シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

連載:くるみかたの館 6

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「……じーちゃんと姉ちゃん、誰?」
 最初に首を傾げたのは大樹だった。初対面の相手に失礼なもの言いで、春樹は慌てて頭を下げる。しかし杏里と爽真も言いたいことは同じらしい。不思議そうな表情で何度も二人を見比べている。
「私はくるみかたの館のオーナーで」
「私はその手伝いをしています。マリと、申します」
 ゆったり笑う老人と、優しく微笑む女性。そこに害意は見られない。
 マリの着ている赤いワンピースに見覚えがあったのだろう、大樹が瞬いた。
「……あの姉ちゃん、クルミに似てねぇ?」
「馬鹿、クルミがこの人に似てるんだろ。ていうかカッコだけじゃねーか」
 大樹、爽真とボソボソ呟き合っている。何だかんだ言いながらも仲良くなったようだ。春樹はそれを意外な気持ちで見ていた。一方、女性陣はあっさり現実問題に関心が移っている。もちろんその中でも積極的に動くのは杏里だ。
「オーナーさん。ここ、お人形屋さんなんでしょう? でも何でこんなことしてるの?」
「こんなこと、というのは?」
「うーんとね、不思議なお人形さんやぬいぐるみを集めたり、空間が歪んでるところでお店出したり……わかった! オーナーさんも不思議萌えなんでしょ!」
 杏里が身を乗り出す。するとふいにワラ人形がその前を横切った。
「やめてよして触らないで髪が落ちちゃう~♪」
 何だか聞いたことのあるメロディだ。「ビビディ・バビディ・ブー」のあれである。思わずみんなが後退ると、ワラ人形はくるりと振り向き、
「うっふふふぅ、痛いのよぅ~♪」
 ――痛いというにはあまりにも陽気な言い方である。クルクル踊るように回っているのだから尚のこと。それがまた不気味さを増す。
 その人形を、老人はひょいと抱き上げた。笑う。
「この子の中には、持ち主が入れた髪の毛があるからね。チクチクするらしいんだ」
「「「……そ、そうですか」」」
 だから「髪が落ちちゃう」なのか。というか、正直どうでもいい。あまり聞きたい情報ではなかった。
 老人はワラ人形に戻っているよう告げた。ワラ人形は素直に了解し、またクルクルと戻っていく。やはり歌っているようだ。何がそんなに楽しいのかは理解に苦しむが、そういうものなのかもしれない。
「それで、さっきの質問なんだが。どうしてこんなことをしているのかと言えば……忘れたくないから、かな」
 微笑んだ老人に、みんなは顔を見合わせた。その視線を受け、老人はふとマリを見やる。マリは微笑んだ。その一連の反応を終え、老人は再びみんなへ顔を向ける。
「ここにある人形やぬいぐるみは捨てられたものがほとんどだ。けど、そこには確かに愛情や思い出があったんだよ。忘れられたくないものと、忘れたくないものと。利害が一致したんだね。それに……私の娘が、人形やぬいぐるみが好きだったんだ。その娘のためでもある」
「娘さん?」
「ああ。……もう、亡くなってしまったんだがね」
 思いがけずしんみりした口調で、誰も口を出すことは出来なかった。そうしている間にも老人はマリを呼び寄せ、何かを持ってこさせる。それは三体の人形・ぬいぐるみだった。先ほど見た少女の人形に、怪獣のぬいぐるみ。それからフワフワとしたクマのぬいぐるみ。杏里、爽真、そしてほのかも目を丸くする。
「これは君たちのだ。どうかな? 強制はしないが、この子たちはみんな君たちを待っていたよ」
 三人は顔を見合わせた。一瞬の沈黙。まずは杏里とほのかが笑顔でうなずく。
「また一緒に遊びたいな」
「私も、また大切なお友達になれそうです」
 二人はマリからそれぞれ受け取った。爽真もぎこちなく、「飾るくらいしか出来ないけど」と言って受け取る。素直でない。だが心持ち嬉しそうだ。
 老人は優しく笑んだ。
「またお別れは来るかもしれないけど、少しでも可愛がってあげてくれると嬉しいよ。……お別れの際は、また私たちが引き取るからね」
「うん、ありがとうおじーちゃん!」
「おじいさんが引き取ってくれるなら、何だか安心出来ます」
 うん、と老人は嬉しそうにうなずく。そこへクルミがしずしずとやって来た。カクンと口を開ける。
「残念ながら、そろそろお時間ですわ。お帰りの支度をした方がよろしいかと」
 下手に遅れればこの次元から消えてしまう。それはまずい。
 みんなはいそいそと帰る支度を始めた。その横で大樹が名残惜しそうにモロ太を見やる。
「なあじーちゃん。モロ太は? 買ったり出来ねーの?」
「ああ、残念だけどこれは別次元のものだからねぇ……」
「第一、こんなに大きいと持って帰れないってば」
 普通のモログルミですら苦労しそうなのだ。これほどのサイズになると見るからに無理である。
 諦めろというように彼の頭を小突くと、大樹もやや不満の残る表情でうなずいた。彼はもう一度モロ太を見る。
 そして。
「モロ太―!」
「もろぅ!」
 二人(?)はひしっと抱き合った。涙のお別れである。
 …………。
 …………。
 …………。
「はいはいはいそこまで、行くよー」
「あああ春兄引っ張るなよバカー!」

「ご来店、ありがとうございました」
 クルミの声に送られ、館を出る。外はもう日が暮れ始めていた。空が暖かいオレンジだ。
「あっ……!」
 館を見上げながら杏里が小さく声を漏らす。その声につられて見上げると、館がうっすらと消えていくところであった。それも時間はかからず、思いの外あっさりと館の姿は見えなくなる。
 駆け寄るが、見えないだけでなく存在そのものが消えてしまったらしい。残っているのは跡地、そして今となっては寂れたように見える看板だけだ。
「すっごーい、本当に消えた!」
「不思議だな……」
 杏里がはしゃぎ、爽真も感心したように呟く。その横でしみじみとほのかが跡地を眺めていた。春樹はわずかに苦笑する。
 くるみかたの館は霊子濃度の高くなる日中に現れ、低くなる日暮れに消える。ということは。
(消えるのが不思議なんじゃなくて、在ることの方が不思議なんだろうな)
 果たして杏里たちはそのことに気づいているのか。
 ふ、と看板を見たほのかが首を傾げた。
「あら……」
「どうしたの?」
「いえ、裏に文字が刻まれていまして」
 みんなも興味を持ったようで集まってくる。ほのかが示したそこには確かに文字が刻まれていた。少々いびつな、それでもしっかり刻まれた跡。
 ――『愛する娘へ』
「よっぽど子供のことが好きだったんだな~……」
「私、最初子供ってマリさんのことかと思ったのに。だってあの雰囲気、絶対何かあるよね?」
「そりゃ歳が離れすぎだろ。あの人は孫じゃないか? それか従業員。もしくは……」
「もしくは?」
「……ふ、夫婦、とか」
「そっか、それもありだよね! 愛に年なんて関係ないもん!」
 キラキラと瞳を輝かせる杏里。その横ではなぜか爽真が照れたように顔を赤くしている。
「というより……マリさんも人形ですよ?」
「「「ええ!?」」」
 知らなかったであろう杏里、大樹、爽真が目を丸くする。三人は確認の意を込めて春樹を見やった。その勢いに気圧されながらも春樹はうなずく。確かに自分たちは直接教えてもらった。彼女は蝋人形だと。どこか寂しそうに、それでも愛しそうに老人は目を細めて教えてくれたのだ。
『どうしてこんなことをしているのかと言えば……忘れたくないから、かな』
 きっと、恐らく。
 マリと呼ばれたあの人形は、老人の想いを一心に受けて作られたものなのだ。子供への想いを忘れないように。
「――さ、もう帰らないと。暗くなっちゃうよ」
 声をかけるとみんなの意見も一致した。杏里たちがそれぞれの人形を抱きしめる。特に収穫のない大樹は少々物足りない表情をし、それから春樹の腕に飛びついてきた。ハイハイと苦笑すれば、「何だよ」と不満げに頬を膨らませてくる。
 春樹は今一度跡地を見やる。夕焼けに照らされたそこは何だか物足りない。
 ふと、赤いワンピースが脳裏にはためいた。


*****


 異様なことが起きたのは翌日のことだった。
 だが、このときの春樹は――恐らく杏里を除く他の者も――それを異様と思うこともなかった。それこそが異様だったのだ。
「どうしたの?」
 朝、着替えなどを全て済ませた春樹は、難しい顔をしている杏里を覗き込んだ。彼女は人形を見つめたまま微動だにしない。そのまま固まってしまったのかとすら思えるほど。
 だがそんなはずもなく、杏里はたっぷり間を取ってから口を開いた。
「……これ、私が買ったんだよね」
「? そうだね」
 見覚えのある少女の人形。それは少しだけ汚れてしまった、しかしとても可愛らしいもので。杏里が大切にしていたのだと一目でわかる。それの何がおかしいというのか。
「買ったのって昨日、だっけ?」
「え? ……えーと」
 そう、だったような。
 記憶が曖昧で春樹は首を傾げた。そう言われてみると、霧生ヶ谷に引っ越してくる前は彼女の部屋で見たことがあったが、ここで見た覚えはあまりない。
(昨日……)
 そうだ。――昨日、杏里はこの人形を手に入れたのだ。
「うん、昨日でいいと思うけど」
「……でもあまり覚えてないの」
 ポツリと彼女が呟くもんだから、春樹はもう一度首を傾げた。
「覚えてない?」
「何でかな。昨日、私たちはお店に行ったんだよね? そこでこれ、もらったんだよね?」
「そうだけど……?」
「そこで何かあった気がするの。すごーくワクワクしちゃうようなこと。でも、何だか上手く思い出せなくて……これって変だよね?」
 尋ねられるが、とっさに答えられない。杏里が何を言っているのかいまひとつわからなかった。
 しかし春樹が迷っている間にも、彼女は得意の行動力を発揮せんとばかりに立ち上がる。すでにモロモロの形をしたポシェット――モロポシェというらしい――を着用していた。油断も隙もない。
「ね、春樹くん。今日も行こう! 気になっちゃって仕方ないよ!」
「え」
 大きな目をキラキラと輝かされ、春樹はわずかにたじろいだ。正直、疲れのせいもあってあまり乗り気でない。
「大樹も!」
 杏里がバッと振り向く。恐らくこのときの大樹は春樹と似たような気持ちだったのだろう。彼はむしろ話を聞いていなかったようで、顔を上げると眠そうに瞬いた。モログルミに寄りかかりながらそのまま倒れそうになっている。昨日、夜遅くまで杏里と興奮気味に話していたからだ。
 ――あれ?
(何で二人は興奮してたんだっけ……?)
 二人がキャーキャーと遅くまで騒いでいたのは覚えている。近所迷惑にもなるから早く眠るようにと、春樹が途中で注意したのも覚えている。しかし、どうして二人は騒いでいたのか。騒ぐようなことがあったのか。
 昨日、くるみかたの館に行った。そして帰ってきた。それで?
(……おかしい)
 一人だったら、杏里に言われなかったなら、きっと気づかなかった違和感。記憶がすっぽり、まるで優しいベールで包まれているかのようにはっきりしない。それでいて不思議な満足感があった。思い出さずにいたいような気持ちすら込み上げてくる。
「大樹は行くでしょ? ねっ?」
「ん~……」
「起きてよ!」
「ぅあた!?」
 杏里がモログルミを取り上げたものだから、大樹は勢いで前に倒れ込んだ。そのおかげで眠気は吹っ飛んだらしい。ただし、どこか打ったのか涙目だ。
「何すんだよ!」
「大樹も行くよね?」
「へっ?」
「くるみかたの館!」
 本気で何も聞いていなかったらしい。さすがの杏里にも苛々した様子が見て取れた。そんな彼女を気にした様子もなく、彼は数度瞬く。それからふいにモログルミへ目をやった。相変わらずグニグニとしたそれは、杏里の腕の中でマヌケ面をさらしている。
「――行く」
「ほんと?」
 現金なもので、パッと杏里の表情が輝いた。春樹は肩を落としたい衝動に駆られる。二人の意見が一致してしまえば、ほとんど春樹に選択の余地などないのだ。しかし、毎度振り回される身としては少しくらい抵抗したくもなってくる。春樹はヤケ気味に二人を見やった。
「何でそんなに行きたいの?」
「だって気になるもんっ」
「大樹は?」
「何となく!」
 ――聞いた方が馬鹿だったのだろうか。春樹は心の中で自分を悔いた。
 ちなみに他のメンバーへ電話をしたところ、爽真は家族と出掛けなければならず、ほのかに関しては「残念ですが今日はやめておきます」とのことだった。そしてそのどちらもが、なぜ春樹たちが再びくるみかたの館を訪れようとしているのかわからなかったようだ。


*****


 賑やかな子供たちの声が風に乗って流れてくる。人形を綺麗にしていた老人は瞬いた。
「……珍しい」
「どうしたんですの?」
 マリの膝に乗っていたクルミが尋ねた。老人は人形を横に置き、彼女らにそっと向き合う。
「鬼零樹には記憶を曖昧にさせる効果があることを知っているかな。原因は花粉じゃないかと言われていたり、鬼霊樹が自らを守るためにそのように進化したのではないかと言われていたり。まあ、はっきりとはまだ解明はされていないみたいだがね」
 この館にいる間は問題ないが、帰っていくとき、客は大抵その鬼霊樹の影響を受ける。
「だから同じお客様が来ることはなかったのですね」
「そうなるね。しかし不思議なこともあるもんだ。――お客様だよ、クルミ」
「お迎えに行きますわ。行きましょう、モロ太」
「もろぅ!」
 モロ太が元気に声を上げ、クルミを乗せた。匍匐前進で玄関へ向かう。
 老人はそっとヒゲを撫でた。マリと顔を見合わせ、柔らかく微笑う。
「どうやら、素敵な常連さんが出来そうだね」
 子供たちの声がますます賑やかになってきた。

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