シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

市役所のアンテナの秘密

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市役所のアンテナの秘密 作者:弥月未知夜

「どうよ!」
 にこやかに渡された原稿用紙の束は、多分十枚を超えている。
「いや、どうよとか言われても」
「読んで! 感想を聞かせて!」
 明確に言いかえてくれてありがとう我が友よ。でもそれ必要ない――けどそんなことも言えず、私はそれに目を落とした。

 

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市役所のアンテナの秘密
 霧生ヶ谷市立北高校 文芸部 一年 本田 真希子


 天上からたっぷりのミルクが降り注がれたかのような、濃厚な霧が辺りを包んでいた。しっとりとして、身体にからみつく。ひやりとするのはその影響だろうが、湿気の為かそれほど寒くは感じない。
 静かな朝だった。まだ少し薄暗い。昇りつつある太陽の気配は感じ取れるが、濃い霧のために姿は見えない。少しずつ明るくなる周囲の様子から感じ取れるだけ。
 悪くないとソフィアは内心呟いた。こういう朝は悪くない。
 目的を考えれば望ましいのは夜だろうと、理屈ではわかる。だが、ソフィアは朝の方が好きだった。来るべき昼に向かい少しずつ明るさを増してゆく朝。生まれたての新しい一日は、未来に向けて福音を奏でている。だから。
 この街は、頻繁に霧に包まれるという。明るさは感じ取れるが見通しは悪い、濃厚な霧の日を狙えば闇夜と同じくらいに人目につかずにすむ筈だ。だからソフィアは霧の朝を狙うことにした。身に纏うのは汚れ一つない純白。
 夜闇にまぎれるのが黒ならば、朝霧にまぎれるのは白だ。彼女はそう考えた。実際、白を纏うソフィアの姿は数歩離れただけで霧にほとんどまぎれていた。背後から見ればうっすらと蜜色の髪が見える程度。正面から見てもようやく唇の紅が見えるか見えないか。
 白い姿ですっと立ち、ソフィアは目標を見定める。ミルク色の霧は彼女の視界を物理的に阻む。だが――だが、だ。はっきりと彼女には目標の在り処が感じ取ることができるのだ。
「ふふ」
 あでやかにソフィアは微笑んだ。力があるかないかが彼女にとっての全てだ。力があるものには価値があり、ないものに価値などない。
 今回の目的たる「霊子アンテナ」は、その意味では非常に価値があるものだった。
「正直これほどとは思わなかったわ」
 声に歓喜の色が滲む。正直期待はしておらず、はっきりと馬鹿にしていたのだ。極東の島国に、こんなにも目的にかなう品があるなど、ソフィアには思いもよらなかった。
 上も焦って愚かしい任務を課してきたものだとあざ笑ったくらいだ。なのにどうだ、この街はこんなにも力に溢れている。これは尋常ではない。
 どんな物にでも限界はある。力が溢れかえれば歪みが生まれるものだ。なのにこの街に歪みはほとんどない。何かが柔らかくこの街をくるみ、歪みを常に正している。上が言うには、霊子アンテナとやらがそれをしているらしい。街のほぼ中心にある建物に取り付けられた、古びた物体。
 初めて写真でそれを見たソフィアは上の正気を疑った。それは何の変哲もないアンテナだった。写真の中でも明らかに古ぼけているとわかる。そんなものにソフィアは価値など見出せなかった。写真とともに受け取った資料の文面も突飛のないもので、思わず鼻で笑って叱責されたほどだ。
 そのアンテナは、普通の人間にさえ見えそうなほどに溢れる力を変質させるのだ――資料に書かれたのは、要するにそういうことだった。その時は鼻で笑ったソフィアだが、今はそれを笑う気にはなれない。だから、浮かんだ笑みは馬鹿にする物でなく、愉しげなもの。くつくつと漏れる笑いを彼女は抑える気がなかった。
「ぜひとも、我が陣営に欲しいわね」
 どういった仕組みの品なのかまでは解明されていない。資料を作り上げた誰かは、霊子アンテナは厳重に守られていると記していた。
「要するに、腕の悪い奴だったわけよ」
 ぬるま湯のように平和な国のエージェントには、力がないに決まっている。見知らぬ誰かを嗤ってソフィアは歩き出す。
 土地勘のない所だが、その分は力がカバーしてくれる。見通しが悪くとも彼女が重要視するのは力ある霊子アンテナのみ。位置さえ把握していれば何の問題もなかった。
 アンテナが据えられるのはこの街の役所だそうだ。つまり、行政が力の安定に関与している。こんな小さな国の一つの街が。
 ソフィアの仲間は世界中にいる。この国にも昔から数人は派遣されているはずだ。写真の具合から推測するに、アンテナは相当前に設置された様子。なのに、今頃その存在が報告されたのだから恐らくは他の都市にはなくこの街に特有の物なのだろう。
 戦略的価値の見出せないこんな小さな街に、何故そんなアンテナがあるのかが解せない。
 追加の報告書で、この街の特性がソフィアには知らされた。この街――霧生ヶ谷は、古より不思議が確として存在するのだという。この国の地下に潜っている者には、それはよく知られた有名な話なのだと。
 力の制御能力を考えればいかようにも転用できる大いなる技術を、ぬるま湯体質のこの国は活用する気がないものらしい。更なる研究を進めていればどこからか情報が漏れて、とうの昔にエージェントはこのアンテナの存在を知っていただろう。なのに全く発展がないものだから、情報網から漏れたのだ。
 ソフィアは気持ちばかりに外と敷地内を区切るチェーンをまたいでビルを見上げた。それなりの高度があり、アンテナの設置箇所もまた高い。
 霧のために姿は見えないが、力を打ち消し安定させるような働きがほぼ真上から感じ取れた。こぶしを握り締め、ソフィアは眉間にしわを寄せながら集中した。
 ソフィアは、自らの持つ力の理論など知らない。研究者はそのことに憤りを見せることがよくあるが、彼女にとっては生まれつきにあるものだからなにも理屈を知る必要などない。それはある。あるから使う。それだけ。
 理屈を重んじるものがそれに名を付け、わかったような顔で理論を語る。後付けのそれになど何の価値もない。推論の域を出ないそれらにソフィアが引っ張られることはない。
 ソフィアは力を感じることができる。そしてそれを操る力がある。それが他の多くの人間にないと知った時、彼女の中に生まれたのは優越感だった。
 彼女を彼女たらしめる、その力をソフィアは操った。空気が凝って形を作る。それがしっかりしたものかを確かめて、彼女はその上に乗った。もう一度集中して、固めた空気を上に押し上げる。
 エレベーターよりも緩やかに、だがそれよりもずっと優雅で爽快に。空気の塊はソフィアを空へと導く。直接浮かび上がってもよいけれど、足元が心ないのをソフィアは好かない。
 人間は地上に生きるものなのだ。空中で快適さを感じることはできない。宇宙空間の無重力もさぞかし気持ち悪いに違いないとソフィアは思っていた。
 だけど空気でしっかりした足場を作って浮かび上がる空は気に入っていた。全てのものが足元にある――その事実は彼女の自尊心を満足させる。ただ、いま街は霧の中。見下ろした街は白く、どこに何があるかまったくわからなかった。
「任務ですもの、ね」
 落胆を振り払って、ソフィアは呟いた。目的は小さな街を見下ろすことなどではない。力あるものを手に入れること。
「簡単な仕事だこと」
 力ないものには無理でしょうけどとほくそ笑みながら、ソフィアは力の強いところに近づき、息を飲んだ。写真では気付かないほどの巨大なアンテナがソフィアの前に姿を見せたのだ。
 そういえば報告書にアンテナの大きさは書かれていなかった。なんて手抜きな資料だったのとソフィアは舌を打った。
 巨大なアンテナは幾箇所も厳重にネジで止められている。ソフィアは多少身構えつつ、一部にとりついた。こんな巨大なもので操る霊子というのは何だろうと思わないでもない。だが理屈は研究者が明かせばよいこと。そう結論付けて、ドライバーセットを取り出した。
 力に自信を持つソフィアでも、その力を打ち消すような働きをするアンテナに過たず力を扱えるとは思えなかったから準備した代物だ。実際、ほんの少し宙に浮かぶ力が緩められたように感じたのだから、必要な用意だった。
 人外の力で空に浮かびながらそんな道具を扱う自分に笑いがこみ上げる。だけど空気の塊がさらに少し緩んだのを感じて、ソフィアは慌てて細腕を伸ばし、最初のネジに取りかかった。
 そうっとドライバーの先を伸ばし、ネジ穴に当てる。ひねろうとすると、思いの外硬く留められていて容易ではない。年月を経て、少し錆びているのも硬い原因だろう。
 ソフィアはそもそも力仕事が得意ではない。彼女が得意なのは、他のほとんどの人間が持たない力を扱うことだ。筋力など鍛えてもいない。
 ぐぐっと握り締めたドライバーは一向に動かない。手が痛いほどになったのに、ネジはぴくりともしなかった。焦れたソフィアは力を放った。ほんの少しだけネジを緩ませる。
 そうして手に力をこめると、カリカリと嫌な音を立て、ぼろぼろと錆を散らしながらネジはさらに緩んだ。そうして外したネジを手に、フンとソフィアは肩をそびやかせた。他愛もないわと嘲りをこめて笑い、次の一つを少し緩ませる。
 要するに、アンテナが感知できないほどの力ならいいのだ。一瞬ネジを緩めるくらいは問題がない。
 上機嫌でソフィアは作業を続けた。
 が――五つめのネジを取った時に、ソフィアの機嫌は急降下した。物理的にも、空気の塊が突然消え、それで体を安定させていた彼女は落下を始めた。
「なんなのッ」
 金切り声を上げながら、ソフィアは力を放つ。咄嗟だから、空気を固めるなどとてもできない。数階分の落下で体勢を立て直し、彼女は忌々しくアンテナを睨んだ。
 アンテナが突然彼女の力を吸い取り、変換させたように思えた。だが本当のところは一瞬のことでよくわからなかった。
「防御反応、ってわけ?」
 あり得るかもしれない。力を調整するアンテナなんて代物を作り上げた誰かが、易々とそれを奪われることをよしとしなかった可能性は充分にある。何らかの対策がされているのはもっともな話だった。
 少々軽く見すぎていたかもしれないとソフィアは意識を改める。心してかからねばなるまい。何がアンテナの防御に引っ掛かったのか、まずは把握せねば。
 慎重にソフィアは再び空気を固めた。その上に足を下ろし、再び上昇を開始する。近すぎず、遠すぎずアンテナと距離をとる。太陽は明るい光を振りまき、霧は晴れつつある。先ほどよりは遠い所から、アンテナの影が確認できた。
 すっと目を眇めて、ソフィアはそれを睨みつける。引き絞った力を矢のように放つとそれはたちまちかき消された。何もなかったかのように。
 ぎりりとソフィアは唇を噛んだ。先ほど間近で確認したネジの位置に力は向かって、それを緩めるはずだった。先ほどまでは警戒もされなかったのに、今確かにアンテナは力を消した。力が揺らいで消え去るのを彼女は感じ取る。
 警戒モードに入ったのだろうか。そういうものがあるのかも、いつ解除されるのかも全くわからない。霊子アンテナの見た目はもちろん変わらない。感じ取れる力も一定。なのに、ソフィアの力をかき消したことが不思議だ。
 彼女が感じ取れないわずかな所が変化したのだ、恐らく。そのことが無性に悔しく、彼女は唇を噛んだ。変化を感じ取ろうと意識を凝らしても何もわからないのがまた悔しい。
 最初にもう少しじっくり観察しておくべきだったと今更後悔しても遅い。そして今、アンテナのみ見据えていたことも、ソフィアは後悔することとなった。
 その瞬間は、目の前で光が弾けたかのようだった。足元を取られて、空中に投げ出される。すぐに反応して再びソフィアは浮かび上がった。
 アンテナは、何もしていない。じっと見ていたからそれだけは確かだった。何の揺らぎも感じなかった。集中していたのだから、感じ取れなかったのはおかしい。
 ソフィアは油断なく周囲に意識を払う。晴れつつあるとはいえ、霧は未だに辺りをぼやかすように漂っている。目視はできそうにない。頼れるのは彼女が誇る力のみ。
 アンテナから完全に意識をそらすような愚は犯せないが、間断なく周囲に意識を巡らせたつもりだ。なのに次の瞬間、飛び出してきた光の出所に何も感じなかった。
 それをソフィアは力で弾いた。光は拡散して掻き消える。ソフィアの感知できる力ではないようだった。レーザーという言葉が脳裏を掠める。真実はわからない。
 ふっとソフィアは空気をかき乱した。彼女の力ならそれは容易いことだ。空気は乱れ、見えない力が霧を押しのける。光の出所はアンテナの奥、市役所の屋上。
 そこに人影があった。
 ソフィアと同じく白を纏い、大きな筒のような物を掲げていた。大きな黒い筒は重火器なのか――関わりがあるから多少は見知っている。だが遠目で正体がわかるほどには興味はないから、どんな代物なのかわからない。
 それが、光を放った。視界が晴れた分、狙いはより正確になっている。だがそれはこちらも同じこと。余裕を持ってソフィアはそれを散らした。
 白い敵は空中に浮かぶ彼女に動揺を見せない。だが、効果がないと悟ったのか火器を下ろした。敵には力がない。敵には防ぎようのない力をソフィアは放つ。
 先に手を出してきたのは向こうだ。遠慮する筋合いはない。圧倒的な力を放ったソフィアは勝利を確信した。
 だが、一瞬後に彼女が感じたのは勝利ではなく、敗北だった。アンテナが触手を伸ばすように影響力を広げ、ソフィアの力をかき消したのだ。再びの落下に、抗う術がなかった。
 力が使えなければ、ソフィアもただの人間だった。恐怖が口をついて漏れ出でた。糸を引くような甲高い悲鳴を人事のようにソフィアは聞きながら、何とかしようともがく。
 落ちる落ちる落ちる。
 悲鳴と風の音が混合して聞こえる。力をいくら放ってもアンテナがそれを消し去る。白い霧の海にソフィアはなす術もなくただ落ちて行くしかなかった。
 落ち行くソフィアには恐ろしいほどの長時間に思えたが、実際はそこまで長い時間ではなかったろう。ある瞬間で力が回復したらしく、空気がソフィアの意を受けて柔らかく体を受け止めようとした。だが勢いを殺しきれずそのまま彼女は地面へ落ちる結果となる。
 幸い勢いは減じられたものの、衝撃は激しかった。背中から突き抜けるような痛みにソフィアは瞬時意識を飛ばした。あまりの痛みに麻痺したのか衝撃が抜けた後はそれほど痛くない。だがすぐには立ちかねて彼女は瞳を閉じて、深く息を吐く。遙かな高みから落ちたことを思えば、生きていることは僥倖。だけど先ほどの恐怖が思い起こされてすぐには動けない。深呼吸を繰り返していると、ふっと目の前に影がかかった。
 はっと目を見開いたソフィアは素早く身を起こす。驚いて身をそらすのは、純朴そうな男だった。ソフィアよりはいくつも若いだろう。スーツの黒に、白いシャツ。先ほどの敵が降りてくるまでは時間がかかるだろう。がやがやと周囲が慌ただしい。ソフィアは日本語を知らないから、手を差し伸べてくれる一番手前の男が何を言っているのかさっぱりわからなかった。
 鈍い痛みが戻りつつあったが、ソフィアは助力を拒否して立ち上がる。すると、どよめきが広がった。地上には未だ霧が濃いとはいえ、落ちてきた影を見られたかと忌々しく息を吐きつつソフィアは何事もなかったかのように歩きはじめた。追いすがるようについてきて、心配そうに――だろう恐らく――声をかける男を振り払い、彼女はそこを去った。
 完全なる敗北を喫した。姿を一般人に見られたからには、容易に次の作戦には移れまい。冷静にソフィアの存在を受け入れた敵は、下手をすれば彼女の正体をすぐさま悟るに違いない。ソフィアはテロリストではない。だから目撃者を消すような真似はしない。ただ、神に彼らが自分の顔を覚えていないようにと祈るだけだ。
 麻痺してほとんど感じ取れなかった痛みが、歩くほどに思い出したかのように彼女を苛む。敗北の味をソフィアは胸に刻みつける。
「いつか、戻ってきてやる」
 おそらく上は彼女をこの任から解くだろう。それは間違いない。だが、いつか戻ってきてやる。あのアンテナを奪取するのは自分だ。他の奴らにそれができるわけがない。そのうち再び上は自分にこの件を任せるはずだ。
 そう、きっと。目撃されたとしても、
 自分を慰めるように言い聞かせて、ソフィアは携帯端末を取り出す。そして、憂鬱な報告を開始した。

 

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「どうよ!」
 私が最後まで読み終わったのを見た真希子が、沈黙に耐えかねたのか叫んだ。
 誰もいない教室に、その声は響き渡る。
「どうよって言われてもねえ」
「感想は?」
 わかりやすく言いかえてくれてありがとう友よ。でもコメントにすごく困るんだけどー。
 間を持たせるために私は原稿用紙の角をきっちり揃えて机に置く。何と言っていいのか、すごく困る。この経験は――ええと、何回目だ。一度や二度なら覚えてるけど、両手の数に近くなるとちょっと覚えているのが苦痛になってくる。
「えっと、これで完結?」
「そう。余韻を残す終わりにしてみた」
「――ちょっと意味不明なところがあると思うんだけど」
 ちょっとというか、かなりかな。
 大体ソフィアってどの国の人なの。どんな組織に属してるの。力とか書かずに素直に超能力って書いてみるとか、思いつかないけど凄そうな名前を付けてわかりやすくすべきじゃないのとか。他にもなんだ――色々突っ込むところがあるんだけど。
 大体、市役所に重火器持っている人がいるって描写は問題ありじゃないかしら。
「どの辺が?」
「うーん」
 言いにくいことこそを言うのがある意味友情だと思うんだけど、それでも言いにくいことは言いにくいわけで言いにくいから言えないわけで。
 私は批評家でもないし、真希子みたいに物書きさんでもないし、偉そうなこと言えないから、余計に言えないわけで。
「超能力物、ってくくりだよね、これ」
 逃げを打って、無難なところから指摘を開始する。
「気持ち的にはサスペンスな感じなんだけど、超能力物に見えた? 修行が足りないかなぁ」
 サスペンス――っていうと、午後九時台によくあるドラマとかのあれで、ええと。今読んだのってサスペンス? サスペンスってなんだ?
 根本的なところで話がかみ合ってない気が、とてもするんだけどー。
 私はきれいにまとめた原稿用紙を崩して、思わずサスペンスとは何か考えてみる。ああ……ちっともわからない。家に帰った時も覚えてたら辞書引いてみよう。
 とりあえず疑問を頭の端に待避させて、言うべきことを整理する。
「サスペンスでも何でもいいけど、これって不思議とはほど遠いと思うんだけど」
 言うべき結論を最初にガツンと言うと、真希子は頭を殴られたかのように目を見開いた。
「ええっ、どこが?」
「どこって――あんまり不思議関係ないよね?」
「不思議だってば! 兄さんの奥さんの友達のおじさんの同僚の娘さんのバイト仲間の母親の弟さんが市役所の屋上から人が落ちてきて、その人が無事にむくりと起きあがったのを見たって言うんだから! 高いところから落ちてきて平気なんて、なんだかとっても不思議な感じしない?」
「それはむしろホラーの域なんじゃないかしら――や、知らないけど」
 不思議と巡り会う街なんてキャッチコピーをつけて、霧生ヶ谷が観光の目玉に不思議を据えたのはつい最近のことで、そうするくらいには街の中に不思議な話が溢れている。
 真希子が好きそうなので言えば、そうだなあ。六道区のどこかのバーが不思議な事件を解決するために人を斡旋してるとかいうくらいにかな。
 全国的にローカルヒーローがブームとニュースで聞いたりするけど、北区で主に活躍するヒーローであるモロ戦隊より敵であるモロウィンの勢力が大きいのも悪が栄えている辺り別の意味で不思議かも。
 そんなのは置いておいて、真希子の言う不思議はやっぱりホラーだ。だって市役所の屋上から人が起きてきて起きあがるって。それってほら――ええと、ゾンビ的?
 想像して私は身震いした。これをホラーと言わずして、なんと言えばいいのか。
 広義で不思議に含まれるかもしれないけど、やっぱりホラーじゃない?
「だから不思議風に味付けしたんじゃないの」
 真希子は頬をふくらませて身を乗り出してくる。
「不思議じゃなかった?」
「まあ、不思議ではあったけど」
 勢いに飲まれて私は渋々うなずいた。
「でも……そうだなあ、余韻を残すというか続きが無性に気になっちゃう辺りで、失敗作だと思う。個人的には嫌いじゃないけど」
 言いにくいからこそ一気に言って、真希子の反応を伺う。ショックな風だったから、少し心が痛んだ。
「タイトルの割に不思議なアンテナってのの秘密が全く出てないし」
「うう、そこを突っ込むかー。相変わらず律華は鋭いなー」
「鋭い訳じゃないけど」
「市役所の屋上にさ、巨大なアンテナがあるんだって。従兄が言うには無駄にでっかくって、絶対アレは何かあやしいって言うから想像を膨らませてみたんだけど――膨らませ方が足りなかったかあ」
 そういう問題じゃないと思うけど、私はとりあえず沈黙を守った。真希子はなにやらブツブツと言っている。
「ホントはもっと入れたいエピソードがあったんだけどさあ。描写にこだわったら枚数オーバーしそうで削ったんだよね。二十枚って短いと思うんだけど! 簡単にオーバーしちゃう!」
「大変だねえ」
 他に言える言葉はなく私がとりあえず口にすると、大変なのよと真希子はこくりとうなずいた。
「本当は舞い戻ってきたソフィアが謎の白い影と対決してアンテナの秘密を明かすってのがキモだったんだけど。律華、霊子って知ってる?」
「え? 小説の中で書いてたヤツ? 元ネタあるの?」
「全くの創作じゃないんだよねそこは。霊子アンテナってのも、従兄がなにやら聞き込んできたネタでさー。詳しいことはあんまり聞かずに突っ走る人だから私も詳しくは聞けなくって、調べて補填したんだけど」
「はあ」
「ちょっと調べてみると面白かったんだって。図書館にあった眉唾ものの郷土史に書いてあったんだけどさあ。東区の真霧間研究所って知ってる?」
「あそこを知らない人、霧生ヶ谷市にいるの?」
 知ってるも何も、東区のマッドサイエンティストは全市的にかなり有名だ。真希子はそれもそうかとからりと笑って、話を続ける。
「あそこの先代だか先々代の人がそのアンテナを作ったとかどうとか? で、他の資料に霊子がどうとか書いてあって、適当に合成してみた!」
「どうとか、とか説明されても」
「あはは。詳しくは読んでも右から左でさっぱりなんだけどねー。フィクションなんだからてきとーに理解したふりして書けばいいのよー」
 真希子はおおざっぱなことを堂々と言ってのける。とりあえずそうなのと納得したふりで私はうなずいてみた。
「でもその適当に理解したところを書ききってないならやっぱりこれは未完成だと思うな。地元の文学賞の審査員にプロはいないと思うけど、さすがに未完の作品は一目見ればわかると思うよ」
 霧生ヶ谷不思議文学賞――不思議を売り物にする気満々の霧生ヶ谷市が主催する郷土文学賞は今年初めて開催されるものだ。
 応募資格は霧生ヶ谷市民であること。規定枚数は原稿用紙五枚から二十枚。内容は霧生ヶ谷市に根ざした不思議をテーマにしたものでジャンルは不問。先々月の市役所広報にその情報が載ってから、真希子はハイペースで様々な作品を書いている。
 霧生ヶ谷市には不思議がたくさん転がっているからネタには事欠かない。それを調理する真希子の腕と言えば――悪くはないんだけど経験値が足りないのか妙に尻切れトンボなところがあるのが残念、かなあ。
 次から次に新作を書くよりはじっくり腰を据えて一つ仕上げた方がいいと思うんだけど、飽きっぽいところがあるのか仕上げたと思ったら違う話を書かずにいられないらしくって、いつでもゼロからのスタート。
 この分じゃ、結局一つも満足に仕上がらずに書いたどれかを出す結果になると思う。一人一作限りなんてくくりがないから、あるいは全部出すつもりなのかもしれないけど。

 でもそれ、無謀だと思うなあ……。

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