シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

それぞれの1日 ― 加具那 (カグナ) 編 ―

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  それぞれの1日 ― 加具那 (カグナ) 編 ― @ 作者 : 望月 

 

 秋も過ぎ去り、微妙な暖冬をへてとてつもなく寒くなったつい最近。 アタシは不思議な現象に悩まされる日々が続いていた。
 何でアタシが選ばれたのかは不明。 ついでに、この現代社会に存在していない世界があることも不明。 とはいうものの、後者に至ってはすでに経験済みなので、かなり説得力にかけるのだが。
 いわゆる “異世界” や “異次元” 等の言葉でたとえられるその世界は、妖怪たち ―― つまり、人ならざる者たちが住んでいる場所である。
 もちろん、この世界では現実社会の常識など一切通じない。 まるでとある漫画の中のように姿を変えたり武器を持って戦ったりしているし、訳のわからない道具があったり。 しかも何だ、連中には様々な事情もあるらしい。
 まあ、その辺は当たり前っちゃあそうなのかもしれないけど。
 とにかく、油断も隙もあったもんじゃないのは確かだ。 ここにはまるでアフリカのサバンナ、弱肉強食という暗黙の掟がある。
 そんな物騒極まりない世界に、アタシはまた迷い込んでしまったらしい。
 「何でもいーが、ここどこだよ。 この世界に突然来ちまうってのはさすがに慣れたけど……」
 と、ぼやかずにはいられなかった。 とりあえず、頭をかきながらも地理を確認するために適当に歩いてみる。 しかし、辺りは木々ばかりでそれ以外は何もうかがえない。 どうやら、林だか森だか山の中だかにほっぽり出されてしまったようだ。
 正直な話、このように放り出されるのは勘弁願いたい。 連れていくなら連れていくで、連絡ぐらいほしいものだ。
 「あれー? もしかして人間だったりする? いやそうだよねっ!?」
 と、やたらテンションの高い男の声がした。 驚いて振り向いてみると、ものすごく水色が好きらしい細身の男性がいた。 もちろん、 “ただの” 男性なワケがない。 彼の頭には猫のような耳があり、腰の辺りからは触ると気持ちよさそうなフワフワのしっぽがはえている。
 目の前の男は、この地に住んでいないアタシに興味を持ったのか、軽快な足取りで近づいてきた。
 「それにしてもおいしそうなコだなぁ! よし、まず生け捕りにして皆に見せてやろう。 きっと喜ぶぞ~」
 「あっ? ざけんじゃねーぞ、このクソ馬鹿」
 「うわ、口悪っ。 意気がいいねぇ。 きっと煮詰めるのがいい味になるな」
 聞いちゃいねぇな、この野朗。 誰がてめーなんぞのエサになるかってんだ。
 とそこに、シャンシャン、という音が耳を射止めた。 おそらく金属がこすれあっていると思われる合唱は、だんだんとこちらに近づいてくる。
 音源らしきそれの光が見えたと同時に、アタシが見知っている姿が現れた。 この世界に住む女の子、カシスちゃんだ。
 「やめなさい水乾 (すいけん) 。 その子、あたしの友達なの」
 「えっ!? この人間が!?」
 「ほら話したでしょ。 この前何度か迷い込んだ人間の話」
 「はあ、まさかご本人が登場とはねぇ……」
 と、困った表情をした猫男。 いや、実際知らないけど。
 「ごめんね、楓。 誰かに聞いたかもしれないけど、この世界では人間って最高のご馳走なのよ。 彼にそうはさせないから、安心してね」
 「う、うーん……、わかった。 ちなみに知り合いなの? この猫と」
 「ね、ねこぉ~っ!? 失敬な、オレ様は立派ないたちだぞ!!」
 「猫もいたちも変わらねぇだろ。 大体、いたちってそんなしっぽしてんのか?」
 「オレのしっぽは進化したからこうなったんだっ! 大体いたちと猫じゃあ全然違うだろ! あんた目がおかしいんじゃないか?」
 「いたちの実物なんざ見たことねーから知らん!」
 「見たことないなら何でわか」
 「あー、はいはい。 君は立派ないたちだから。 楓、彼はいいからあたしと一緒にジジのところに行きましょ」
 「あっ、ちょっと待てって伽糸粋 (カシス)! まだ話が ――」
 「あのね、あたしたちと人間たちの考えかたはまったく違うの! わかる!?」
 「そうじゃなくて! 人間のくせにオレを猫呼ばわりしたことが許せないわけ! わかるっ!?」
 「あらそう。 なら彼女の代わりに変化の術を解いて毛皮にしてやりましょうか? あんたの力なら、たぶん数10年で戻るでしょーし」
 「うぐっ、そ、それは……」
 と、カシスちゃんの迫力に負けたのか、はたまた毛皮にされるのが嫌だったのか定かではないが、結局折れたのは彼のほうだった。 その様子を見た彼女は、何でもいいけど悪戯すんじゃないわよ、と付け加えて歩き出してしまう。

 とりあえず、助けてもらったことに感謝しながら、アタシも肩を並べることにしたのだった。

 

 

 先ほどの礼を言いその後向かったところは、彼女が住んでいる屋敷だった。 趣のある木造建築からは、特に怪しい雰囲気はかもし出してはいない。
 「あら、皆いないのね。 せっかく楓がきたのに」
 「へぇ、じーさんもいないの?」
 「ジジは普段部屋の中にいるわよ。 彼、めったに外に出ないから」
 と、彼女の言葉に少し引っかかりを感じながらも、また中へと上がらせてもらった。
 アタシは、居間の中央にある囲炉裏を前に出してくれたお茶をすすりながらしばらく待つ。 すると、奥にいたらしいじーさんが孫娘を連れ立って出てきた。 相も変わらず、見事なスキンヘッドである。
 「おお、楓殿。 よう来なすったな」
 「あ、まあ、はい」
 「そうじゃのぅ。 今日はこの世界の成り立ちをお話しようか」
 「ジジ、本当にいいわけ?」
 「別に巻き込もうとは思っとらん。 知識だけならつめてもらっても大丈夫じゃよ」
 「ジジがいいって言うなら、あたしは何も言わないけど。 じゃあ、出かけてくるね」
 「おお、そうか。 もし途中で他のに会ったら伝えてくれ」
 「わかったわ。 じゃあ、楓。 ゆっくりしてってね」
 「うん、ありがとう」
 と、部屋に案内してくれたカシスちゃんは、再び戸を開けて外へと繰り出す。 居間には、アタシとじーさんだけが残り、しかも彼はその辺に腰をかけてしまう。
 「ここでは何かと話しにくい。 楓殿、以前加悧琳 (カリン) が勉強していた部屋を覚えておるかの? そこのほうが良いかもしれぬ。 案内する故、ワシについてきてもらえんか」
 「ああ、わかった。 そうだ、これどうしよう?」
 じーさんの申し出を受けたアタシだが、手に持っている湯のみを放置するのは気が引けたので、家主に対処を求める。 すると、じーさんは手にしていた杖を湯のみにゴチンと当ててしまう。 だが、当の品物は命が宿ったかのように浮かび上がり、ひとりでにどこかへといってしまった。
 おそらく、ポチャン、と水が踊っているらしい音を聞いたので、台所に移動したのと思われる。
 「さて、これで大丈夫じゃ。 では案内仕 (つかまつ) ろう」
 と言いながら、とても歳相応ではない健脚ぶりを見せる。 アタシは、まるで普通の若者のように立ち上がったじーさんのあとに続いた。

 

 

 コツコツと杖を突いているが、まったくその意味がないと思うぐらいのスピードで歩くじーさんは、無言のまま部屋へと案内してくれた。 曲がった腰はウソっぱちなのか、アタシが早歩きでなければ追いつけないぐらいの速さで足を動かす彼は、とある戸の前できびすを止める。 どうやら、目的地に着いたようだ。
 「少々早く歩いてしもうたが、大丈夫かの?」
 「平気平気! 全然大丈夫」
 「ふぉふぉふぉ、それは良かった。 とはいえ、この姿の言葉では少々聞きとりづらいかもしれぬな。 姿を変える故、部屋の中で待っててもらえるかの。 ついでに書く物も持ってくるでな」
 「そ、それはどうも」
 ではの、また後でな。 と、じーさんは中に入らずそのまま通り過ぎてしまった。
 アタシはというと、言われたまま部屋の中へと入り、以前見た古机の前にお邪魔させてもらう。 机の上には、常に使われている雰囲気があり、綺麗に整頓されていた。
 特に何も考えることなくボーッとしていると、再び引き戸が働いた。 その場には、20歳前後で赤毛をした男が、手荷物を持ちながら立っている。 いつぞやか見た、若いにーちゃんの姿だ。
 「お待たせ。 それじゃちょいと暗い話になっちゃうけど始めようか」
 と前書きすえ、淡々と語り始めた。

 

 

 最初に述べておくと、内容は4兄妹の発生過程とその源、物の怪たちの階級だった。 ただ、あまりにも奥が深いというか、複雑な中身であるので、すべてを理解することが出来なかったが。
 そのような教義、というのだろうか。 少なくともこの世界ではそうとも取れるそれはまず、年齢順に説明される。

 まずはカーラ君。 彼は他の3人とは “本” が異なっているという。
 というのも、彼は負の感情と表されるうちのひとつである “恨み” が霊洞 (れいどう) に集まってできたのだそうだ。 そこまでは下の子たちと同じであるが、カーラ君の場合のみ、異なった力の原本も混じっているとのこと。
 ちなみに、霊洞というのは、霊子がたまりやすい場所を指すらしい。
 「奴は、俺と同じ立場にいた 『馬鹿共』 の力をおりまぜて創ったんだ。 ついでに人数は4人、つまり、加阿羅の中には合わせて5つの魂があることになる」
 「い、いつつのたましい……」
 「まあ、君にとっては次元の違う話だと思うけど。 まず全体を聞いてから個々を整理したほうがいいかもしれないな。 とりあえず続けるから」
 アタシが既に放心しているのにも関わらず、彼はそのまま口を止めず、言葉を紡いでいく。
 ―― じーさんと同じ立場にあったという4人の魂を持つカーラ君には、数どおりの封印も施されている。 両耳のピアスと右腕につけている2つの腕輪、計4つのそれである。
 理由は、種類が違えど各々の力が彼のより強大であって、ひとりでは抑えきれないからだという。 それ故、じーさんは彼の魂だけが活動できるようにし、他は万が一のときだけ使えるよう配慮したのだとか。
 だが、そのように特殊な存在である一番上の孫息子には、いらぬ声もつけられた。 それは、彼が唯一の反乱分子とみなされ色々と問題になった、とのこと。 もちろんそれは、烏合のさえずりであり、じーさんや次兄と長女、はたや本人もそのようには思っていない。 それに、長兄も力でじーさんに敵わないことぐらい理解しているので、その点では逆らわないという。
 まあ、その点では、と表現する時点で、子供じみた抵抗をしているのは手に取るようだが。
 それはともかくとして、女の腹を通って生まれたわけではい彼は、特に “人の心” というのが理解できないらしい。 それに関しては、じーさんを含めた彼の一族に当てはまることだという。
 「加濡洲 (カヌス) たち以下は何となくわかっているようだが、俺や加阿羅に至ってはまた別問題になる」
 「別問題?」
 「そう。 生まれかたがまた特殊なその3人はともかく、それ以外の物の怪たちも理 (ことわり) に反して生まれているからだろう」
 と、じーさん。 彼とカーラ君は、その辺にいる雑魚ちゃんたちと同じ生まれかた ―― 霊洞に負の感情が集まり自然発生したもの ―― だが、今主役の人物は、先に述べたにプラスして祖父であるじーさんが “創った存在” だということ。
 このように様々な形で成されているカーラ君は、だから複雑な構成をしているという。 じーさんいわく、誕生の仕方がこんがらがった糸故に他のとは感じかたが異なるかもしれない、と話す。
 とはいうものの、じーさんも人の心とやらが理解できないでいるのは確からしい。
 しかし、自分たちの形成元である負の感情は、少なくともわからなくはないという。 それは、彼らの源がわからせるのか、それとも、人間のその感情が原因で彼らが創られたとされているので彼らを憎ませているのかはわからないが、何となく感じている、と音は語る。
 「人間が存在しなければ我々は生まれてはいないだろう。 だからといって、何故我等ができなければならなかった理由もわからないでいる ――」
 「……まさか、それを調べるために彼らを創ったってのか?」
 コクリ、とうなずくじーさん。 彼はさらに続ける。
 存在意義を探すため創り上げた孫たち。 妖怪と人間の感情との関係を調べるべく、彼は人間たちと接するように仕向けた。 しかし、何百何千年経過しても、きちんとした結果は得られなかったらしい。 しかも不思議なことに、彼らは創世主と同じ考えは持たなかったという。
 そんな彼らは、口をそろえて、別に存在しているものはそうしていればよいだろう、と語った。 自分で創作した妖怪であっても、やはり “ひとつの意識” として現存しているせいなのか、どうにしても彼の満足のいく結末ではない。 とりあえず、さらに調べやすい環境を維持するために結界を強めることにした ―― 、それが今の状況だという。
 「この次元が生まれた訳はこの際飛ばしておくとして。 最後の要である加悧琳 (カリン) を創ったのもそういうことが連動している」
 「ふ、ふうん……。 そういやあ、誰に聞いたか忘れちまったけど力が不安定なんだってね」
 「ああ。 俺はもう力として完成されているものを持っているからそんなことないんだけど。 加濡洲と伽糸粋、加悧琳に至っては加阿羅よりも不安定だ」
 「んじゃあ、4人の中で一番安定してるのはカーラ君なんだ?」
 「そう。 奴はちゃんと 『生粋の妖怪』 の部分もあるからその分落ち着いているんだよ」
 「えっ? じゃあ、弟たちは生粋の妖怪じゃないわけ!?」
 「ああそうだ。 俺が 『創った』 っていう時点で既に混じりけがあるだろう?」
 「う、うーん。 言われてみれば……」
 だいぶ複雑になってきた内容だが、彼はかまわず次に進む。 見出しは替わり、2番目の孫息子に移る。

 カヌス君の源とされている感情は “恐れ” だという。
 本来ならば色とりどりの感情がおりまぜになる中、彼らの一族だけ純粋なひとつの感性を持っているのは、やはりじーさんが創造したかららしい。
 彼から下に創られた孫の位置にいる妖怪は、感情と “死んだ人間の魂” を源材料としていて、その点が他の妖怪たちと大きく異なるところだと話す。
 つまり、他の妖怪以下の物の怪は、様々な負の感情 ―― 種類は問わず ―― のみが集まって出来ていたり、それが物に憑依 (ひょうい) したり、とある品物が気の遠くなるような年月を経て接してきた人間の感情が移ったり。 または違う物品が同じような期間日と月の光を受け続けて意識を持ったとか、はたまた動物自身やその死体がそのように光の恩恵を受けて仲間入りを果たす……など、たくさんの方法があるとのこと。
 そのようなことを踏まえて考えると、彼らの生まれかたは特殊なものなのである。
 少しそれてしまったが、カヌス君はとある魂と恐れによって誕生したのは間違いない。 その魂の源だが、彼の場合、子供の御魂を集めて創られたと聞く。
 子供と言っても、およそ4000年前の話であるので、集めるのは造作もないことだろう。 今の時代と違い、昔は幼児の死亡率が高い。 訳は簡単で、主に栄養失調が挙げられると思う。 もしかしたら、経済的理由や戦争だってあったかもしれない。 紙上では大体弥生時代であるので、教科書程度の知識ではこれぐらいしか思い浮かばないのだが。
 とにかく、水子 (みずこ) や幼児などが主であり、それは性格や力にも現れたという。
 確かに、彼は少々自己中心的だしよく感情的にもなるようだ。 力に関してはよくわからねぇけど。
 「加濡洲の力が不安定なのは、それを形成している感情が原因だろうと踏んでいる。 子供は感受性が豊かだが、大人に比べて不安定だろう?」
 「ま、まあそうかな」
 「とまあ、こんな感じだよ。 加阿羅の奴はともかく、他のはけっこう単純に創ってあるから、思ったより理解しやすいだろ?」
 「うーん、そういう意味じゃないよーな気がする……」
 「そうかい? まあいい、続けるよ」
 と周囲の空気を揺らし、今度はカシスちゃんの話になる。

 彼女の場合、大人の御魂と “苦しみ” で形作られている。
 御魂の種類は大人のそれであって、比較的女性の魂を多く取り入れているらしい。 それ故なのか、彼女が出来上がったとき、4人の中で唯一女の子の姿をして生まれたとのこと。 ちなみに、性別を持たない彼らが生まれたときにそうわかったのは、そのときだけ各々の体の特徴があったから、と声は語る。
 おそらく、彼女の取り巻く雰囲気が他に比べて女らしく好みもその様に偏った結果は、それが原因だとじーさんは説いた。
 力に関して説明すると、子供と比較すれば大人の女性は感情的に安定しているからではないか、と彼は考えているようである。 この際、個人的なウンチクはもちろん無視だ。
 これは自論だが、もしかしたら、彼女が持つ力が複雑なことになっているのは魂の構成が単純化しているのと同時に、 “女” という理由からなのかな、と思ったりもする。
 性格に関して述べると、全員が母親になっているわけではないにしろ、本能的に持っている母性が影響しているのか、彼女は皆を支える母親的な面が出ているという。 言われてみれば、カシスちゃんはしっかり者である。

 続いてはカリンちゃんだ。 彼の場合、姉とはほとんど対照的に創世したという。
 というのは、彼の源は “妬 (ねた) み” と大人の御魂だが、後者の魂は、主に男性の割合が多いらしい。 誕生してから日が浅いため、力の兆候こそは出始めたものの、それ以外はまだ表れていないとのこと。 そういえば、誰かが似たようなことを言っていた気がする。
 ただし、自らや上のもそうだったが、生まれたては力があまりにも不安定なため、陰陽を取り戻そうと凶暴になるらしい。
 「君も幾度かこの世界に来て、怨鬼 (おんき) たちに襲われただろう。 あれらは自分の存在を保つために、他者の力を吸い取ろうとしているんだが、加悧琳にも出始めているんだ」
 「げっ!? マ、マジで!?」
 「そう。 まあ、君は知り合って時間も経過しているから大丈夫だろうけど」
 と、とんでもないことを口にするじーさん。
 どういうことかというと、彼は自分の足りない “陽の気” とやらを補充するために何かを食べる、ということらしい。 つまり、人でいう、生命活動をおこなうために必要不可欠な食事をすることと同意義だというのだ。
 ちなみに、食うものはジャンルを選ばない。 悪食やら逆の食べもの、姿形のない人の魂とか。 具体的には、その辺にいる犬や猫、鳥だったり。 とにかく、地球が逆向きに自転しないぐらい美食家とはいえないのは確かだ。
 さすがに木とか電化製品類は、じーさんいわく舌が拒否するというが……。 そういう問題でもないとこの際つっこんでおく。

 

 

 次の議題は、階級の話になった。 彼ら物の怪たちにはそれぞれ、怨鬼、怨霊、妖怪というクラスに分けられているとのこと。 正直なところ、境界線はあいまいなところもあるが大体の基準が設けられているという。
 順番に、まず怨鬼から入っていこう。
 これはアタシたちがよく耳にする例として、偏差値が挙げられるかもしれない。 その値が高ければ難関大学 (別に高校や中学でもよいが) でもその他希望校を自由に選択できる幅が広げられ、低ければそれ相応の学校しか選べない。 この意味での学力は、気持ち次第で上にも下にも行くことができる。
 この偏差値の部分が物の怪たちでいう “力” になるといえるかと思う。 ちなみに、学校は彼らの階級といえるだろう。
 上手く比喩ができたかはわからないが、とりあえず、怨鬼は人以外の姿をしているという。 奴らは本能的に相手を食らい、存在しているとのことだ。
 なるほど、今まで襲ってきたのは怨鬼だったのだろう。
 ついでに付けると、好みの食事は人の魂らしい……。

 続いてはランクを上げて怨霊の話になる。 何かと目にすることが多い言葉だが、それはそれで、この世界のものとは微妙の異なる点があるようだ。
 「確かに怨霊は怨霊なんだけど。 何て表現すればいいかな、この世界はこの世界でやってますよって感覚」
 「ちっともわからねぇってば。 第一、アタシたちの世界に怨霊なんぞいないし」
 「そうでもないさ。 悪霊とまではいかなくても、霊関係は存在している。 馬鹿にしたら祟られるかもよ」
 「うげろっ、カンベンしてくれよ。 ちなみに、悪霊と怨霊って何が違うわけ?」
 「似たようなもんだって。 もしかしたら、ここにいる奴らは表よりもっと性質 (たち) 悪いんじゃないか? ほら、霊子も濃いし同じ類しかいないし」
 ……聞いたアタシがバカだったかな……。
 少し脱線してしまったが、話題を巻き戻して怨霊の特徴にいこう。
 こいつらは、片言でも人語や人の姿を操ることができ、簡単な術も使うことができるという。 術、というのは、陽霊子や陰霊子のかけ合わせで創るらしい。 いうなれば、化学反応みたいなモンかと思われる。
 しかし、陰陽関係において語るなら、まだ陰の気のほうが強いので長い時間は操れないとのこと。 力落ち等が原因で時間切れとなった場合、本性が出てしまい怨鬼と同じような状態に陥り、以下同文となってしまう。 まだ理性が完成しておらず、本能的に獲物を求めるようだ。

 最上級の位である妖怪は、半永久的に人影と言葉を操ることができ、かつ、複雑な術を使用できる者たちをさす。 術の種類は多種多様であり、今まで見てきた兄妹たちのはすべてこの部類に入るという。 さすがに細部にわたって理解することは不可能だが、戦闘のためだけではなく普段の生活でも使える術は少々ややこしいらしいので、目安のひとつになるかもしれない。
 とはいえ、物事には例外も存在する。 ここまでくると自分でも手をつけられないぐらい暴走することはめったにないらしいが、力を使い果たしたなどの理由で著しく落ちたときは話が違うという。 容姿も、人と化身または正体と混ざったような姿となり、生得的な行動をとってしまうらしいのだ。
 そのときはおそらく、本人の精神も限界に近づいているだろうと、じーさんは解説してくれた。
 「まあ、その辺の確証はまだないが。 今まで観察してきた結果そう考えられるだけだし」
 「でも、それを何千年もやってるんでしょ? アタシなら気が遠くなるよ」
 「ははは、人の感覚だとそうだろう。 俺とてまったく接していなかったわけじゃないし、昔は同じ場所に住んでたしね」
 「同じ場所って……。 じゃあ、昔は人も妖怪も同じ地面を踏んでたってこと!?」
 「ああ。 ちょっと問題が起こってしまってな。 やっぱり分けたほうがいいと思ってこうなった」
 「は、はぁ……。 そうなんだ……」
 彼の言う昔がいったいどれぐらいの年月なのかは知らないが、やはりアタシの感覚で述べられる長さではないだろう。
 しかし、じーさんにとっては最近のことなのだろうか。 話し終えたとき、口から青色の息が出てきていたのを視野にいれる。
 「―― そう。 我等が裏に回ったのもまさしく 『人と妖怪』 が引き起こした悲劇だ。 せめて共存できるように出来ていればこのようなことにはならなかっただろう ――」
 「じ、じーさん……?」
 このように口ずさむ彼に何と反応してよいのかわからず、そのまま眉の位置を変えた。 そんな変化に気がついていないらしい彼は、そのまま話を進める。
 「まあ、もしかしたら八百万 (やおよろず) の神々が何かしたのかもしれないが」
 「ヤ、ヤオヨロズノカミガミ?」
 「この島国に住んでいる神々の総称だよ」
 「へ、へぇぇ……」
 「ほら、よく学業の神様とかよく言うだろう。 それだ」
 「あ、ああーなるほど……」
 「―― どうにしても我々は存在してはいけない者。 世の流れに逆らうだけでなく、害しか成さぬ」
 「じ、じーさん?」
 「やはり始めから関わらないほうがよかったのやもしれん。 負の感情はさらにそれを呼び、光あるものを引き摺 (ず) り下ろす」
 まるで何かに取り憑 (つ) かれたかのように語りだす彼。 とりあえず、黙って聞くことにする。
 「悪循環だ。 これではどうしようもない。 これまで数えきれない人間が犠牲になってきたというのに……」
 と、頭を抱えてしまったじーさん。 ―― この人、本当に妖怪界の住人なのだろうか? どのぐらいの年月を重ねているかは不明だが、長く息づいている分、それ相応の立場があると思うのだが。 しかし、こう見ている限り、普通の人間と変わらない気がしてきた。
 ――― いや、そうか。 だから、他の4人と合わなかったのかもしれない。 過去を知る由はないが、 “唯一の生き残り” であるが故の考えかたなのだろう。 そして、その心意気は、孫である彼らにも伝えられている。
 …………。 そう思うと、なんだか安心感が生まれた。 その実、今まで助けてくれた彼らが何を想い生きているのかはわからない。 しかし、そのように “生きている” 自体、下手な人間より “らしく” 感じてしまうのは、今の世の中だからだろうか。 まだ数えて17になる自分に尊大なことなど口に出来ないが、それでも “アタシ” は “アタシ” として生きている。
 その事実に、何の隔たりがあるというのだろうか?
 「じーさん。 アタシにはこの世界のことなんてよくわからねぇが……。 少なくともアタシは大丈夫だと思うぜ。 だって、危害加わってねーもん」
 「……はっ?」
 「いやだから。 上手くは言えねぇんだけど……。 『生きてる』 ってことは人間も妖怪もかわらないんじゃないかな、ってさ。 今のじーさん見てたらそう思った、うん」
 「生きている訳じゃない。 人のように完成されていないし、肉体がないだろう。 その辺の陰陽のかたよ」
 「あ゛ーっ!! インヨーだろうがインローだろうがどっちでもいいんだっつーの。 『存在』 って文字を辞書で引いてみろ、それで解決間違いなし!」
 「はぁ……。 じゃあ引いてみよう」
 シュン! と、どうやってか右手に分厚い紙の束が出てくる。 彼はのり付けされている部分を同じ手で持ちながら、逆側の指を動かした。
 動きはとある部分で止まり、じーさんの目が探しものをはじめる。
 数分がたち、その目がアタシに向けられた刹那、何故だか吹き出してしまう。 おい、人の顔見て笑うんじゃねーよコラ。
 「成程、そういう観点もあるか。 君がここにきた理由がわかった気がする」
 「えっ、マジ? それって何?」
 「さあね。 自分で考えてごらん」
 クスクス、と、完全に馬鹿にしてやがるじーさん。 ……ムカツク。
 「まあ、加悧琳の力がつけば四神に則って作った結界が完成するし、問題はない。 楓、そろそろ時間だろう」
 「へっ?」
 ――― ……、うあ、何だか頭が重くなってきた。 この状態、今までも経験したことがある…………。

 

 

 “人間界には決して迷惑はかけない。 安心してくれ”

 ……いや、こちらこそ……。 あー、そうそう。 アタシは別にあんたらのことを気持ち悪いとは思わねぇし、怖くもない。 人間の姿をしてっからかもしれねーが。 その、なんだ。 不快になんか思っちゃいねぇから……。

 “ ――― そうか。 ありがとう”

 いえ、どーい、たし、まして…………。

 “今日は休みなのだろう? ゆっくり休んで欲しい。 じゃあ、またどこかで会えたら会おう ――”

 

 

 ―――― 頭いたい。 それでアタ……ではなく、私は目が覚めた。 毎回のごとく夢なのか幽体離脱でも起こったのかわからないあの感覚だけが、私の体に残っている。
 だが、残っているのはそれだけではなかった。 耳のそばに違和感があったので触ってみると、指先が湿り気に触れたのだ。 どうやら、あちらの世界にいた際、泣いていたようである。
 「なんでまた……。 まあ、いい話じゃなかったけど」
 普段のクセで時計を見る。 現時刻は7時だった。
 とはいうものの、今日は予定がないので朝ごはん食べたらまたボーッとするつもりだったけど。 その後は、気晴らしにどこかに出かけようかな。 何だかやるせなさが抜けないし。

 私は布団から出て、カーテンと窓を開けた。 その先にはいつもどおりの穏やかな冬晴れがある。 ―― そう、何事もない、平和な日常だ。
 そんな中、陽だまりの恩恵を受けるべく、スリッパを履き替える。 視線をお天道様にあわせると、普段と同じくピカピカだ。

 そんな生命の源を、私はしばらく見上げていたのであった。

 

 

 

 

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