとも、餌だけちゃっかり食って滅多に姿を見せない、シャイでつれない子だけど。な、雷斧」



「ええー? 夜に黒猫が足にじゃれついてきても暗くて見えずに、すねこすりだと思うってわけ? シャイでつれない猫が見知らぬ通行人にじゃれつくかなぁ」
 信じていない気配満載で八朔は首を傾げる。
「そいつちょっと変わってて、雷が好きなんだよ。好物というか育った環境というか」
「またワケ分かんないこと言って、ただの猫じゃん」
「さてここで問題です。雷って何でしょう。答、雲にたまった静電気の放電現象。つまり雷好きは静電気好きでもあると。雷獣は雷に乗って雲と地上を行き来するから、帯電した環境を好むのは当然っと。自身も帯電するために静電気を収集して回った結果が、妖怪すねこすり騒動と推測してみる」
 人差し指をビシッと立てて熱弁を振るう。その人差し指を前に八朔の瞳はどんよりして、明らかに『始まった』とウザがっている。
「効率的に電気を蓄える方法ならいくらでもあるけどさ、人間が電気を使い始める前から息づいてる種族だからなー。人の足元に纏わりついて静電気を回収すんのが本能っつーか、習性になって……」
「わー不思議、この子とは触っても火花が散らないー! 静電気体質のせいで犬猫には嫌われるし、元彼のハムスターなんて心臓麻痺起こして死んじゃったのにぃ」
「……人の話は聞こうよ。せっかく、八朔とは相性いいに違いない理由を述べてたのにさ」
 話の腰を折られて、むぅ、と眉を寄せるが、一見黒猫な雷斧とじゃれ合って喜ぶ八朔は気付きもしない。
「まあとにかく。その子がいれば静電気を吸収してくれるから、花火工場も安全と思うよ」
「ほんとー? 女性花火師デビューも近いかな、ありがと翠煙! 変だけどやっぱいい人だね!」
 変とか言わないようにと言いかけた唇も、失恋の痛手も忘れた様子ではしゃぐ女の子を前にして、しょうがないなと笑った。



 夕刊の隅には『花火工場に落雷』の見出しがあった。女性一人が軽症、一緒にいたペットは奇跡的に無傷。煙火火薬庫の一つが全壊し、九頭身川河川敷の花火大会は開催が危ぶまれると報じていた。
 時同じくして、翠煙の元には黒猫一匹と『不思議バカ様へ。関係者席、没収』の走り書きが送りつけられた。届けた水上バイク便のドライバーは、グローブしてたのにと首をひねりながら右手を痛そうに振っていた。
 静電気より雷が好きだったらしい黒猫を抱き、翠煙は溜息ひとつ。
「女の子の癇癪が一番痛い電撃かもね……」

― 終 ― 
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