シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

それぞれの1日  ― 加濡洲 (カヌス) 編 ―

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  それぞれの1日 ― 加濡洲 (カヌス) 編 ― @ 作者 : 望月 霞

 

 時は太陽の支配が活発になり始めるときのこと ―― なのか、この様子は? アタ

シから向かって左側と思われるところが、何らかの光を受けて闇がはがれ初めてい

る。

 そして、また夢の中に入ったのかどうなのかはわからないが、まるで重力受けて

いるような感覚がなく、自身の体はふわふわと舞っているワタアメのように漂ってい

た。 

 「以前は気がついたらあの場に立ってたっけか。 まったく最近、どうなってやがん

  だよ……」

 自分の置かれた状況に不平をもらすも、それがどうなるわけでもない。 むしろ、

最悪の場合そういった雰囲気や運気を、自分でもたらしちまう場合だってある。 と

にかく、この状態から抜け出す方法を考えたほうが得策だろう。

  「っつってもなぁ……。 このどっちがどっちで、かつ、無重力は何とかならねぇの

  か? 歩けもしねーし何も探せないじゃないか」

 うーん、やっぱダメだな。 ……仕方がないので、目玉をキョロキョロさせ情報収集

に努める。 すると、なにやら不気味な声が聞こえてきた。

 

 「―――― ? ―――― !」

 あっ? 何言ってんだか聞こえねぇよ。 何だよ、おい。
 

 「~~~~~!! ――――― ♪」

 おいこら! 何でそんなうれしそうな感でいるんだよ!? つーかちゃんと日本語

話せっ!!

 

 「―― ! ――― ……」

 人の話聞いてんのかコラァッ!? このヤロウ、姿見せやがれっ!!
 
 

 しかし、アタシはどこかに吸い込まれた。 ああ、掃除機で吸われるゴミたちの気

持ちがよくわかっ ―― じゃねぇっ。 いったいどこに連れてかれんだ!? 何かの

腹の中だったら、速攻で暴れてやるからなっ!!

 
 
 
  ブンッ!!
 
 
 

 あらら? よかった、どうやらあの訳のわからない空間から抜け出せたようだ。 し

かも、未確認生体に食われたわけでもない。 どこの誰かは知らないが、お礼を言

いにいこう ――― 。

  しかし目の前には何故か水の群集が。 哀れワタクシ藜御 楓 (あかざみ かえ

で) は、容赦なく魚たちの仲間入りを果たした。 しかも、かなりイイ音付きで、であ

る。

 「ぶ、ぶべでーっ!!」

  只今水中であるがゆえに、何言っているのかがわからないだろうが、“づ、づめで

ーっ!!” と叫んでいる。秋が深まり冬になりつつこの季節の水温が、たとえ約2ヶ

月前であろうとも寒いものは寒い。早く上がって着替えなければ風邪をひいちまう。

 まあ、不幸中の幸いでもないが、一応人並みには泳げるのがよかった。 天地が

わからないので、とりあえず体を丸める。 ……見たこともないドジョウらしき生き物

が目の前を通り過ぎたころ、上下の感覚を取り戻し、アタシは水面へと顔を出した。 

ふぅ、危機脱出!

  「な、何してんだ。 お前……」

 聞き覚えのある声で振り返ってみると、あっけに取られた妖怪君たちがいたのだ

った。

 
 
 
 「う゛~、ざむい!」

  「そりゃそうだよ~。 水の中は外より温かいかもしれないけど~。 外に出たら寒

  いって~」

 あははは、と笑いながらたき火を作ってくれる、カーラ君。 ……言動が一致して

いないが、この際それは無視するとしよう。

  そんな感じで少しご立腹なアタシに、火で温めてくれたタオルをくれる、年齢的に

10歳前後だろう男の子。 アタシは、礼を言いながら名前を伺う。 実は以前来たと

き、お互い自己紹介をしていなかったのだ。

 「その子、加悧琳 (カリン) って言うんだ。 話すことができないけど、ちゃんと聞こ

  えるから普通に話してあげてね~」

  「あ、そうなんだ……」

 「気にしないで大丈夫だよ~。 ちゃんとメモ帳持ってるから、伝えたいことがあれ

  ば文字で表すし~」

  と、カーラ君。 カ、カリ、カリンちゃん、だよな。 彼はそれを実証するかのようにア

タシに向かってにっこりと笑う。 うわー、可愛い! こんな弟、誰でも欲しがるだろう

なぁ。

 「それにしても~、一体どうして水の上から出てきたの~?」

  「アタシが聞きてぇわそんなモン! へんちくりんな空間を抜け出したと思ったら、

  目の前にそこの川の水面があったんだよっ」

 「それ、ぜってぇジジの仕業だぜ」

  と、カーラ君とカリンちゃんと一緒にいた、もうひとりの男の子。 前回会ったとき、

アタシを試した、我の強い男の子だ。

 「着替え、大丈夫だって~?」

  「ああ。 その辺は伽糸粋 (カシス) が用意するだと」

 「マジ? サンキュ、助かるよ」

  「れ、礼なら帰ってから本人に言えよっ」

 ほれ、と顔を少し火照らせた彼は、本人には多少大きいだろう黒を主体とした羽

織らしきものを、アタシに渡す。 どのように着るのかわからなかったので、一応広

げて確認してみるが、やっぱりよくわからない。 資料などで見たことあるようなない

ような服である。

  「それは道行襟 (みちゆきえり) っていう服だ。 和服のコートって思えばいい」

 「へぇぇ~。 そういう服があるんだ。 じゃあ、えっと……」

  「浴衣と同じだ、両袖に腕を通してはおる」

 「あれ? お、帯は?」

  「それにはしねぇよ。 コートだからな」

 「ああ、なるほど」

  と、言われた通りに着てみる。 うん、まあよい感じかもしれない。

そういえば確か、和服の種類って色々とあったはずだ。 今度ネットで調べてみよ

うかな。

  「最近のは洒落たものが多いからね~。 昔とは違う~」

 「表じゃそうだな。 こないだたまたま見たんだけどよ」

  「へぇ、どんな風に?」

 「そうだなぁ。 ―― って、立ち話もなんだ。 歩きながら話そうぜ」

  彼のごもっともな意見に満場一致したアタシたちは、彼らが持ってきていたつり道

具を持ち、その場を後にした。

 
 
 

 歩いて大体30分ぐらいだと思う。 実際は馬で来てしまったので、早さの程がわ

からないが。 彼らの足だと、徒歩でそれぐらいかかるらしい。 そんなところに、彼

らが住む家がある。 昔ながらの木造建築で、とんでもなく広い。

  今時ほとんど見られない家を前に首を右往左往していたところ、引き戸が動く音

がした。 慌てて目を向けると、先だって来たとき、錫杖 (しゃくじょう) でカーラ君を

殴ったあの女の子だった。

 「あ、お帰り。 もう火がたけてるし服もあるわ。 汚い家ですけど、どうぞ」

  「ああ、すんまぜん ―― うう~……」

 身を冷やさないようにしてもらったが、やはり服自体が濡れているので、あまり効

果がない様子。 アタシは、お言葉に甘えてそそくさとお邪魔させていただくことに

する。

  玄関に入ると、時代劇のセットではなく、まるでその当時の時代に迷い込んだよう

な感覚になった。 昔懐かしい思いや古臭いというより、自分自身が真にその年月

を生きているかのような錯覚すら覚える。

 「古い家ですけど、丈夫ですから心配しないでくださいね。 さあ、どうぞ」

  「お、お邪魔します」

 れ、礼儀作法とかやっぱり必要かな? 多少のことを知ってはいるが、それもここ

では焼け石に水程度だろう。 そんなことを考えながらも、忍び足に近い歩行で第一

関門を突破した。 しかし、そんなせせこましいことはしないでよいとばかりに、カリ

ンちゃんが小さい子ならではの上がりかたをする。 その後、カーラ君から靴をそろ

えるようにと叱られてしまったが、動作を終えた彼は、すぐさま温かいものの象徴に

へばりついた。

  彼が席に着いたところで、アタシたちも同じ動きをする。 座った瞬間、目の前の

炎が、先ほどよりも大きくなっていた。

火の恵みを受け始めたとき、出迎えてくれた女の子から声をかけられる。

  「あの、ポタージュは大丈夫ですか?」

 「あ、はい。 大丈夫です、おかまいなく」

  「それ、飲んだら着替えてきたら~? ここにいても風邪引いちゃうよ~?」

 「そうね、そのほうがいいわ。 じゃあ楓さん、あたし隣の部屋にいますから。 飲

  み終わったらそちらにお越しください」

  「わ、わかりました」

 と、とても丁寧な対応をしてくれながら、兄弟たちにもポタージュを配る。 おいしい

んだけど、何だかミスマッチだ。

  彼女が再び一礼をした後退出し、入れ違いに神出鬼没のじーさんが入ってきた。 

ここには滅多にこないのか、周囲が少しザワつき始める。

 「めっずらし~! どうしたの、ジジ」

  「ふぉふぉふぉ。 いや何、聞きたいことがあると思うてきただけじゃよ」

 「おー、さすがはジジ。 んじゃひとつ。 何でコイツがまたここにきたんだよ?」

  コイツ呼ばわりかい。 まあ、それはアタシも聞きたかったから黙っててやるけど。

 「ふぉふぉふぉ、それは秘密じゃよ」

  「何だよそれ。 意味ねーじゃん!」

 「思うところがあっただけじゃて。 どうなるかもわからんがのぅ」

  「相変わらず答えにならない返答だねぇ~。 何を企んでるのか知らないけど~」

 「ふぉふぉふぉ。 人聞きの悪いことを言うでないぞ、加阿羅 (カーラ) 。 ところで

  じゃ、いい加減着替えてこられてはいかがかな?」

  「はぁ、じゃあそうさせてもらいます」

 と、アタシは素直にじーさんのいうことを聞いた。 正直なことを言うと、たとえ何か

意図があったとしても、あの様子では口を割ることがなさそうだと判断したからだ。

 
 
 

 部屋への道を聞き、アタシはそちらへと赴く。 そこには、本人が言った通り、先ほ

ど退出した女の子がいた。

  「あ、いらっしゃい。 ごめんなさい、すぐに用意できるのが和服しかなかったんで

  す……」

 「いやいや、大丈夫だよ。 それよりさ、できればフツーに話してくれるとうれしいん

  だけど。 カーラ君ももうひとりの男の子も、そうしてるしさ」

  「そうです、か? ―― ならそうさせてもらうわねっ」

 と、本当はそうしたかったようなリアクションを取ってくれた。 それに関してアタシ

も、ほっ、と気分を軽くする。

  「ところで楓さん ―― 、どう呼んだほうがいい?」

 「ん~、それは好きでいい。 ちゃん付けでも呼びつけでもかまわないさ」

  「そう? なら、呼びつけにさせてもらうわね。 着付けというか、すぐに着られる?」

 「いんや~、できれば手伝ってくれると~」

  「ええ、もちろんよ」

 「っと、そうだ。 君の名前は? 前、ちゃんと自己紹介してなかったからさ」

  「あ、そうだったわね! あたしは伽糸粋 (カシス) っていうの」

 「カ、カス??」

  「カ ・ シ ・ ス。 大丈夫そう?」

 「カ、シス……。 カシス。 うん平気、ありがとう」

  何だかなー。 他人の名前にケチをつけるつもりはないんだけど……。 ここの人

たちのそれって呼びにくいんだよ、本当。

 んまあ、それはこちらの世界というものなんだと思う。 実際話している分には、何

の違和感もない。 おそらく、同じ日本であっても現代に住む人間が古文をすんなり

読めないのと同等のものなのだろう。

  「はい、終わり。 とっても似合ってるわよ!」

 「マジ? お世辞でもうれしいや」

  「お世辞じゃないわよ? どうせなら十二単を着てもらいたいぐらい」

 「悪ぃ、それはカンベンして」

  「ふふふ。 あ、そうそう。 ジジがあなたに頼みたいことがあるんだって。 話だ

  けでも聞いてもらえないかしら?」

 「あのじーさんが? へぇ~、何だろ」

  他の人たちに用があるならまだしも、何でアタシなんだろ? ―― まあいいか。 

あのじーさん、相当の食わせ者みたいだけど、悪い妖怪じゃなさそうだしな。

 ということで、アタシは来た道へと足を向けた。
 
 
 

 妖怪じーさんに呼び出され戻ってきたところ、他の妖怪たちはどこかへ出かけた

のやら姿がなかった。 カーラ君に至っては、もしかすると見回りに行ったのかもし

れない。

  「おお楓殿、よう似合っておるな」

 「そりゃあ、ありがとうです。 ところで、何でしょうか」

  「ふぉふぉふぉ! 何、相手が可愛い妖怪のおじいちゃんであっても普通になさる

  とよい。 久方ぶりにちゃんと来られたお客人だからの」

 自分で自分のことをフツー “可愛い” なんて言うかよ。 このジジィ、やっぱり食わ

せ者だ。

  「そうおっしゃるなら、そうさせてもらいます。 んーで、アタシに何か」

 「ふぉふぉふぉ。 実はな、お前さんにそれぞれの1日を見てもらいたいだけなんじ

  ゃよ」

  「それぞれの1日? そりゃどういうこった」

  「たまたま加阿羅はそうなったがのぅ。 ひと言とで表せば、皆に人間は悪い生き

  物だけではないことを教えてあげて欲しいのじゃよ」

 「はっ!?そ、そんなこと言われても……。あんたが説明すれば早いじゃねぇか」

  「それでは実体験できんじゃろう。 ワシが何を言っても、考え感じるのは本人でし

  かできぬことじゃ」

  「そりゃあ、そうだけど……」

 「心配なさんな。 ここに来て、それだけ意識を保っていられるのだからの」

  「いや、理由になってねぇから」

 「精神力が強い、ということじゃよ。 今まで、何人もの若者がそなたの言葉に救

  われたり気づかされたりしたはずじゃ」

  「!?」

 「ふぉふぉふぉ、ワシに見えぬことなどありはせん。 そなたが適任なんじゃよ」

  こ、このじーさん。 もしかしたら、ふたつあるアタシの顔すら知っているっての

か!? そんなはずはない、“あのこと” は周囲に口止めさせている。 警察沙汰に

なったわけでもないから、ただの噂としてしか流れていないはずなのに……!

  「寿命が長かろうが短かろうが、存在している限り 『過去』 というものは必ず存在

  するものじゃ。 ――― わかっていただけたかな?」

 「――― ……。 はぁーっ、なるほど。 今やっと妖怪だって理解したよ」

  「ふぉふぉふぉ。 もちろん、現実社会に似合う礼はできんが。 その代わりこの世

  界のことをお教えしようと思うぞ」

 「へっ?」

  「この世界にはの。 使いかたによっては世を破滅させるだけの力が眠っておって

  な。 約60年前にも、危うく我等の力が悪用されるところじゃった」

 「60年前……、第二次世界大戦に?」

  「そうじゃよ。 ワシはともかく、そのときに既に存在しておった加悧琳以外の3人

  は、ますます人間を遠ざけるようになった」

 「…………」

  「もちろん、それだけが理由ではないがの。 様々に存在する訳があるが……」

 「そんな大事なことを、何でアタシに教えようと? アタシだって、転用しようとした

  人間と同じなのに」

  「ふぉふぉふぉっ!! 今そなたがいった言葉、それが理由じゃよ」

 と、何やら満足そうにしている。 いったいどうしたというのだろうか。

  「あれらも、わかってはおるのじゃよ。ただ、未熟な故にちゃんと関われぬのじゃ。 

  色々な意味でな」

 「ん~、そっちのアレはわからねぇけど……。 とりあえず、見りゃあいいんだな? 

  たくさん存在するウンチクはともかく」

  「そうじゃよ。 そしてあ奴等を、そなたなりに受け入れて欲しいのじゃ」

 はぁ。 受け入れろ、と言われてもなぁ……。 最初に会ったのが人間の姿だった

せいか、別に何とも思わないんだがなー。 うーん、よくわからねぇ~っ!!

  「とにかく! フツーにしてりゃいいんだろ!? それと、何言われてもアタシの意

  思と意見を貫け、って!」

 「さすがは学級委員長じゃのぅっ。 物分りが早くて助かるわぃ」

  ……何でそんなことまで知ってんだよ……。

 「外に加濡洲 (カヌス) を待たせておる。 頼んだぞ、楓殿」

  はいはい、わーかりましたよっ!! という意味で、アタシはじーさんに向かって、

しっしっ、とジェスチャーする。 彼はわかったようで、ふぉふぉふぉ、と笑った。

 「ちなみに、今話したことは内緒じゃよ」

  「了解。 んじゃまた」

 何をどうしようと、きっと押し付けられたであろう彼らのこと。 特に意識はしていな

いが、同じように接すればいいはずだ。

 

 アタシは、前回と同様、また妖怪たちの行動を観察することになった。

 
 
 

 大変な頼みごとを任された気がしてならないが、とにかく ―― 誰だっけ。 確か

“カ” がついたような感じの名前の子が待っているという。 たぶん、消去法でいっ

て、アタシに絡んできた男の子のことだと思うが。

  入ってきた引き戸を開け、その辺にいるだろう存在の確認をする。 すると案の

定、表情豊かな彼が出てきた。

 「おう。 ジジが何企んでるのか知らねぇけど、オレたちの過ごしかたを見るように

  言われたんだろ? 今日はお前と一緒に過ごせだと」

  「ま、まあな。 アタシもよくわからないんだけどよ。 んで、君の名前は?」

 「ん? ―― ああ、ちゃんと言ってなかったな。 加濡洲だ、カ、ヌ、ス」

  「カヌ、ス。 カヌス。 うん」

 「大丈夫だな? それじゃ、オレはいつもどおりにさせてもらう」

  と、邪険にされるかと思ったアタシの思考を裏切り、自然体のままに動くカヌス

君。 しかし、彼はボーッとしてしまい、微動だにしなかった。 ただその場に立ち尽

くして、目を瞑っているだけである。

 それから10数分後、彼は瞳を見せた。 瞳の持ち主はそのまま近くにあった池の

前へと行き、しゃがみこんで手をつける。 するとどうだろう、まるで水で表現された

彼自身が作り出されたではないか!

  「よし、今日は調子よさそうだな」

 「ちょ、調子? 具合でも悪いの?」

  「いや、そう意味じゃねぇんだ。 加阿羅に聞いたかもしれないが、オレたち妖怪に

  は実体がない。 だからその日によって使える加減が違うんだ」

 「なるほど、それを確かめてたわけか」

  「ああ。 特にオレの場合その傾向が強くてよ。 コロコロ変わっちまうんだ」

 「あ~らら。 大変そうだな、あのじーさんに何とかしてもらうことできねぇのか?」

  「そんなこと口にしたら、問答無用に消されちまうっつーの。 さて、次は ――」

 ん~、と背伸びをしながら背中を向けたカヌス君。 カーラ君に比べて細身の背中

だが、そこには随時運動している雰囲気と何故か物寂しい感じが同居しているよう

に感じる。

  その身にまとっているものにつられたのか、アタシはふと足元を見た。 実体がな

いという彼の後ろには、ちゃんと影がついている。

 「あのさぁ。 疑ってるわけじゃねぇんだけど、実体がないって本当なワケ?」

  「あん? 何だよいきなし」

 「だって影があるんだもん。 おかしいじゃんか」

  「あー、これはリアリティを求めて ―― って、イチから説明すんのがたるい。 そう

  だな、お前、すぐに今の姿から成長も退化もできないだろ?」

 「まあな」

  「だが、実体がないってことは裏を返せば何にでもなれるってことだ。 つまり」

 このように説明し終えると、今度はまるでおにぎりでも握るような手の形を取り、気

持ちを集中させていく。 次の瞬間、彼は水蒸気と淡い光に包まれた。 こちらから

は繭のように見えるそれは、だんだんと縦に大きくなり軽く爆発したのだが……。

 「この姿は大体17、8ってトコか。 これでどうよ? 納得いくだろ?」

 あわわ、コイツもやっぱし妖怪だ! 13、4の容姿から、今のそれに変えやがった

っ!!

 アタシの度肝を抜いて気分をよくしたのか、カヌス君は勝ち誇った表情をする。 

―― ちきしょう、何かムカツク。

 「オレの場合これから北側を見回るように言われてる。 お前、動物大丈夫か?」

  「はい? ゴキブリじゃなきゃ大丈夫だけど」

 「そんなモンに乗るかよっ!! ったく」

  逆切れされてもなぁ。 アタシゃ乗るなんて思わなかったっつーの。

 まあ、あれだ。 ここはあたしの常識なんか利きやしねぇところ。 馬に乗れるだけ

でもよい経験だろう。

  しかし、アタシの考えは間違っていた。 どうやってかは知らないが、彼が呼び出

したのは馬ではなく狼だったのだ!

 「よし。 これで北に向かうぞ」

  「ちょっと待てぇっ。 どう乗るんだよ!?」

 「またぐ。」

  「手綱はっ!?」

 「ンなもんねぇよ。なぁに、すぐに慣れるって。今のお前ならちゃんと乗れるハズだ」

  あ~、もう! めちゃくちゃ不安定じゃね? これ。 だが、文句タレてもしかたがな

いので、体で覚えることにした。

 

 ……これ、アタシのことを食わないよな、大丈夫だよなっ??

 
 
 

 一体どういう経路でこの半分透き通った狼を乗り物にしようとしたのかはいざ知ら

ず。 できればその経緯を聞きたい気もするが、今のアタシにそんな余裕はない。 

もはや、乗る、というより、しがみつく、と表現したほうがよいだろう。

  そんなアタシとは裏腹に、彼は悠々閑々 (ゆうゆうかんかん) に周りとアタシとを

交互に見ていた。

 「馬に乗るときと同じようにすりゃあいい。 後はバランス感覚だがよ」

  「う、馬にも滅多に乗らねーの!乗るんならチャリか誰かのバイクの後ろぐらいだ

  っ。つーかここどこよ?」

 「……霧生ヶ谷の北方部分だ。 表の地名を言うと、西区、中央区、東区の真ん中

  辺りから北のほう」

  「わからねぇー」

 「はっ? ―― ああ、そうか。 お前って霧生ヶ谷に住んでいないんだっけか」

  「そっ。 アタシは関東地方に住んでるのさ」

 「カントウ……? えっーと、ああ! 東海道のほうか」

  「ず、ずいぶん古い名前出すんだな……」

 妖怪という古参の存在のせいか、はたまた違う理由なのか。 その辺は探っては

いけない気がする。 誰にだって “過去” があるからだ。

  「そういやぁ、ちっと気になったこと聞いていいか?」

 「別にいいぜ。 答えられるかどーかは質問次第だが」

  「あんたら妖怪って言ってもさ、個性があるようじゃん? それぞれ苦手なものとか

  得意なものとかあんのかな、と思ってさ」

 「あー、そうだな。 得意な分野の話をすっと ――」

  どれを話せばいいか、と悩んでいる様子のカヌス君。ちょっと大枠過ぎたかと思っ

たが、言葉がまとまったらしく、こう語り始めた。

  意識が存在している以上、やはり得手不得手も同様なのだそう。彼に至っては、

術が得意なのだそうだ。 だが、武術に至ってはあまりそうではないらしい。

 「力技はダメだな。 オレはどちらかってーと動きで敵を惑わして術で倒すタイプ

  だ。 武器投げならできっけどよ」

  「ふうん。 器用なんだな」

 「まあな」

  「他の子たちはどうなんだ?」

 「そうだなー」

  と聞くと、それぞれの特徴を話してくれた。

 兄のカーラ君は、カヌス君とは逆に武術が得意なのだそうだ。 本来ならば、術も

そこそこ覚えられるはずなのだが、面倒くさがってやらないらしい。 ちなみに、手先

はおろか性格も不器用なのだという。

 ……メンドくさいって。 本当に変わった子である。

 次に妹のカシスちゃん。 彼女の能力は特殊なもので、実物を見たほうが早いらし

い。 一応口で表現してもらったが、確かによくわからなかった。

  というのも、彼女は霊子の流れを読み取って情報を得たり、自分の周りだけそれ

の調整をし攻撃パターンを読めなくしたりするらしい。 そして極めつけとして、同じく

一時的に霊子の流れを変え、相手の攻撃をそっくりそのまま写してはね返すとい

う。

 「んあ~、わっかんねー……。 カリンちゃんは?」

  「あいつはまだ幼いせいかそういう兆候が出てねぇんだ。 あー、でも最近甘いも

  のが好きみてぇだけど」

 「食いもんか。 それもまた可愛いな」

  「―― っと。 もうひと通り見終わったから、そろそろ戻るぞ」

 と言う彼。 それを実行させるために、カヌス君は狼の頭を軽く叩く。 すると、狼た

ちは方向転換をし、おそらく今まで通ってきた道を戻り始めた。

  ちなみに。 アタシたちは空を飛んでいると言えばそうだが、実際は陸から少し浮

いた状態で走っている感じだ。 場所によっては、滑っている、と言ってよいかもしれ

ない。

 
 そんな感じで視察を終えた彼は、家の前まで戻って行った。
 
 
 

 帰路の途中、カヌス君はこれから修行をする、とのことを聞いた。 しかもそのスケ

ジュールの時間割がすごい。 だが、それは彼の体質に合わせて考えられたものな

ので、致しか  たがないらしい。

 「本当なら一気にやったほうが早いんだけどな。 おっ、ジジがいるいる」

「……? もしかして、あの赤毛の少年?」

「ああ、オレのときは普段のオレと同じぐらい年頃の少年か少女なんだよ」

 もしかしたら、教える分野によって姿を変えたほうがやりやすいのかもしれない。 

まあ、アタシにはまったく理解できない事柄だが。

  カヌス君は、次の行動を起こすために、狼を着地させる。 まず彼が先に降り、そ

の後アタシが二の次の動作をした。 そのほうが、アタシが落ちなくてすむからだ。

 「特に問題はなさそうだな。 んじゃカヌス、楓ちゃんに結界を張って今朝の状況を

  教えてくれ」

  「わかった。 ―――― 今日は反属性でも大丈夫そうだ、今のところは調子がい

  いぜ」

 「そうか。 じゃあ、火 (か) 属性の封殺術 (ふうさつじゅつ) をやろう。 水 (すい)

  の物の怪と俺が共にお前を攻撃。 それを防げ。 攻撃術は一切禁止だ」

  「了解っ」

 と、片方がアタシに結界とやらを張りながら話を進めるふたり。 それからはまた、

解説委員になることができず、しばしの傍観に徹した。

  アタシがわかる範囲だと、朱色の膜をまとったカヌス君が赤毛をした少年と水そ

のものでできているヘンな生き物に、一方的に攻撃されている。 彼はその状態を、

数時間にわたって耐え続けた、というぐらいだ。

 
 
 

 お昼の時間、彼らにとっては休憩時間であるこの時間帯は、文字通り自由時間

だ。 ただし、彼の場合はちゃんと休めるという意味でもないらしい。

  「休めるっちゃそうなんだけどよ。 オレの場合、気を整えなきゃなんねぇ」

 「もしかして、そうするには場所を選ぶってか?」

  「まあな。 言ってもわかんねぇと思うけど、オレの力は水の象徴としてる」

 「んー……。 じゃあ、水の近くに行くわけか?」

  「その通り。 よくわかったな」

 「ただの連想さ。 偶然だよ」

  と、今は話しながら移動している最中だ。 もちろん、乗り物は先ほどお世話になっ

た狼君。 2回目とあってか、多少楽に乗れる。

 彼から聞いた地名を引用させてもらうと、式玉子ヶ谷山地というところの海沿い

に、それがあるという。 どうやら、カヌス君のためにあのじーさんが造ったのだそう

だ。

  山のふもとを、競輪選手がこぐような自転車の速さで移動しながら、アタシたちは

海を目指す。 地平線より少し上に、鮮やかな青色の層が見え始めると、崖にめが

けてスピードを増していった。 重力のままに落ちていくときは、タワー型の絶叫マシ

ーンも悲鳴を上げるほどの速さだろう ―― って言っても、両方乗ったことないから

知らねぇけど。 たぶん、そんな感じだ。

 「着いたぜ。 生きてるか?」

  「勝手に人殺すなっ。 かなり刺激的で楽しーしっ!!」

 「……変なヤツ……」

  と、アタシがスリリングだけどウキウキしてしょうがないところに、ぼそっ、っと誰か

さんが何か言ったような気がするが、そんなものは無視だ。 いや~っ、できること

ならもう1回やりてぇよっ!!

  だが、そういうわけにもいかないのが残念だ。 目的地に着いてから彼が取った

行動を見届けなければならない。

 ってなわけで、しばらく興奮を無理に押さえ込み、様子を伺う。 どうやら、カヌス君

は自分が座りやすそうな場所を探しているらしい。 あまり広くはない、鍾乳洞のよう

なこの洞窟をひと回りすると、ポイント地点へと歩いていく。 そこへ座り込んだ彼

は、本当に睡眠を取るかのように目を閉じ、そのまま動かなくなった。

  ちょっと失礼をして、寝てしまったのかどうかを確かめるためにカヌス君に近づく。 

すると、彼の体が淡い水色に包まれるやいなやだんだんその色と同化していく。 

…… その後、一瞬大きなシャボン玉のようになったかと思うと、すぐに以前見た、宙

に浮く球体と同じ色のカエルが出現する。 最終的には彼の体が見えなくなってしま

い、パシャン! という音が響いた。

 「えっ……? な、何のホラー?? 水溜りになっちまった……??」

  も、もしかして、これがカヌス君のいう “気を整えるための休憩” 、なのか……?

 元から尋常ではない世界ではあるが、さらに脳みそが爆発しそうな状態だ。 しか

し、そんな風に陥ることが予測できていたのか、先ほどの狼君が、アタシの裾をぐい

ぐいと引っ張る。 何だろうと思い、狼君の後をついていくと、入り口近くで腹ばいに

なった。 そうやら、乗れ、と言っているようだ。

  どんどんと展開する事柄にもはや置いていけぼりのアタシは、巻かれるように狼

君にまたがる。 すると、いとも簡単に起き上がり、大海原へと飛び出したではない

か!

 「うっわ~! こいつぁスゲェや、コロンブスもびっくりじゃん!!」

  内陸に住んでいるがゆえの爽快感、というのだろうか。 海の存在を知らないわけ

ではないが、ヨットに乗ったこともなければモーターボートも未経験なアタシにとっ

て、開かれた青い砂浜は最高級の見物だろう。 しかも、それを空から眺めている

のだから、もはや言葉にすることができない。

 案内人 ―― ならず案内狼君は、タイミングを見ていたかのようにユウターンをし、

今度は緑の砂浜の中へと入っていった。 森林の中なのでスピードこそはないもの

の、先ほどとは違ってゆったりとした安心感がある。 まるで、双方に流れている時

間が、まったく異なったものに感じざるを得ない、不思議な感覚である……。

  もしこの世界に来ていなかったら、この雄大さはわからなかったかもしれない。 

もちろん、文明発展のためだったことはわかっている。 ひと言やふた言で語れるほ

ど、簡単なものじゃないことも。

 なら、逆の発想はどうだろうか。 もう過去には戻れない、なら、これから無くしたも

のを新たに復活させれば元に戻るのではないだろうか? 若輩者がどうこう言えた

義理じゃないだろうが、考えることは大事だと思う。

 答えが出たのなら、次は行動。 アタシも、家庭菜園をしていたり、少しの緑を育て

いたりする。 完全に微々たるものだが、やらないよりはマシだと思うから。

 「ちったぁ楽しめたか?」

 と、今まで聞いていた声より少しトーンが低いもので話しかけるカヌス君。 どうや

ら、寝起きのようだ。

 「ああ十分! いい経験だったよ、ありがとう」

 「経験? あー、表じゃあここまで空気がきれいじゃねぇからかな」

 と、ちょっとわからないみたいだが、それはいる環境によってのものだから仕方が

ないだろう。

  「ちゃんと説明しなくて悪かったな。 じゃあ、時間が時間だし戻るぞ」

 「あいよ」

  とのこと。 うーん、カーラ君ほどじゃないがマイペースだなぁ。

  休憩を挟んだ後も、彼は調子がよいらしく、先ほどと同じ訓練内容をするようだ。

  アタシは邪魔にならないように結界の中で身を潜める。 そのとき、彼らの鍛錬を

見ながら、アタシは自然の偉大さをもう一度考えていた。

 
 
 

 日が少し傾き始めた頃、この場には妖怪兄妹たちが勢ぞろいしていた。 おそら

く、これから全体での実演を行うのだろう。 小耳にしたところ、ここでもそれぞれの

出来具合を確認し、それによって中身を変えるらしい。

  今回は、カリンちゃんを中心に円陣組み、あのじーさんと戦うらしい。 しかも、ひ

とりで、だ。

 目に見えた結果かと思いきや、ここはいつも期待を裏切る。 年の功とでも言おう

かじーさんには、各々の得意とする戦術を駆使しても衣ひとつキズつかない。 そ

れどころか、反対に押しているぐらいだった。

  「よし、全体はこれで終わりにしようかの。 これから個人に入るぞ」

 と、師匠らしい言葉を出しながら、また例のごとく4分割するじーさん。 次はサー

ビスとばかりに、うちのひとりが中学1年ぐらいの女の子になった。

  それはさて置いて、今回はカヌス君のものを見る。 ……どうしたことか、顔色が

悪いようだが……。

 「まったく。 先を考えないで使うからそうなるんだよ?」

  「う、うっせー……」

 口だけはいっちょ前なんだから、と言うじーさん。 それからもブツブツお説教しな

がら、何かの術をかけているようだ。 彼女の手からは、カヌス君の髪と同じような

色をした不確かな光が溢れている。

  そのお陰か、カヌス君の顔色が元に戻り、そのまま個人レッスンに入った。今いっ

た通り、ひとりひとり見ることができるので、不得意分野を主に行っているらしい。 

それが証拠となるか、カヌス君のは武器を使ったもののようである。

 「そうだねぇ。 集中力が続かなそうだから、今は短刀にしましょう」

  と、少女の姿をしたじーさん。 彼女は、自分の手で髪をすくと、長い何本かのそ

れを抜いて掌に残す。 髪を持っている手を握ると、何と髪が鋭い刃のように変形し

たではないか! しかもあのじーさん、あんなおっそろしい凶器を左右2本ずつ持っ

たままカヌス君へと突進して行く……!

 「まずは4本!」

  「なめんな!」

 キィンキィン、と鳴り響く金属同士の音。 指の間から4本の長いものと、西洋のナ

イフのような形をしたそれ。

  カヌス君は、短刀で髪を受け流しながらも一定の距離を保とうとし、じーさんは離

さぬとばかりにどんどんと詰め寄っていく。 一時的に、あるいはワザと作られる隙

を見逃さず、短刀を握り締めた彼は彼女の刃を足場としそのまま後方へ大きく跳ん

だ。 大空へと躍り出た彼は、その間と着地寸前にくないらしい刃物を相手に投げ

つける。

  

 そんな繰り返しが約1時間ほど続行されていた。
 
 
 

 

 少しの休憩を挟み、2度目の視察へと出かける。 場所は前回と同じく、霧生ヶ谷

の北側部分だ。

 ついでに言うと、今の時間は午後9時ぐらい。 だが、月明かりが輝いているの

で、思った以上に明るく見通しがよいのだ。

  カヌス君が見回る今の時間帯は、特に気をつけているところだという。 この辺

は、カーラ君と同じなのだろう。

 「おっ、キノコ」

  「あ、ホント」

 ブチブチ、と、アタシが存在を認める前にもぎ取ってしまう彼。 しかも、突然手から

発火現象を起こし、それを焼いてしまったじゃないか!

  「ほれ。 これは食えるヤツだから平気だぜ」

 「は、はぁ……」

  まぐまぐと食べているカヌス君につられ、アタシもついつい口にしてしまう。 ――

あ、うめぇっ。 採れたて新鮮だ!

 「いーな、こういうの。 あ、黄色くてたくさんなってる。 これ食える?」

  「それはニガクリタケっていう毒キノコだっての」

 「えー。 じゃあこれは? きのこ形のお菓子に似てるヤツ」

  「それも毒。 シロタマゴテングダケって名前で死ぬ率高いぞ」

 「んげ。 じゃあ、さっき食ったやつは?」

  「ムキタケってやつ」

 「すげー! キノコ類って見分けるの難しいって聞いたのに」

  「そりゃそんだけ長生きしてっからな」

 うーん、歳を聞きたいような聞きたくないような……。 いや、今日はやめておこう。 

色々とあって疲れてきてるみてーだし。 差しさわりのない質問にしよう。

  「妖怪って基本的に何も食わないってカーラ君から聞いたんだけど。 他は何食っ

  てんだ?」

 「んー? 食えるものテキトーに」

  「人間の食えるもの?」

 「ああ。 加工によってはトカゲとかカエルとかもそうしてるぜ。 ってゆーか、オレ

  たちの場合 『つまみ食い』 って言ったほうがいいか」

  「はぁっ!? カエル!? 共食いじゃん!!」

 「象徴でその姿を模しているだけで、カエルじゃねーよっ!!」

  「わかった、あんたの本性それなんだろ!? そうなんだろっ!!」

 「人の話を聞けよ馬鹿がっ!!」

  誰がバカだ、誰が!?

 「あ゛ー、もういい。 疲れる」

  「いんや納得いかねぇな! どういうことか説明してもらおうか!!」

 「だったらこの世界のことを、イチから覚えなきゃなんねーぜ? できんのか?」

  「イヤだ。」

 「じゃあ諦めんだな。 けっこうややこしぃんだよ」

  ぽりぽり、と頭をかきながら答えるカヌス君。 あ~、確かにそうかもしんない。 ワ

ケわかんないし。

 「―― 今日も大丈夫そうだな。 後は加阿羅の奴に任せっか。 じゃあ、帰るぞ」

  「ふぁぁぁぃ……」

 と、あくびをしながら返答してしまった。 ううー、もう限界かなー?

  だが、そのことを見て見ぬフリをしたのか、アタシたちはそのまま修行場へと戻っ

て行った。

 
 

 

 

 只今の刻限は、日が変わり始めるころ、よい子は寝ていなきゃならない時間であ

る。 それからまた数時間、先ほど行った個人レッスンを再開する予定だ。

  「また気が落ちてるね。 次は投げ技を練習したいから、回復するよ」

 「うぃー……」

  「まったくもう」

 と、不安定さはここでも出てきてしまっていた。 ……本人は慣れてしまっているの

かわからないが、相当キツイのではないかと思う。 人間だったら、時間によって体

調が変わってしまうのと同じことだろうから。

  武器投げの内容は至って単純で、見た目マリモみたいな不思議物体を大小様々

の色付きで浮かべたそれを次々と打ち落としていく、というものだ。 中には縦横ナ

ナメに動いているものや、不規則な動きをしているものもある。 それをすべて投げ

た得物だけでしとめなければならない、とても集中力がいる実践である。

 しかも、先とまったく同様の背格好をしたじーさんが、石を投げたり硬質化した髪を

そうしたりして、ちょっかいを出していることも難癖だ。

 

 

 
 そんな様子を見ていたのだが、どうも目が重くなってきてしまって ――― ……。
 

 

 

 「あれ? 楓はどこ行ったんだ?」 

 「おそらく眠くて限界がきたの。 心配しなくてもまたくるから」

 「ふーん。 じゃあ、オレは続けさせてもらう」

 「あらあら、スナオじゃないね?」

 くすくす、と、笑っている声と怒鳴り声、そして風を切る音が聞こえたような気がし

た……。

 

 

 

 
 「―――― ……。 うー? あ、さ……?」

  ……あれ? どう理由かは知らないけど、体はちゃんと休まっているのに、意識だ

けはあっちの世界に飛んでいるみたいだからよ~く冴えているのよねぇ……。 本

当に不思議だわ、あそこは。

 まあ、私に害があるわけでもなければ不眠症でもないから、気に留めなくてもいい

かな。 あちらの世界の時間配分、どうもこっちと違うみたいだし。

 

  というわけで、2回目とあってか少々慣れた私は、何の疑いもなく日常へと足を運

んだのだった。

 

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